78話 不思議の森のリアムたち
ひらりと舞い落ちた葉はほんのりと色付いている。この場に恵真がいたなら「異世界でも紅葉するのね!」と感激したことだろう。
ここ、マルティアにおいても秋のこの時期はほんの少し木々は色付く。と言っても恵真がいる国ほどではない。
だが、この国スタンテールにもしっかりと秋の実りはあり、リアム達はそれを求めて第一の森へと足を運んだ。
幸いにも天気は秋晴れ、踏みしめる落ち葉も少し湿り、日陰には彼らが探す森の恵みも良く見つかる。その証拠にそれぞれのカゴはいっぱいだ。
「ねぇ、バート。これは取っていい?」
「あー、それは大丈夫っすよ! 煮ても焼いても旨いやつっす!」
「じゃあこれは?」
「あー! それは煮ても焼いても不味いやつっす!」
「よしアッシャーもテオも約束通り、取る前にまずバートに確認できてるな。きのこは見分けるのが難しい。危険なものもあるかもしれないから気を付けるんだぞ」
「はーい」
リアムの言葉にアッシャーもテオも素直に返事をする。
そう、彼らのカゴの中身はたくさんのきのこが入っている。今年の夏は湿度も高かったため、きのこもよく育っているようで様々な種類のものがある。
だがリアムの言った通り、それを見分けるには技術と経験が必要だ。
「まぁ、今日はなんでもオレに聞いていいっすよ!」
「俺も食用出来る種類の知識しかないからな。頼んだぞ、バート」
「ハイっす!! ほら、オレ優秀な兵士っすから! ほら、山に潜むときや遠征のためにきちんと知識を身に付けてるんすよ」
「あー、そうだな、それは立派だ。で、これは食えるか?」
「おぉ! これは!」
リアムが指差した先のきのこを見てバートが声を上げる。その声に他の2人もそのきのこに注目する。少し斑点のあるそれは特にめずらしくもない茶色いきのこだ。
「旨いのか?」
「めずらしいの?」
「いや、笑いきのこと呼ばれてるやつっす。どんな奴でもこれを一口ぱくりで笑いが止まらなくなるっす! 他にも泣ききのこって言うのもあるんすけどね」
「……まぁ、本当にバートがいて良かったな」
「あ、でもかなり旨いっていう噂もあるんすよ!」
「トーノ様に頂いた旨い昼食があるんだ。そんなものを食うなよ」
なぜかキラキラと目を輝かせるバートをさらりと流し、恵真から貰った昼食が入ったショルダーバッグをぽんぽんとリアムが軽く叩く。するとチリンと鈴の音も聞こえる。
テオはカゴに入った様々な種類のきのこにニコニコと満足そうだ。
「エマさん、きのこ喜んでくれるかな?」
「そうだな、いつも貰ってばっかりだもんな。エマさんに喜んで貰えたらいいよな」
晴れた空は高く、風も心地良く吹き、色付いた木々も美しい。目的のきのこもカゴいっぱいに採れ、穏やかに時が過ぎていく。
休憩のために恵真に渡された昼食を摂る相談を始めた4人は、秋の訪れを楽しんでいた。
*****
「え、アッシャー君もテオ君もきのこを採りに山に行くんですか?」
「えぇ、私もバートも同行します。行くのは第一の森ですし、そこまでの危険はないでしょう。街の者もこの時期は特によく訪れるんですよ」
恵真の問いに紅茶の入ったカップを置いて、リアムが答える。不安そうな顔をしていた恵真だが、リアムの返答に安心したように頷く。腕の立つという2人との行動であれば危険な事はないだろうし、街の人々が足を運ぶような場所であれば問題もないのだろうと考えたのだ。
第一の森はリアムの言う通り、獣は出るが街の人々も足を踏み入れる場所である。そう深くまで入り込まなければ危険な事はない。
「2人ともお母さんに温かい服装を準備してもらうんだぞ」
「そうっすね、きのこが生える場所は地面がぬかるんでいる事も多いっすから靴にも注意が必要っす」
「わかった!」
「うん、お母さんにお願いしておく!」
アッシャーとテオは嬉しそうに目を輝かせる。皆で出かけるというのは1つのイベントごとのような感覚になるのだろうと恵真は思う。こうした季節の娯楽は恵真が小さい頃にも楽しんだものだ。
すると、アッシャーがハッとしたようにリアム達に尋ねる。
「クマが出るかもしれないから鈴を持った方がいいかな?」
恵真はアッシャーの言葉に彼らの国でも熊がいるのかと思い、であれば鈴を持つのは良い判断だとリアム達に視線を移すがなぜか彼らは悩んでいるようだ。
一般的に山に入る際、熊よけに鈴を持つように言われている。その音を聞いた熊が警戒し、近付いてきにくいからだ。であれば、アッシャーの言う通り鈴を持った方が安全であろう。
「持たせた方が安全じゃないでしょうか? 鈴があれば熊は避けると言いますし」
「え?」
「え?」
恵真の言葉になぜか皆、きょとんとした表情を浮かべている。
特におかしなことを言ってはいないのだがと目を瞬かせる恵真にテオがくすくすと笑いながら教える。
「違うよ、エマさん。鈴の音でクマが出てくるんだよ」
「え? 熊が出てくるの?」
「はい、ハチミツグマは鈴の音で人がいるって思うのでハチミツを貰いに出てくるんです」
