80話 不思議の森のリアムたち 3


 ふかふかした落ち葉の上に座り、アッシャーとテオは静かに座っていた。そのまま2人揃って深いため息をつく。

 恵真から借りた魔道具をつい追いかけてしまったが、それが生み出した状況を無言のまま反省しているのだ。

 だが、先にアッシャーの方が気持ちを切り替える。

 

 「迷惑かけちゃったから、ちゃんと2人で謝ろうな」

 「うん。お兄ちゃんもごめんね、ぼくのせいで」

 「いいんだよ! 2人とも無事だったんだから。一緒に叱られよう」

 「うん」

 

 木々が密集し、茂った葉が日を遮り、あまり光が入らない。先程とは違い、鳥の鳴き声も聞こえず静寂が辺りを包む。落ちた高さはそれほどのものではないが、周囲の雰囲気は全く違う。円形に開いたその場所は中央に池がある。薄暗いが木々の隙間から差し込む光にどこか静謐さも感じられた。

 しゃがみこんだまま、足元のきのこをじっと見るテオにアッシャーが注意する。

 

 「リアムさんに言われただろ? よくわからないきのこは触るなって」

 「見てただけだもん」

 「触ってからじゃ遅いからな」


 足元を見ていたテオはアッシャーに言われて、顔を上げる。すると、遠くの方からひょこひょこと小さな子どもが歩いてくる。それは不思議な光景だった。

 茂った葉の隙間から光が差し込む中を、その子どもは歩いてくる。だが、彼は半透明なのだ。

 目の上かかるくらい前髪を伸ばした半透明の小さな子どもがひょこひょこと木々の隙間から差し込む光を受けながらこちらへと歩いてくるのだ。木々の隙間からの光を体に受けると子どもは見えなくなる。光が当たらないと半透明な姿が確認できるのだ。


 「お兄ちゃん、見えてる?」

 「あぁ、半透明だ」

 「きのこの幽霊かな?」

 「まさか!」

 「だって、髪型がきのこみたいだもん! どうしよう、ぼくらがたくさんきのこを採ったから怒ってるんだよ!」


 ひょこひょこと歩く半透明なきのこの子どもは、アッシャーたちの元へと近づくとテオの足元に手を伸ばす。驚いたテオが足をひゅっと引っ込めるが気にした様子もなく、その子どもはテオの足元にあったきのこを掴むと2人に差し出した。

 その動きについ手を伸ばそうとしたテオを止め、アッシャーが自分の手を差し出す。受け取らなければ怒りを買うかもしれないが、きのこの安全性も不明だ。そのため、弟ではなくアッシャーは自身の手を差し出したのだ。

 アッシャーの手のひらに、半透明な子どもがそっときのこを置く。すると、半透明の子どもは少し離れた木の根元に移動して、何やら持って再びアッシャーたちの元へと来る。兄弟に差し出すその手の中には先程とは違うきのこがあった。


 「……またくれるの?」

 

 そうテオが尋ねると半透明の子どもはこくりと頷く。すると再び兄弟から離れてまたきのこを持ってひょこひょことこちらへと戻ってくる。それを繰り返す半透明な子どもは何も言葉を話さないが、どうやら敵意はないらしい。

 ひょこひょこぽとん、ひょこひょこぽとん、そんなやり取りを繰り返すうちにアッシャーの両手にはたくさんのきのこが集まっていた。

 再びひょこひょこと近づいてきた半透明の子どもにアッシャーが話しかける。


 「ありがとう! でももういいよ」

 「……」

 「ほら、こんなにあるし。他にも俺たちきのこを採ったんだ。だから十分だよ」

 「うん、取りすぎちゃうとダメなんだって」

 「……」

 

 黙ったままの半透明な子どもは右に左にと小首を傾げた後、こくりと頷くとその場から去っていく。わかってくれたのだと顔を見合わせるアッシャーとテオの元にまたひょこひょこと近づき、ぽとんと足元に落としていく。


 「両手が一杯だから貰えないっていう意味じゃないんだけどな」


 アッシャーの言葉にも半透明な子どもは小首を傾げるばかりだ。

 半透明な子どものひょこひょこぽとんという繰り返しはまだしばらく続きそうであった。



*****

 

