79話 不思議の森のリアムたち 2


 チィチィと鳥の鳴き声も聞こえ、風が紅葉した葉を揺らす。そしてチリンチリンという恵真が用意してくれた鈴の音も彼らの歩きに合わせて響く。

 4人組は丹念にきのこを探しながら森を歩き続け、カゴの中は7割ほどきのこで埋まっていた。それを見ながら、満足そうにテオがアッシャー達に話しかける。


 「きのこ、たくさんとれたね!」

 「あぁ、きっとお母さんもエマさんも喜んでくれるな」

 

 きのこの入ったお互いのカゴを見て、その成果に納得したようにアッシャーとテオは頷き合う。

 そんな光景を見ながら、そろそろ休憩をとろうかと口を開きかけたリアムは周囲からかすかな敵意を感じる。おそらく、その敵意は強者からのものではないだろう。だからこそ近くに来るまでリアムは気付かなかったのだ。

 バートを見ると彼もまたリアムに視線を寄越し、まだ正体の分からぬ敵を警戒している様子だ。

 幸いにもここは少し木々もなく、動けるだけの空間がある。木々が周囲にあれば剣を振るうことは敵わない。であれば、ここで迎え撃つべきだろうとリアムはバートに頷き、アッシャーとテオにそっと声をかける。

 

 「2人とも俺の後ろに来るんだ!」

 「!!」


 その言葉の響きと真剣さにアッシャーとテオは弾かれたようにリアムを見ると、黙ったまま彼の指示に従う。そんな彼らを安心させるようにリアムは笑いかけ、アッシャーの肩に軽く手を置く。目を見て頷くと、テオの背中に右手を置いたアッシャーもまた頷く。テオは不安気ではあるがぎゅっと口を結び、兄とリアムを見つめている。

 バートはそんな3人と距離を置き、気配のする方へと剣を向けていた。俊敏さには自信がある。決して広くはないこの場で戦うならば、リアムよりバートの方が得意だろうと前に出たのだ。その考えは口にせずともリアムには伝わっている。そのため、リアムは兄弟に自分の元へと来るよう促したのだ。

 

 ガサガサと音を立てる茂みからの敵意をじっと4人は受け止める。

 風になびく赤や黄色の葉が大きく揺れ、鳥が羽ばたいた音が聞こえた瞬間に茂みから敵が飛び出してきた。


 「うわっ! なんでこんなにあいつらが!」

 「バート、気を引き締めろ!」

 「了解っす!」


 こうして穏やかなきのこ狩りを楽しんでいた4人は、一気に戦いへと巻き込まれていったのだ。

 


*****


  

 リアムは冒険者として、バートは兵士として、それぞれに形は違うが戦う事において周囲に引けを取ることはない。だが、今回の戦いでは苦戦を強いられている。それはアッシャーとテオを庇いながらという事情もあるがそれ以外に相手に問題があった。


 「あぁ! これじゃ、避けても避けてもキリがないっす!」

 「そうだな! だが今の状況では避け続けるしかないだろう!」

 「まぁ、そうなんすけどね!」

 

 そう言って剣の柄でバートは向かってきた敵の眉間を強かに打つ。

 敵の冬仕様になった緑の毛を持つその生き物は強靭な筋肉質な体で辺りをぴょんぴょんと飛び回る。その頑強な体とジャンプ力でぶつかってこられれば、骨折の可能性もある。そのうえ、肉も緑の毛もなかなか値が付かないという冒険者泣かせの生き物、そう森ウサギだ。それも6匹いるため、あちらこちらから飛んでくるのだ。通常、彼らは集団行動をとらない。複数の森ウサギが現れる事はめずらしいことである。


 リアムはアッシャーとテオの前に立ちながら、2人を木の陰にと移動させる。途中、何匹かの森ウサギが飛びかかってきたため、剣で切りつけたが厚い毛と硬い皮膚で致命傷とまではいかない。剣を使ってなぎ倒し、じわりじわりと相手の攻撃を防ぎながらの根気比べである。バートとリアムが剣を振り、動くたびに恵真から貰った鈴がチリンチリンと辺りに響く。

 森ウサギは決して強くはないのだが、硬く頑丈な彼らを倒すには魔法が最適である。剣を使うのであれば根気と時間が必要となるのだ。森ウサギが敬遠される理由がここにもある。


