33話 香草チキンのバケットサンド 4


 「本当に本当に!大丈夫なんでしょうか…」

 「いや、前回オレ達も食ったじゃないっすか」

 「それはそうなんですけど…」


 そう恵真が不安そうに見つめるのは自身で作ったバゲットサンド2種だ。前回同様、美味しそうな出来栄えであるが恵真が心配しているのは香辛料、そう薬草である。


 リアムが薬師ギルドに確認したところ、どちらも薬草で間違いないとのことだ。おまけに持ってきた薬草を薬師ギルド関係者から販売して欲しいと懇願されたそうだ。持ち込んだ薬草の状態がいずれも輸入された物以上に良い状態であったのが理由らしい。


 無論、リアムはその出所を明かしはせず、効果・効能とその量を聞き、薬師ギルドを後にした。付けてきた者を巻くのはそう難しい事ではなかったという。そして、リアムは恵真にバゲットサンドを売り出す事を再び勧めたのだ。


 主な効能に関してはバジルは鎮痛・殺菌の効果があり、ローズマリーは魔を払い邪な者から守る、シナモンは腹痛にローリエは癒しの力など様々あるらしい。と言われても恵真には腑に落ちない。そんな恵真にリアムは今まで通り食品として扱えばいいという。

 アッシャーやテオも味を保証してくれた事もあり、2種類のバゲットサンドは今日販売されることとなった。二人がドアの前で、2種類のバゲットサンドを販売してくれている。そんな二人を気にかけて、恵真はドアに耳をぴったりとくっつけている。


 「バートさん!売れてないみたいです…」

 「やっぱ、薬草入り!っていうのをアピールした方がいいんじゃないっすかね」

 「でも、まだ根拠がないじゃないですか!嘘をつくことになりますよ?」

 「薬師ギルドの保証付きっすよ?根拠はバッチリっす」

 「そ、そうなんですけど…」


 リアムやバートが恵真の食に関する知識を初めは戸惑ったように、恵真もまた今まで使っていたハーブを薬草だと言われても困惑するばかりだ。

ハーブは恵真の中ではあくまで食品である。恵真もまた今まで使っていたハーブを薬草だと言われても理解が追い付かないのだ。


 こちらの世界では香草には薬草としての効果があるという。だが薬というのは人の生き死にを分けることすらある重要なものだ。実際にその効果や効能を感じられるまではすんなりとは受け入れられない恵真であった。

 ノックがしたため、ドアの後ろに恵真は下がる。アッシャーとテオが顔を出す。バゲットサンドは売れていないようで籠の中にはまだたくさんのパンがある。


 「ごめんなさい。なかなか売れなくって…」

 「いいのよ、見た事ないものだし、初めはなかなか手が伸びないものよ」


 少しシュンとした様子のアッシャーとテオに、用意していた苺のシロップに氷と水を入れる。グラスに入った赤いいちご水は涼し気だ。椅子に座るように勧め、グラスを二人の前に置く。

 さて、どうしたものかと恵真は考える。アッシャー達も味は保障してくれた。こちらの人の味覚に合わないとか見た目が受け付けられないといった話ではないだろう。一口食べてくれれば、と恵真は思うのだが。


 「あ!」

 「どうしたの?エマさん」


 こくこくといちご水を飲んでいたアッシャーが恵真に尋ねる。恵真はバゲットサンド2種類を持つとキッチンへと向かう。3人が恵真の様子を見ていると、売り物であるバゲットサンドを切り分けているようだ。そして一口大に切り分けると大きな皿2枚に乗せて、こちらに戻ってきた。


 「どうしてそんなに小さく切ったんすか?」

 「試食です」

 「ししょく?ってなんすか?」

 「え、えっと、お客さんに試しに食べて貰って、気に入ったら買って貰う、そういう感じです」

 「は!?なんすか、そのシステム!」

 「えっと…いいんですか?」


 バートとアッシャーが驚き、声を上げる。その様子で恵真はこちらに試食というものがないことを知る。せっかく作った料理である。口に合う合わないはあるだろうが、せめて食べてみて欲しい。このままでは、興味を持つ人々も喫茶エニシに足を運ぶことないままだ。


 「試食…ううん、一口分食べてくださいって皆さんにわけてみて。配った後に販売してくれるかな」

 「でも、全部なくなっちゃったらどうするんですか?」

 「いいのよ、試食だからなくなっても。まず、どんなものか味を知って貰いたいの」


 そんな恵真に戸惑いつつも、試食を持ってアッシャーとテオは再びドアの向こうへと向かっていく。その小さな後姿を恵真は見つめ、案じつつも信じて待つのであった。




_____




 「か、完売したの…?」

 「うん!みんな、美味しいって!」

 「もっと買いたい人もいたみたいです。明日も売るのかって聞かれました」

 「う、よかったー!二人ともありがとうー」


 頬を赤く興奮しながらそう言って二人を抱きしめる恵真にアッシャーは驚き、テオは嬉しそうにニコニコとしている。試食が功を奏したのだろう。遠巻きに見ていた人々も味を確認したあとは、納得して買えたようだ。だが、もう一つ恵真には気になることがある。


