84話 秋の実りの収穫祭 2


 その日、冒険者ギルドを通じ、リアムに訪問者が来た。

 依頼であればわかるが、ギルド職員は「リアムさんを訪ねていらっしゃった方がいる」と言う。はっきりとしたことがわからないがギルドが会わせても問題がないと判断したのだ。リアムとしても会わない理由は特にない。職員にそう伝えるとどこかほっとした表情でその人物を迎えに行く。

 仕事でなければ断る者もいるのだろうと気苦労の多いギルド職員の背中を見ながら考えていたリアムだが、連れられてきたその人物は彼にとって予想外の者であった。


 「……クラーク先生?」

 「久しぶりだね、エヴァンス君。だが、今はもうその名前ではないんだ。家を離れ、信仰の道へと進んだからね。今は名のみ、ケインと呼ばれているよ。君もそう呼んでくれると助かるよ」


 リアムにそう言って笑うのは信仰会の服装に身を包む、かつての恩師の姿である。リアムがまだエヴァンス家にいた頃、家庭教師をしていた男だ。突然の再会に驚くリアムにケインは笑いながら、冒険者ギルドの片隅にあるベンチに腰掛けるようにリアムに進める。

 月日は経ったがその柔和で穏やかな雰囲気は変わらないものだ。リアムはベンチに座ると彼の方に顔を向けた。信仰会の質素な服に身を包む彼は、冒険者であるリアムの姿を見てぽつりと呟く。


 「そうか。君は今、君らしい生き方をしているんだね」

 「っ!」

 「いや、話に来たのはそんなことじゃないんだ。僕はね、うん、かつての教え子に頼みに来たんだよ」

 「私にですか? 何かお困りのことがあるんでしょうか」


 リアムに会いに来た理由を頼みごとだと言うケインの瞳は穏やかな海のような青だ。穏やかでありながら、いつもどこか遠くを見ているようなその表情の読めなさは変わらない。リアムは彼が話し出すのをじっと待つ。

 するとこちらを見てケインはふっと笑う。


 「いや、僕も信仰が足りないね。教え子である君を前に躊躇してしまった。エヴァンス君、そうこれは依頼じゃない。僕の頼み事なんだよ」

 「……まずはお話を伺っても構いませんか」

 「うん、そこからだよね。この服装を見てわかるとおり、僕は今、信仰会に所属しているんだ。女神の教えを元に生活をし、その教えを人々に広めている。そんな中で困ったことがあってね、収穫祭さ」

 「収穫祭ですか?」

 「あぁ、秋の恵みを喜ぶと同時に冬を迎える不安も皆抱えている。それを信仰会は憂慮しているんだ」


 秋の恵みに感謝する収穫祭だが、そのあとには厳しい冬が控えている。収穫祭はそのような状況で女神の恩恵である自然の恵みを分かち合う、そんな意味合いもあるのだ。

 女神の教えを基盤とする教会と信仰会だが、その考えも状況も全く異なる。主に貴族が多く献金をする教会と、女神の教えを元に庶民と同じ道を歩む信仰会、その在り方は対照的だ。元々、貴族の出であるケインが信仰会を選んだのは非常に稀なことである。

 だが、ケインを知るリアムからすればそれはごく自然なことだ。彼がどのような人かと尋ねられたら、リアムは「教師」であると答えるだろう。人々を教え、導く立場に彼ほどふさわしい人物はいない。そしてリアムもまた、彼に教えを貰った立場であるのだ。


 「知っての通り、貴族たちは教会と縁が深い。信仰会は庶民寄りだからね。それはそれで構わないんだが、問題が一つある。資金不足だよ。僕らがどう工夫しても、資金が足りないんだ。このままじゃ、冬を越せない人たちが出てくる。収穫祭を祝い、人々に食事を振舞うつもりだったんだが、その見通しも危うい。そんなとき、君がこの街にいることを知ったんだ」

 「……」

 「エヴァンス君、君に頼みがあるんだ」


 ケインは真剣なまなざしでリアムを見つめる。年齢は重ねたが自身のためではなく、誰かのために真剣になるその姿はリアムの知るかつての「クラーク先生」と変わらないものだ。

 彼、クラーク・ケインは迷う者、立ち止まった者に躊躇なくその手を差し伸べる。そんな彼の手は家庭教師をしていた頃と比べると、日に焼けて傷が増えた。その手にリアムは自身の手を重ねる。


 「私にも何かお力になれることはありますか、先生」

 「エヴァンス君、だが」

 「再会したことも女神の采配でしょう」


 女神を出されてしまえばそれ以上何も言えない。

 そんな自身の様子にどこかいたずらが成功したかのように笑うリアムの姿に、ケインはかつて教え子だったときの姿が重なる。

 だが、ケインに差し出されたその手の大きさや力強さは彼の成長を物語る。そんな彼との再会と厚意に、ケインは心のどこかで本当に女神の采配なのではと感じるのであった。


 「では、金銭ではなく物資の支援で。また教会にも同じ支援をしますのでその点はご理解ください」

 「ご実家への配慮だね」


 そう言ったケインの言葉にリアムはあいまいに笑う。

 教会と貴族の関係は深く良好だが、エヴァンス家は少し異なる。そんな中、リアムが信仰会のみに寄付をしたというのをエヴァンス家のあり方そのものとして判断されることもある。エヴァンス家の者は誰一人として気にはしないが、行いを判断するのは外野だ。少しでも波風は立てない方がよいだろう。


