22話 リアムとコンラッド

 リアムがその男と会うのはひと月ぶりであろうか。アッシュブロンドの髪に体に合う上質な服に身を包む男はリアムを前に顔をしかめる。


 「久々にお役目を申し付かったと思えば、平民の子どもの護衛とは…。もちろん私は参りませんよ、他の者を行かせます」


 額を押さえてそう溢す姿にリアムは笑いながら頷く。


 「あぁ、もちろん当家の優秀な使用人にそんな事を頼むつもりはないよ。あの子達の安全が守れればそれでいいんだから」

 「そもそも、そんな事をあなた様が考慮する必要などありませんのに…」


 そう口にしたものの、男の語尾は小さくなっていく。ほんの少し関わっただけの地位の異なる少年を目に掛ける。彼の主がそのような人物であるからこそ、彼、コンラッドはここに存在している。


 かつてコンラッドは路頭に迷う少年であった。それを同じく少年であったリアムが拾い、自身の家の使用人にした。それ以来、コンラッドの主はリアム・エヴァンスただ一人である。

現在、エヴァンス家の当主はリアムの父ヘンリーであるが彼もコンラッドをリアムの従者として認め、こうして息子の様子を時折見てくるように告げるのだ。

コンラッドにとってリアムの役に立つのは本懐である。そのため、今日も赴いたのだが。


 「問題はそのトーノ・エマという女性です。この国に黒髪黒目の女性が現れた、その事実が知れ渡れば我が国は勿論、周辺地域が揺れます。与える影響を考えるとエヴァンス家で保護する判断も御一考の余地があるかと」


 そんなコンラッドの主張を聞いたリアムは眉根を寄せ、ぽつりと言葉を漏らす。


 「保護、とは聞こえがいいな」

 「…ですが、教会や王家に奪われれば危険です。彼らは彼女の外見や存在を利用するでしょう」


王家に対して不敬とも言える発言を、リアムは咎めない。

コンラッドの意見は以前、リアムが恵真に説明したことと同じである。であるならば、やはり彼女は現在の住居を離れるべきではないとリアムは考えてる。


 「彼女が滞在している場所には防衛魔法がかけられたドアがある」

 「は?…そこは一般の住居ですよね」


 コンラッドの驚きは当然の事である。防衛魔法はこの国ではもはや過去のものだ。それは失われた魔法術の一つ、現在残っているのは王室や遺跡に幾つかあるばかりだ。


 「それだけじゃない。おそらく幻影魔法もかけられているから、そもそも害意があるものは店に辿り着けないだろうな。おまけに見たこともない魔道具が部屋中にあるんだ」

 「……そんなことがあり得るのですか?」

 「凄いだろ?防衛魔法に幻影魔法の重ね掛け、魔術師垂涎のドアだよ。な、それ以上に安全な場所なんて王家ですら用意できやしないだろう」


 そんなリアムの言葉にコンラッドは驚愕の色を隠せない。そして、彼は1つの答えに辿り着く。


 「それほどまで守られているのであれば、やはり彼女の存在は特別なものでは」

 「…その可能性は否定できない。だが、教会や国の求めている力かはわからんだろう。俺が見た限り、彼女は特別な力など持っているように見えないがな」


 トーノ・エマという女性は、その存在や容姿こそ非凡ではあるが、リアムが接して感じたのはむしろ真逆の印象だ。アッシャーやテオにも身分の垣根なく接し、バートの軽口にも腹を立てる事もない。極めて温厚で寛容な人物像だ。


 「いずれにせよ、あのドアを出ない限り彼女の安全は保障される。コンラッド、彼女の現状を父にも報告しておいてほしい」

 「どう動くおつもりですか?」


 主の今後を問う忠実な従者の言葉、だがリアムはその精悍な顔に何の感情も見せない。


 「動く気はないよ。政にも宗教にも彼女が利用されないように見守るだけだ」

 「···そのお方はどのような女性なのですか」


 アッシュブロンドの髪が風に乱れ、コンラッドの不安な表情を露わにする。リアムの忠実な侍従は、黒髪の女性と関わる立場となった主を案じているのだろう。そんなコンラッドの言葉にリアムは少し表情を和らげた。


 「美しい黒髪黒目を持つ、極めて善良な一人の女性だ。平穏に過ごす事を望むだろう」


 

_____



 「今日はリアムさんはいらっしゃらないんですね」


 そう言いつつ恵真が入れたのは本日の料理である。今日はこちらの人の好みを知るために幾つか試作品を用意した。あいにくリアムは予定が入っているらしい。出来れば恵真はリアムにも同席して欲しかったのだが。


