81話 不思議の森のリアムたち 4

 

 「なんっすか! そのきのこの山は!!」

 「あぁ、待ってたぞ。バート」

 「こっちは必死で2個とも持ってきたんすよ? なのにこっちにもめちゃめちゃきのこあるじゃないっすかー!」


 開口一番、バートはアッシャーとテオの手の中のきのこを指摘する。左手にカゴを2つ持ちながら必死にここまで走ってきたようである。

 憤るバートにアッシャーもテオも嬉しそうに笑いかける。


 「バート! 無事でよかった。ぼくらすっごく心配してたんだよ」

 「うん、リアムさんがバートは自分なんかより素早いから大丈夫だって言ってたけど、やっぱり心配で」 

 「う。そ、そうっすか? まぁ、前にも言ったっすけどオレにかかれば森ウサギなんかなんでもないっすよ」

 

 バートは右手を腰に当てて自信ありげに言うが、その左腕にはきのこがたっぷり入ったカゴが2つあり、なんとも格好がつかない。だが、そんなバートをアッシャーとテオは尊敬のまなざしでキラキラと目を輝かせて見つめている。

 普段は軽口を叩くバートだが、こんな扱いは逆に落ち着かないらしくそわそわし出した。話題を変えようと2人の持つきのこの山について聞く。


 「それにしても凄いきのこの量っすね。それも食べられるものばかりっす。ん、ちょっとよく見せて貰っていいっすか?」

 「うん、いいよ」

 「何か問題があるものが混じっているのか?」

 「いや、逆っす。こりゃ、価値があるきのこばっかりっすよ! うわっ、これはめっちゃ高級っす! え、でもこの辺じゃ採れないはずっすよ? どうしたんすか、これ」


 そう言ってバートは次々にきのこに顔を近づけて、名前やどんな使い道があるのかを話し始める。その興奮した様子にアッシャーもテオも目を瞬かせている。

 この辺りで採れないきのこを2人が持っているというのは確かに不思議なことだ。リアムがアッシャーとテオに事情を尋ねる。

 

 「この辺じゃ採れないもの? アッシャー、テオ。これはどこで採ったものなんだ?」

 「あの子はその辺で採ってたよ」

 「あの子? 誰かに貰ったのか?」

 「うん、少し透明で髪型がきのこみたいな子がとったのを俺たちにくれたんだ」

 「ひょこひょこぽとん、ってくれたんだよ」

 「それは一体、」

 「それはきのこの精霊っす!!」


 リアムが呟くのとほぼ同時にバートが大声で叫ぶ。

 それに驚いた3人はバートの方に顔を向ける。バートの声の大きさに驚いたのではなく、その内容があまりに突飛なものだからだ。3人は揃って同じ言葉を呟く。

 

 「きのこの精霊……?」

 「そうっす! 森で困ってる子どもや弱ってる人の前に現れて食べられるきのこや珍しいきのこをくれるんすよ! まさか、第一の森にそんなものが出るなんて! は! まだ間に合うかもしれないっすね。精霊さん! ここっす、出てきてください!」


 カゴを左腕に通したまま、バートはあちらこちらと声をかけるが森は静かなままである。悲壮感に包まれるバートの言葉でリアムは先程、自分の身にも訪れた不可思議な出来事を思い出す。突如、現れたハチミツグマだ。

 リアムからハチミツグマの話を聞いたバートは愕然とする。だが、その話を聞いたバートにはどうしても確認したいことがあった。


 「そ、それで、ハチミツグマは何かくれたりなんて……いや、しないっすよね! あんなのただの噂で、」

 「あぁ、貰ったというか何か落としていったぞ」

 「そ、それ、見せて貰ってもいいっすか!」

 

