12話 ロイヤルミルクティーと苺タルト

 キッチンに立った黒髪の女性トーノ・エマは小鍋でふつふつと何かを温めている。先程の冷蔵魔道具から取り出した箱から注いだのはミルクのようだ。

 そこでリアムは気付く。彼女が鍋を温めているその黒い箱も魔道具なのではと。

 おそらくこちらは加熱する魔道具、かまどの代わりとなるものではないだろうか。小型で炎も小さいが、小鍋の液体はふつふつと沸いている。おそらく炎を圧縮して放つような仕組みがなされており、小さな炎でも火力があるのであろう。

それをあんな小さな箱に納められる魔道具士がいる事も、そしてそれだけの魔道具を手元に置き、気軽に使う人物がいることもリアムの想像を超えていた。


 「はっぱをその中に入れるの?」

 「うん、普通はお湯なんだけどね。ミルクで煮出すのがロイヤルミルクティーなの」

 「…あの、その茶葉って紅茶ってやつっすかね」

 「はい、そんな高価なものじゃないんですけど」


 一般的に民が飲む茶葉は、ランクの低い薬草やゴヤという低木樹の葉を煎じたものでこれがこの国では広く流通している。貴族など高位の者は紅茶や黒茶など他国で採れる茶葉を楽しむ。つまり高価でない紅茶などこの国にはないのだ。

 惜しげもなく茶葉を入れ、軽く煮立たせたあとはしばらく置くらしい。女性は器を用意し始めた。


 「すごくきれいなお皿とコップだね!」

 「カップっていうんだよ、多分。でもこんなに綺麗なんだな」

 「いや、こんな綺麗なティーカップ、そんじょそこらにはないっすよ…」

 「そうだな…それをどうやら俺達に出すらしい」


 滑らかな陶器の皿とカップは対になっており、花々と鳥が繊細な筆致と美しい彩色で描かれている。それを5客用意してという事はおそらく全員それを使うのであろう。美しいカップに『ロイヤルミルクティー』が注がれていくのをリアムは呆然と見つめている。


 冒険者と無礼な青年と少年二人、その4人のために数々の魔道具を使いお茶を入れた黒い魔獣を従えた美しい黒髪の女性。不思議な茶会が、今開かれようとしていた。


_______



 ミルクティーの甘く柔らかい香りが恵真の緊張をほんの少しほどく。紅茶を注いだカップをそっと彼らの前に置き、恵真は4人に微笑んで勧めた。


 「どうぞ、お口に合うといいんですが」

 「お手を煩わせて申し訳ありません。ご当主自ら入れてくださるなんて…恐縮です」

 「いやー!いい香りっすねぇ」


 (トウシュ?あぁ、当主かな。私は違うんだけど…でも些細な事を訂正するのも角が立つのかも) 


 今回、無難に穏便に過ごすことを恵真は心がけている。些細な事で相手の心証を悪くすることもないだろう。幸い、恵真にはここまでの時間を無難に穏便に過ごせてきたという自負がある。ならば、余計な口は挟まずにおいた方がいいと判断する。


 「い、頂きます」

 「いただきます。…甘い!兄さんこのお茶、甘いよ」

 「うん、お砂糖とミルクが入ってるから甘いのよ。美味しい?もう少し甘めが好みなら、お砂糖を自由に足して飲んでみて」


 砂糖が入った瓶をこちらへと差し出す恵真をちらりと見たバートがぽつりと溢す。


 「うん、砂糖を俺達に出すのも驚きっすが、自由に入れろときたか」

 「バート!」


 想像を超えた数々の出来事に気が緩んだのか、ぼそっと本音を溢したバートをリアムが強く窘める。その言葉に恵真は気付く。流石のバートもその発言の不用意さに気付き慌てている。そんな中、恵真が口を開いた。


 「あ、ごめんなさい。私が入れれば良かったですね。そのほうが早いですし。お二人はどのくらい入れますか?」


 そう言って恵真は瓶の蓋を開け、スプーンで砂糖を掬おうとする。それを慌ててリアムが止める。


 「いえ、大丈夫です。恐らくですがバートはそのような意味で申してはないかと…なぁ、バート?」

 「…リアムさんの言う通りっす。オレらは美味しく頂いてるんで砂糖は大丈夫じゃないかなって思ったんすよ!」

 「そうですか、良かった…」


 ホッと安心したように微笑む恵真に、バートは困惑したような表情を浮かべる。リアムはバートと恵真を交互に見つめ、そっとため息を溢す。一方の恵真は安心したと同時にふとある事に気付く。 


 (…それにしてもこちらの人も『いただきます』っていうのね。日にちの数え方もそうだけれど、日本と似た文化を持っているのかしら。それなら、ちょっと安心だな)


 アッシャー達が連れてきた青年達は一人は非常に丁重な態度だし、もう一人は大変気さくな青年のようだ。初めてこちらの世界の大人に会うという事で緊張していた恵真だったが、二人が思っていた以上に好感が持てる人物で少し気が楽になっていた。こちらの様子を警戒したようにチラチラと確認していたクロも今はソファーの上で寛いでいる。

 緊張で始まった茶会だが、家族以外の人に自分が作った料理を食べて貰えることに久しくないときめきを恵真は感じた。前回、アッシャー達が食事を摂ってくれた時と同じように恵真にとって過ごしやすい時間だ。


 「ちょっと、待っててくださいね。実は他にも用意しているものがあるんです」


 そう言って席を立とうとする恵真を、やんわりとリアムが引き留める。


 「ありがとうございます。…ですが、そのようにお手を煩わせるのは申し訳なく思います。もしよろしければ、何かこちらで出来ることはありますか?」


 そんなリアムの気遣いを屈託のない笑顔で恵真は断る。


 「いえいえ!すぐ持ってきますので!皆さん、どうぞ気にせず座って待っててください」

 「…お心遣い感謝いたします」


 リアムの返事に笑顔を返した恵真は用意していたものをキッチンに取りに向かう。

 昨夜、恵真が作ったのは苺のタルトだ。祖母が植えた苺が実っていたので、せっかくならフレッシュな果実を活かしたいと思いタルトに仕上げた。祖母の家の冷蔵庫には生鮮食品があまりなかったため、生クリームやバターなどを近所のスーパーで買ってきておいた。


 その時にそこで買った菓子にするか手作りにするか悩んだのだが、先日のアッシャー達の様子を思い出し、恵真自身で作ることに決めた。「自分で作った物を喜んで食べて貰える」それは恵真が忘れかけていた喜びだった。そんな思いもあり、新鮮で艶やかに色付いた苺と生クリームで飾ったタルトは会心の出来栄えだった。


 「どうぞ、タルトも召し上がってください。庭で育った苺をタルトにしたんです」


 真っ白な皿に、赤い果実をたっぷりと使った焼き菓子が載っている。綺麗な焼き色をつけた生地の上、白いクリームと赤い果実が並んでいる。瑞々しい果実と白いデコレーションの対比が美しい。きっとアッシャーやテオは喜んでくれるだろうと思い、微笑んでしまう恵真。

 だが、目の前の4人は困惑していた。そのように手が込んだ美しい菓子をわざわざ自分達の訪問のために、彼女が用意してくれたことを信じられなかったのだ。


 この時間を無難に穏便に過ごす、その目標は自らの言動で早々に失敗していることを恵真は気付かずにいた。

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