「ハチミツを貰いに熊が出てくる……?」
アッシャーが補足してくれたが、更に恵真には謎が深まる。
鈴の音を聞いて熊がハチミツを貰いに出てくると聞いて、恵真の頭の中には可愛らしい子熊が思い浮かぶ。ひょこひょこと可愛らしい子熊の姿を想像する恵真にバートが追加の情報を足す。
「んー、でもハチミツグマってハチミツ中心に食べるっすけど、攻撃力がないわけじゃないんで会わないほうがいいっちゃいいっすよ。あ、あれっすね。昔からハチミツグマにハチミツあげると稀に何か貰えるって言うっすもんね。うん、夢があるっす。でもまぁ、その分出会える確率も低いっすけど」
「うん、冬ごもり前のこの時期は出やすいって言うでしょう?」
「んー、そうっすねぇ」
そう言ってバートはちらりと視線をリアムへと移す。
この国スタンテールなどの森や山に現れるというハチミツグマは白みがかった茶色で体格は大きい。倒すのであれば大人数人がかりとなることだろう。
だが、彼らはハチミツ以外には木の実や果実を好んで食べる上、人前に姿を見せることがない。そのため、あまり知られていない部分も多いのだ。鈴の音で出てくる話やハチミツの礼に何かを返してくれるというのはあくまで噂だ。
その事実をアッシャーとテオに言う必要はもちろんない。鈴を持たせることで弱い獣であれば逃げていくだろうし、2人が万が一はぐれたときも鈴は活躍するだろう。
そんな意図もあり、バートはリアムに視線で尋ねたのだ。
「……そうだな、鈴を持った方がいいだろう。あとはハチミツもだな」
「ありがとう!」
「ハチミツグマ、何くれるかな?」
すっかりハチミツグマに会えるつもりで張り切るアッシャーとテオの姿に、リアムとバートは口元を緩める。秋に収穫をするのは厳しい冬に備えるためでもある。そのために人々は森へと入るのだ。
だが、今のアッシャーとテオにはそれを憂う必要もなくなった。それは日々の生活の安定があるためだ。純粋に季節の実りを楽しめる、そんな心のゆとりが出てきたのだろう。ここ、喫茶エニシと恵真との出会いが変化を生んだ。
嬉しそうに何が貰えるかを話し合う2人の姿を眺めるリアムとバートだが、実はもう1人張り切る者がいる。喫茶エニシの店主、トーノ・エマである。
「よしっ! じゃあ、鈴とハチミツ4人分用意しますね!」
「4人分、ってオレ達の分もっすか!?」
「もちろんです!」
獣除けと迷ったときを考慮して持たせたいというリアムとバートの意図を恵真たちは知らない。3人ともすっかりハチミツグマに会うつもりでいるのだ。その気持ちに水を差すことになるため、なんと恵真に言えばいいのかリアム達は迷う。
だが楽しそうに話す恵真がこちらを振り向き、にっこりと笑う。
「あ! お昼ご飯も何か作っておきますね!」
「ハイっす! じゃ、鈴もハチミツも昼食も4人分ってことで!!」
「おい、バート」
「じゃあ、リアムさんは昼食なしでいいんすか?」
「……すべて4人分でお願いできますか」
「もちろんです! あとアッシャー君とテオ君には水筒も用意しなきゃね……他には何か気を付けたほうがいいとか用意した方がいいものってあるんですか?」
子どもを連れて森に入るのだ。色々と準備や注意する点があるだろうと恵真は考える。例えば、遠足であれば昼食や水筒は必須であるし、大人であっても自然を前に準備を怠るべきではないだろう。
そんな恵真にバートが思い出したかのように呟く。
「森ウサギっすね」
「森ウサギってあの緑色でぴょんぴょん飛ぶって言うあれですか?」
「そうっす! あのぴょんぴょん飛んでゴンゴンぶつかってくるあれっす! この時期あいつらは換毛期後なんすよね」
以前、恵真がバートたちから聞いた話では森ウサギは平野を中心に生息する動物で、その攻撃性と頑丈な体から危険であるとのことだった。換毛期後と言うならば、特徴である緑色も変わるのであろう。
「えっと、色が白くなったり保護色に変わるんですか?」
「違うっす、もっふもふになるんすよ」
「もっふもふ?」
「緑の毛が防寒でみっしり生えてまん丸になるんすよ! まぁ、だから他の時期よりはその姿に気付きやすいんで対応しやすいんすよー。まぁ、このバートさんにかかれば森ウサギなんて楽勝っすけどね」
「まぁ、アッシャー達もいるし出会わないのが一番だがな」
緑の丸くなったウサギが飛び回る姿を想像する恵真だが、どうにも危険性がわからない。だが、バートの言葉ではないがリアム達がいれば問題はないと恵真には思える。なんだかんだ言いつつもバートはアッシャー達を面倒見るし、リアムに兄弟が信頼を寄せているのも明らかなのだ。
こうして今朝、恵真からハチミツグマ寄せの鈴とハチミツに昼食を手渡された4人は第一の森へとキノコ狩りに訪れたのだ。
穏やかな空に吹く風も心地良い、そんな時間が流れる。
だが、この瞬間にも静かに危険は彼らに近付いているのだった。
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