17話 これから

 数日後、恵真の元には先日と同じ4人の訪問者がいた。

 一人、つらつらと自分を顧みた恵真であったが、4人と会う頃には自然と決意が固まっていた。夜中に一人考える事は大抵、有意義ではないものだ。だがその揺らぐ感情を含め、恵真は自身の正直な思いを巡らせた。そうすることで思いはより一層、恵真の中で具体的で確固としたものになった。 


 窓から入る日差しが心地よい。今日は少し暖かいので、冷たい飲み物が良いだろうとアイスティーにした。沸騰したお湯を細長いガラスのティーポットに注ぎ、中で茶葉をジャンピングさせる。茶葉を下に押し下げたあと、少し蒸らす。その後、氷をフチまで入れた細めのグラスに、一気に紅茶を注ぐ。あとは好みでハチミツやミルクを入れて貰えばよいだろう。

 アイスティーをテーブルに置き、4人に勧めた恵真はバートに尋ねる。


 「あの、届け出とかいるんでしょうか?あと許可証とか、その公的な手続きみたいな」


そんな恵真の質問にバートはこともなげに答える。


 「あぁーいらないっすね。そんなのが必要ならその辺で屋台やってる奴ら、全員しょっ引かなきゃならないっす。大丈夫っす、トーノさまがいつ好きに始めても何の問題もないっすよ。あ、なんなら今日からやっちゃいます?」

 「いえ!準備が必要ですし!」


 急なバートの発言に驚き、恵真はブンブンと大きく手を振って断る。そう何事にも準備が必要だと慎重な恵真は考える。

 そんな恵真の様子にバートは不思議そうに首を傾げる。


 「そっすか?いや、お貴族様がそう決めたら出来ちゃうんすけどね、簡単に」

 「バート、軽率な言動は慎めよ」


 低めのリアムの声が、さらに低くなったことに気付いたバートが肩を竦める。アッシャーもテオも困ったようにバートを横目で見る。恵真だけがわからず、周りの様子に戸惑っている。

 そもそもバートは特に恵真に対して敵意があるわけではない。だが、ついつい貴族に対する思いが出てしまうのだ。

そんな空気を換えようとしたのかリアムが恵真に尋ねる。


 「食事を提供する店とのことですが、雇用に関してはどのようなお希望がありますか?」

 「えっと…料理は一人でやってみようかと思っています。恥ずかしい事なんですが、私、こちらのお金を持ち合わせていないんです」


 その場の空気を換えようとしたリアムの発言であったが、恵真の回答で部屋は沈黙に包まれた。高位の立場であるだろう女性が一人、貨幣も持たずに国を追われた。その事実に皆、衝撃を受ける。 

 道楽ではなく必要に迫られた上での判断であったのだ。

 だが、それを表に出すのは傷付いた彼女を更に追い詰める事だろう。現に今も彼女は不安気な様子だ。内心の動揺を隠し、リアムが言葉を続ける。


 「問題ありません。ですが、物資を提供する形でも雇用が可能ですよ。張り紙などして募集をかける事も出来ますが、ギルドを通した方が安全性が高まりますね」


恵真の暮らす現代日本と比べると、おおらかで寛容というべきか法の整備が行き届かないというべきか。だが複雑な事情を抱える恵真にとっては都合がよいともいえる。


 「ありがとうございます!あの!年齢に制限とかってあるのでしょうか」

 「特にはありませんね。ただあまり高齢だと働き手として不向きですし、トーノ様は女性ですから同性の雇用をお勧めします。女性で腕が立つ者もいますよ。もちろんこの屋敷にはあなたを十分に守れる者がいますが…」


 そう言ったリアムはちらりと壁に目を向ける。壁に備え付けられた戸棚の上にクロがまったりと寛ぎながら、訪問者たちを眺めている。そこは何かあればすぐにこちらに飛びかかることが可能で、かつ全員を視界に入れることが出来る場所であった。

 もちろん恵真を傷付ける気など毛頭ないリアムであるが、いつでも襲いかかれる優位な場所に魔獣がいることに落ち着かない思いになる。そんなリアムに気付かない恵真は質問を続ける。


 「あの、下は何歳から雇えるんでしょうか?お金じゃなければ問題ないとか、法律で決められてたりしますか?」


 そんな恵真の質問にリアムは顎に指を置きながら考えている。


 「あぁ、この国では子どもでも働き手として認められます。ギルドも13歳から加入できますし、それ未満の子どもでも実家の手伝いや小遣い稼ぎ程度の労働をする者もおりますよ」


 そんなリアムの返答に恵真が口を開こうとする前に、アイスティーにはちみつを注ぎながらバートが答えた。


 「でも、そんなに多くはないっすねー」


 細長いスプーンで氷を回せば、カラカラと涼し気な音を立てる。

 その向かいにはアッシャーとテオが行儀良く座り、グラスを時折眺めつつアイスティーを飲んでいる。おっかなびっくり冷たいグラスに触れながらちびちび飲む様子が愛らしい。恵真はそろそろ彼らに菓子を出すべきかと考えつつバートに尋ねる。


 「どうしてですか?」

 「単純に働き手として考えたら、大人を雇った方がいいからっすよ」


 そんなバートの言葉にアッシャーは俯く。テオはちらりと兄を見て、こくりとアイスティーを一口飲む。そんな様子を見た恵真は配慮のない自身の発言を反省する。

 せめてここで過ごす少しの時間、彼らに笑顔でいて欲しいと恵真は思っていた。無論、それが自身のエゴである事も承知していた。だがそのうえで、こうして知り合った二人を放っておくことも、割り切れるだけの器用さも恵真は持ち合わせていなかった。それはここ数日、彼女が考えていた事とも重なる。

 リアムとバートの方を向き、恵真は自身の考えを思い切って口にした。


 「この間、考えたんです。私、やっぱり二人に働いてもらいたいんです」

 「っ!」

 「いや、俺やリアムさんには仕事が…」


 その言葉にリアムもバートも驚く。それは突然の申し出であったし、彼らの想定の範囲外であった。だが、彼女は異国の高位貴族であろう女性である。たとえ国を追われた状態にあっても尚、彼女は地位が高い。断り方によっては問題が生じるかもしれない。二人は一介の冒険者と兵士に過ぎないのだ。

 そんな危惧を抱き、戸惑う彼らに恵真はその黒い瞳を輝かせ、言葉を続ける。


 「アッシャー君とテオ君に、私がこれから開くお店で働いてもらいたいんです!」


 そんな恵真の言葉に、リアムとバートはさらに驚きを深くする。


 「は?」

 「こっちの二人っすか?」


 急に名を呼ばれたアッシャーとテオも目を大きく開いたまま、固まっている。

 穏やかな昼下がり、アイスティーの溶けた氷がグラスとぶつかり、カランと響く音がやけに大きく部屋に響いた。

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