85話 秋の実りの収穫祭 3
冒険者ギルドの裏手の奥には大きな家屋があり、そこで持ち込まれた肉は解体される。狩った獣などはここに運ばれ、解体し部位は牙、皮など丁寧に処理されるのだ。頂いた命を粗末にすることなく使う。これは冒険者としてまず学ぶことだ。
今日、その場は大忙しである。ギルド長のセドリックを中心に獣が狩られ持ち込まれたのだ。成果は上々なのだが、井戸の水で体を清めたセドリックはなぜか冒険者ギルドのベンチに腰掛け、落ち込んでいる。
理由は同行したリアムにあった。
「負けた。リアムに負けた」
「お前の方が多く狩っていただろう」
「リアムの方が狩った獲物が大きいし、質も良かったじゃないか!」
「そう言われても、俺の取り分はトーノさまや信仰会、教会へ寄付するものだからな。それ以外は冒険者ギルドの店で使えばいい」
「ぐっ! いやそれでは勝負に負けた上に、さらに負けた感が出るだろう!」
「ありがとうございます。そうして頂けるとギルドとしても助かります」
ギルド長であるセドリックとしてはくやしさ半面、リアムにそこまでして貰っていいのかという思いもある。
だがその言葉を遮って承諾する者がいる。冒険者ギルド、副ギルド長のシャロンだ。
冒険者ギルドでも肉料理や肉の店を出す。ただでさえ、通常より安くするのだ薄利多売である。そんな中、リアムの厚意を受けない理由はない。
言いたいことがありそうなセドリックを強めの笑顔で見つめ返したシャロンは解体後の肉を冒険者ギルドを通じ、教会や信仰会に届けておくとリアムに伝える。多忙であろうからとシャロンは言うがギルドが届けることによって教会側と要らぬ問題が起こらないようにする配慮だろう。
リアムがありがたくその申し出を受け入れるとシャロンは喫茶エニシ用の肉を取りに奥へと向かう。
「ギルドでは何を作る予定なんだ?」
「肉だ! 肉を焼いて肉祭りだな。いや、楽しみだなぁ」
「収穫祭だがな。まぁ、多くの人が普段より買い求めやすい価格で食事を得られるのは良いことだ」
「にしても教会にも肉を届けるとはな。俺たち冒険者と違ってあいつらは肉なんて喜ばないぞ」
軽口を叩くセドリックだが、教会の対応を予測し案じているのだろう。教会の対応はリアムも予想している。おそらく好ましいものではないだろうと。
肩をすくめてリアムは笑う。
「寄付金では彼らがどう使うかわからんからな。そもそも収穫祭という女神の趣旨からも外れる。おそらく、トーノ様と信仰会は喜んでくださるだろう。問題ない」
「おぉ、トーノ様も俺たちの仲間だな!」
「……そうかもな」
否定しようと思ったリアムだが、肉を喜ばない恵真の姿は想像できない。淑女らしくはないのかもしれないが、自然の恵みを喜ぶことは生きることに向き合う姿でもある。冒険者として生きるリアムたちは自然の恵みに感謝して生きているのだ。
そういった意味でも仲間であるというセドリックの言葉は間違っていない。同時に『仲間』という響きにどこかくすぐったいような胸の奥がほんのりと暖かくなるような感覚を抱く。
「うむ、肉好き仲間だな!」
「……」
「いやぁ、今から楽しみだなぁ。肉祭り」
そう言って豪快にセドリックは笑い、明後日になった収穫祭を待ち遠しそうに語る。
見当違いの方向から仲間と認定したセドリックに呆れ、ため息を吐いたリアムはシャロンから肉を受け取ると喫茶エニシへと急ぐのだった。
*****
「うわぁー! 立派なお肉ですね!」
「……そう言って頂けるとありがたいです」
そう言って瞳を輝かせる恵真に先程セドリックの言った「肉好き仲間」という言葉が浮かんだリアムだが、静かに頭の中で打ち消して微笑む。
大きなブロック肉を確認した恵真は白い冷蔵魔道具に肉を入れる。あの魔道具を使うことで鮮度をゆっくりと下げ、低温で保持できるらしいとリアムは恵真から聞いている。そんな魔道具を部屋に置ける人物であることに今更ながらリアムは感心する。
「ナタリアさんはに魚、アメリアさんには赤葡萄酒を頂いたんです。何を作ろうかなってわくわくして考えてたんですよ。リアムさんから頂いたお肉は何に使おうかなー。せっかくですしお客さんに喜んで貰いたいですよね!」
嬉しそうに笑う恵真の姿にリアムは口元を緩める。収穫祭は自然の恵みを様々な人々と分かち合い、その恩恵に感謝する趣旨がある。そのため、価格を抑えて店を出すのだ。今では店同士がその腕を競い合う一面もあるが、街を包む雰囲気も含めてどこか温かさがある。自然の恵みに感謝し、それを振舞い人々に喜んでほしいという恵真の思いは、収穫祭の本質に合うものだ。
「皆さんはどう過ごされるんですか?」
