SS  雨のホロッホ亭


 激しい雨が地面を打ちつける夜だが、ホロッホ亭は存外賑わっている。

 明日を休みと決め込んだ冒険者と、明日は野外での訓練は休みと予測した兵士がどちらも呑みに出るためだ。なお、前者は自分次第なので完全に休みになるが、後者は希望的観測に過ぎず、泥で足場の悪い中での戦いを想定した訓練を熱心な上官が思いつくこともある。

 要は天気など口実に過ぎない。呑む理由などいくらでも思いつくのが酒好きなのだ。


 

 そんなホロッホ亭に久しぶりにバートも足を運んだ。新入りとの交流を深めるためという理由を付けられたジャン主催の呑み会である。

 「野菜を食べると森ウサギになる」そんなことをよく口にして肉を好んでいたジャンだが、最近は野菜を摂ることに抵抗がなくなった。初夏に恵真が差し入れた麦茶と梅やピクルスを食べるようになって、自然と抵抗が薄くなったらしい。

 そもそも、多くの人には肉が体に良く野菜は栄養が少ないという思い込みがある。そのうえで値段も肉の方が高く、味も好まれた結果がその考えに繋がっているのだろう。


 今は皆で、ざく切りのキャベツをソースに浸し、酒を飲み交わしている。テーブルの上には肉料理もあるが、ホロッホ亭から話題になったじゃがいも料理ベイクドポテトとガレットもおかれている。エールが苦手な者のために果実のサワーも並び、男たち同様、テーブルの上も賑やかである。

 

 そんなジャン達の話題に上がるのは初夏から時折、差し入れをくれる1人の女性、「差し入れの乙女」の事だ。「一体、どんなお方なんだろうなぁ」そんなジャンの言葉から、男たちの様々な予想合戦となったのだ。


 「やっぱり、心優しき女性ですよね!」

 「差し入れの乙女ですもんね!」

 「あぁ、差し入れる相手として俺達を選ぶんだからな。これが見た目の華やかさや身分の高さを考えるなら、どう考えても俺達には……」

 「いや!実力はどう考えても俺達の方が……!魔術師団ならともかく、近衛師団は!……何するんですか!ジャンさん!」


 話しかけた途中でジャンが部下の体を抑え込む。その力と俊敏さは流石であるが、抑え込まれた方は目を白黒とさせている。

 酒のせいか、理由に気付いていない男をジャンが叱責する。


 「やめろ!それ以上言うのは!誰かの耳に入ったら俺の首が飛ぶ!」

 「職務上の話ですか?物理的な話ですか?」

 「両方だ!」

 

 マルティアの街は冒険者の街と呼ばれている。魔物の住む森林や山々があるため、それだけ腕の良い冒険者が集まるためだ。冒険者ギルドも腕が立つ者を積極的に引き入れている。当然、魔物の暴走から首都を守るために軍も力を入れており、マルティアに置かれた兵士達は腕の立つ者ばかりなのだ。

 

 賑やかなジャン達のテーブルの向こう側には冒険者達が座り、喫茶エニシの黒髪の聖女を熱く語る。バゲットサンドで治癒の回復が早くなり、不味い携帯食を食べずに済んだと盛り上がっているようだ。



 「おやまぁ、差し入れの乙女に黒髪の聖女とはね。お嬢さんもなんとも大きな2つ名を貰ったもんだねぇ」

 「しぃっ!声が大きいっす!」


 アメリアを止めるのはカウンターで吞んでいるバートだ。先程までは皆で呑んでいたのだが、「差し入れの聖女」の話題になったためこちらへ避難したのだ。

 

 「同一人物だとバレたらヤバいっす!ただでさえ、皆から『差し入れの乙女』に探り入れられてるんすよ!」

 「なんて答えてるんだい?」

 「謙虚で控えめな女性っすから、自分の事を知られたら差し入れなくなるかもしれないっすねぇ……そしたら、ジャンさん悲しむんじゃないっすか?って言ってるっすね」

 「あんたそりゃ脅迫じゃないか」

 

 アメリアの言葉にバートは気にした様子もなく、ルルカの実のサワーに口をつける。兵士たちにそれとなく探りを入れられてきたが、その言葉で皆引き下がる。ジャンのおかげだと内心でバートは感謝する。

 おまけに今日はジャンのおごりでもある。暑苦しさもあるが、実際は気の良い人物だ。思う存分、食べて呑もうとバートは心で誓う。


 「いや、しかしキャベツにじゃがいも、果実のサワーだろう?あたしもあのお嬢さんには助けられてばかりでね、何か返したいんだけれどねぇ。バート、あんた何かいい案あるかい?日頃、通ってるんだからさ」

 

