32話 香草チキンのバゲットサンド 3

 

 リアムが薬草だと言うのは、恵真が裏庭で育てているバジルである。

 以前から料理にパウダーを使ってはいたが、今回は庭で採れたものをそのまま使った。確かに今までアッシャーやバート達に振る舞ったものには香辛料を入れてきた。パウダー状ではない香草がリアムには珍しかったのだろうか。だが、バジルは香草であり薬草ではない。リアムも恵真の表情がピンと来ないのか、戸惑いながら説明をする。


 「…なかなかこのように新鮮な状態で入手するのは困難です。どちらでこれを?」

 「えっと、こういうのなら他にもありますけど、薬草ではないですよ。香草、ハーブですね。ほら、今までも香辛料としてお出ししてた料理に入れてましたよ?あ、でも粉末状のものですけど…それ以外の物は庭で育てているものですね」

 「…庭で?こちらで育てていらっしゃるのですか?料理には粉末状の物…そちらも見せて頂けますか」


 普段と違うリアムの様子を不思議に思いつつも、キッチンに向かった恵真は今朝採った裏庭のハーブをリアム達の前に出した。先程、リアムが薬草だと言ったのはバジル。これも庭で採れたものだ。それ以外にもローズマリーなど数種のハーブがある。それを見たリアムは驚きの眼差しで恵真を見た。


 「…どれも薬師ギルドで見たことがあります。薬師ギルドでこれを薬師達が薬にして薬屋に卸しているんです。他国では冒険者も仕事で集めたりするのですが…こういった薬草が携帯食には練り込まれて販売されているんです」

 「いや、ハーブは…って携帯食?」

 「えぇ、輸入の際に傷んだり劣化した薬草が携帯食に練り込まれていると聞きます」


 それがあの独特の風味に繋がるのかと恵真は納得する。風味を考えず入れたハーブはエグみと苦みに繋がる。恵真がその味や香りに覚えがあったのもそのせいだろう。だが、香草がこちらの世界では薬草というのは恵真には判断が付かない。

 瓶に入った粉末状のものと生の香草をリアムは見比べる。粉末状の物の蓋を開け、その香りを確かめているようだ。そしてバートを呼び、


 「粉状の物と香りが同じだ。おそらく薬草と香辛料は同一のものなんだろうな」

 「え…それってヤバいんじゃないっすか?」

 「あぁ、おそらく脱税だ」


 恵真達には事情がわからず、深刻そうな二人の顔を見る。脱税という言葉が聞こえたが、それがバジルとどういう関係があるのだろう。そんな恵真に気付いたリアムが謝りつつ、説明をする。


 「すみません、バートと確認をしたかったので。トーノ様、こちらは状態が異なるだけで同一の物で間違えはありませんか」

 「はい、乾燥して粉状にしているだけで同じものですよ」

 「そうですか…これは不勉強でした。こちらの乾燥したものを私やバートは香辛料として認識していました。ですが、こちらの新鮮な状態をこの国では薬草として認識されています」

 「え?」


 ハーブは乾燥する前と乾燥した後で、大きな変化があるわけではない。見た目や質量が変わるだけでどちらも香辛料だと恵真は認識している。それを薬草とは、この国の人々は騙されているのではないだろうかと恵真は不安になる。 


 「香辛料とある種の薬草、どちらも他国からの輸入に頼っております。この国でも採取できる物はありますが、大部分は輸入に頼っております。問題は掛かる税が違うのです。食料にかかる税の方が低く設定されています。おそらく、香辛料が貴族の中で流行りだしたのは香辛料が薬草である、その情報が一部では共有されているためでしょう」


 それは恵真にも得心がいく。輸入されるものや国によって税率が変わる事は珍しい事でもない。それを何者かが利用して、同じものを違う形で輸入しているのだろう。


 「薬師ギルドや商業ギルドは把握してるんすかね」

 「確か香辛料の輸入はある商家に独占されていただろう。未だ輸入量が少ないため、高価で顔の利く者しか買い取れないという話だ。それが逆に売りにもなっているんだろうが」

 「とすると少なくとも薬師ギルドは無関係っすね」

 「あぁ、むしろ知っていたら積極的に香辛料を買い付けているだろう」


 そんな二人の様子に、何やら自分が思っている以上に大きな話であることが恵真にも予想がついてきた。だが、あくまで恵真にとってはどちらも食品でしかない。この国においても、香辛料は食品だと思うが、何よりも恵真が気になるのは、これからこれを売り出しても良いかどうかだ。


 「えっと、販売する際にはこの葉を挟まず売り出した方がいいんでしょうか?」


 恵真の問いにリアムが指を顎に付けながら、何事か考えている様子で尋ねる。


 「このような粉状の物、あるいは乾燥前の状態の香辛料はこれからもご自身の伝手を頼ってトーノ様は入手可能なのでしょうか?」

 「はい、幾らでも大丈夫ですよ」

 「幾らでも、ですか?」


 驚きに目を瞠るリアムだが、声を出して笑う。バートは目をしぱしぱと瞬かせ、恵真を見ている。祖母の庭にはハーブがたくさん植えられているし、スパイスも最近ではスーパーに売っている。当分、入手に困ることはないだろう。


 「それでは、ぜひ葉を入れて販売してください」

 「リアムさん!?本気っすか?」

 「この事を告発するのは俺達の仕事ではない。より安価で薬草が手に入る状況を作る方が彼らの商売を潰すには手っ取り早いだろう。おまけにここにはそれを悪用する者は近づけない」