 一方その頃、リアムはといえば全速力で森を駆け抜けていた。アッシャーとテオの元へと急ぐそのたびに、恵真から渡された鈴もチリンチリンと音を鳴らす。速度が出て体も揺れるため、先程よりもその音が響くのだ。

 音に驚いた小動物たちはリアムが近付く前に去っていく。だが、一方でその鈴の音とハチミツの香りに惹かれてそちらへと向かうものもいる。大きな体のその生き物は小さな耳を動かし、遥か遠くにいるであろうその人物の元へと向かうのだった。


 「!!」


 それは突然現れた。何の敵意も殺気も感じさせず、目の前に突如その大きな姿を現したのだ。敵意も殺気も出さないその生き物はただ静かにリアムの目の前を塞ぐ。その白みがかった茶色の大きな体躯はリアムも初めて見るものであった。

 ただ、その外見的特徴は噂に聞いたある生き物のものだ。


 「これが、ハチミツグマなのか……いや、でかすぎるだろう」

 

 リアムの言う通り、噂で聞いたその姿よりもだいぶ大きい。小屋のような大きさでずっしりと丸みを帯びた体に前足からは長く鋭い爪が見える。

 そもそもハチミツグマというものが実際に存在していたことにリアムは驚きを隠せない。あくまで酒の入った冒険者や子どもに聞かせる話であって、実際にその姿を見た話は聞いたことがない。今回も恵真やアッシャーたちをがっかりさせないためにハチミツも鈴も持ってきただけなのだ。


 体に対して小さなつぶらといっても良い焦げ茶の瞳はじっとリアムを見つめている。そこでリアムはハチミツグマが何を求めて姿を現したか気が付く。

 アッシャーたちが話していた通り、ハチミツグマは冬ごもりを前にハチミツを求めているのだろう。相手に戦う気がないのならば、リアムとしても好都合だ。ここで時間を取られれば、アッシャーたちの元に行くのが遅れてしまう。

 リアムはショルダーバッグの中のハチミツが入ったガラス瓶の蓋を開き、ハチミツグマの足元へと投げる。

 ハチミツグマは足元のハチミツが入った容器をくんくんと嗅いでその匂いを確かめているが、急に小さなつぶらな瞳が輝く。次に瓶からこぼれ落ちたハチミツをひと舐めするとリアムの体まで揺らすような大きな声を上げ、体を上下に揺らす。


 「なんだ、どうしたんだ?」

 

 そんなリアムの声などハチミツグマの大きな声にかき消されてしまう。ドスンドスンと地面を踏みしめて、その体躯を揺らす姿にリアムはあることを思い出す。

 昔、聞いた噂では質のいいハチミツを渡すとハチミツグマは踊るというものがあった。冒険者の一人が酒の場で話したその会話をリアムは真剣には受け取らなかったがそれは真実だったのだ。

 満足げに再び吠えたハチミツグマはハチミツの瓶を咥えると周りの風景に溶け込むように消えていく。大きな体が消えてなくなった後に残ったのはキラキラと輝くハチミツ色の小さな塊だ。

 近づいたリアムがそっと手に取ったその塊は小さいが確かな輝きを放つ。

 

 「一体何だったんだ……いや、今はアッシャーたちだ」

 

 目の前で起きた奇妙な出来事にリアムの思考は囚われそうになるが、頭を振ると前を向き走り出す。今、リアムははぐれたアッシャーとテオの元へと向かっているのだ。不可思議な現象に関しては後回しでいいだろう。

 チリンチリンと鳴る鈴の音にポケットにはハチミツグマが落とした輝く小さな塊を入れてリアムは2人の元へと急ぐのであった。



*****


 木々の隙間から見えたその姿にリアムは安堵する。

 時間としてはそれほど経ってはいないのだが、武器も持たない子どもたちを残していたのだ。リアムとしては気が気ではなかった。

 見慣れた小さな2人の兄弟の姿にリアムは大声でその名を呼ぶ。

 

