SS リリアの夢と歩む道 2



 「最近、ホロッホ亭で出しているじゃがいもが話題になっているね」

 「知ってるわ、じゃがいもを使った今までにない調理法でしょう?」


 食卓の席でポールが話したのはリリアも知っている話題であった。

 料理の話題への娘の関心の高さにポールは微笑むが内心では心が痛む。そんな娘の夢を反対することへの心苦しさがあるのだ。だが、自身がしてきた苦労を娘にも経験させたくはない。まして、もしリリアがその道を歩んでいくのならば、今までにない道を自分で拓いていくこととなるのだから。

 そう思うポールを前に、リリアはホロッホ亭での新しい料理を語る。


 「果実のサワーもあるらしいのよ。なんだったかしら、しゅふうすい?シュワシュワして喉越しが爽やかで、見た目もいいから女性にも人気らしいわ」


 生き生きと語るリリアにポールは顔を引きつらせながら確認する。


 「リリア、まさか……」

 「行ってないわ、もう…父さんったら。私はまだ店には入れないわ」


 年齢が問題なければ行けたのにという気持ちがリリアの表情にははっきりと出ている。

 ホロッホ亭に登場した新しい料理は話題を呼んでいる。今まで、関心が低かったじゃがいもの料理が数品メニューに加わり、また果実のサワーもエール離れをしている若者を中心に人気が出ているのだ。

 料理に関心があるのは、もちろんポールも同じである。ホロッホ亭の新たな料理の話題で、2人っきりのその日の食卓はいつも以上に賑やかなものとなった。




 父に頼まれたお使いの途中、リリアは会いたいと思っていた人物に遭遇した。ホロッホ亭の女将、アメリアである。面識はあるのだが、お互いに飲食業をしているため、なかなか店を空けられないのだ。


 「あの!アメリアさん!」

 「おや、パン屋のリリアじゃないか。しばらく見ないうちに大きくなったもんだねぇ」

 「ご、ご無沙汰しています!あ、あの、じゃがいも料理とサワーの話、聞きました!今までにない発想で凄いです!私も大人になったらお店に行ってみたいと思ってるんです」

 「あぁ、その話かい?まぁ、確かにそうなんだけどねぇ」


 はっきりとさっぱりとした気性のアメリアとしてはめずらしく言いよどむ。その様子にリリアが不思議に思っていると、何か思いついたかのようにアメリアはにんまりと笑う。


 「あれはねぇ、あたしんじゃあないんだよ」

 「へ?」

 「じゃがいもの料理も果実のサワーもあたしの考えじゃないんだ」

 「アメリアさんじゃない?じゃ、じゃあ、誰が考えたんですか?」


 アメリアが考えたのでなければ、店の者が考えたのだろうかとリリアは思う。そんなリリアに少し勿体つけながらアメリアが口を開く。


 「喫茶エニシを知ってるかい?そこの店主さ」

 「喫茶エニシ…そこの店主って女性なんですよね?」

 「あぁ、そうさ。よく知ってるね。私よりだいぶ若いお嬢さんらしいね」


 それを聞いたリリアの表情が明るくなる。喫茶エニシの店主が女性だという噂は本当だったのだ。おまけにアメリアよりも随分若いということはリリアの将来にも希望が出てくる。


 「ウチの店には来れないが、喫茶エニシならリリアが入っても問題はないんじゃないかい?まぁ、その辺りの店よりは値段は張るだろうが、いい勉強になるに違いないよ」

 「勉強?」

 「おや、あんた小さい頃から言ってたじゃあないか。『大きくなったらパン屋になる』ってさ。今は変わっちまったのかい?」


 アメリアの言葉にリリアは勢いよく答える。


 「いえ!変わっていません!私、父や祖父のようなパン職人になりたいんです!」

 「そうかい、じゃあよその店を見るのもいい勉強になるよ。行ってごらん」

 「はい!ありがとうございます!」


 笑顔で礼を言ったリリアはくるりと背中を向け、帰途へと急ぐ。その駆けていく後ろ姿には喜びが感じられ、アメリアは微笑ましく見つめる。


 昨日、セドリックがホロッホ亭に来た。冒険者ギルドから恵真の元へとバゲットサンドを運ばせる冒険者選びで悩むセドリックに、アメリアが薦めたのがナタリアである。腕が優れかつ信頼でき、嘘を言わない冒険者で女性、この条件で絞られた中でもより信頼に値するのがナタリアだとアメリアは見込んでいる。難点は些か冗談が通じないところがあるのだが、生真面目さゆえのものだ。