 バートの期待するようなまなざしに、リアムは先程拾っておいたハチミツグマが落としたキラキラと輝く小さな塊をポケットから取り出すとバートへと見せる。

 リアムの手の中で小さいながらも確かな輝きを放つハチミツ色の塊を見たバートは息を吞む。それはバートが期待していた以上の代物だ。


 「大変っす! リアムさん。それは『宝珠の煌めき』っす!!」

 「なんだそれは。大層な名前だな」

 「大層なものなんっすよ! 何十年も生きて力を秘めたハチミツグマが心から満足したときにくれるレアアイテムっすよ! そもそもハチミツグマに出会うこと自体が確率的に低いのにそんな大物と出会って価値のあるものを貰うなんて……ひどいっす! きのこの精霊に何十年も生きたハチミツグマなんて、オレなんか森ウサギっすよ!!」

 

 しょぼくれたバートを宥め、きのこの精霊に貰ったものも含めて2つのカゴの中にきのこを集める。アッシャーとテオがそれぞれカゴを受け取り、左腕が自由になったバートだがすっかり落ち込んだ様子だ。

 それから森を歩き、帰る道中でもバートはため息ばかり吐く。慰めようとしているのかアッシャーとテオはバートに懸命に話しかける。

 

 「でもバートのおかげで助かったのは本当だよ!」

 「うん、あのときのバート格好良かったもんな」

 「そうっすか、ふふふ。いいんすよ、オレは森ウサギが似合う男っす……あぁ!!」

 「今度はなんだ」


 ため息を溢して空を見上げたバートが突然叫んだかと思えば、上へと両手を差し出す。ひらひらとバートの頭上に何かが落ちてきたのだ。そっとその両手を下すとバートの手のひらの中には真っ青な羽がある。

 それを見たバートは泣き出しそうな声を出す。


 「これは、さっきオレが倒した森ウサギを持って行った青空フクロウの羽っす。青空フクロウは幸運を運ぶって言われててその羽には価値があるんすよ。きっとこれはオレへのお礼っす! フクロウさーん、ありがとう!」

 「よかったな、バート」

 「綺麗な羽だね」


 青空に向かってぶんぶんと手を振るバートは機嫌を一気に直す。その変わりようにアッシャーもテオも顔を見合わせて笑う。ぶんぶんと手を振るバートの鈴はチリンチリンと音を立てる。

 こうして、皆が何かしらの恩恵を受けて4人は第一の森を後にしたのだった。



*****


 無事に帰途に就いた4人に恵真は温かいほうじ茶を出す。それをこくりと飲んだアッシャーとテオはふぅと息をついた。

 先程まで嬉しそうにリアムたちと今日あった出来事を語っていたが、それはどれも恵真にとっては予想外の内容だ。バートが選別したきのこを恵真が受け取る。そのきのこは恵真が見慣れたひらたけなどもあるが中には初めて見るものがある。


 「ありがとうございます! これ、それぞれどんな使い道がいいんでしょうか」

 「あー、この茶色くて丸っこいのはタグ茸っす。マルティアではこの時期よく採れてクセもなくって比較的何にでも合うんすよ。あ、こっちのグーテ茸はサクサクした触感が旨いんで焼く方が向いてるっす!」


 きのこを手に取ってその違いや向いた調理法をバートは丁寧に説明する。

バートの話を聞いた恵真はそれぞれの組み合わせ方や冷蔵庫の野菜の内容を思い出しつつ、何を作るかを考える。


 「凄い、バートさん本当に詳しいんですね、助かります」

 「い、いや、森にこもることもあるんで日頃から調べてるだけっす」

 「それが凄いことじゃないですか」

 「え、そ、そうっすかね」


 なぜかうろたえるバートだが、その言葉にアッシャーとテオもうんうんと頷いて賛同する。バートは気付いてはいないが、今日2人の中でバートの株は急上昇している。

 

