82話 不思議の森のリアムたち 5
カトラリーや皿を用意して貰えば十分だと思った恵真はアッシャーとテオにテーブルで待つように伝える。待ってるだけより何かしたかったのだろう。そわそわしながら2人は席へと戻っていく。
そんな様子に口元を緩ませながら恵真は、次の料理へと取り掛かる。
次はグーテ茸の炒め物だ。鶏もも肉を一口大に切り、冷蔵庫で下処理をして水に漬けて保存していたレンコンを一口サイズの乱切りにする。ころころとした触感を楽しめるようにだ。グーテ茸も同じサイズに切っていく。
フライパンで鶏もも肉を炒め、表面が焼けた時点でレンコンも入れる。火が通りにくい鶏もも肉とレンコンを先に炒め、火が入ったのを確認してグーテ茸も加える。先程取っておいた人参と万能ねぎも彩りを考えて加えた。
味付けは醤油、オイスターソースと砂糖、みりん、そして顆粒の中華だしと片栗粉を水でしっかりと溶かし、フライパンの中へ全体に行き渡るようにかけたらきちんと混ぜる。ここで混ぜないと片栗粉がだまになるのだ。
グーテ茸の炒め物はとろみもつき、照りも出てその色合いも食欲をそそる出来栄えだ。これでグーテ茸の炒め物も完成である。
最後はひらたけである。恵真の住む世界でも広く普及しているきのこだ。クセがなく使いやすいこのきのこで恵真は2品作ることにした。
まずひらたけを薄く均等に切ると、恵真は鍋に水を入れる。沸いてきたところにひらたけを入れ、火が通ったところで味付けをする。今回は和風の顆粒だしと少量の醤油で少し控えめに味をつける。ひらたけの風味と他の料理とのバランスを生かすためである。最後に火を少し強めにして溶いた卵を溶き入れた。
これでタグ茸の混ぜご飯、ゲーテ茸と根菜の炒め物、ひらたけのバター炒めにスープと4品が完成だ。皿によそう恵真にアッシャーとテオが話しかける。
「エマさん、ぼくたちが運ぶよ」
「じゃあ、お願いしていい?」
「テオ、一皿ずつだぞ」
「うん」
そういうアッシャーは皿を3つプレートに入れてテーブルへと向かう。そんな姿を微笑ましく思いながら、恵真はグラスに氷を入れる。キッチンで水を注いでいる恵真に聞こえてくるのは賑やかな声だ。くすくすと笑いながら、恵真はグラスを持ってテーブルへと向かうのだった。
*****
「旨いっす! このコメ、もっちりしてて甘みがあるっすね。タグ茸の風味と香ばしい香りと甘みが絶妙っす!」
「ふふ、ありがとうございます」
アルロたちが販売を始めたマルティアの米はインディカ米に近いものだ。そちらの米で作るなら具材と共に炒めるのがいいだろう。喫茶エニシでも出してみようかと恵真は考え出す。
「こちらのグーテ茸の方は食感も良く彩りも鮮やかですね。この根菜も歯ごたえがいい」
「レンコンですね。これも秋の食材なんです」
「そうなのですか、こちらにはないものです」
蓮の根であるレンコンはアジア原産である。確かにこちらではない食材なのだろう。だが、先日の昼食で出したところセドリックたちからも他の客からも受け入れられていた。ならば違う形でまた出そうかと恵真の意欲が増す。
「スープもきのこの味がして美味しいね。エマさん、このふんわりしてるのは何?」
「ん? あぁ。溶いた卵を入れるとね、そんな風にふんわりするの」
「卵ってこんな風になるんだね」
「卵はこちらではメインになることもあるので、こういう使い方はめずらしいですね。でも美味しいです。な、テオ」
「うん!」
この国ステンテールでは現在、クラッタという小型の鳥の卵が一般的だ。そのため卵も小ぶりなものとなり、庶民にはやや高めの値段となっている。魔物であるホロッホの家畜化に力を注いでいると恵真はリアムたちから聞いていた。
卵は様々な調理法があり、また栄養価も高い。そんな卵が普及すればさらにこの国の料理は様々な形が出来ていくだろう。
