19話 牛乳プリン ~つぶつぶゴロゴロ苺ソースを添えて~
「じゃあ、二人を雇用する条件としてトーノ様は一日三食を提供すると。昼食はここで食べて、その日の夕食と次の日の朝食も持たせるんすね」
「はい!」
アッシャー達に渡す報酬は、食事あるいは食材での提供となった。こちらの貨幣を持たない恵真の事情もあったが兄弟がそれを強く望んだのだ。日々の糧を確保できることが今の彼らには一番重要である。
実のところ、一食でも十分に二人を雇うに値する金額であることをバートとリアムは恵真に教えた。兄弟と親しい二人だが、この国の知識が乏しい恵真にも公平な立場で説明したのだ。ギルド加入前の子どもの労働力を考えるとそれはこの街での適正価格であった。
実際は恵真の作る料理はこの辺りの店で提供されるものより、質の良い食材が使われている。それを価格に見直すと過分とも考えられることも伝えた。だが恵真はそれに納得しなかった。恵真の常識では子どもが三食摂るのは成長の上で必要な事だからだ。
「オレはちゃんと平等に!って考えて、この街の常識を教えてるのに!全然受け入れないじゃないっすか…。トーノ様、意外と頑固っすね」
若干呆れたように言うバートだが、その表情や声は先日より優しい。典型的な貴族とはかけ離れた恵真に、バートもその態度を軟化させたようだ。
「トーノ様、本当にこの条件で問題ないのですね」
「はい。私も二人に料理を食べて貰えるのは嬉しいですから」
念のため、確認を取るリアムに恵真は微笑みながら答える。バートもリアムも兄弟を案じてはいるが、何も知らない恵真にも平等な観点で説明をしてくれる。そんな二人の誠実な対応を心強く思う。一方、恵真には気になっている事があった。
「その『トーノさま』っていうのは変えられませんかね。せめて、トーノさんとか」
実際には極めて平凡な市民である恵真は、敬称を付けて呼ばれるのは落ち着かない。そんな恵真の言葉にリアムもバートは即答する。
「ムリっすね」
「それは難しい事かと…」
バートにははっきりとリアムにはやんわりと断られる。
「でも、アッシャー君達はエマさんって呼んでくれてますし…」
「二人は子どもですから」
そんなアッシャー達は今はソファーの上に座っている。ソファーに座るのが初めてなのか、その感触を楽しむように少し体を揺らしたり手で座面を押したりと楽しそうである。大まかな事柄は話し合ったため、あとはリアムとバートが兄弟の代わりに話を進めているのだ。
それだけ兄弟にとって、リアムとバートは信用に足りる存在なのだろう。
「もしよければ少し休憩にしませんか?お茶、新しく入れますね」
二人を見て軽く微笑むと席を立ち、恵真はキッチンへと歩き出す。
「流石トーマさま!気が利いてるっすね!」
「バート…。トーノ様、色々と申し訳ない」
先程は話し合いに集中できるようアイスティーのみを出した。だが話もある程度まとまり、ここで一旦休憩を兼ねて用意した菓子を出そうと恵真は考えた。
水を沸かし、再びアイスティーを入れる準備をする。その間に冷蔵庫の中で冷やしていた菓子を取り出す。今回作ったのは昔懐かしい牛乳プリンだ。ぎりぎり固まるくらいの柔らかさにした牛乳プリンに、荒くつぶした苺を使った甘酸っぱいソースを合わせる。どちらも甘さは控えめに作ってあり、好みで上にコンデンスミルクをかけて貰おうと思っている。
バットで冷やした牛乳プリンをグラスへと移した。そのあとに茶葉をティーポットに入れ、熱湯を注ぐ。茶葉を蒸らしている間に牛乳プリンに苺のソースをかけていく。
アイスティーがまだ出来ていないため、先に牛乳プリンを持って行った方がいいと恵真は思った。そこで恵真はアッシャーとテオに声を掛ける。
「アッシャー君、テオ君、お手伝いをお願いしてもいい?」
「はい!今すぐ!」
そんな言葉に、ソファーの二人が立ち上がり、恵真の元に小走りに近付いてきた。じっと恵真を見つめるアッシャーとテオ、どこか張り切った様子がその表情からも伝わってくる。今後ここで働ける、その意識からか、二人は仕事をすでに始めているかの様子だ。
ならば、と恵真は二人に合わせる事とした。トレーに牛乳プリンのグラスを載せ、アッシャーに渡す。テオにはコンデンスミルクやスプーンを乗せたプレートを渡した。
「あちらのお客様のところへ持って行ってくれる?」
「はい!」
そう言った二人はリアム達の元へと向かっていく。恐る恐る歩く様子からは、溢さないように丁寧にそっと、そんな気持ちが伝わってくる。
「えっと、どうぞ!」
そう言ってテーブルにそっとグラスを置くアッシャー、その表情は緊張と同時に誇らしさが見える。そんなアッシャーにテオが声を掛ける。
「たぶん、スプーンを先に置いてからだよ」
「そうだな、先にそっちを用意したほうがいいだろう」
そんなテオとリアムの言葉に、ほんの少ししょげるアッシャー。
それに気付いたバートが声を掛ける。
「まぁ、いいんじゃないっすか。まだ、店は始まってないしオレ達は客じゃないんすから。ほら、アッシャー!テオ!こっちにも持ってきて欲しいんすけど」
「はい!」
氷を入れたグラスに熱い紅茶を注ぎながら、恵真はそのやり取りを微笑ましく思う。お互いに素性も良く知らない中ではあるが、彼らの間にはお互いへの信頼が見える。短い間しか過ごしていない彼らだが、その人となりは会話の端々から見え、恵真はそんな彼らを親しみを覚えていくのだった。
_______
「旨いっす!ふるふるの白いのに甘酸っぱさを残したソース、あえて甘さを控えてこっちのソースで調節するのも細やかな心遣いっすね。何よりこの触感を残した果実のゴロゴロっとしたサイズ、心憎いっす」
「あ、ありがとうございます!わかってくれます?」
「わかるっすよ!絶妙なバランスっす。焼き菓子も旨かったっすけど、こっちもいいっすね!…タルトでしたっけ。あれはサクッとした生地と濃厚なクリームに瑞々しい果実、それぞれ違う触感と風味がよかったっすねー」
「あぁ!それもわかってくれます?」
「もちろんっす」
思いもよらぬバートの称賛に恵真は喜びを隠せない。そんな盛り上がる二人と同様、アッシャーとテオも牛乳プリンは好評のようだ。
「柔らかくって甘くておいしいね」
「あぁ、冷たい菓子なんて初めてだ!」
スプーンで掬いながら口に運ぶ二人、テオの口元には赤いソースが付いている。そんなテオの口元を恵真がハンカチでそっと拭うと、アッシャーが笑いテオは照れる。二人を見て微笑みながら、恵真は以前より気になっていたことを口にした。
「アッシャー君達の親御さんにもご挨拶しなきゃいけないわね。きっと心配するし、これからの事を話さなきゃ」
「それはなりません」
「え?」
突然かけられたリアムの言葉に恵真は首を傾げる。これから兄弟を預かることになるのだ。恵真としてはきちんと保護者へと説明をするつもりなのだが。
「トーノ様はこのドアの外へ一歩たりとも出てはなりません」
それは初めてリアムから向けられた強い言葉、断言したリアムだが、そこには恵真を案じる様相がある。その意図がわからず恵真は戸惑うのだった。
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