 バートはちらりとリアム達を見る。リアムは木の裏に隠れたアッシャーとテオを守るため、その場を動かずに森ウサギを相手にしている。飛びかかる森ウサギを剣で切りつけ、その柄で叩く。その間も違う森ウサギをかわしながら、再び剣で薙ぎ払う。その後ろには木の後ろに隠れた2人の兄弟がいるのだ。普段のリアムとバートであればこのような状況にはならないだろう。

 そんな光景にバートは自身のすべきことを見つける。


 「ハイハイ! 森ウサギの諸君、こっちっすよー!」

 

 そう言いながらバートは飛びかかってくる森ウサギたちを剣の柄で叩き、時には切りつけ大きな動きと声で引き付ける。リアムの周囲にいた森ウサギたちには落ちていた小石を投げて、彼らの意識を自分へと向かせる。

 その意図に気付いたリアムがバートを見ると、彼はにへっと笑って大きく手を振る。


 「任せてくださいっす!」

 「……すまない、頼んだぞ」

 「まぁまぁ、たまにはオレにも見せ場作らせてくださいっす! ほらほら! お前らこっちにバートさんはいるっすよー!」


 しっかりと森ウサギの敵意を一身に集めたバートは彼らが自身を追いかけてくるのを確認しながら、この場から離れていく。森ウサギたちは既にバートにしか目が向かないようだ。バートが走るたびにチリンチリンと鈴の音が響く。

 

 「バート! 早めにな!」

 「当然っすよ! オレ、まだ昼飯食ってないっすもん!」

 

 森ウサギに追われながらも、いつも通りの軽口と笑顔で走り去っていく姿にリアムは日頃は見せないバートの気概を感じる。気付く者は少ないが、あれでいて周囲を気遣いながら考え動く人物なのだ。


 「アッシャー、テオ。もう大丈夫だ、出て来ていいぞ」


 リアムは木の裏に隠れているアッシャーとテオに声をかける。するとまずアッシャーがそっと顔を覗かせ、辺りを見回すとほっとしたようにテオを見て頷く。その後、カゴを持ったテオがおずおずと前へと足を歩み出す。

 心配そうな表情をしたアッシャーが口を開こうとしたため、リアムは彼の頭に手を置く。

 

 「大丈夫、バートに任せれば問題ない」

 「……本当?」

 「だって森ウサギ、何匹もいたんだよ?」

 「バートも自信があるからああやって森ウサギを自分に引き付けたんだ。身軽さは俺よりもバートの方が上だろうな。バートは腕も立つから何の心配もいらない。バートの実力を信じて、俺たちは先に戻ろう」

 

 その言葉にアッシャーとテオはお互いの顔を見合わせて頷く。バートが身をもって守ってくれたのだ。その気持ちを無駄にすることはできない。今、出来ることは森を出てバートの帰りを待つことだと2人も理解したのだ。


 「……うん、わかった。バートまだお昼ご飯食べてないしね」

 「うん! バートはお昼ごはん楽しみにしてたもんね」

 

 リアムの言葉に普段のバートを思い出したのか、アッシャーもテオも少し安心したように頷く。そんな2人の背中に手を当てて、リアムは来た道を戻るように促しつつバートが走り去った方向を見つめる。

 複数の森ウサギを相手にするのならば、身を隠しやすい木々の集まった場所が向く。木に隠れながら戦う事で森ウサギの攻撃を躱す事が可能だ。また、森ウサギが木々にぶつかることで彼らに怪我を負わせられる。4人で固まっているより、断然戦いやすいだろう。バートが無事に戻るというのはアッシャーとテオの気持ちを軽くするため言ったことではなく、リアムの中で確証があることだ。

 再びアッシャーたちの方を向いたリアムは濡れた落ち葉を踏みしめながら、元来た道へと歩みを進めるのだった。



*****


 

 歩き始めてしばらく経ったリアムたちは手ごろな枯れた木の上に腰掛け、休憩をしている。アッシャー、特にテオの体力を考慮したためである。

 休憩を兼ねて恵真が作った昼食を摂っても良いのだが、アッシャーもテオもバートを思うと気が引けるのか恵真が渡した水筒のお茶をこくりこくりと飲んでいる。

 

