34話 初夏のジャムと果実のシロップ


 この日、リアムは冒険者ギルドに訪れていた。


 以前、ギルド長にここへ尋ねてきたことを伝言するように頼んでおいたが、今回は街でギルド職員に掴まった。どうやら内容はその職員も知らされていないが、リアムと出会ったら冒険者ギルドに連れてくるようにと上から強く言われているらしい。涙目になって頼む職員に、リアムもギルドへ向かう事を了承した。それはリアムにとっても都合が良い事であったのだ。


 ギルドの話は十中八九、恵真の作るバゲットサンドに関してであろう。バゲットサンドを冒険者ギルドへ卸してほしいという話は恵真にも伝えてある。買いに来た冒険者を牽制する意味もあり、アッシャー達が販売する際にリアムも傍にいたのだ。それで売り手と面識があると冒険者ギルドも把握したらしい。そこから、バゲットサンドを販売して欲しいと打診があった。

 それには冒険者ギルドに所属するリアムであれば、話もスムーズにいくだろうという打算もあるはずだ。


 「薬草入りのパンを卸す件、その店主は何と言っているんだ?」


 単刀直入に尋ねてきたのはマルティアの冒険者ギルド長セドリックである。冒険者上がりである彼はいつもこうした直接的な物言いをする。上に立つ者としては迂遠に話す技術も必要だろうが、リアムはこうした彼であるからこそ冒険者たちの信頼を集めているのだろうと思っている。


 「まぁ、否定的ではなかったな」

 「リアム、はぐらかさないでくれ」

 「いや、あの方には事情があるんだ」

 「…お前がそんな言い方をするだけの立場の方か。確かにあの状態の薬草を入手できる方だ。それなりの立場であられるのだろうな」


そんなセドリックの言葉を、リアムは否定しない。


 「あれを卸すのであれば、それなりの条件が必要だ。あの価格で薬草を含む食品、そしてあの味、他にはないだろう」

 「あぁ。今、携帯食とあのパンで回復の速度と程度を比べている。結果はまだ出とらん。だが、味と価格は比べ物にならんな」


 そんなセドリックの言葉にリアムは笑みを浮かべる。一方のセドリックはしかめっ面だ。相手が高位の立場であれば、こちらが幾ら金銭を釣り上げても動くことはないだろう。リアムと懇意であるならば、リアムに対する優遇も選択にあるがこの男もまた金銭目的で冒険者に身を置いているわけではない。こちら側に交渉を有利に運ぶための材料が見当たらないのだ。セドリックは観念した。


 「…ダメだ、俺にはこういうやりとりは向かん。リアム、そちらの条件を言ってくれ。出来る範囲で対応しよう」


 率直なセドリックの言葉にリアムはつい吹き出してしまう。そういう男だからこそ、リアムとしてもまず先に冒険者ギルドに話を持ち込む気であったのだ。薬草に関しては薬師ギルド、商売として考えれば商業ギルドに話を持ち込むのが通常だ。だがリアム自身がセドリックを信頼できると判断したからこそ、一番先に冒険者ギルドを選んだのだ。


 「その方のギルド登録、それを俺が代行したい」

 「な!なんだと」

 「安全のため、こちらに足を運ぶことは出来ない。俺が責任をもってその方の身元を保証しよう。確かルール上、それも認められているはずだろう」

 「だが、もう一人はどうするつもりだ」


 リアムの言う通り、高ランクの冒険者が身元を保証し、その者の行動に責任を持つことで代理登録は可能である。ただし2名以上の冒険者の保証が必要となる。リアムだけでは条件を満たさないのだ。そんなセドリックの問いにリアムは穏やかで美しい笑みを浮かべ、答えた。


 「セドリック、あなたがいるだろう」


 セドリックは絶句した。そう、ギルド長となった今でも彼は高ランク冒険者であることは変わりないのだ。出来る範囲で対応しよう、そんな自分の言葉を舌の根も乾かぬうちに後悔することになったセドリックは、ただ回答を次回に伸ばす事しか出来なかった。


 だが、リアムは確信していた。良質な薬草が入り、味がよく価格も安価なバケットサンド。その日限りの仕事ならば、皆こちらを買い求める。携帯食が買えない冒険者もいるのだ。セドリックは必ず、リアムの申し出を引き受けるだろう。




_______




 「はぁ、そりゃ気の毒な話っすねー…」

 「平和な交渉だろう」


 リアムの話を聞いたバートが開口一番そう言う。そんなバートの反応に気を悪くした様子もなくリアムは笑っている。恵真には特殊な理由がある。出来る限り、優位に事を進めたいリアムとしては仕方のない事なのだ。