 そしてそんなナタリアとリリアは姉妹のように親しい。


 自分と同じ、道ならぬ道を歩もうとする少女の小さな背中を軽くアメリアは押したのだ。荒れた道ではあるがこの街でアメリアが切り拓いてきたものだ。この街で女性が料理をして生きる、そんな道を歩もうとする少女に心の中でアメリアはそっとエールを送った。



_____



 「おやおや、浮かない顔だねぇ。何か困った事でもあったのかい?」

 「あぁ、アメリアさん。いえ、困ったというか…良い事でもあるんですが、複雑な心境というのが正しいんでしょうかねぇ」

 「おやまぁ、アンタ自身のことだろう?」


 今宵もホロッホ亭は賑やかである。屈強な冒険者や若手の兵士達、様々な者達が酒を飲み交わす大きな笑い声が聞こえる。

 そんな中、ポールはカウンターの片隅で1人静かに酒を飲んでいる。

 ポールが複雑な表情を浮かべている理由、それは1人娘のリリアの事だ。


 先日、リリアが冒険者のナタリアと共に喫茶エニシへと足を運んだのだ。最近、バゲットサンドで評判の店を見てみたい。そんな娘に特に反対する理由もなく見送ったポールであったが、そのあと起きたことは全くの予想外であった。


 急いで帰ってきたリリアが酵母と粉が欲しいと頼み込んできた。帰ってきた娘に粉と酵母を持っていった理由を尋ねると「明日になればわかるわ、きっと!」と何か秘密めいたことを言って、リリアは頬を染めるばかりであった。


 次の日、リリアが何やら興奮した面持ちで持って帰ってきたのが「クランペットサンド」である。それを食べたポールもまた興奮と驚きに包まれた。


 その前日にリリアがバゲットサンドを持ち帰ってきたときもポールは驚いた。薬草を使ったその味、そしてふっくらとしたパンは新鮮であったのだ。

 自分や祖父が作ってきたパンにポールはもちろん、自信を持っている。だが、今までにない食感や風味は興味深い。薬草が入り、美味となれば人気が高いのも頷ける。

 だが、クランペットサンドはそれ以上の衝撃であったのだ。


 そんな話をアメリアに話すと彼女はそれの何がいけないのだという表情になる。


 「そりゃ、良かったじゃないか」

 

 そう、問題はそこなのだ。

 クランペットサンドは喫茶エニシの店主の厚意もあり、ポールの店で販売する事となった。おまけにリリアは店主の恵真から店前での販売の許可も貰って来たのだ。

 現在、販売しているパンとはまた違う食感で、豆や野菜を使ったクランペットサンドは他店との差別化をはかる看板商品となるだろう。


 「そりゃ、良いことずくめだねぇ。よくできた娘さんだ」

 「そこが問題なんです」

 「なんだい、どこが問題なんだい。」


 まったくもって理由の分からないアメリアにポールは困ったように呟く。


 「娘が自分の力で道を切り拓こうとしている。おまけにクランペットサンドという成果もあるんです。私はいつまであの子の夢を反対できるのか……自信がないんですよ」


 そう言うポールの顔はほんの少し嬉しそうでもある。

 アメリアがこの街で切り拓いた道をリリアも歩もうとしている。その道は決してなだらかなものではない。時の経った今でもだ。

 だが、目の前の優しく愛情深い理解者がいれば、つまずき立ち止まることがあってもリリアは歩んでいけるだろうとアメリアは思うのだ。


「ほら、これ食べな」

「え?」

「サービスだよ。可愛い娘を持ったアンタにね」


今夜もホロッホ亭は賑やかである。

大声で笑い、酒を飲み交わす人々を笑顔でアメリアは見つめる。

険しい道を切り拓いた先には、人々の笑顔があった。

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