53話 夏至の怪物 4


 

 「旨いっす!しっかりとした旨味に、トマトの酸味、薬草の風味が調和してるっす!」

 「ありがとうございます…」


 バートが絶賛する中、恵真は複雑そうな視線を送っている。残して置いたタコのリゾットは今、バートが食べている。始めに用意した皿が小さめのものだったため、満足いく量を食べられていないのだ。むしろ、他の2種類の試食分を合わせれば、バートの方が食べているだろう。

 だが、バートが食べた事でタコが食用可能で安全であるという事実はより説得力が増したようだ。リアムも興味深そうにバートを見ている。


 「見た目もあり、抵抗があるので一般に広がるには時間が掛かるかと思います。ですがもし冒険者ギルドで保管中のものも食用可能であれば、冒険者にとっては可能性が広がります。外見に驚きこそすれ、討伐は容易く食用可能な生物であれば恐れる必要はありませんから」


 その見た目や、まだ未知の部分があり今すぐ一般向けの食料となるのは難しいだろう。だが討伐したものを食することに冒険者は抵抗がない。食料が底をつくこともある野外での任務では、食事を摂り体力を回復することがその後の生死に関わってくるのだ。


 「でしたら、幾つか料理を書きましょうか。タコは炒めても煮ても美味しいですよ」

 「良いのですか?」

 「まだ見た事がないのであれば抵抗もあるでしょうし、どう調理するかも悩むでしょうから。書いておきますので、冒険者ギルドのセドリックさんに渡してください」


 タコに関する知識は他の者にはない。どう調理するかというのは貴重な情報である。相変わらず欲がないというか人が良いというのか、恵真は特に見返りを求める様子もない。だが、それは彼女の美点であろう。


 「炒めても煮ても旨いんすか?そうっすか…でもその情報だけでは冒険者ギルドも不安が残るんじゃないっすかね?」

 「だが、トーノ様とバートが食したことも報告はするし、あとは向こうで調査するだろう」

 「それでは説得力が足りないっすよ!まだ未知の生き物なんすから!」


 確かにそれは一理あるのではとリアムも恵真も思う。話に聞くだけでは不安はなかなか払拭しないであろう。恵真とリアムが納得した様子なのを見たバートが声を大にして言う。


 「つまり、他にもタコの試作品を幾つか作ってギルドに持っていくんすよ!調理した品を見れば、安心感が増すはずっす!」

 「それはそうかもしれません。料理を見たバートさんが食べてみたいと思ったように他の方にも気持ちの変化が生まれるかもしれませんね」

 「そうっすよね!じゃあ、とりかかりましょう!」

 「…何にだ?バート」


 そう尋ねたリアムだが、薄々感付いている。タコのリゾットを食べたバートの事だ、他のタコ料理も食べたくなったのだろう。だが、バートの意見も間違ってはいないとも思う。

 バートは満面の笑顔で恵真に言う。


 「タコ料理の試作っす!トーノ様ならギルドの人達も納得する料理を作れるはずっす!あ、持っていく前に念のために試食はオレがするんで安心してください!」

 「…。あ!あぁ!バートさんが他にもタコの料理を食べてみたいってことですね!いいですよ、まだまだ茹でたタコがあるんです!色々作ってギルドに持って行ってください」

 「…その通りなんすけど、素直にそう言われると結構、恥ずかしいもんすね」


 だが、アイディア自体は悪い物ではない。実際に目の前で恵真が食べた事で、バートも食べてみようと思ったのだ。調理されたものを見るのと口頭や文章で伝えられるのでは印象がだいぶ変わるだろう。

 ギルドにはどんなタコ料理がいいだろうと考えると、自然と笑みが浮かぶ恵真であった。




_____




 喫茶エニシにはアメリアと市場で働くアルロとルースが訪れている。この前、頼まれた普及しやすい米料理を皆に食べて貰うためだ。

 恵真が皆の前に用意したのはこの前、試作した2品「夏野菜のリゾット」に「ミルクと肉のリゾット」である。それに加えもう一つリゾットを試作し、3種類を用意した。

 それを見つめたアルロがため息を付く。


 「こんな風にスープを多くしてもいいんですね…。輸入した際に言われた調理法を崩してしまってはならないと思っていたので、この考えはなかったです」

 「っていうことは茹で上げたものが冷めちまったときに、スープに入れてもいいんじゃないかい?」

 「あ!そうなんです!そういう食べ方や料理もあります!流石、アメリアさん!」


 アメリアが言っているのは雑炊やおじやに近い考えだ。今まで馴染みのない米、すぐ新たなアレンジ法を思いつけるのは彼女が料理をするものだからであろう。

 アメリアは夏野菜のリゾットを食べながら頷いている。そんな様子に恵真は一安心する。頼んだのはアルロだが、この中で一番料理に対し厳しい目を持っているのはアメリアであろう。


 「いいね。味はもちろんだが、家で作れるってことに重点を置いてるから材料が手に入りやすいものばかりだ。お嬢さんならもっといい品が使えるだろうに。ちゃんとアルロの要望を考えてくれたんだね。急に頼んだのにありがたいことさね」

 「はい!本当に。こちらのリゾットも優しい味で美味しいですし、材料も扱いやすいものです」


 ミルクと肉のリゾットを食べたアルロも嬉しそうな様子で恵真も笑みを返す。そんなアルロの横で、1人静かに食べているルースは3種類目のリゾットを食べている。味の感想が気になった恵真がルースに声を掛ける。