 「…それってエマさんは大丈夫なの?」


 アッシャーが心配そうにリアムに聞く。そんなアッシャーの焦げ茶色の髪の毛を大きな手でリアムが撫でる。そして、髪と同じ色をしたアッシャーの瞳を見つめた。


 「大丈夫だ。決して危険な目には合わせないよ。このドアの向こう側に行かなければ、彼女は安全だ」

 「…わかった。俺達もここで働くし、何かあったらリアムさんやバートをすぐ呼びに行くよ」

 「ぼくたちも」

 「あぁ、ありがとう」


 アッシャーとテオにはコンラッドに言って警護を密かに付けさせている。恵真に関しては言うまでもなく、このドアの向こうに出ない事、また魔獣であるクロがいることが牽制になるとリアムは考えている。そしてこの薬草、上手くいけば恵真の味方を増やすことが出来るのではないか、そんな希望も抱いていた。





_____





 リアムは念のためにパウダー状のものと乾燥前の状態、数種類の香辛料を恵真から預かった。そして薬師ギルドに持ち込み、鑑定を依頼することにしたのだ。

 初めは受付嬢に怪訝な顔をされたリアムではあったが、その話が上に行ったのか、すぐに待合室から、ギルド長の部屋へと招かれる。リアムは確信した。やはり、薬草と香辛料は同一の物なのだろう。その情報を薬師ギルドの上層部は把握しつつあるため、こう反応が早いのだ。まだ香辛料と薬草の関係性に気付いていなければ、このような反応にはなるまいとリアムは思う。

 職員に案内されたのは執務室、おそらくマルティアの薬師ギルド長がいるのだろう。職員が扉を叩くと柔らかな声がする。扉の奥にいたのは穏やかそうで良質な服に身を包む男と眼鏡をかけた大人しそうな男だ。


 「…どうぞ、こちらへ。君は…確かエヴァンス家の息子さんだね」

 「えぇ、冒険者のリアムと申します」

 「うん、そうかい。私はサイモンだ。こちらに座っておくれ」


 ギルド長の部屋は書籍や薬品と思われるものや道具で溢れている。そこから名前こそ長ではあるが、今でも現場で働いていることが想像が出来る。リアムが侯爵家の者であると確認しつつ、敬った態度を取らない事はギルドという独立した自治ゆえだ。侯爵家という地位を前に公平な立場をとるギルド長にリアムも冒険者としての名のみを名乗る。ギルド長も名しか名乗らないという事は平民の生まれなのだろう。


 「さて、君が持ち込んだものに関してだ。…なぜ、君はこれを薬師ギルドに持ち込んだんだい?」

 「なぜとはどういう意味でしょうか」

 「ここで扱うべきでない品も君は受付で鑑定を頼んだと聞いているよ」

 「では、こちらで鑑定できないものがありましたか?」


 リアムの答えにサイモンは穏やかな表情を崩さないまま、リアムを連れてきた職員を下がらせた。部屋に残ったのはリアムとサイモン、そして未だ名乗らぬ男である。男は汗をかき、落ち着かない様子で立ち続けている。そんな男を放っておいたまま、サイモンは笑顔でリアムを見る。


 「うん、鑑定できないものはなかったよ。君が持ち込んだのは全部薬草だった。こんなに鮮度も高くって良質なものはなかなかお目にかかれないね!」

 「支部長!よいのですか!」

 「仕方ないよ。彼は知っていて持ち込んでいるんだ。隠しても誤魔化しても無意味だろうね。そもそも、きちんと情報を整理して輸入元の商家を告発すべきだよ。税の問題もあるんだし」


 どうやらサイモンはこの街マルティアのギルド長ではなく、この国スタンテールのマルティア含む中央区域の支部長のようだ。では隣の大人しそうな男がこの街マルティアのギルド長なのだろう。何度か依頼や鑑定のために、薬師ギルドに足を運んだリアムであったが、この男に会うのは初めてだ。


 「で、リアム君。君はこれをどうするつもりだい?」

 

 ヘーゼル色の瞳がリアムの紺碧の瞳を見つめる。貴族として生きた十数年の中で表情を隠すのに長けているリアムだったが、目の前の温厚そうな男もまたそれに長けているようだ。この場で感情を表情に露わにしているのは、先程から横に立つこの街のギルド長のみであろう。


 「その問題は冒険者である私には関わりのない事です」

 「エヴァンス家のご子息であってもかい?」

 「えぇ。私は今、冒険者ですから」

 「そうかい。まぁ、それはそうかもね」


 なぜかつまらなそうな表情に変わるサイモンと安心したように笑みを溢すギルド長、そこにリアムは忘れていたことを思い出すかのように言葉を付け加える。リアムには一つ、香辛料と薬草に関して考えがあるのだ。恵真が喫茶エニシで香辛料を使うのを止めなかった理由もそこにある。


 「もしも香辛料と薬草が安価で広まったなら、その商家はどうなるでしょうね。いえ、もしそうならば薬師ギルドも冒険者ギルドも商業ギルドも大きな変化を遂げるでしょう」


 そんなリアムの言葉に、瞳を輝かせたのはサイモンである。


 「ということは、君が持ち込んだ薬草はまだ確保できるっていう事だよね」

 「…さぁ、どうでしょう。あくまで、たとえ話ですからね」



 こうしてリアムは頼んでいた鑑定を済ませ、薬草の効果効能を情報として得て薬師ギルドをあとにした。売って欲しいと懇願するサイモンと後を付ける者達を適当に巻きながら、恵真達の元へ帰るのであった。


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