 「アッシャー! テオ! 無事か?」

 「リアムさん!」

 「大丈夫だよ、リアムさん」

 

 2人の姿に安心したリアムだが、彼らの足元や両手にあるものを見て怪訝な顔をする。アッシャーもテオも両手にこんもりときのこの山を持ち、足元にも小さなきのこの山が出来ているのだ。

 

 「これは……どうしたんだ? 一体」

 「うん、でもぼくたちにもよくわからないんだよね。ね、お兄ちゃん」

 「うん、説明はできるけど、何だったのかよくわからないんだ」

 「まぁ説明は後でも十分だ。2人とも無事でよかった」

 「心配かけてごめんなさい」

 

 ぺこりと頭を下げるアッシャーとテオの頭をリアムは大きな手で撫でた。

 目を離したリアムとしても反省すべき点はある。予想外のことはあったにせよ、アッシャーとテオが無事であればそれだけで良いと考えたのだ。

 何より2人はきちんと自分たちのしたことを理解している様子だ。それ以上何か言う必要はないだろう。

 そう思うリアムに自分たちを呼ぶ声が聞こえてくる。

 

 「…さーん! どこいるんすかー」

 「バートだ! 無事だったんだね!」

 「バート! バート、俺たちここにいるよ!」


 そう言っても上からは棘のついた蔓が茂って見えないだろう。だが、それでもバートの無事が嬉しいのか2人は姿の見えないバートを何度も何度も呼ぶ。

 だが、上にいるバートは困惑したような声が聞こえる。


 「え、見えないすんけど、なんか声だけするっす! 怖っ! きのこのカゴ落ちてるし、何があったんすか! 皆! リアムさん! アッシャー、テオ! どこ行ったんすか!!」

 

 その声にアッシャーたちの様子を微笑ましく眺めていたリアムはあることを思い出す。姿が見えないバートに向かって大きな声で呼びかける。


 「バート!」

 「リアムさん! どこっすか!」

 「そこの茂みの奥から下に落ちたんだ。アッシャーとテオもここにいる。来るときに見た池の近くだから、バートもこっちに来てくれないか?」

 「あー、そういうことっすか! 了解っす!」

 

 そう言われて周囲を見回せば、棘のある蔓が密集している。その奥から落ちたのかと納得したバートが駆けだそうとした瞬間、再びリアムが呼びかける。


 「バート、まだあるんだ」

 「何っすか?」

 「そこにある2つのカゴも持ってきてくれ」

 「はあぁ!?」


 バートが振り向くと、確かにきのこが入ったカゴが2つぽつんとそこに置いてある。アッシャーとテオが持っていたものだ。

 しぶしぶ、2つのカゴをバートは左腕に通す。なんとも格好つかないその姿に憮然とするバートだが、そんなことは姿が見えずともリアムは察しているのだ。

 リアムはアッシャーとテオに向かって、いつもより大きな声で話しかける。

 

 「バートのおかげでお母さんやトーノ様にきのこを持って帰れるな」

 「うん! きっとお母さんもエマさんも喜んでくれるね!」

 「エマさん、どんなご飯作ってくれるかな」

 「あぁ、昼食もあとで皆で食べような」

 「本当にバートのおかげだね」


 アッシャーもテオも何の作為もなく、バートが無事でありきのこを持ってきてくれることを喜んでいる。だが、それを実際に口にするかしないかはこちらの姿が見えないバートには大きな違いを生む。

 そして、きのこを使った恵真の料理に昼食と言う言葉もまたバートを動かすには効果的だろう。カゴを2つ持つ姿と食欲を秤にかければどちらに傾くかは明白だ。


 「今! オレ、そっち行くんで! きのこもばっちりオレが持っていくんで待ってくださいっす!」

 「あぁ、頼んだぞ。バート」

 「ありがとう!」

 「よかったね!」


 にこにこと笑うアッシャーとテオの両手にはたくさんにきのこがある。足元にもきのこの山が出来ている。その事実をリアムはバートには告げない。

 左手にきのこが入ったカゴを2つ持ったバートは張り切ってリアムたちの元へと走っていくのであった。

 

 

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