13話 苺タルトと恵真の気付き
恵真が差し出した皿に乗ったタルトをじっと見ているだけの四人。彼らは互いに目を合わせ、何やらアイコンタクトを取っている。そこで恵真は、はたと気付く。
張り切って作ったものの青年二人は甘味が苦手な事もあるのではないか。そう、用意する前に兄弟に確認しておくべきだったのだ。先程バートが砂糖に関して言及したのも、甘味が苦手だったからなのかもしれないと恵真は思った。
「タルト…というのですね」
「はい!もしかして甘い物苦手だったりします?そしたら、無理なさらないでくださいね!私、皆さんの好みも考えずに用意してしまって…」
夜中のテンションで張り切って作ってしまったため、そんな考えは抜けていた。そもそもアッシャーとテオがホットケーキを思った以上に喜んでくれたため、恵真はまたその笑顔が見たかったのだ。甘酸っぱい苺のタルトと渋みのないロイヤルミルクティー、きっとアッシャー達の口にも合うはずだと恵真は思う。
(ちゃんと確認するべきだったな…というか、シンプルにストレートティーにすればよかった。ミルクティーも甘くして飲むものよね。さっきあの二人はお砂糖要らないって言ってたし、甘いものが苦手だったらどうしよう…)
もういっそ青年二人の口に合わずともアッシャーとテオが喜んでくれたらそれでいいのではと、無難でも穏やかでもない考えが恵真の頭に浮かんできた。そんな恵真にリアムが話しかける。
「…とんでもないことです。こうして我々をお招き頂いた上、このように丁重にお迎え頂き本当に光栄なことだと思っております。皆、そのご厚意に恐縮しておるだけです」
「いえ、あの、こちらこそ光栄なことで…」
丁寧を通り越し、いささか慇懃な態度を取る青年リアムに戸惑いつつ恵真も丁寧な返事をする。だがどうやら甘味が苦手なわけではないらしい。安心した恵真はアッシャー達が目を瞠り、じっとタルトを見つめている事に気付く。
「二人とも食べてみて?二人が来ると思ったら楽しみになっちゃって…ちょっと頑張ってみたの」
そんな言葉に弾かれたようにアッシャーは恵真を見つめた。
「僕たちのために作ってくれたんですか…?」
「うん、二人ともこの前のホットケーキ凄く喜んでくれたから、また甘いものがいいかなって。どうぞ、食べてみて」
「兄さん…」
「…食べよう。こう言ってくださるんだから食べないほうが失礼になるはずだ」
「うん」
そんな兄弟に恵真はケーキをサーブする。ティーセットと同じ柄の皿に、フレッシュな赤い苺のタルトは良く映えた。小さなフォークを添えて、4人の前に用意する。
兄弟は恐る恐るタルトにフォークを入れ、そっと口に運んだ。
「…うわっ、美味しい!凄いなこれは!」
「凄い、凄いね!兄さん、甘くってふわふわなのにサクサクしてる」
タルトを口にするとその味を驚いたように確認しあう兄弟に、恵真の頬が緩む。二人のこの顔が見たくて作ったのだ。夢中になって食べる二人を恵真は目を細めながら見つめる。
「んにゃーお」
ソファーでまったりと寛いでいたクロが伸びをしながら長く鳴く。アッシャーとテオが食べるのを見つめていた恵真だったが、その鳴き声に客人が他にもいた事を思い出す。見ると青年二人はタルトに手を伸ばしていない。そんな二人に恵真はフォークに手を伸ばしやすいようにと声を掛ける。
「どうぞお二人も召し上がってください」
「ありがとうございます。それでは…」
「すっごいっすね…ピッカピカっす。こんなお菓子『お貴族さま』でなけりゃ食べられないっすよねぇ、『この国』では」
「バート!口を慎め!」
大胆かつとてつもなく無遠慮に恵真の身元を探るバートの発言をリアムが叱責する。自分より高位の者に対しての発言としては不敬だと判断したからだ。だがそんな探りを入れられた当人はきょとんとした表情を浮かべている。
「ありがとうございます!これ、私が作ったんです」
「…そうなのですね。お気遣いに感謝いたします」
にこやかに笑みを返しリアムが答える中、再び無遠慮にバートが口を挟む。
「作った?…あぁ、使用人がってことっすよね」
「バート!どうしてお前はさっきから余計な事を…」
そんなバートの問いに、小首をかしげながら恵真は答えた。
「いえ、昨日の夜に私が作りました。アッシャー君達が来るから張り切っちゃって…。苺も庭で作られた物で新鮮なんですよ」
「…は?」
「アッシャー達が来るから作られたのですか?」
それを受け、二人は先程の彼女の発言を思い返す。
「庭で育った果実をタルトにした」通常、これは自身の使用人が作った事を表す。高位の者が手ずから何かを作ることなどない。なぜならその必要がないのだ。雇用された者の功績は雇用している彼らの評価に繋がる。有益な人材を自らの名誉や価値のために使う。それが身分の高い者の常であった。
それなのに恵真と名乗るこの女性は、数日前に出会った子ども達のためにこれ程の菓子を自ら用意したというのだ。夢中で食べる兄弟を笑顔で見つめる彼女からは何の作為も感じられない。そもそも、彼ら兄弟に何かを施しても彼女にメリットはないだろう。
そんな彼女の様子にバートも毒気を抜かれたようで、大人しくフォークを手に取る。
「…旨いっすね。本当に自分で作ったんっすか?」
「はい、私、唯一の趣味っていうか…最近、忙しくって出来なかったのでこうして皆さんに召し上がって頂けて嬉しいです」
そう言って穏やかに微笑む恵真に流石のバートも気まずそうに謝罪する。
「さっきは悪かったっす。でも本当にこの国じゃ、お貴族様でなけりゃ食べられないんっすよ。これがこの街の…この国の常識でもあるんっす」
「…そうなんですね」
「茶会の席で相応しくない話をお聞かせして申し訳ない」
深いため息をついてリアムは兄弟を見る。
大人たちの会話にも気付かず、二人はタルトを頬張りニコニコと笑っている。
「あの子達のように、日々の生活にも事欠く人々がいるのもこの国の事実なんです」
「…あの子達が」
困惑したように兄弟を見つめる恵真と名乗る女性は、リアムとバートの目にも真摯に映った。やはり、自分達の不安は杞憂だったであろうと二人は考えた。女性がどのような事情でこの国に訪れたのかは不明だ。だが、高位地位に属する女性にもかかわらず、彼女は良心的で良識を弁えた人物なのであろう。そうでなければ、何のメリットもなく高価な菓子を兄弟や自分達に振舞わない。その考えに至った二人はお互いアイコンタクトを送り、頷きあう。
すると突然、トーノ・エマがリアムとバートに真剣な眼差しを向け身を正した。その様子にハッとした二人もまた身を正し、彼女の発言を待った。それは高位な身分に属する者に接することを常とした二人の無意識の反応だった。
「私、やってみたいことが出来たんです。お二人とも私に協力して頂けませんか?」
そう言って、他国の高位女性と見られる彼女は二人に頭を下げたのだ。二人は息を呑み、その姿を見た。頭を上げて欲しいと頼むことが瞬間遅れたのは驚きのせいであろう。
だがいかに善人であっても高位な人物の行動に民は振り回されるものである。その事を二人はこれから身をもって学ぶ事となる。
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