 アメリアは以前から気になっていたのだ。だが、恵真の好みがわからぬこともある。本人に直接聞けば、恵真の性格上遠慮してしまうだろう。

 そこで今日、店に訪れたバートに聞いたのだが、バートは腕組みをしたまま黙ってしまう。


 「……んー、何がいいんすかね?」

 「あたしが聞いてるんだよ、何かあるだろう?こういうのが可愛いって言ってたとか、これをよろこんでたとかさぁ」

 「アッシャーやテオのことはしょっちゅう『可愛い』ってぼそっと呟いてるっすね!あとはクロさまには直接言ってるっす!」

 「そういう意味じゃあないよ、まったく。あれが欲しいとか、こういう物を好むとかそういうちょっとしたことを知りたいんだよ」

 「そうっすよねー……」


バートとてアメリアの言っている意味はわかっているのだ。

だが、恵真に何を贈ればいいのかというのはバートも何度か悩んだことである。招かれた際に何度か手ぶらで行ったのも、なかなか良いと思える手土産が見つからなかったのが大きい。


 そんなバートの肩をぐいと引き寄せる者がいる。ジャンである。


 「おい、バート。話は聞いたぞ」

 「な、なんすか?話ってなんすかねー、ねぇアメリアさん!」

 「おやまぁ、聞いてたのかい」


 肩を無理やり組まれたバートが内心で激しく動揺しながらアメリアに救いを求めるが、アメリアは変わらぬ様子でジャンに問いかける。

 ジャンは肩を組んだまま、ニッと笑ってアメリアに言う。


 「バートが女性に贈り物をしたいんだろう!それなら俺からもアドバイスをしようと思ってな!」

 「おや、優しい先輩で良かったねぇ、バート」


 笑顔のアメリアだが、目の奥が笑っていない。バートには「甘いね、動揺するんじゃないよ」と言っているように映る。ジャンは全く気付かないようで、バートに自分が思う女性への贈り物を提案してくれる。

 

 「女性にはな、肉だ!」

 「に、肉っすか?」

 「あぁ!肉が嫌いな人間はいないからな!」

 「……そうっすかねぇ?」

 「ならお前は何がいいと思うんだ?」

 「……は、花束?」


 2人の男の意見を聞いて、アメリアは心底がっかりしたような表情になる。ジャンの肉は自分の好きなもの、花束はその選択自体は悪くはないが今のバートはただ単に無難だからと答えただけだ。恵真を喜ばせたいという思いからの答えではないとアメリアは判断したのだ。


 「あんたらに聞いたあたしがバカだったよ。さて、何がいいかねぇ」


 2人の意見をバッサリ切り捨て、アメリアは恵真への贈り物を考え出す。

 バートは自信なさげにぼそっと呟く。


 「でも、色々なものが手に入る方じゃないっすか。オレらが買える物なんか簡単に手に入れられるんじゃないっすかねぇ」


 その様子はなぜか落ち込んで寂しそうにも見える。

 アメリアはカウンターから少し身を乗り出し、バートの瞳を見る。眉を下げ、情けない表情をした青年にもう1つ尋ねたいことがあるのだ。

 

 「あんたは本当にバカだねぇ」


 その言葉と裏腹に眼差しは優しい。

 たしなめるようにアメリアはバートに話しかける。


 「あのお嬢さんが人が一生懸命に選んだものを、ないがしろにすると思ってんのかい?」

 「……思わないっす」


 アッシャーとテオから貰った小さな野の花も嬉しそうに恵真は飾っていた。リアムから貰ったこの国で普及しているパンも喜んでいたとバートは思い出す。

 なのに、いつも手土産を持って行けぬ理由は、もし喜んで貰えなかったらという怖さがバートの中にあるためだ。自分の中にどこか嫌われる事への恐怖がある事をバートは気付く。アメリアの言う通り、バートが悩みつつ選んだものを恵真が否定する光景は浮かばないのだから。

 

 「やっとわかったのかい?」と言いたげなアメリアの表情に、バートは恥ずかし気に頷く。実際は恵真の問題ではなく、バート自身の問題であったのだ。

 そんな様子を見ていたジャンがバートの肩をポンポンと叩きながら尋ねた。


 「で、その女性はどんな人なんだ?」

 「へえっ?え、ど、どんな人っすかねぇ?ア、アメリアさん!」

 「さて、あたしゃ他のお客さんにも挨拶しないとねぇ」

 「ちょ、ちょっとアメリアさん!」

 「バート、隠すな。協力してやるから!」


 その人物はジャンが会いたがっている「差し入れの乙女」であり「黒髪の聖女」でもある、喫茶エニシの店主トーノ・エマである。

 ジャン本人は本気でバートの力になろうとしているため、強く拒むのも心苦しい。何より、今日の支払いはジャンなのだ。

 散々飲み食いしたバートは、その後も恵真とは違うイメージになるように抽象的に架空の女性の事を語って、ジャンと酒を呑み交わしたのだった。

 

 



 

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