 「バートのおかげでたくさんきのこ採れたし、それに森ウサギからも守ってくれたんだ」

 「うん、格好良かったよねぇ」

 「あぁ、バートの知識で今日は助かったな」

 「リアムさんまでそんなこと言わないでくださいよ!」

 「だが、本当のことだろう」


 照れくささからだろうかバートは赤茶の髪をわしゃわしゃと掻く。

 そんな様子を笑ってみていた恵真はタグ茸とグーテ茸、そして恵真の世界ではひらたけと呼ばれているきのこを選ぶとキッチンへと向かう。

 4人が頑張ってくれたのだ。今度は恵真の番だろう。


 「じゃあ、私は皆さんの今日の成果を料理に変えますね」


 キッチンに立った恵真はふきんできのこの汚れを丁寧に取り払う。水で洗うときのこの香りが飛んでしまうからだ。がくの固い部分を削るように取り去り、きのこの下準備は完成だ。

 クセがないというタグ茸は混ぜご飯に、触感に特徴があるグーテ茸はそれを楽しめるよう炒め物がいいだろうと考えた恵真はまずタグ茸を薄切りにしていく。本来は炊き込みご飯などにしてもよさそうだが、疲れているだろう4人を待たせないためだ。

 冷蔵庫から取り出した人参を千切りにし、万能ねぎを小口切りにする。人参と万能ねぎは次の料理のためにほんの少し炒めずに残しておいた。豚ひき肉を軽く炒め、その中に切ったタグ茸と人参を入れて炒めていく。味付けはきのこの風味を生かすためシンプルに醤油と塩のみだ。

 火が通ったらごま油をひと回し入れ、炒めたそれを白いご飯に混ぜ合わせる。最後にたっぷりと万能ねぎも加えた。これでタグ茸の混ぜご飯が完成だ。

 

 「いい香りがするね」

 「美味しそうだけど、先にこのお昼ご飯食べなくっていいのかな」

 「オレは両方食うつもりっす!」

 「2人はそちらを先に食べるか、持って帰っても問題ないだろう」


 今回、恵真が用意した昼食はサンドウィッチである。中には挟んだものはすべて火が通ったもので、量としても多くはない。今、ほかの料理と食べることも持ち帰ることも可能だ。

 それを聞いたアッシャーとテオは安心したようだ。テオはショルダーバッグの中から水筒を取り出すとリアムとバートに確認する。


 「ほら、汚れてないよね?」

 「あぁ、転がっていったが傷もついていないな。大丈夫だ、問題ないよ」

 「よかったー!」


 細長い水筒を抱きかかえてテオが大きく息を吐く。隣のアッシャーもうんうんと頷いている。その様子にリアムたちは苦笑いだ。

 確かに貴重な魔道具であろうその水筒、だがそれに傷がつくことよりもアッシャーたちが怪我をする方が恵真が悲しむことは予測できる。現に転がった水筒を追いかけてアッシャーたちとはぐれた話を聞き、恵真は水筒ではなく彼らの体に怪我がないかを心配そうに確かめていた。


 「にしても、不思議なことが重なるもんっすね。きのこの精霊にハチミツグマに青空フクロウ、それも第一の森で会えるもんじゃないっすもん」

 「あぁ、精霊にハチミツグマなんて話の中でしか聞いたことがないぞ」

 「単独行動の森ウサギが集団でいたことなんか霞んじまうっすね」

 「だが念のため、ギルドには報告しておこう」

 「本当に不思議っすねぇ」


 ほうじ茶を飲みつつ、今日の不可思議な出来事をリアムとバートは話し合うがその答えは見つからないままだ。

 部屋の中には恵真が作る料理の香りとその蒸気が満ちる。アッシャーとテオは室内の暖かさと待ち遠しさで頬を染め、何か手伝うことはないかとキッチンへと歩いていった。

 そんな光景を棚の上から、その深い緑の瞳で眺めるクロはなぜか得意げに長いしっぽをゆらゆらと揺らす。

 カウンターテーブルの上には恵真から渡されたハチミツ入りの小瓶と鈴が置かれ、窓からの日差しで綺麗な光を放っていた。

 


 



 

 

 

 

 

 

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