51話 夏至の怪物 2



 バゲットサンドをギルドへと卸したナタリアは喫茶エニシへと戻る。ドアを開けるとひんやりとした涼風を感じる。エアコンという部屋中に冷風を送る魔道具の効果である。暑さが著しい屋外から、戻ったナタリアには生き返る思いだ。あとは恵真に麦茶を貰って帰ろう、そう思ったナタリアの目に飛び込んできたのはよく知る人物だ。


 「アメリア、なぜここにあなたがいるんだ?」

 「おや、ナタリアじゃないか。なに、ちょっとした敵情視察さ」

 「な…!いいのか、エマ!」

 「大丈夫ですよ!…もう、ダメですよ?アメリアさん」

 「はは!お嬢さんにはもうわかったのかい?この子は誤解されやすいのに」


 生真面目なナタリアが憤るのを恵真は笑って受け止める。どうやらナタリアとアメリアは知人らしい。敵情視察というのは、ナタリアの気性を知るアメリアの冗談であろう。だが、恵真を心配するナタリアの気持ちも嬉しく思う。親しくなればわかる、実直で不器用な人柄は信頼できるものだ。


 確かにホロッホ亭の女将であるアメリアが喫茶エニシに足を運んでいるのは初めてである。恵真としてはバートを通じ、料理を介して交流をしていた気になっており、初対面の緊張はない。それはアメリアも同じようで、料理やバート達の話で先程から2人は意気投合していた。


 だが、共に訪れた2人の青年は違うようだ。1人はひどく驚いたようにきょろきょろと辺りを見回し、もう1人は恵真を見て感激した様子だ。


 「あぁ、この2人はね、自由市で働く子達なんだ。話が弾んですっかり忘れっちまってたが、今日ここに来たのは、この子達の話をお嬢さんに聞いて欲しいからなんだよ」

 「私にですか?なんでまた…」

 「市場で売っている食材に関してなんだがね、なにぶんあたしはそれを使ったことがないのさ。それでお嬢さんにちょっと聞いてみようと思ってねぇ」


 だが、この地で長く店を開くアメリアでも扱った事のない食材を自身が知っているとも思えず、恵真には不安がよぎる。すると、今までめずらしそうに周囲を見ていた青年が、バッグから何か麻のような袋を取り出す。青年が袋のひもを緩めると、中には恵真も知っている食材が表れる。


 「…これは…お米ですか?あ!じゃあ、もしかして市場で売っている米料理のお店って…」

 「はい!そうです!僕…アルロの屋台です」

 「以前、頂いたことがあるんです!お肉や野菜が乗っていてパラパラしたお米とも相性良くって美味しかったです。南から入ってきたんですよね?あれってお米は茹でているんですか?」


 以前、リアム達が市場でこの国の食べ物を買って来てくれたことがある。バートが買って来てくれたのが屋台の米料理であった。インディカ米に似た形状と風味のその米は、最近流行ってきているとバートが言っていたが、その店主がどんな相談事であろう。


 「御存じでしたか!ウチみたいな屋台の料理を食べて頂いていたなんて…光栄です!」

 「いえいえ、美味しかったです。そちらの方もお店のご関係の方ですか?」


 アルロは恵真が店の料理を食べていたことに驚きつつも、喜びを隠せない様子である。その隣には彼と年齢が近そうに見える青年がアルロと同じような目線を恵真に向ける。


 「いえ、彼は市場でわたあめを売っている風の魔法使いのルースです。ボクだけでは自信がなくってついてきて貰いまして…偶然にも彼はこのお店に興味があったらしくて。良かったな!ルース」


 そうアルロに言われたルースという青年は耳まで赤くなる。風の魔法使いがわたあめを作っているというのは恵真もバート達から聞いていた。リアムから手渡されたピンク色をしたクロのわたあめは、可愛らしく皆で分けながら食べた思い出がある。


 「…ルースです。…あの、よろしくお願いします…」

 「遠野恵真です。よろしくお願いします」


 恵真が初めて出会った魔法使いの青年は確かに瞳がとても淡い緑色をしている。だが、彼はその瞳を隠すくらい前髪を伸ばし、さらにフードまで被っている。初めて会った魔法使いの青年に色々と質問してみたい気持ちを恵真は押さえ、話を元に戻す。魔法使いと同じくらい、お米にも恵真は興味があるのだ。


 「実は米をどう拡げていったらいいかで悩んでいまして」

 「お米を拡げていく?」

 「あぁ、僕の実家は商家でして米を輸入したんです。それも結構な量を…ですが、なかなか普及に繋がらず市場で屋台を出す事にしたんですよ、米料理を普及するために。でも皆さん料理には興味を持ってくれるんですけど、米自体を自分で調理するとまではいかなくて…それでアメリアさんを頼ったんです」

