8話 リアムとバートは兄弟を案じる
討伐依頼を達成し、数日振りにマルティアの街へと戻ったリアムは夕暮れ時の大通りを歩いていた。屋台からの食欲をそそる香りに呼び込みの声、それを買いに来る人々で賑わう街。そんな活気ある通りを歩くリアムは誰かの呼び声に立ち止まる。自らを呼ぶその声にリアムは聞き覚えがあった。
向こうから手をブンブン振って、笑顔で駆け寄ってくる兵士がいる。赤茶の髪をした親しみの湧く顔立ちの男は兵士というのに威圧感はまるでない。男は自分より背の高いリアムを見上げて笑顔で話しかけた。
「久しぶりっすね!リアムさん」
「バート…」
ニコニコしながら近付いてきたバートに、紺碧の髪をかき上げたリアムは軽くため息をつく。
「あ、それはないっすよ!せっかく会えたのに」
「悪い、だが俺は冒険者だからな。距離を取った方がお前にとってもいいだろうし」
「まぁそうなんですけど。でもリアムさん冒険者としてもランク高いし、結局オレみたいなヒラからすると先輩感があるっていうか、まぁ、兄貴分っすかね」
リアムの生まれは貴族階級であり、それを考えるとバートの話し方はだいぶフランクと言える。だがリアムは冒険者である。
実は一般的なこの国の感覚で言うと冒険者と軍の関係は良好とはいえない。
冒険者側は平民が多く、実力が全てだ。多くは生まれの生活では手に入らなかったものを己の腕で手にしようと冒険者の道を選んでいる。自らの力で道を切り開くため、その力に誇りを持っている。
一方、軍の者たちは下位の兵士達を除けば貴族が多くを占める。彼らは血筋に誇りを持ち、騎士として武器を手にする。また下位の兵士達の多くは冒険者の道を選ばず、軍に入った者達だ。そのため兵士である事自体に誇りを持っている。
つまりは軍と冒険者はそもそもの価値観が反する関係にあるのだ。もちろん、有事の際には軍部もギルドも協力体制を作るのだが折り合いはあまり良くないのが現状だ。
バートは子爵家の三男である。だが彼の母は平民であり、育った環境から考えや気性は平民寄りであった。そのため平民にも気軽に接するため、街の人々は彼を慕っている。
無論、本来は民を守るのが兵士としての務めでもあり、人々を気にかけるのは職務の一部であるのだが。実情は兵士は平民を軽んじているし、居丈高な態度を取る彼らに街の人々も気を配っている。
正直、周りの兵士たちの目もある。リアムとしては放っておいてくれても構わないのだが、なぜか懐かれ、こうして見かける度にバートは声を掛けてくるのだ。
「仕事はもう終わったんすか?」
「あぁ、昨日まで5日間の討伐を終えてこっちに戻ってきたんだ」
「じゃあ、ギルド帰りっすね。あ!それ、誰にお土産ですか?ギルド帰りってことはギルドの子じゃないっすよね。んー、あ!飲み屋のエレナちゃんすか?それとも、薬屋のルーナちゃん?」
「それはお前が気に入ってる子達だろ。これは土産じゃないよ。ギルドの帰りにパンを買ってきたんだ。しばらく留守にしてたからな」
軽口を叩くのはバートの通常営業なので、リアムは適当に流す。バートの方も気にした素振りもなく、リアムが手にした袋を見た。
「あぁ、あの子達っすか…。本来は国が何とかしなきゃいけないんすけどね」
「おい、バート」
「あ!えっと!あの、なんでもないっす!」
「…ここは大通りだからな。誰が聞いているかわからないだろう」
「ハイっす。気をつけます」
孤児であれば教会が一応、一部の者を保護をしている。だが親が働けない場合や親が子の養育を放棄した場合、子どもは日々の食事に困る。結果、そんな環境の子ども達は罪に手を染める。平民の生活に国の補償などはないのだ。
