18話 裏庭のドアの秘密

4人の驚きや動揺に気付いているのか、いないのか、恵真は引き締まった表情でリアムとバートに説明する。


 「私の事情を知っていますし、安心して一緒にいられる二人です」

 「それはそうですが…」

 「確かにそうなんすけど…いいんすか?」


 戸惑った様子のリアムに怪訝な顔をしたバート。そんな二人の様子と言葉に、恵真は自分が大切な事を忘れているのに気付く。焦ったようにくるりと方向を変え、今度はアッシャーとテオの方を向く。二人はと言えば、突然の恵真の申し出に目を大きく開き、ぱちぱちと瞬きをしている。


 「二人の都合も聞かずにごめんね。二人には最初の約束通り、色々と教えてほしいの。その一か月が終わった後、もし二人がよければ私のお手伝いをしてくれないかな」


 懸命に説明をする恵真、その発言に周りの4人は戸惑い、彼女を見つめる。

 ここ数日間、恵真が悩みつつ、出した答えがこれだ。裏庭のドアの向こうに広がる世界、それは紛れもない現実でそこにはアッシャー達が暮らしている。この世界の子どもの暮らしを変えられるだけの力など恵真にはない。だが知り合った二人の少年を放って置ける程、無関心でもいられなかった。

 二人に店で働いてもらう。その目的は支援ではなく、アッシャーとテオの力を恵真も必要としているためだ。


「ここでの食事は勿論、ご家族にも用意します。お金に関してはお店が始まってからになっちゃうとは思うんだけど…ちゃんと払います!すぐには払えなくってごめんね」


そう言って恵真は頭を下げたが、彼女の行動は彼らの常識の範囲外である。バートはリアムの傍に近付くとそっと耳打ちする。


 「なんか違う方向に反省してるみたいっすね」

 「あぁ、雇用する期間が長く安定することはアッシャー達にとっては良いんだが…」


 恵真はというと必死にアッシャーとテオに「これは勝手な希望だから断ってもいい」と何度も言って聞かせている。困惑するリアム達と同様、アッシャーとテオもどうしてよいかわからず恵真を見つめている。


「単純に働き手として考えたら大人を雇った方がいい」先程バートが言ったことは事実である。子どもや老人は体力を考えると労働力として不十分である。そのためギルドなどでも割の良い仕事は成人男性が主力だ。子供や老人は拘束時間が長いが見返りの少ない仕事など、割の良くないものしか回っては来ないのだ。ギルドを通せない年齢や条件の者達はさらに条件の悪い仕事となる。

 そんな中で、突然降って湧いた仕事にアッシャーとテオがたじろぐのも無理はなかった。


 「いや、私は良い考えだと思います。アッシャー達にとっても悪い話ではありませんし」


 想像もしていなかったため、うろたえる兄弟の代わりにリアムが意見を言う。


 「あ、あの!嬉しいです!そうしてくださると助かります!」


 そんなリアムの言葉にアッシャーが慌てて声を上げる。

今までアッシャーとテオは仕事を得ていたが、それは雇用する側の都合でどのようにも変わった。二人がきちんと働いても約束の報酬が得られない事もしばしばあった。何よりバートの言う通り、子どもを雇用するメリットは少ない。それにもかかわらす、恵真はアッシャーとテオを選んでくれたのだ。


 「びっくりしただけで…すみません。お店で使っていただけるのは嬉しいですし、食事が毎日手に入るのも凄く安心します。でもいいんですか?僕達で。…そのマナーとか知らないし」 


 アッシャーとしても安全な仕事が得られるのはありがたいのだが、今までの仕事の違いを考えると不安がある。何より自分達に良くしてくれる恵真に恥をかかせたくないと思うのだ。

 そんなアッシャーにリアムが優しく声を掛ける。


 「いや、そこは問題ないだろう。アッシャーもテオもご家族がきちんとしているんだろうな。もちろん貴族相手ではまだまだ問題があるが…街の平民相手ならば何の問題はないよ」


 そんなリアムの言葉に少し照れくさそうにしながらも兄弟は嬉しそうに笑う。

 リアムの言う通り、彼ら兄弟は不遇な環境に身を置きながらも、それを感じさせないだけのマナーを身に着けていた。身を包む物は決して質の良いものとは言えないが、清潔であることがわかる。また普段の言葉遣いは街の少年と変わらないが、恵真を前にした言葉にそつがない。おそらくは彼らの親はそれなりの身分にあったか、その周りで勤めていた経験があるのだろう。


 それは今まで幼いながらも彼らが仕事を得られた理由であり、大人達が扱いやすく安価な労働力として使った理由でもある。そんな様子を苦々しく思いつつも、二人の様子を見守っていたリアムは今回の恵真の話に肯定的であった。


 「いや、女性と子どもだけなんて危ないっすよ!そもそもトーノさまは目立つんすから!」


 そんなバートの意見もいつもの貴族に対しての敵愾心から来るものではない。むしろ本気で彼らの事を案じているからこそ出たものだろう。その言葉からはアッシャーとテオはもちろん、どうやらトーノ・エマの事も心配していることがわかる。

 そんな自分を興味深そうにリアムが見ていることにバートは気付く。


 「なんすか、リアムさん!」

 「いや、俺は何も言っていない」

 「目が!目が十分に語ってるんすよ!」

 「そうか、目を見ただけで心が通じ合えるほど俺はバートと親しくなっているんだな。いや、気付かなかったな」

 「リアムさん!」


 今までのバートの恵真への態度に、心の中で何度もため息をついてきたリアムはここぞとばかりに揶揄う。だがバートが懸念していること、それはすでに解決済みの問題である。その事をリアムはここにいる全員に伝えた。


 「前回、こちらに訪れたときには気付きませんでしたが、この扉には高度な防衛魔法が掛けられていますね」

 「は?ぼうえいまほう?」


 その言葉に4人は驚きの声を上げる。その中で一番驚いたのは恵真である。顔にもその驚きが表れている。だが、リアムはその驚きを違う形で解釈した。この扉の防衛魔法を恵真は隠しており、それが気付かれた事への驚きと解釈をした。現にその防衛魔法は扉の装飾に巧妙に隠されている。


 「敵意や害意を持つ者はそもそもここを通る事すら出来ない。安全な者だけがこの扉を通ることが出来ます。ですからトーノ様はこちらに店舗を構えることをお選びになったのでしょう」


 今、リアムが話したことは恵真にとっては全てが初耳である。だが、このドアが本当に悪意ある人物を通さないというのなら、ここでの安全は確保される。これはかなりの朗報である。


 「本当っすね。扉に彫られた装飾の中に魔法文字が隠れてるっす…。これ、扉だけで凄い値が付くんじゃないんすかね」


 扉の前に立ったバートが両手を付け、顔を間近に付けて確認をしている。その声が興奮で震えていることからも事実なのであろう。そうであるならば、恵真やアッシャー達がここで過ごす事も比較的安全だと言える。

 恵真はアッシャーとテオの前にしゃがみ、二人と目線を合わせた。


 「あらためて、二人にここで働くお願いをしていいかしら」


 そんな恵真の言葉に少し緊張した面持ちだが、しっかりと恵真の眼を見つめながらアッシャーが言った。同じようにテオも恵真を見る。


 「はい、よろしくお願いします!」

 「ぼくもよろしくお願いします!」

 「二人ともこちらこそよろしくね」


 そうして目を合わせる3人から自然と笑い声が零れた。

 白いレースを通した柔らかな光が3人を包む。それはこれから始まる彼らの日々を祝福するかのように思える優しい光だった。

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