50話 夏至の怪物
この日、リアムとセドリックは海沿いのシグレット地域に急遽、足を運んだ。突如、この町の海沿いに現れた未確認の魔物とみられる生物の討伐依頼が出たためだ。小さな町のギルドに所属している冒険者では経験不足であり、不安要素が大きい。そのため、数日前にマルティアの冒険者ギルドに伝令が届き、リアム達が出向く事となったのだ。
「久しぶりの現場だな!お前と依頼を請け負うのも懐かしい…あのときのお前は可愛かったなぁ」
「…今回は未確認の生物らしい。気を引き締めないとな」
セドリックが懐かしそうに思い返す内容には触れず、リアムが今回の依頼に触れる。リアムの言う通り、その生物は情報がない。突然大量発生したという事、今までに見た事がない生物だという事しか現状では情報がないのだ。気を引き締めろというのは決してリアムの照れ隠しではない。
「お、見えてきたぞ。海だ!」
「…だから、気を引き締めろと…」
「俺は気を高めているんだよ!海なんてなかなか見れんからなぁ、綺麗な海じゃないか!」
セドリックの言う通り、広がる空と海の青は美しい。その広大な景色と髪をなびかせる風、漂う潮の香り、セドリックが高揚するのも無理はない。ここに未確認の生物が大量発生し、応援要請が入ったとはにわかには信じがたい。
だが、行楽気分でいたセドリックの目にその生物が飛び込んできた。
「うわっ!なんだあの生き物は…不気味だ…信じられんほど気味が悪い!リアム、油断するなよ!」
「…あぁ!」
先程まで、油断し切っていたセドリックがリアムに注意を促す。変わり身の早さに呆れつつも、リアムは剣を抜き、攻撃態勢を取る。それは確かに報告通りの生物である。
おびただしいほどのその生物を見ながら、セドリックもリアムもおどろおどろしい外見と不明の攻撃力に気を引き締めながら討伐へと挑むのであった。
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「そりゃあ、大変だったっすねぇ」
「…完全に他人事だな」
「いやぁ、暑さの続くこんな時期は室内でのんびりしてたいっす」
徐々に厳しくなってきた日差しと暑さを避けるように、バートは喫茶エニシへと足を運んでいる。魔道具エアコンの効果もあり、喫茶エニシには冷風が吹く。そのせいか、恵真の料理が知られてきたのか徐々に客足も増えている。
今は昼時も過ぎ、一段落という喫茶エニシでバートは涼を楽しみ、リアムは討伐の疲れを癒している。強くはない謎の生物は見た目が衝撃的でかつ、その処分にも悩まされたのだ。
「今まであんな生き物は見た事がない。一体、あれはなんだったんだ…」
「弱かったんすよね?討伐出来たならいいんじゃないっすか」
「いや、今後何か問題がわかっても困るだろう。冒険者ギルドで回収し、討伐しなかったものは生きたまま保管している」
「は!?それって、マルティアのギルドっすか!?」
今まで他人事であった未確認の生物、それが突然バートにも関係のある話になる。多くの魔物を討伐してきた冒険者ギルド長セドリックをもってしても、その不気味さで慄かせた生き物、それが今、バート達と同じ街にいるのだ。
冒険者ギルドとしてはその生物を未確認のままで終わらせるわけにはいかない。どんな生物、あるいは魔物で危険があるかないかも含め、きちんと解明しなければ安全とは言えないのだ。その生物はセドリックの監視下の元、生存が現時点でも確認されている。
「…見てみたいか?」
「うっ!複雑っすねぇ、こう、怖い物や不気味な物って見たいような見たくないようなそんな不思議な誘惑があるっすよねぇ…」
バートと同じ考えの者は少なくないらしい。セドリックのギルド長室には何かと用事をつけ職員や冒険者が足を運んでいるらしい。好奇心旺盛なのは冒険者ギルドの気風なのだろうかとセドリックから聞いたリアムは思ったものだ。
「そういえば、トーノ様。アッシャーとテオはなぜ、あんな部屋の隅に?」
いつもなら訪れたリアムに笑顔で応対してくれるアッシャーとテオが、ドア近くの方で大人しく片付けをしている。リアムの言葉にバートもまた頷く。
「そうっすよね。今日は何か2人とも変なんすよね…」
「あぁ…それはちょっと怖がらせちゃったみたいで」
「トーノ様、キツく叱ったんすか?」
「いえいえ…ちょっと理由があるんです」
そう言った恵真はキッチンの奥へと向かう。恵真が2人を厳しく叱る姿は言ったバートにも想像できない。どちらかというと、論理的に諭すといった方がしっくりくる。2人がアッシャーとテオを見るとムッとした表情で首を振っている事からも違うようだ。では、なぜ2人はあんなドアの近くにいるのだろう。それはまるで、何かから避難しているようである。