 「香草とかは買ったお客さんは気付いてたのかな?」

 「んー、食べて美味しいから買ったみたい。中身まではそんなに気にしてなかったよ?あ!大きなお肉が入ってるのと、ハチミツがたくさん入ってるのは喜んでたみたい!」

 「はい!試食で皆、安心して買えたみたいです」


 それを聞いたバートは赤茶の髪を掻く。純粋に味のみで評価され完売した、それは喫茶エニシにも恵真にも良い事であろう。だが、味のみで完売したバゲットサンド2種、それが薬草の効果を知られたら一体どうなるのか。それが予測できるバートとしては今後の不安を抱いたのだ。

 だが、初めての成功に手を取り合って喜ぶ3人。その様子にバートもまた微笑みながら、今日の成功を祝うのだった。




 

 今日はバートもリアムも顔を出している。薬草入りのバゲットサンドの様子が気になったためだ。

 昨日より多めに用意したバゲットサンドは完売した。特に香草チキンのバゲットサンドは冒険者達が買い求め、すぐに売り切れてしまったとアッシャー達は言う。買った者にも買えなかった者にも聞かれたのは、なぜ薬草が旨いのか、またなぜこの価格で販売できるのかという2点であった。


 「それで、なんて答えたんすか?」


 バートの質問にアッシャーとテオは胸を張って答える。


 「エマさんが作ったから!って」

 「ゴホッ!」

 「…まぁ、ある意味では正解っすね」


 予想していなかった答えに恵真は驚きむせるが、バートは何という事もない様子である。実際にその答えは当たってもいるのだ。上手く調理できるのもこの価格で販売できるのも恵真だからである。当人は相変わらず、自覚のないらしく困惑している様子だ。


 バゲットサンドの効果か店の中に足を運ぶ者も幾人かあらわれた。ある者は魔獣であるクロに驚き、またある者は恵真の姿を見て感極まって泣き出した。そのような混乱は多少あったが、そのうちの何人は食事を注文した。

口に合うかとおそるおそる尋ねたところ、味にも価格にも満足してくれたようで皆、笑顔で帰っていったのだ。不安を抱えていた恵真はその笑顔に安堵した。


 「トーノ様、実は冒険者ギルドと薬師ギルドから話が来ております」

 「なんでしょう」

 「薬師ギルドからは薬草を卸ろしてほしいとのことです。こちらはまぁ、もう少し回答を待たせても良いでしょう。冒険者ギルドからはバゲットサンドに関してです。バゲットサンドを冒険者ギルドに卸してほしいそうです。これは悪い話ではないと思います」

 「冒険者ギルドにですか?えっと、悪い話ではないというのはどういう事でしょう」


 恵真としては、こちらの人が薬草だと認識している香草やスパイスを販売するのは抵抗がある。やはり実際に効能がわからないのを販売する気にはなれないのだ。食品としてバゲットサンドを販売するのとはまた別問題である。だが、バゲットサンドは現在もアッシャーとテオが開店と同時に販売している。恵真としてはそれで十分な気もするのだが。


 「冒険者ギルドで販売すれば、現在買い求めている冒険者の多くはそちらで買います。ですから、こちらでは街の方にも手に取って頂きやすくなりますよ。現在は完売で買えない方もいらっしゃるようですから」

 「そうですね…冒険者の方が早くからいらっしゃるみたいで先に買われるみたいです」


 恵真としては並んで待ってくれる人々に十分な量を用意できないのは心苦しい。もっと数を増やそうかとも思うのだが実際に増やしても売れるのか不安もある。何より販売するのは恵真ではなくアッシャーとテオだ。あまり二人の負担を増やしたくはなかった。


 「もちろん、そのぶん数を作る必要が出来ますから…まだ開店間もない今、急ぐ必要はないでしょう。この件もまた回答は今すぐではなくとも構わないかと思います。私の方で上手く言っておきますね」

 「ありがとうございます!色々と頼ってしまって申し訳ないです…」

 「いえいえ。私に出来る事であれば協力は惜しみません」


 そんなリアムと恵真の会話を聞きながら、バートは一人納得していた。なぜリアムが恵真に薬草入りのバケットの販売を勧めたのか、ずっと腑に落ちなかったのだ。面倒事に恵真が巻き込まれるのではないかとバートは危惧していた。


 だが、リアムはその先を見ていたのだろう。ギルドは独立した組織であり、時には国や教会とも対立することを辞さない。そのギルドにとって恵真を必要な存在にする。リアムは恵真に後ろ盾を作るつもりなのだ。おそらくは薬師ギルドと冒険者ギルドの反応はリアムの想定の範囲内であろう。

 何事もないかの如く、恵真とにこやかに会話をしているリアムを見て、バートは敵わないと笑いながら首を振るのであった。



 だが、この薬草問題をきっかけに一部の者が恵真を黒髪の聖女として崇めだすとは、リアムもバートもこの時点では想像できなかったのである。

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