「は! 昼食も食べていいっすか?」
「えぇ、もちろん。なるべく早めに食べたほうがいいと思いますし、作ったほうとしては食べて頂けたら嬉しいですよ」
「オレはこの昼食のために奮起したんすよ!」
「えっと、ありがとうございます?」
今回、様々なハプニングがあったことは耳にしたが、それと昼食とどう結びつくかわからない恵真である。だが、美味しそうにサンドウィッチを頬張るバートの姿に作ったものとしては喜びが勝る。
アッシャーとテオも食べながら嬉しそうに今日の出来事を話している。
「いやしかし、トーノ様のハチミツの品質の良さっすよね。ハチミツグマ公認っすもん。ハチミツグマが何かをくれるなんてお伽話のお話っす」
「そ、そうなんですか?」
「確かにハチミツグマはその味に満足したように帰って行きましたね。しかし、第一の森で続けざまにこんな出来事にあうとは通常考えられません」
「満足、この国のハチミツってどういうものなんですか?」
真剣なまなざしで宝珠の煌めきを見つめるリアムだが、恵真が気になったのはこちらの国のハチミツに関してだ。精製された砂糖が高値であるとは聞いたが、ハチミツにも何か違いがあるのだろうか。
そんな恵真の疑問にバートが答える。
「でかい蜂がいるんすよ。こんくらいの。あ、でも刺されてもむず痒くなって毒の効果で寝ちまうくらいっすね。だから結構、冒険者は採りに行くんすよ」
「へ、へぇ、そうなんですね」
「ハチミツ以外にも魔物肉など冒険者が採取する食材は様々ありますね」
そう言ってバートはテオのこぶしを差し出したため、恵真は青ざめる。だが、それだけ大きな蜂であれば採取する量も段違いであろう。砂糖に比べて手に入りやすいのも頷ける。
それ以上に恵真の心を捕らえたのはリアムの言葉だ。
『冒険者が採取する食材は様々ある』つまり恵真の知らない食材がこの世界にはまだまだあるということなのだ。
怖さより旨さに関する興味が勝った恵真の瞳はキラキラと輝きだす。
「今の私は冒険者ギルドに所属していますよね!? ということは私も狩りに参加できるんじゃないでしょうか?」
「……ルール上はそうですが」
「どんな味がするんでしょう? ワクワクしますね」
表情をぱあっと明るくした恵真にリアムたちはさりげなく視線を合わせる。
確かにルール上はそうだが、一番の問題は恵真の力である。
オリヴィエに生まれたての子どもと同程度だと言われたその力では、黒髪黒目である以前に安全上の問題がある。だが、恵真が忘れているその事実を今ここで口にするのも憚られる。
「そのときはエマさんは赤ちゃんとおんなじだからぼくが守らなきゃ!」
「テオ!」
「うん?」
「そっか、そうだったね。私は赤ちゃんと同じだった……お肉、使ってみたかったなぁ。他にもどんな食材があるんだろう。ふふ、私は食べられない」
魔導師であるオリヴィエの鑑定結果を思い出した恵真はすっかり気落ちした様子だ。魔物として恐れるのではなく、食材として調理する気も食べる気も満々だった恵真の思いがけない豪胆さに笑いを堪えつつ、リアムは話しかける。
「私が持って参りますので、どうぞお気を直してください」
「本当ですか! 信じます! 私、リアムさんのその言葉を信じて待ってます!」
「えぇ、必ず。私を信じて待っていてください」
「……武勲を誓う騎士みたいな会話っすけど、肉の話をしているんすよね?」
目を輝かせ、リアムを見つめる恵真だがその瞳はまだ見ぬ食材への期待へのときめきである。リアムもまたその外見からも力からも外出が難しい恵真を思っての行動であろう。
テオがごそごそとバッグから何かを恵真に差し出す。そっと受け取った恵真の手の平の中には可愛らしい赤い実をつけた小枝があった。第一の山でテオが吟味しながら拾っていたものである。
