14話 恵真は本心を語る

 昼下がりの陽がレースのカーテンから差し込む。繊細で上質なレース生地、それをカーテンにするあたりにもこの家の持ち主の裕福さ、またそのセンスの高さが窺い知れる。

香り高い紅茶と甘酸っぱいタルトに夢中になっているアッシャーとテオとは違い、バートとリアムは表情には出さないもののかなり緊張を抱えていた。


 おそらく、彼女トーノ・エマはお忍びで来ているであろう異国の高位女性。そんな彼女にバートとリアムはこれから何かしらの頼み事をされるらしい。

高位の者の頼み、それは命令に近いものである事が多い。先方はそれが断られるだなんて思っておらず、断ると問題に繋がる事もある。

 彼女と僅かながらも接し、リアム達が知る貴族の女性よりもずっと善人ではある事を彼らは感じた。

そんな彼女から二人に求められた協力。会話の中で遠回しにでもそのような話題が出ていたなら気付く。貴族は特有の遠回しな言い方で察することを求めるのだ。


 『私、やってみたいことが出来たんです。お二人とも私に協力して頂けませんか?』


 そう言った後、トーノ・エマは顔を赤くし自身の白い手をぎゅっと握ってこちらを窺っている。やがて、勇気を振り絞ったように彼女が話し出した。


 「私、この国の生まれではないんです。他の国から来ていまして…」


 バートとリアムからすると周知の事実を彼女は打ち明けた。


 「なので、この国の知識や常識に疎いところがあるといいますか…」


 こちらもまたバートたちは把握している。短い時間しか過ごしていないが、彼女の言動はこちらの感覚ではあり得ないものだ。数々の魔道具らしきもの、小さな魔獣、そして黒い髪と瞳だけでも十分に常識から外れているというのに。


 「体調を崩し、実家へと戻っていたところをこちらの祖母の家の管理を任されたんです。その、色々事情がありまして…」

 「…そうなのですね」


 その様子から話しにくい内容なのであることが察せられた。リアムは肯定も否定もしない無難な言葉を挟み、静かに彼女の言葉の続きを待つ。流石のバートも着地点の見えない会話に些か顔が強張っている。


 「色々ある中で、私、自分の好きな事も忘れていて。でもアッシャー君達と知り合って、また思い出す事が出来たんです。そして、今日リアムさんたちのお話を聞いて…やりたいことが見つかったんです」


 椅子に座ってこちらを見ているアッシャーとテオに彼女は微笑む。それを見た二人もまたにこりと笑う。

そんな三人とは異なり、リアムは硬い表情で尋ねる。


 「我々に協力して欲しい事とはそちらに関係する事なのでしょうか」

 「はい!」


 先程は自分自身の手を握り俯きながら恥ずかし気に話をしていた。そんなトーノ・エマは顔をぱぁっと明るくし、リアムの顔を見た。その様子にリアムは少し驚いたが、表情には表さず彼女の返事を待った。


 「私、ここで食事を提供したいんです!あの…お店を開きたいんです!」


 予想もしていなかった内容に、リアムとバートは黙り込む。

 通常、この国では貴族が直接的に商売をすることは少ない。領地を治める中で経営に携わる者もいるが、あくまで領地の発展のためである。国への貢献が認められ、爵位を与えられた豪商などもいるがこれはまた別であろう。貴族女性が働く場合、自らより高位の女性の侍女になることがある。だが平民のような労働を貴族女性がする事はない。


 二人は彼女が言う『店を持ちたい』という意味を考える。貴族女性の中には、気に入った者を引き立て社交で使うことがある。そういった者がいるか、あるいはリアム達に紹介して欲しいのだろうか。

 突然の事に頭の整理が追い付かず、短い間だが黙りこむ二人。そんな沈黙を破ったのは彼女の方だった。


「あ、大丈夫です!材料を手に入れる伝手はあるんです」

「そうなのですか。それでは、我々はどのような事を協力すればよろしいのでしょうか。料理人の手配ならばギルドを介することが出来ますが…」


確かに彼女が出した紅茶も高品質なもので味も優れていた。確かに彼女には質の良い商品を手に入れられる伝手があるようだ。

であれば彼女が望む協力とは料理人であろうとリアムは考えた。ギルドはもちろん知人を介して、腕の良い料理人を探す事は出来ぬことではない。

 そんなリアムの問いに、穏やかな笑顔を湛えて彼女は言う。その笑顔ははにかみながらも嬉しそうに見えるものだ。


 「いえ、料理は私がします」

 「は…」

 「本気っすか…」


 今度はリアムもバートも驚きの表情を隠せない。

彼女は店の経営をしたいのではなく、店で自身が働くつもりでいるのだ。それが彼女のやりたいことでそのための協力をリアム達に頼んでいる。その事を理解したリアムは驚愕した。高位の立場にいる女性がわざわざ自ら望んで、重労働をしようとしているのだ。


 「あの、え、自分で料理して、それを店で出して…つまりはここで店を経営するってことっすよね?」


 バートが慌てて確認を取る。 


 「はい、そうしたいなって思っています」


 その発言にバートの表情がさらに驚きに染まり、リアムは失礼とは思いつつもため息が出た。先程、彼女はこの国の知識や常識に疎いと言ったがそんな話ではない。

そもそも料理店の経営者が、わざわざ自ら腕を振るう必要はない。平民相手の小さな店で、そうでもしなければ運営できないという話ではないのだから。

 調理は汚れることも多く、やけどなどケガにも繋がるし体力も使う。そのため、男性が多く働く職場である。


 だが、彼女は貴族女性でありながら家事が出来るようになっている。自らの手で行えるようになったのは周囲に世話する者がいなかったのであろう。

 そんな彼女の身の上を想像するとリアムは心が痛む。


 「きっと人気になるよ!」

 「うん、お茶も料理も美味しいもん」

 「ふふ、ありがとう」


 そう言ってアッシャーとテオと楽しそうに笑う彼女の姿に、リアムとバートはアイコンタクトを取る。ゆっくりと頷くリアムに、バートが悲痛な顔をして肩を落とす。

 そんな二人の思いに気付かない彼女が声を掛けてくる。その眼差しは真剣であり、また真摯なものであった。


 「ここで料理店をしていくために、協力して頂けますか?」


 頬を染め目を輝かせる異国の高位女性であろう、トーノ・エマ。

 異国の高位貴族と見られるトーノ・エマの貴族らしからぬ直接的かつ風変わりな頼み事を、戸惑いつつもリアム達は引き受けたのだった。


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