「そうですね。私は教会や信仰会へ挨拶に出向いた後、各ギルドの様子も見に参ります。出来れば、こちらの様子も伺いたいのですが人が多くは入れないかもしれませんね」
「そうなってほしいんですけど、何しろ初めてのことばかりでちょっと心配です」
ドアにかかった防衛魔法のこともある。中に入れる人がそれほど多いものか、また喫茶エニシの料理を街の人々がどう認識しているのか、ドアの外を知らぬ恵真には集客にも不安が残る。
そんな恵真に勢いよく話しかけてきたのがアッシャーとテオだ。
「僕たち頑張るので! あ、いつも以上にっていう意味です。僕らの方がこの街に詳しいし何かあっても対応できます!」
「うん、頑張るね。クロさまもいるし、大丈夫だよ」
「みゃうん」
アッシャーとテオからすれば当然その日は大勢の人々で賑わうことを想定している。リアムもまた同じである。喫茶エニシはマルティアで今話題の店だ。その店が収穫祭で価格を抑えた料理を提供するのだ。普段、足を運べない者も積極的に訪れるだろう。
ドアの防衛魔法もあり、緑の瞳を持つ魔獣クロもいる。安全なことには変わらないが、大勢の人が来れば小さな問題は起こるだろう。そんなときは自分たちが対応しようとアッシャーとテオは考えているのだ。
「オリヴィエのお兄さんも協力してくれるよね!」
「え、ボクが?」
「そうか! オリヴィエのお兄さんがいれば安心だよな!」
それまでソファーに座り、携帯食を齧りつつ紅茶を飲んでいたオリヴィエをテオが瞳を輝かせて見つめる。そんなテオの言葉にアッシャーもまた瞳を輝かせる。
オリヴィエは幼く見えるが元王宮魔導師であるという。そんな人物が収穫祭当日、喫茶エニシにいてくれたなら安心して過ごせると2人は気付いたのだ。もちろん、クロもいるが人手は多いに越したことはない。
キラキラと純粋なまなざしで兄弟に見つめられ、何も言えなくなるオリヴィエの姿を見たリアムが提案する。
「いるだけで構わないのならいいんじゃないか」
「リアム!」
「ここにいて携帯食を齧るのも宿にいて齧るのもそう大きく変わらないだろう。それとも何か当日予定が入っているのか?」
「そ、そりゃあボクにだって、」
そう言いかけたオリヴィエの緑の瞳に、しょんぼりとした様子のアッシャーとテオが映る。特にない予定を無理に作ろうとしたオリヴィエだがその姿に肩を竦め、ため息を溢す。
オリヴィエは笑いを堪えるリアムを軽く睨むと仕方なしに恵真に言う。
「……ボクもここにいるよ。何もしないけどね!」
「うわぁ! オリヴィエのお兄さんがいたら安心だな!」
「うん、よかったねぇ」
「よかったなぁ2人とも」
オリヴィエの参加を純粋に喜ぶアッシャーとテオに、ちょうどよい護衛が出来たと考えるリアム、どちらの考えも知るオリヴィエはむっと頬を膨らませる。
そんなオリヴィエに恵真は笑いかける。
「じゃあ、オリヴィエ君のスープも用意しておくね。少し寒くなってきたし、あったかいのがいいかな。ふふ、楽しくなりそう」
「……そう」
アッシャーたちと同様、純粋に自身の訪問を喜ぶ恵真にオリヴィエは再び肩を竦めた。テトテトと歩いてきたクロはソファーに座るオリヴィエの脚にぽんと前足を乗せる。その様子は「頼むぞ」そう言っているようで、喫茶エニシは穏やかな笑いに包まれるのだった。
*****
昼食を終えた恵真だが、なぜか再びキッチンへと立つ。
明日は収穫祭当日、だが大勢に振舞う料理というのは当日からでは間に合わない。何事にも準備というのは必要なのだ。
身支度を整えた恵真は祖母と視線を合わせ頷く。祖母はすでにエプロンに身を包み、ダイニングテーブルにまな板などを用意する。
恵真はリアムたちに貰った食材で3品、祖母は家にある食材を使って1品作る予定だ。ダイニングのテーブルも使い、分かれて料理を作っていく。
「まずはお肉よね。じっくり煮込んだ方が味が染みて美味しいもの」
「あら、本当に良いお肉だわ。気が利くわねー、リアム君は」
「アッシャー君とテオ君から貰ったきのこも使えるし、ナタリアさんに貰った魚は鮭に近い白身魚だから、使い道が広くって助かるね」
会話をしつつも、2人は手際良く様々な食材を切り分けていく。肉の筋や余分な脂は丁寧に切り取る。まずは下準備をしっかりとすることが大切なのだ。
トントンと小気味よい音が響く部屋の中、恵真も祖母も楽し気に調理を進める。
今日はあまり構ってもらえなさそうだと早々に悟ったクロは、少し日差しも弱くなった窓側のソファーで拗ねて丸くなる。トントンとまな板で何かを切る音、恵真と祖母の楽しそうな話し声にクロは心地よい眠りに落ちていくのだった。
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