 「あ、トーノ様!オレだけじゃなぁ、って顔してるっすね」

 「ち、違います!アッシャー君とテオ君の事をお願いしたんでその事を聞きたかったんです」


 そう、恵真が気にしていたのは先日話したアッシャー達の安全についてである。詳細をリアムから聞いていないため、気掛かりだったのだ。そんな恵真の前で座っているバートが手をブンブンと振る。


 「大丈夫っすよ!リアムさんに任せれば問題ないっす。あの人、生まれは侯爵家で…まぁ、オレの嫌いな貴族なんすけど、でもそこを出て冒険者として名を上げて、ギルドから指名依頼も来るんすよ。今日もそんな感じじゃないっすか?ま、心配いらないっすよ」

 「はぁ、そんな凄い人だったんですね…」

 「まぁ、そうっすねぇ」


なぜか自分が誉められたように誇らし気なバートだが、ふいにアッシャーとテオを指差し、恵真に訊ねる。


 「で、なんでアッシャーとテオはお揃いの服を着てるんすか?ん、良く見ると女性用っすね」


 そう言ってバートはカウンターの椅子から下りると、ずんずんと2人の元へと近付く。シャツを摘ままれたアッシャーが抵抗する。


 「おい!やめろよ、触るなよ」

 「ほー、しかも中々に質が良い…こりゃ、トーノ様からっすか?」


バートの言うとおり、その服はかつて恵真が着ていたものである。かつて恵真がこの家に住んでいたときのものが、まだ仕舞われていたのだ。

そのうち何枚かあったポロシャツをアッシャー達に用意した。経年劣化も特になく状態が良いが、1つ問題がある。女性用と男性用でボタンの掛け合わせが異なるのだ。今のバートのように目ざとい者はすぐ気付くだろう。


「アッシャー君、テオ君。どの色が好き?好きなのを指差して」

「え?はい!」


そこで恵真が用意したのはスカーフだ。色とりどりのスカーフの中、2人は各々に色を選ぶ。アッシャーは赤を、テオは青を指差した。恵真は青いスカーフを取り、テオの襟元にふんわりと巻く。するとちょうど襟元が隠れ、同時に少し華やかさが加わり洒落た印象になる。


 「ほー、考えたっすねぇ」

 「ネクタイだと畏まりすぎるし、これだと可愛い雰囲気で二人に似合いますよね。それに襟元って汚れが目立ったりするのでいいかなって…アッシャー君もおいで」

 「は、はい!」


 少し緊張した面持ちのアッシャーに赤いスカーフを恵真が巻いているのをテオがニコニコと見守る。


 「お兄ちゃん、格好良いね!お店の人みたい!」

 「からかうなよ!…それに!俺たちはこれからお店の人になるんだからな」

 「…そっか、そうだね」


 そんな二人の会話の純真さに恵真は心打たれていたが大切な事を思い出す。


 「ズボンは私物になっちゃうから、汚れ防止にエプロンを作ろうと思うの。あとでサイズを確認させてね」

 「作る?…まさかっすけどトーノ様が、っすか?」


 そう尋ねるバートに恵真は満面の笑顔で言う。


 「はい、まだ時間もあるし、生地もミシンもあるんでダダダーって作っちゃうつもりです。シンプルに黒にしようかな、うん。汚れも目立ちにくいですし、きっと今の格好に似合いますよね!」

 「はぁ…そうっすね。うん、きっと似合うっすね」


 「ミシン」というのは魔道具だろうか。アッシャー達のための雑用をすることを嬉々として語る恵真はバートには不可思議だが興味深い存在だ。そして、バートにはもう一つ興味を引くものがある。


 「ま、それよりも試作品っすよね」


 バートは再びキッチンのカウンターテーブルへと向かうと腰を落とす。対面式のカウンターキッチンには恵真が用意した試作品が何皿か置かれている。大きめに切られたパンや副菜らしき野菜、そしてメインであろう2皿。これがバートが気になっているものである。使われている素材はどこでも手に入る食材だが、バートにはこの家に入った時から気になっていることがあった。


 「どうぞ、召し上がってください!アッシャー君達も食べてみて、正直な意見を聞かせて欲しいの」

 「ありがとうございます!」

 「じゃあ、着替えたほうが…」

 「汚れたら他のもあるから大丈夫よ」


 そんな会話をする横で、バートがその料理を口にする。それに気付いた恵真が声を掛ける。


 「どうですか?この味、街の皆さんの好みに合いますか」

 「………」

 「え、美味しくなかったの?」

 「バート、どうしたの?」


 スプーンを持ったバートは黙って皿を見つめ、何かを思案している。それは今までのバートの気さくさとは異なっている。そんなバートの様子を恵真は不安な思いで見つめるのだった。


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