 「リアムさん、この水筒凄いよ! お茶がね、まだあったかいんだ!」

 「うん、あったかいね。恵真さんがくれたクラッカーもあるんだよ。リアムさんも食べる?」

 「いや、俺はいい。2人が食べなさい」

 「うん。はい、お兄ちゃん」

 「あぁ、ありがとな」

 

 そう言ってお茶を飲む2人の頬はほんのりと赤くなる。温かい飲み物を摂ることでどうやら気持ちも体も緊張が解れ、普段の2人に戻った様子だ。

 気持ちというのは体にも影響を与える。いつものようにクラッカーをほおばり、温かなお茶を飲む2人にリアムも安堵する。

 時間が経っても中の飲み物の温度が下がらないということは恵真が2人に持たせた水筒も魔道具の一種なのだろう。その辺りの魔道具士より変わった品々を気軽に子どもたちに貸し出す恵真を思い出し、リアムは彼女のその寛容さについ笑みが浮かぶ。

 少々問題があったが、アッシャーもテオもケガはないしバートの実力であれば森ウサギを撒くことは可能である。このまま、森を出れば日が暮れる前に無事に家に帰すことが出来るのだろう。

 


 「そろそろ行くか?」

 「うん! テオ、片付けよう。ん、どうした?」

 「ちょっと待ってね」

 

 立ち上がり、荷物をまとめるリアムとアッシャーだがテオはしゃがみ込み、何かを拾っているようだ。手元を見ると赤い実をつけた可愛らしい木の枝がある。風に揺られて落ちたであろう小枝を傷がついていないか見極めているようだ。


 「綺麗だからお母さんとエマさんに持って帰るんだ。あとね、もう1ついるかも」

 「そうか、きっと2人とも喜んでくれるな。だが、もうそろそろ帰るぞ」

 「うん、わかった! あ!」

 

 小枝を入れようとした瞬間にショルダーバッグに入れていた恵真の水筒がころころと転がる。それを慌ててテオが追いかける。その後ろからアッシャーも急いでテオを追う。そんな二人に慌てたのがリアムだ。

 水筒は緩やかな坂となった地面を転がるが、その先は繁殖した棘のある蔓が絡み合っている。入り組んだ状態の蔓のわずかな隙間へと水筒は転がっていく。それを追いかけるテオが蔓の中へと入ってしまうのをアッシャーが慌てて追いかける。


「テオ、だめだ! 戻るんだ」

 「でも、水筒が!」


水筒はそのまま蔓が繁った先に地面はなく下へと落ちていく。それを追いかけ拾おうとしたテオもまたそのまま落ちてしまう。

 と、その瞬間にアッシャーがテオの右足を掴む。

 だがその重さを子どもであるアッシャーが右手一つで耐えられるわけがない。アッシャーはテオの足を掴んだまま、共に地面を離れてしまう。


 「アッシャー! テオ!」

 

 蔓は追いかけてきたリアムの腰の上あたりまである。繁殖しきった蔓が絡み合いながら茂っているため、小さな2人の姿はリアムからは全く見えないのだ。

 棘がついたその蔓を切り払おうとリアムが剣を振り上げたそのとき、アッシャーたちの声が響く。


 「リアムさん! 大丈夫だよ、ほら水筒もここにあるよ!」

 「2人はけがはしてないのか!?」

 「うん、俺もテオも無事だよ」

 「そうか、良かった……いや、良くないぞ。2人とも急に離れるんじゃない」

 「ごめんなさい」

 

 姿は見えないがその声色から落ち込んだテオの様子がリアムには浮かんでくる。紺碧の髪を手で崩して、リアムはふぅと息を吐く。

 どうやら2人に怪我はないようだ。それならば、一刻も早く2人の元へと行くべきであろう。


 「周りに何か特徴的なものはあるか?」

 「ん、池! 来るときに見た池が真ん中にあるよ!」

 「あの周辺か……それならそれほど遠くないな。わかった、2人とも今行くからそこから絶対に動くなよ!」

 「うん! わかった」


 繁殖しきった蔦の隙間からは大人であるリアムは通り抜けることは出来ない。入り組んだ太い蔦は剣では切るには時間がかかるだろう。

 リアムは2人に注意を促したあと、急いで走り出したのだった。


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