52話 夏至の怪物 3


「リゾット…へぇ、初めて見るっす」


 興味深そうにバートが小皿のリゾットを見つめる。恵真が今回作ったリゾットは少し水分多めに作ってある。リゾットは少し芯が残るくらいに作るのが良いとされる。だが、火や水の加減が難しくなる。そのため、水分を多めにふっくらとした食感を目指した。言うなれば、リゾットと粥の中間のようなものだ。


 旬の夏野菜のリゾットと入手しやすいミルク、好まれる肉を使用したのもあり、親しみやすく作りやすいのではと恵真は考えている。

 だが、問題は味だ。こちらの人が食べて美味しいと思って貰えるのかが心配であった。バートがさっそく、夏野菜のリゾットを口にする。


 「ん!いいっすね。あっさりしてるんすけど、野菜の甘みもあるっすねぇ。この間の市場の米料理とは全く違う食感っす。優しい味っすね」


 肉を使っていないので、不評かもしれないと思っていた恵真は安堵の笑みを浮かべる。炒めた玉ねぎや熟したピーマンとパプリカ、角切りにしたじゃがいもを加え、素朴な味に仕上げた。米を買った人が気軽に作れることを意識したリゾットである。

 もう1つのリゾットにリアムが口をつける。そちらはひき肉と玉ねぎとミルクで仕上げたものだ。


 「こちらも温かみのある家庭的な味だと思います…旨いな」

 

 いつも通り実直さが伝わるシンプルなリアムの言葉だが、最後に呟いた言葉は素のリアムが垣間見える。恵真はついクスリと笑うが、バートは納得できないようだ。自身もそちらのリゾットを口にするとうんうん頷く。


 「確かにこちらも優しい味わいっすけど、肉が入っているのとミルクが使われている事でこっくりとした旨味が加わってるっすね!…こんな感じっす、リアムさん」

 「あ、あぁ…そうか」

 「ふふ、いいんですよ?それぞれが料理を楽しんでくれたら。それで、どうですか?この料理は受け入れて貰えるでしょうか?」


 胡椒などの香辛料を使わないので、リアム達の言う通り優しく家庭的な味だと恵真も思う。使う食材も手に入りやすい身近な物を選んだ。今回、アルロが言っていたのは米の普及だ。米を購入した人々が自宅で調理しやすい料理を心掛けた。もし、アルロが新しく販売する米料理を望んでいたらまた違う料理になっただろう。

 恵真に聞かれたリアムもバートも笑いながら頷く。


 「問題ないっすよ!でも、家庭で作れる調理法なんすか?」

 「えぇ、お米や具材を炒めて、水分を加えて煮るんです。一般のご家庭でも作れると思います」

 「それならば、身近に感じるかもしれません。…ん?野営にも使えるか」

 「あ!そうっすね。野営でも火を起こすし、いいかもしれないっす!」


 重さがあるのが難点だが、水分を含み膨らむ米は満足感もある。今まではパラパラとした状態の米しか料理として知らず、水分を多くする発想に繋がらなかったのだ。兵士は規模が大きく、水の確保が難しいが冒険者は数人単位で行動し、川の水を使う。冒険者の中には荷物持ちを雇う者もいて、煮炊きをすることがある。そういった際の食料としても良いとリアムとバートは思ったのだ。

 米の有用性について語り合う2人におずおずと恵真は話しかける。


 「……あの、他にもリゾットを作ってみたんです」

 「へぇ!どんなリゾットなんすか?」


 興味津々といった様子で笑顔を浮かべるバートに恵真はすぐには答えられない。恵真としては安全で美味しいと胸を張れる料理ではあるのだが、こちらの人に受け入れられるかというと疑問が残る。恵真の様子を見たリアムが驚愕したように目を見開く。リアムは思い出したのだ、先日の恵真の言葉を。

 だが、あのとき恵真から距離をとっていたバートはニコニコと恵真に尋ねる。


 「で、何のリゾットなんすか?」

 「…です」

 「ん?なんっすか」


 バートが期待しているのがその表情から伝わる。ここにきて恵真には迷いが出る。先日の様子を見るとショックを受けてしまうのではないか、あるいは引かれてしまい距離を置かれるかもしれない。

 いや、と恵真は気持ちを奮い立たせる。自分で調理したものに責任を持てぬのでは料理で金銭を頂く資格はない。そして、その食材を使ったリゾットの味には自信があった。


 リアムが恵真に視線を向け、首を横に振る。そんなリアムに任せておけと恵真は頷く。そしてバートに満面の笑顔で告げた。


 「タコです。これはこの間のタコを使ったリゾットなんですよ」

 「……は?」

 「ですから…」


 恵真の目の前からバートがいなくなる。ドア近くに素早く避難したのだ。その回避行動の素早さにアッシャーが感心したように呟く。


 「…腕利きの兵士かはわかんないけど、俊敏性は凄いな」


 腕利きの兵士バートが再びテーブルに近付くのにはしばらく時間を必要とするのだった。




_____




 「本当に食べるんっすか!?何かあったらどうするんすか!」

 「どうもこうも、私の国では普通に食べられてる食材なんです。ほら、美味しそうな香り!」

 「確かに旨そうな香りっすけど…!」


 恵真としても、初めからバート達に食べさせるつもりはない。前回の反応を見ると、調理されたものでも抵抗があるだろう。そのため、アッシャーやテオには試作用に作った2つのリゾットを昼食にし、タコのリゾットは恵真自身の昼食用として作ったのだ。