 「まぁ、教会は物資での支援は喜びませんがね」

 「はは、彼らはもっと光輝いたものを好むからね」

 「違いないですね」


 波風立てぬようにというリアムの配慮だが、物資での寄付を教会側は好まないだろう。むしろ、上の者であれば不快に思うのではとリアムは考えるのだがそれはそれで構わない。大事なのは同じ寄付をしたという事実なのだ。

 少なくとも目の前にいる恩師はその支援を喜び、実直な彼はそれを人々のために間違いなく使うのだから。

 収穫祭を前に活気づく街の中、秋の後ろに近づいてくる冬を憂う恩師の姿にリアムは彼の本質が変わらないことを感じていた。



*****



 「ギルドでもお店を出すんですか?」


 昼をだいぶ過ぎた喫茶エニシでは客もまばらである。そんな中、カウンターで真剣に食事を摂るサイモンに恵真は話しかける。

 今日のメニューにももちろん香草が使われている。この国では一部の香辛料や香草が薬草として扱われている。恵真にとってはよくわからない部分が多いのだが、それで誰かが助かるのだと受け入れている。

 薬師ギルドの中央支部長であるサイモンは喫茶エニシとその店主トーノ・エマの熱心なファンである。些か熱心すぎて、恵真が引くほどに。


 「えぇ、冒険者ギルドでは毎年、肉料理や肉を販売しています。商業者ギルドは雑貨や小物の販売、薬師ギルドは……」

 「薬師ギルドは?」

 「高価な薬や薬草を販売していましたが、それも収穫祭の意図に合いません。そのため、ここ数年は参加することもなかったのです。ですが、今年は違います!」

 「何か出すんですか?」


 冒険者ギルドが肉というのはイメージ通りである。どうやらそれぞれの管理する職業にあったもので店を出すのだろう。

 表情を明るくし興奮した様子のサイモンに薬師ギルドはどうするのかと何気なく恵真は尋ねる。すると、瞳を輝かせてサイモンは恵真に両手を差し出す。


 「薬草の女神の恩恵を受け、薬師ギルドは薬草クリームなどを出すことになったのです!」

 「こ、声が大きいです」


 恵真は冒険者ギルドを通じ、薬師ギルドにバジルなど数種類の香草を卸すようになった。そのおかげで薬師ギルドには良質、かつ今までのものより手頃な価格で薬草が手に入るようになったのだ。薬草を愛するサイモンからすれば、恵真の存在は「薬草の女神」と言えるのだ。

 だが、恵真が薬草を卸していることは公にはなっていない。裏庭のドアには防衛魔法がかかり、安全が保障されてはいるが人の口に戸は立てられないのだ。「薬草の女神」が恵真であるとは誰も思わないだろう。だがそのめずらしい黒髪黒目はどうしても人目を惹く。注意するに越したことはない。


 「これは失礼しました。ですが、その御心あってこそで私としてはその寛大さを称えるほかに術はないのです。薬草の取引価格も少し下がりました。多くの者にとっては良いことです」

 「それは良かったですね」

 「えぇ、一部の欲をかいた人間にとっては違いますが多くの人々にとって朗報です。これも女神の御心の深さと私は常々感謝をしており…」

 「あ、そうだ。香草を使ったピクルスがあるんです。いかがですか?」

 「ぜひ!」


 差し出した香草を使ったピクルスを「素晴らしい」と称賛しながら食べるサイモンの姿を見ながら恵真は先程、彼が話していた内容を思い返す。

 薬草の女神というサイモンからの称賛に慌てて話を変えた恵真だが、彼の言う通り薬草の価格が少しでも下がったのであればそれは恵真にとっても喜ぶべきことだ。

 祖母に香辛料や香草が薬草となる話をしたときに、「それは立派な社会貢献だわ」と言われた。そのときは今一つピンと来なかったのだが、自分がしたことがまだあったことのない人々の生活をほんの少し変えるかもしれない。そんなことに今更ながら、恵真は気付く。


 裏庭のドアから始まった異世界との交流、その中で恵真自身も生活や気持ちが変わっていった。恵真もまた見えない何かを彼らから貰ったのだ。

 自分の判断と行為が誰かの助けになったとサイモンから聞かされた恵真は、また少し自分が成長できたのではと感じる。

 少しずつ秋も終わりに近づく。収穫祭ではまだ出会っていない人々が喫茶エニシに足を運んでくれるのだろうかとほんの少し期待も膨らむ恵真であった。




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