 「いかがですか?味のほうは」

 「は!…あの、トマトの酸味が、た、食べやすいですし…美味しいです」

 「良かったです。それはトマトと肉のリゾットです。トマトからも肉からも旨味が出るので、他の2種類よりも味がしっかり目で満足感も高いと思います」

 「は、はい…」


 この前作ったリゾットがどちらも優しい味付けであったため、違う形もある事を示したい恵真はタコのリゾットを変化させトマトと肉のリゾットにしたのだ。3種類どれも味も問題なく、リゾット自体も抵抗なく受け入れられたことに恵真は一つ仕事を終えた気分になる。

 そこで恵真は気になっていたことを思い出す。それはこの3種のリゾットのレシピに関してだ。


 「あの、アルロさん、この3つの調理法なんですが…」 

 「は、はい!」


 アルロは緊張したように姿勢を正す。彼は商人の家のものだ。これから恵真が話す事はこの米料理の商売に関してだろう。そんな思いからアルロの目にも力が入る。


 「調理法は3つともお教えするのでご自由に使ってください。ただ、それを他の方にも提供して欲しいんです。私もアルロさんにお金を求めないので、アルロさんもお米を買われた方には無料で教えて頂けると助かります」

 「え…」

 「あ、もちろん調理法が販売できればそれも収入になるかと思うんですが、それでは米料理を普及させるのには適さないかなって…素人の考えで恥ずかしいのですが…」


 アルロは戸惑ったように恵真を見つめている。だが、アメリアは恵真の話に頷いている。


 「米料理を広げるためにはそこで金を取るべきじゃないとあたしも思うね。そもそも、今の段階でコメを輸入してるのはアルロの実家くらいだろう。悪くない考えだよ」

 「…でも、アルロさんは…その…」

 「あれは驚いたのさ、あんたが金を求めないって言った事にね。まったくお嬢さんだからか、人がいいからか、アンタは本当に欲がなさすぎるよ!」

 「…はぁ、そうですかね」

 「あたしだってこの間のサワーにしろ、キャベツにしろアンタに借りがあるんだ。おまけに今回だってアンタを頼っちまったしね」


 そう言われてもそこにどんな対価を貰っていいか、恵真には思いつかないのだ。アルロもそんなアメリアの言葉に頷き、恵真に尋ねる。


 「元々米の販売に米料理の普及を考えましたし、トーノ様のお考え通り米を買われた方には無料で公開します。…ですが、よろしいのですか?私は無料でこの料理法を教えて頂くことになってしまいます。それでは申し訳が立ちません」

 「…でしたら、お米を少し頂いてもいいですか?こちらのお米で私も料理をしてみたいんです」

 「もちろんです!家の者に伝えておきますね!」


 恵真としては金銭を受け取るより、ずっと精神的な負担が少ない。こちらの米は日本のものとは違っている。新たに試したいことが恵真にはあったのだ。




_____




 レシピを書き写した紙を渡し、帰途に就くアメリア達を恵真は見送る。ドア近くまで行く事は出来ないので、恵真は立ち止まる。そんな恵真の少し前で、ルースも立ち止まる。アメリア達は進んでしまうが、ルースは動かず、恵真の方を少し見ている。

 何か忘れたのかと恵真が声を掛けようとしたとき、小さな声が聞こえる。


 「…がとうございます」

 「え?」

 「あ、ありがとうございます。酒風水のおかげで、僕ら風の魔法使いは…助かっているんです。ぼ、僕ら、あまり力の活用方法がなくて…でも、今はアメリアさんのとこでサワーが流行って……少し、忙しくなりました。……あなたのおかげです。ありがとうございます」 


 そう言ったルースはパタパタと駆けていき、アメリア達と共にドアの向こうへと姿を消した。

 旬の時期であった果実をジャムやシロップにしたのをきっかけに、アメリアのところで販売されているエールの代わりとなる酒を考えたのは恵真であった。果実を使ったサワーにしようと炭酸があるかとリアム達に尋ねたときに教えられたのが風の魔法使いが作る酒風水である。


 だが、それで風の魔法使いの仕事が増えているのは恵真も知らなかったのだ。好きで行った料理が誰かの役に立っている、それは恵真にやりがいを強く感じさせた。アッシャーとテオと出会った事で、恵真の生活は彩りを取り戻したのだ。

 2人はアメリア達の食器を片付けようとしている。そんな2人を手伝おうと恵真は彼らの側へと急ぐ。



 だが、恵真が知らない事はまだある。風の魔法使い達が恵真を慕い始めている事だ。酒風水は風の魔法使いが開発したものであるが、使い道が限られるため今まで陽の目を見ることがなかったのだ。そんな中、使い道を広げたのが黒髪黒目の女性、恵真である。

  ルースの過度な反応は彼がシャイなだけではなく、そんな事情があった。リゾットに大きな見返りを求めなかった事を彼が仲間に伝え、彼らの恵真を慕うその思いは強くなっていく。それを知るのは力の弱い風の魔法使い達だけである。



 夏至も終わり、暑さも日差しの強さも増していく。裏庭の夏野菜に水をやりながら、恵真は去年とは違う夏が始まる事を感じるのであった。

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