23話 恵真の料理と香辛料

 

 「おいしい!これもおいしいね!」

 「この前のバケットと一緒に食べるのもいいぞ」

 「本当だ!パンにしみて、じゅわってしておいしいね」


 用意した試作品をアッシャーとテオは夢中になって食べている。そんな二人の様子を嬉しく思う恵真だが、バートの態度が気がかりであった。

 先程、皿の料理に手を付けたきりバートは黙り込んでいる。とはいえ料理を食べる手を休めることはないので、口に合わなかったわけではないようなのだが。黙って一皿を空にしたバートがようやく口を開く。


 「こっちも食べてみてもいいっすか?」

 「は、はい!もちろんです!」


 急に口を開いたバートに驚きつつ、恵真は次の皿を説明する。


 「これはポトフです。こっちもさっきのと同じ煮込み料理です。当面の間、煮込み料理をメインにしたプレートを出そうかなって思っていて…仕込みの時間はかかりますが、開店した後はお客様をお待たせしないで済みますし」

 「……」

 「あの、バートさん?」


 恵真の説明を聞いているのかいないのか、黙々とバートはスプーンを口に運ぶ。そしてバートは二つめの皿も空にする。ということは、やはり口に合わなかったわけではないのだろうと恵真は思う。そんなバートの様子にアッシャーが首を傾げる。


 「どうしたんだよバート!これ、めちゃくちゃ旨いのに!」

 「…そうなんすよ」

 「へ?じゃあ、なんで黙ってたんだよ、てっきり気に入らないかと思うじゃん」


 不思議そうにアッシャーが尋ねるとバートは深いため息をつく。


 「…驚いて言葉が見つからなかったんすよ」

 「え?」

 「…トーノ様、ちゃんと経営する視点があったんすね。アッシャー達の服もそうっすけど…いやぁ、色々お膳立てしなきゃならないと思ってたんで、正直驚きっす」


 そう言うとバートはまだ食べているアッシャーの皿を見る。それは最初に食べた料理である。豆や野菜、ひき肉を煮込んだ料理は具沢山で添えられたパンともバランスがいいだろう。そしてもう一皿、こちらは大きめに刻んだ野菜と肉が入った料理だ。これもまた、固めのパンを浸して食べるのにちょうどいい。


 いずれも庶民に親しみのある食材で季節を問わず手に入れられる。もちろん、庶民に馴染みがある食材は価格も控えめでコストパフォーマンスもいいだろう。恵真の言う通り、時間がかかる煮込み料理だが一度作ってしまえば提供までの時間はかからない。正直、バートは恵真がそこまで具体的に調理や提供の時間を考慮して計画できるとは思っていなかった。それも確かに驚きの一つであった。

 だが、バートが最も驚いた事は他にある。


 「…これ、どっちにも香辛料が使われてますよね」

 「はい…」


 バートの問いに恵真は素直に答える。今回、恵真が作ったのは大豆のチリコンカンとポトフだ。煮込み料理でバゲットにも合うだろうと選んだ二品だ。これに副菜を添えてワンプレートディッシュとして出す事を考えていたのだが、バートの言う通りどちらにも香辛料が使われている。


 「そうっすか…いいと思うっす」

 「本当ですか!?」

 「味は抜群にいいし、香りも食欲をそそるっす。煮込み料理は時間がかかるっすから、家庭ではあんまり作らないんすよ。まぁ、簡単なスープくらいっすね。それに一つのプレートにまとめるのも運びやすいし、いい考えだと思うっす」

 「あ、ありがとうございます」


 口にした後、黙って食べていたバートからの言葉に恵真は安堵する。だが、であれば先程のバートの言葉の意味は何だったのであろうと思い、恵真は尋ねる。


 「んー、どんな香辛料を使ってるのか気になったんすよ」

 「えっと、豆を煮込んだ方にはチリパウダーとクミン、野菜を大きく切ったほうはオレガノ、ローズマリー、…あとどちらにもローリエと胡椒が入っています。乾燥したハーブも使ってますが、裏庭でハーブを育ててるのでそういうのも使えたらなって思ってるんです」