それはこの国が抱える問題でもあるのだが、王族や貴族への発言は侮辱罪が適用され、公然と批判すると罰せられる可能性がある。ましてやバートは国に仕える立場なのだ。
「あの子ら、きっと喜びますね」
「あぁ。もうそろそろこの辺を通ると思うんだが」
リアムがアッシャーとテオに出会ったとき、二人は街の料理店の店員とトラブルになっていた。店員を宥め、銀貨を渡したリアムは二人を連れてそこを離れた。歩きながら何があったか尋ねると、働いたがその分の日当を貰えなかったらしい。
おまけに日当は店で余った賄いだという。貧しい子どもを利用するやり方にリアムはうんざりした。そんな人間なら銀貨を渡さなければよかったと少し後悔しつつ、兄弟に持っていた携帯食を渡して見送った。
その日以来、リアムは街で会う度に彼らに声を掛け、食べ物を渡している。深い理由があるわけではないのだが、顔見知りになった兄弟が気になるようになったのだ。
どこかの店で働いて帰る場合、彼らは必ずこの大通りを使う。大きな通りであれば、彼らの少ない稼ぎや食事を盗まれる可能性が低いからだ。
「あ、リアムさん!あの子達っす!ここっすよー!」
「あぁ、アッシャー、テオ!久しぶりだな」
「リアムさん!」
「食事は食べたか?今日も仕事だったんだろう」
こちらを見た二人は笑顔で駆け寄ってきた。数日ぶりに見る二人は和やかな雰囲気がある。いつもどこか疲れたような表情を浮かべた彼ら。そのたびに不甲斐ない思いに駆られるリアムにとって、それは初めて見る子どもらしい表情だった。
「あのね、僕たち昨日も今日もちゃんとご飯食べれたんだ」
「そうか、それは良かった。誰かに良い仕事を紹介して貰えたのか?」
まだ幼い兄弟ではギルドを通せず、直に店を尋ねる形になる。そのため、不当な仕事を回されるとも二人から聞いていたのだが、誰か仕事を世話してくれた人がいたのだろうか。平民だとしたら自らもあまり余裕はないだろう。
しかし、自分が不在の時にも兄弟を案じてくれた者がいたことにリアムは安堵する。
不在の間を誰かに頼んでも良いのだが、生活に困る者たちは他にもいる。公平であるべき兵士であるバートには頼めず、気に掛けながら討伐へと出かけたのだ。
「ううん、自分達で探したんだよ。また来てもいいって!」
「偶然行ったところなんだけど、この2日間お世話になったんだ」
「自分達で?そうか…店員達はどんな人だ?」
大人でも職にあぶれるこの時代に十分に働けない幼い子ども達を雇うのは、彼らの境遇に心を寄せてくれたか、安い労働力として利用する人間だ。だが、後者ですらまだましかもしれない。
初めは優しく接して彼らを利用したり、騙して連れ去る可能性だってあり得る。子どもや女性を連れ去る事件も残念ながらこの国にはあるのだ。
そんなリアムの思案は顔に出ていたようで、アッシャー達が笑顔で話しかけてきた。
「大丈夫!リアムさんが思ってるような人じゃないよ!」
「うん!すっごく優しいんだよ!」
「…おいおい、2日間でそんなに信じていいのか?」
兄弟達の様子にリアムは驚く。リアムが街を離れて数日しか経っていない。短時間で彼らの信頼を得るとはどのような人物なのだろう。二人を案じたリアムは眉間にしわを寄せた。
「あ、リアムさん、嫉妬っすね!大丈夫っすよ!リアムさんへのオレ達の信頼は揺るぎないものっすから!」
すっかりその店の者を信頼する兄弟とリアムの不安をよそにつまらぬ冗談を言うバート。
リアムは深いため息をつき、その謎の人物についてきちんと二人に話を聞かなければと思うのであった。
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