不思議に思うバートとリアムに、恵真が困ったように笑いながら原因を持ってやってきた。いつもの通り、清潔なエプロンに品の良い服を身に纏う恵真である。その手には服装に不釣り合いなバケツを持っている。
「なんすか、それ?何が入ってるんすか」
「うーん…ちょっとびっくりさせちゃうかもしれません…見ます?」
「いやいや、腕利きの兵士と冒険者っすよ?ねぇ、リアムさん」
「え、まぁ、物に寄るだろうな」
いつものように軽口を叩くバートに正直なリアム、そんな2人の元に恵真は重いバケツを持っていく。そのバケツには水も入っているため、そこそこ重いのだ。バートが気を利かせ、バケツを代わりに持とうとして中の生き物を見た途端、大声を上げる。
「んなぁ!なんっすか!この生き物は!!」
「…これは!トーノ様、こちらをどこで!」
思っていた以上の反応を見せる2人に恵真の方も驚く。それはアッシャーとテオを怖がらせただけでなく、大人であるバートとリアムにとっても恐怖の対象となるらしい。恵真はしょぼしょぼとキッチンへ下がり、その生物と入手先を素直に告げる。
「…これはお隣の岩間さんのご主人が釣り上げたタコです」
バケツの中にはお隣から頂いた新鮮なタコがいた。夏至になり、旬の味覚であるタコを頂いたため、少し驚かせようとした恵真のいたずら心は想像以上の効果を出す。4人の様子に、すっかり反省しきりの恵真であった。
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「それで、この生き物はどういう生き物なのですか?」
「えっと…私の国と同じものであればと仮定した話になるんですけど、タコという軟体動物です。海中の生物ですね。吸盤があってくっつくとなかなか離れないので注意が必要です」
バケツに入ったタコは木のまな板を置き、更に漬物石を積み、キッチンの奥に置いてある。アッシャーとテオは相変わらず、裏庭のドア近くにおり、そこに青ざめたバートも加わった。腕利きの兵士であるバートが言うには「後方支援に回っている」という事で、リアムが恵真にその詳細を尋ねている。
恵真から聞く情報はリアムにも心当たりがある。シグレットで出会ったその生物もまた海中におり、その不気味さから漁師たちも海に出ることが出来なかったのだ。おびただしい数のあの生物が大量発生している事を恵真に伝えると、彼女は深いため息をつく。
「…今すぐ私もそこに行けたらいいのに」
「…トーノ様…」
恵真の安全のため、このドアの向こうには出ないようにと制限しているのはリアムの考えである。彼女のこの国での影響力を考えれば、それが間違いではないと今でも確信できる。だが、一方で恵真の自由や意思を制限していることに他ならない。他者を思いやる彼女であれば、非力な身でありながら何かしたいと思うのであろうとリアムは心を痛める。
だが、次に聞こえてきたのは想像だにしない恐ろしい言葉だ。
「今の季節、美味しいですもんね」
「…は?今、なんと?」
思いもがけない言葉にリアムは聞き返す。それは、今までの恵真の印象をガラリと変える程の衝撃をリアムにもたらす言葉である。どうか、聞き間違いであって欲しいと願うリアムに恵真は笑顔を返す。
「美味しいんですよ、タコ。特に今の季節は」
その言葉の衝撃に流石のリアムも言葉を失うのであった。
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「ボクはどうしたらいいんですかね」
「悪いんだけど、あたしにも今回は思い浮かばないんだよ…」
「そうですか…すみません、無理を言って…」
若い2人の悩みにアメリアは耳を貸したものの、特に良い考えも思いつかずにいる。その青年達は、市場で店を出す2人でホロッホ亭の評判を聞いて訪ねてきたのだ。こうした他の商売事の相談もアメリアは気軽に請け負い、慕われているが今回はめずらしく意見を出せない。
理由はその店で扱う材料にある。他国から入ってきたもののため、アメリアにも馴染みがなく良い発想が出ないのだ。かといって、適当な意見で場を濁すような不誠実な真似はアメリアには出来ない。そんな性分であるからこそ、多くの者がアメリアを皆が慕っているのだ。
そんなアメリアにふと、思い浮かんだ人物がいた。それは兼ねてからアメリアが会いたいと思っていた人物でもある。
「こりゃ、あのお嬢さんを頼ってみるかねぇ」
「どんな人なんですか?」
「いや、それがあたしも会ったことはないんだよ」
「は?」
青年に言われて、アメリアもその不思議な関係に笑みを溢す。世話になっているその人物に会う良い機会でもある。こうして青年達と共にアメリアは喫茶エニシへと足を運ぶのであった。
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