 「そっすか、そうなんすね…」


 今、この国の貴族の中では香辛料が流行っている。他国から輸入された希少な香辛料を使うのが貴族のステータスになりつつあるのだ。それを彼女は芋や豆に使い、その料理を庶民に提供しようとしている。それを聞いたバートは笑いが込み上げてくる


 「ふ、ふはは、それって最高にスパイス効いてるっすね」

 「あ、ありがとうございます」


 アッシャー達が食べるため、そこまで多く香辛料やハーブを入れてはいないのだが、どうやらバートも気に入ったらしい。店で提供する料理として三人に認められた事に胸を撫で下ろした恵真であった。



_______



 「…で、これをいくらで出すんすか?」

 「…どのくらいならいいでしょうか?」

 「あー、異国のお貴族様だと庶民の金銭感覚はわかんないっすよねー」

 「ははは」


 貴族ではないが異国であるのは間違いないので、恵真は笑って誤魔化す。確かに恵真はこの国の貨幣価値がさっぱりわからない。そのため、どのくらいの金額をつければいいのかがわからないのだ。


 「んー、これだけ香辛料が使われてるんすから値段も強気でいいと思うんすけど。…そうなるとちょっと庶民の足は遠ざかっちゃうかもしれないっすね」

 「だ、ダメですよ!庶民のお店なんですから!」


 庶民の足が遠のくと言われた恵真が慌ててバートの案を否定する。そんな恵真にバートがコインを一枚取り出して見せる。


 「これがこの国で一番金額の低い貨幣、1ギルっす。銅貨とも呼ぶんすけど、これが100枚で銀貨、1ダル。1ダルが100枚で金貨、1ディルになるんす。で、それより上もあるんすが、まぁ関係ないっすね。金貨ですらまず平民は見たことないっす。平民で扱うのは貴族相手の商人くらいっすかねー。庶民の食事は一食30~40ギル以下っすね」

 「そうなんですね…あの、パン1個っていくらですか」

 「んー、ピンキリですけど庶民が買うのは5ギルから7ギルくらいっすかね」


 恵真は日本の金銭に置き換えて考えてみる。パンが1つ120~210円前後と仮定すると1ギルは25~30円くらいだろう。だとすると銀貨は3000円、金貨だと30万円くらいだろうか。あくまで、恵真が置き換えた感覚でありこちらの感覚と一致するとは限らない。だが、実際に貨幣を扱う事を考えれば曖昧でも感覚を掴んでおく必要があるだろう。平民の一食が30ギルならばそれに近い金額が良いのだろうかと恵真が提案するが、即座にバートが否定する。


 「これだけの味と材料、店の雰囲気や置かれた調度品。場所が場所なら銀貨取れる料理っすよ。トーノ様はもっと自信持っていいっす」

 「バートさん…」


 ふいにバートから掛けられた称賛に驚く。そんな恵真にアッシャーやテオからも言葉が掛けられた。


 「うん、恵真さんのごはんどれもおいしいよ」

 「きっと、皆、喜んでくれるよ」


 二人のまっすぐな言葉に恵真の目頭が熱くなる。誰かに認められる、それがこんなに心に沁みるのかと恵真は思う。アッシャー達と出会ったことで環境は勿論、恵真の心にも小さな変化が起きていた。


 「よし!じゃあ、もうちょい値段上げていきましょうか」

 「う、そうなんですけど…」

 「トーノ様、ほんと何気に頑固っすね…」


 そんな時、重いノックが部屋に響く。窓際のソファーに座っていた兄弟が訪問者を教えてくれる。


 「あ!リアムさんだ」

 「エマさん、リアムさんが来たみたい!」


 そんな二人の声を聴いたバートがポンと手を打つ。


 「よし、ここはリアムさんにも話を聞きましょう!冷静な判断をしてくれるはずっす」

 「そうですね」

 「うん、リアムさんなら、大丈夫だよ!」

 「きっといい意見をくれるね!オレ、ドアを開けてくる!」


 確かにリアムなら冷静で客観的な意見をくれそうだと恵真も思い、同意する。アッシャー達もリアムに厚い信頼を寄せているらしい。


 「…そっすね、リアムさんは頼りになるんすけど…オレも役に立つんすよ?」


 恵真と兄弟の様子にほんの少し拗ねるバートであった。

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