 だが、タコのリゾットが入った皿を心配そうに見つめているのはバートだけではない。アッシャーとテオも不安げに見ているし、リアムに至っては深刻ともいえる顔だ。


 「大丈夫ですよ!本当に、本当に皆、食べてるんですよ?それにほら!見た目もだいぶ違うでしょ」

 「…確かに。よく見るとあの独特の見た目ではないですね…これはどうして?」

 「ぬめりを塩でとるんです…って、私も初めてだったんで岩間さんにお願いしました。茹で上がると綺麗に赤くなるんですよ。だいぶ印象も変わりますよね」

 「失礼ですが、その岩間様はどういったご関係の方ですか?その生物はどこから入手しました?本当に信頼できるのですか?」


 リアムが深刻な表情で幾つもの問いを恵真に投げかける。彼からすれば討伐対象であった未確認の生物を恵真は食べようとしているのだ。その心配は当然のものであろう。

 だが、岩間さんとの関係をどう説明しようか恵真は悩む。嘘が上手くない事には自信があるのだ。


 「岩間さんはですね…私が小さい頃の知り合いでお隣さんで…最近また食材を頂いたり…ええと、ですから信頼できる方ですね、ハイ。このタコは…先日言った通り、岩間さんのご主人が釣ったものを…私のとこに届けてくれました」


 結局、完全に正直に事実のみを述べてしまった事に恵真は気付く。だが、その回答にリアムはなぜか納得したように頷く。


 「なるほど、トーノ様の母国で領地内に住まわせていた商人の方なのですね。トーノ様が入手された数々のめずらしい食材や品々はその者達から入手しているのですね。幼き頃からの知り合いであるためにトーノ様のために危険を冒し、ひそやかにこの国へと訪れている…ご安心ください。秘密は守ります」

 「…あ、ありがとうございます」


 恵真は誠実な眼差しでこちらを見るリアムの瞳を直視出来ない。嘘は言ってはいないが、誤解を解くことも出来ないのだ。


 一方リアムは出入りの商人が、恵真の幼き頃よりの知人であると知り安堵する。恵真の元へ食材を届けている者は姿を見せない。セドリック達の目を搔い潜る、それなりの腕を持つ者であろうとは思っていたのだ。遊牧民のように移動しながら商売を続ける者は多くいる。幼き頃に良くした商人が今も恵真に尽くしてくれているのだろうとリアムは納得した。

 そもそも庭で薬草が採れるわけがないのだ。以前言っていた庭というのは比喩であったのだろう。


 タコの見た目がすっかり変わっていると聞き、3人もリゾットが入った皿に近付いてじっくりと見ている。リアムの言う通り、あの驚かされた見た目とは違い、薄切りにされたそれは全く恐ろしくはない。ぬるっとした未確認の生物の面影がまるでないのだ。

 複雑な心境を隠しつつ、恵真はアッシャー達用のリゾットを皿に盛った。


 「えっと、アッシャー君は夏野菜のリゾット、テオ君はお肉とミルクのリゾットだよね。温めてきたからどうぞ。お客さまのいないうちに食べて」

 「オレらも客っすけどね?」 


 恵真は麦茶とリゾットを兄弟に用意し、自分も椅子に座る。未だ、複雑そうな表情を浮かべるリアム、本当にそれを食べるのかという引きつった表情を浮かべるバートを前に恵真は堂々とリゾットを口に運ぶ。


 「ん、美味し!」


 トマトの酸味にバジルの風味がよく合う。少し柔らかめに煮た米だが、タコの食感との違いが引き立つ。たんぱくなタコから出たとは思えないしっかりした出汁と瑞々しいトマトの水分、そのスープもそれを吸った米も旨味が濃厚だ。そこにバジルとオリーブオイルがアクセントを加える。

 その美味しさに恵真は1人頷きながら、リゾットを口に運ぶ。


 「本当に旨いんすかね?」

 「わからないが…トーノ様の母国では食べられているのだから、商人が届けたこれは安全なのだろう。商人の話を聞いてなければ止めたがな」

 「つまりこれは安全で旨いんっすね…」

 「…むぐ…。はい、美味しいですよ」


 リアムとセドリックがシグレット地域において討伐したものと恵真が持っていたものはかなり似ている。だが、細かい種類や分類はまだない生物である。シグレット地域で捕獲したものは冒険者ギルドでの調査次第であろう。


 もし同一の生物であれば、食用化も出来るのかとリアムは考える。その外見に抵抗があるのは確かだが、調理する前とはかなり印象が異なる。そして魔物を食べる事には皆、抵抗がない。むしろ、冒険者は魔物を狩ることが仕事でもあるため、平民よりも食べる機会が多い。

 食用可能である事や他国では食文化としてある事を、一応セドリックにも報告してみようとリアムは思う。

 そんなリアムの隣で、なにやらバートも考え事をしている。


 「どうした、バート」

 「…安全で旨い」

 「バート?」

 「…トーノ様の料理、そして安全で旨い」


 もぐもぐと昼食を食べる恵真たちの姿をバートは見つめる。その視線を感じた恵真は、顔を上げてバートを見る。先程まで引きつった表情でいたバートだが、今は真剣な眼差しで恵真を見ている。いや、正確には恵真の前のタコのリゾットの皿を見ている。


 「わかりました!オレがそれも試食するっす!」


 何やら決意を固めたバートの申し出に恵真は微妙な表情を浮かべる。タコのリゾットはあくまで恵真の昼食用で少量しかない。一応、自身がが今食べている事で安全性は伝わっているのではと恵真は思う。

 だが、バートが食べる事でより説得力が増し、こちらでもタコの食文化が生まれるかもしれない。

 数秒間の葛藤ののち、恵真はバートの分のリゾットも用意するのだった。


 

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