 「でもあたしも米料理はさっぱりでね、そこでお嬢さんに聞いてみようとね。もちろん、無理は承知さ。何も思いつかなくっても問題ないよ、勝手に持ち込んだ話だからね」


 そう言われた恵真は考え込む。米料理ならたくさん思い浮かぶ。だが、今まで調理したことない米をどう調理すればこの国の人に受け入れられるのだろう。


 「えっと、お米を買っていった方はどのような調理をしたんでしょう」

 「ウチと同じように茹でて味をつける感じですね。ただ、水加減が難しいと言われてしまって…」

 「あぁ、確かにそうですね…」


 恵真のキッチンでは火加減が簡単だが、こちらの世界ではそうはいかないだろう。ということは、米を簡単に調理できる方法でなければならない。そもそも、インディカ米に似たこの米は恵真の知る調理法でも同じようになるのだろうかも試さないといけないだろう。


 「ご期待に沿えるかわからないのですが、お米を頂いてもよろしいですか?試作してみたいんです」

 「はい!…よろしくお願いします」

 「すまないね、お嬢さん」


 こうして、恵真は袋に入った米をアルロから受け取るのだった。彼らの期待に沿えるかはわからない。だが、新しい食材を前に恵真は胸が躍る。この国の人々にも受け入れられる、そんな料理を作ろうと手にした米の重さを確かめながら思うのであった。



_____



 「そうよねぇ、タコの処理は難しいわよね」

 「すみません、頂いたときに言っておけばよかったんですけど…」

 「いいのよー、うちの人がせっかくだから恵真ちゃんに見せてやれって。釣ったのを自慢したいのもあるのよ、きっと」


 岩間さんに頼み、先日頂いたタコの下拵えを恵真はして貰った。恵真自身で対応できないかもという不安もあったが、何より喫茶エニシのキッチンにあるとアッシャーとテオを怖がらせてしまうのだ。


 タコを〆て、タコの内臓を取り除いた岩間さんがたらいで塩もみをしている。すると泡立つようにぬめりが取れていく。その手際の良さを見て、やはり岩間さんに頼んでよかったと恵真は思う。丁寧にきちんと時間をかけ、ぬめりを取ったタコを沸かした湯に入れて、ひっくり返しながら茹でる。数分茹でて取り出すと、よくイラストで見るようなくるんと足が丸まった赤いタコが現れた。


 「これで完成。こうしたらもう、色々使えるから大丈夫よ」

 「ありがとうございます!何を作ろうかなぁ…」

 「あ、そうそう。うちはタコ飯にしたのよー、食べていって」

 「はい!」


 すでに岩間さんは食事の準備に取り掛かったようだ。

 タコ飯、それもいいと恵真は思う。もちもちした米にタコの触感、しょうがの風味は相性がいい。この茹でて貰ったタコもタコ飯にしてもいいかもしれない。いや、アルロから貰った米と合わせたらどんな味になるだろう。家に帰ったら改めてどんな料理がいいか、じっくり考えようと腕まくりをしながら、岩間さんを手伝うのだった。




_____




 「いやぁー、今日も暑いっすねぇ…」

 「おい、バート、入り口で立ち止まるな」

 

 そう言って入ってきたバートは少しドアの前で立ち止まり、リアムに文句を言われる。不思議に思った恵真だが、アッシャーとテオはすぐ察したようでバートに告げる。


 「大丈夫、アレはもういないよ」

 「そうっすか…いや!全然オレは気にしてないっすけどね?」

 「…うん。バートは腕利きの兵士だもんね」

 「なんかちょっと棘がないっすか?」


 どうやらこの間の一件で、アッシャーとテオの中ではバートの株がほんの少し下がったらしい。赤茶の髪を掻きながら、バートは恵真の元へと歩みを進める。キッチンに近付けば、食欲をそそる香りがさらに強くなる。そんなバートに恵真は今日作った料理について口を開く。


 「今日は試作品があるんですよ、召し上がりますか?」

 「もちろんっすよ!いやぁ、楽しみっすねぇ。今回はどんな料理なんっすか?」

 「市場のお米を使った料理なんです」 


 恵真はコンロで温めた米料理を2種類、小皿に盛ってバートとリアムの前に出す。リアムはコンラッドから報告を受け、アメリアたちがここを尋ねたのを知っている。今日、喫茶エニシに訪れたのは恵真からその件を直接聞きたかったのだ。だが、そうとは知らないバートが不思議そうに皿を見る。南から入った米はまだ珍しい食材だからだ。それを恵真は調理したという。


 「これは、なんという料理なのでしょうか」


 リアムの質問に恵真は笑顔で答える。


 「これはリゾット。夏野菜のリゾットとミルクとお肉のリゾットです」

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