 二人はこれから喫茶エニシに向かおうとしている。今日は定休日であるが、バケットサンドの件もある。情報交換と恵真の周囲に問題が起きていないか確認のために足を運ぶ。休日に伺うのはリアムやバートにも心苦しさもあるが、内容は恵真の今後にも関わる。二人は報告と周辺の様子を把握した後、すぐ帰るつもりであった。


 恵真の店、喫茶エニシがある場所は比較的治安も良い。恵真の店がひと際、造りが良く目を引くが、それ以外の住居や店舗も安定した状況にある事がわかる造りである。冒険者や兵士が多いマルティアの街の中では落ち着いた場所であった。そのため、今日も穏やかな雰囲気が漂っている。だが、念のためリアムとバートは辺りの様子に神経を払いながらドアをノックする。


 「おはようございます。リアムです。お約束通り、バートと共に参りました」

 「バートっす!」


 すると中から、恵真の明るい声がした。


 「おはようございます!今、鍵を開けました。どうぞお入りください。試作品が出来たのでぜひ、試食をして頂きたいんです!」

 「試作品!それは協力しないとっすね!」


 恵真の声にわかりやすくバートは表情をぱぁっと明るくする。リアムはバートの様子を困ったように見つめて笑う。だが一方でいつの間にか、恵真の料理を楽しみにしている自身にも気付くリアムであった。

 慎重に部屋に入ると、恵真は何やら色鮮やかな小瓶や大きな瓶をカウンターに並べている。透明度の高い瓶はどれも涼し気で美しい。それを嬉しそうに恵真が一つ一つを紹介していく。


 「ブルーベリー、甘夏、苺。頂いた果実や庭で採れたものをジャムとシロップにしたんです。ジャムはパンやクラッカーに塗ってもいいし、シロップは水で薄めて果実水にしてもいいと思います。試食してもらってもいいですか?」

 「勿論っす!せひ!」


 バートは既にカウンター越しの椅子に座っている。恵真は平皿にクラッカーを並べ、3つのココット皿にそれぞれのジャムを入れる。バートはワクワクした様子を隠しもせず、恵真が用意しているのを待っている。リアムは恵真に断りを入れて、バートの隣に座る。

 バートは既にクラッカーにバターナイフでジャムを塗っていた。バートがまず塗ったのはブルーベリージャムだ。粒が残る程度に煮込まれたジャムを塗ると口に入れる。


 「んっ、果実の粒々の触感がいいっすね!酸味も残ってて甘味とのバランスがいいっす。次はこっち、オレンジっすかね。おおっ、甘酸っぱい!これもこれでいいっすね、爽やかな味っす。最後はこれ、苺ジャムっすね。あぁ、いいっすね!ゴロッとした食感と粒がいいアクセントっす!うん、この3つどれも旨いっすね」

 「あぁ、わかってくれます?流石、バートさん!」

 「勿論っすよ!」


 以前も見たような光景が今日も広がる。作った恵真が喜んでいるので良いのだろうとリアムは思う。ジャムの味に関しては旨いとしか答えられないリアムなので、味を確かめつつもその評価はバートに任せていた。


 リアムが気になったのは入っている瓶とその甘さだ。密閉度の高そうな瓶とこの甘さ、長期の保存も可能なのだろうかとついそちらに気が向く。これだけの甘みならば、元々の果実の甘みは勿論、砂糖も大量に使用しているはずだ。なかなか他では真似できまい。


 携帯食があれ以外に広まらないのにも、薬草での回復効果は勿論だが腐敗や携帯性の問題がある。バゲットサンドも味や薬草の効果はあるが、日持ちはしない。相変わらず携帯食は遠征となれば必須であろう。

 そんなことをリアムは恵真達に話すとバートが予想外の事を言う。


 「携帯食にこういうジャムとか塗ったらどうっすかね」

 「え?」


 そういうとバートはポケットの中から、携帯食を取り出しジャムを塗る。ゴリッという鈍い音と共にバートがそれを噛み締める。あの味を知っているリアムと恵真は、予想以上に口にしたバートを心配そうに見つめる。


 「こ、これは!食べられるっす!決して旨くはないっすけど、激マズが不味いくらいに緩和するっす!」

 「本当か、バート!」

 「はい!あのエグさも苦さも緩和するっす!もちろん、不味い事には不味いっすけど!!」


 そんな二人の様子に恵真はかなり微妙な表情を浮かべる。


 「…私としてはせっかくの料理なので、食べた方が笑顔になれるもの、喜んでくれるものが作りたいですね…」


 ずんと暗くなった恵真の表情を前にリアムとバートが焦って弁解をする。恵真のいう事はもっともである。そもそも、ここまで砂糖を使ったジャムを多くの者は買えないだろう。

 こうして、微妙な空気のまま、休日の試食会は終わったのだった。


 


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