「おみやげ! 綺麗だからエマさんにあげるね。森は他にも綺麗な葉っぱとかいっぱいあるんだよ」
「そうなのね。マルティアには色々なものがあるのね。素敵なおみやげをありがとう」
森へと行けない自身への気遣いがこの小さな土産なのだろう。恵真は可愛らしい小枝に微笑む。テオはごそごそと小枝をもう一本取りだして、座っているバートの方に差し出す。
「はい。バートにも」
「え、オレにもっすか? なんでまた」
「だってバート、今日たくさん頑張ってたから」
「うん、一人で走っていくなんて出来ないよな。俺もバートのこと見直した」
「……いや、見直したってなんすか。でも、いや、嬉しいっすね」
そういうとバートはそっと小枝を胸ポケットに入れる。可愛らしい小枝は兄弟を守ったバートへの勲章のように誇らしげに輝いて恵真には見えた。
だが、いつまでも照れくさそうなバートの様子につい恵真はくすくすと笑う。
「な、なんすか?」
「いえ、なんでもないです」
理由を口にすることも出来ず、恵真はくすくすと微笑ましく思うだけだ。
だが、そんな様子に慌てたものがいる。テオである。
「まさか、笑いきのこ!?」
「え?」
ずっと笑っている恵真の様子をテオが誤解したのだ。第一の森に行く前に話していた笑いきのこの話をテオは覚えていたのだろう。
だがその可愛らしい誤解にリアムとアッシャーも笑いだしてしまう。
「バート! きのこ博士じゃなかったの?」
「ち、違うっす! これはオレのせいじゃないっす!」
慌ててバートが誤解を解こうとするがその慌てた姿にさらに皆が笑ってしまい、テオの誤解は深まるばかりだ。
こうして第一の森の恵みとバートのおかげで食卓は笑顔溢れる楽しい時間となったのだ。
*****
皿などを片付けようとキッチンへ向かう恵真の元に、テトテトと何やら得意げな様子でクロが近付いてくる。「みゃう!」と自信ありげなその様子は褒めて欲しいようでしきりに恵真の手に頭をこすりつけてくる。
そこで恵真ははたと気づく。実は用意した鈴に昨日の晩、恵真は願いを込めたのだ。「彼らが無事に戻ってこれるように」と。
クロもコロコロと鈴を転がしていたため、恵真はそんなクロに話しかけた。
「アッシャー君たちに何かいいことがあるといいね」そんな恵真の言葉にクロは一声、「みゃう」と鳴いた。
滅多に出会わぬ希少な生き物たちに次々と出会ったという、リアムたちの言葉と昨日の自身とクロの行動が恵真の中でパズルのピースのようにぴたりとはまる。
「クロ? もしかして?」
「みゃう!」
相変わらず祖母と違って言葉が通じるわけではない恵真にはその鳴き声で全てを理解することは出来ない。だが、今日あった出来事をクロが何か鈴にしたと考えると腑に落ちるところがあるのだ。
恵真は慌ててクロに言う。
「鈴は元に戻しておいてね、絶対よ!」
「みゃう」
恵真の言葉をわかったのかわかっていないのか、クロはテトテトと恵真に背を向けて歩き出すとカウンターに飛び乗り、置いてあった鈴をコロコロと転がしている。
とりあえず、あの鈴はしまっておこうと恵真は心の中で静かに決めると、ふぅと息を吐く。
「ん? トーノ様、どうかしたんすか?」
「いえ!! 皆にハチミツを持たせて良かったなーなんて。あ、あぁ、まだ残ってるので紅茶を入れますね」
おそらく、第一の森が不思議な森になったのも今回限りであろう。
秋の豊かな食材に感謝しつつ、最も近くにいる不思議な存在の頭を軽く恵真は撫でる。不思議な出会いはさておき、彼らが無事に帰るように願った恵真の心を汲んでくれたのは間違いないのだ。
得意げに伸びをして、深い緑の瞳をした不思議で愛らしい存在は「みゃう」と鳴いた。
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