9話 リアムとバートは兄弟を案じる 2

川沿いに面した路地は涼しい風が通り、過ごしやすい。ちょうど昼も過ぎ、人々は働きに戻ったのか人通りは少ない。そんな路地の木陰の下は、人に聞かれない話をするのにも適している。


 「それは怪しいな」

 「怪しいっすね」

 「そんなことないってば!」

 「うん、優しかったよ。あとね、可愛いよ」

 「テオ!…そうだな、確かに綺麗だ」


 件の人物について、人目を避けて4人は話す。その人物に関して、どこの誰がいるかわからない大通りで話すわけにはいかないと兄弟が強く主張したのだ。主にその店主の安全性のために。

 兄弟曰く、その店主は黒髪の美しい女性で突然訪れた自分達にも親切に接してくれたらしい。


 「黒髪黒目の異国の美人…ないっすよ、それならオレが知らないわけないっすもん!」

 「…まぁ、バートが知るかはさておき目立つだろうな。そんな女性がいたら」

 「まだ来たばかりだって言ってた!」

 「俺達以外にまだこの国の人に会ってないって言ってた!」


 黒髪の女性に関する伝承が残るこの国では黒髪の人物を特別視する傾向にある。他国には黒髪を持つ者も稀にいるようだが黒髪黒目となると伝承通りである。リアムの紺碧の髪も黒髪に近い事から縁起が良いと喜ばれるくらいだ。そんな女性がこの国にいるとしたら話題になってしまうだろう。

 街の噂になっていない事からも、その女性がまだ他の者と接触をしていないのは事実だろう。だが、二人の話から聞くその女性は不思議な点が多かった。


 「魔道具に囲まれた部屋に住んで、魔獣に守られている異国の女性か…」

 「で、もしかしたら貴族なんじゃないかっていうんすよね」

 「うん、でも僕たちにご飯作ってくれたよ」

 「それに魔道具も高い砂糖も粉も、俺達のその食事に使ってくれたんだ」

 「そりゃ、貴族じゃないっすね!貴族はそんなことしないっす。自分にメリットがない限り、あいつらは動かないもんすよ」


 自身が貴族の血を引いているバートは堂々と断言する。兵士でありながら公然と貴族批判をするバート。人通りが少ない川沿いの路地へ移動して、本当に良かったとリアムは思った。だがそもそも、なぜ冒険者であるリアムの方が気を揉まねばならないのかとため息をつく。


 「で、その女性は二人にこれからも来て欲しいと言うんだな」

 「うん、まだこっちのことを良く知らないからって。その帰りにはご飯持って帰っていいんだって!」

 「週のうち3日通うのを4回程、たぶん1月くらい来て欲しいって言われてるんだ。そうなれば、僕ら食事の心配も少なくなるだろ?だから、ありがたい話なんだけど…」


 その話が事実であれば確かに彼らの日々の不安も負担も軽くなるだろうとリアムは思う。だが嬉しそうに話す二人にバートは釘を刺すかのように確認する。


 「で、この国についての常識を教えるだけで、そこらの店より豪華な食事が食べられるっていうんすよね。怪しいっす。だって、そんなのお金出せば簡単に調べられるんすから。魔道具がたくさんあるような家に住んでるんすよね、その人」

 「それは…そうだけど」


 アッシャーはバートの言葉に落ち込み、自信を無くしたように俯く。バートの言う通り、確かにわざわざこの子達に頼まなくても良い。条件の良い話に何か裏があるのではと思うのは自然な事だ。同時にその人物から受けた印象や違和感、そういったものが最終的に自らの身を助けることが多い事をリアムもバートも経験上知っていた。リアムは俯くアッシャーに尋ねる。


 「アッシャーはどう感じたんだ」

 「え?」

 「実際に会ってアッシャーはどんな印象を受けたんだ?その人に接してどう思ってその仕事を引き受けた?」

 「俺は…俺は、嬉しかった」

 「嬉しい…まぁ、そうっすよね。条件が良い仕事っすもん」


 「いや、そうだけど、なんていうかそうじゃなくって…」


 自分の気持ちを上手く表せないのか、ポツポツと言葉を自分自身の心の中で確かめるようにアッシャーは話し出した。


 「初めてなんだよね、あんな人。俺らの事、助けてくれる人はもちろんいて、だからなんとか暮らしていけるじゃん。リアムさんだってそうだし、凄く感謝してるんだ。…あ、バートもね」

 「…別に気使わなくっていいっすよ」


 頬をかき、バートが照れたように眼をキョロキョロさせる。リアムの知らないところで、彼もまた二人を気にかけてくれていたのだろう。リアムと目が合うと気まずそうにバートは眼を逸らした。


 「でもあの人、俺達を助けるつもりとかはないんじゃないかな」

 「へ?どういうことっすか?」


 その答えはリアムもバートも予想していなかった。今まで、彼らに仕事や食事を与えていた者は彼らを心配している者か、利用する者かどちらかだった。そして前者の中にリアムもバートも含まれていた。彼ら二人もまた兄弟を案じ、ほんの少し彼らの背中を支えてあげたいと思っていたのだ。

 荒れた小さな手を動かし、自分の中から答えを掬い上げるようにアッシャーは言葉を探す。


 「なんていうか…凄く普通なんだ」

 「普通?」

 「うん、普通に、家に来た親戚の子みたいに、ご飯を作って貰ってそれを食べて…それで一緒に後片付けして、で、帰ったんだ。母さんの分も貰ってさ、持って帰ったら母さん泣いて…俺もテオも泣いて…でも凄く嬉しくてさ」


 リアムはなぜ二人が彼女を信頼したのかを理解した。そしてそれは二人を取り巻く状況を知る自分やバートでは出来なかったであろう。この国の常識を知らず、兄弟に対して偏りのない視点を持つ人物であったからこそ出来たことだった。

 彼女は普通の街の子どもとして二人を扱ってくれたのだ。彼らが働く理由や背景を知らず、先入観のない視点だからこそ出来た事だとリアムは思った。


 「その人、俺達が手伝ってくれたら、嬉しいってそう言ってくれたんだ。そんな事、今までなかったから。そう言って貰えて俺…嬉しかったんだ」


 そう言ったアッシャーの顔は今までリアム達が見てきたどれよりも柔らかだった。弟のテオを守り、母の代わりに家族の生活を担うこの少年の顔は常にどこか張り詰めていた。今浮かべている表情は街を歩く普通の子どもと変わらないものに見える。

 子どもが子どもらしく普通でいられる、そんな生活が彼にとっては手の届かないものだったのだ。


 「アッシャーの気持ちはわかった。だが、実際その女性は気になる点が多い。それに黒髪黒目である事はこの国では特別な意味を持つ。それは二人も知っているだろう?」

 「でも、俺達、あの人と約束したんだ」

 「そうだよリアムさん。僕たちもう行くって言っちゃったよ」

 「あぁ、それは止めない。ただ俺からも頼みたいことがあるんだ」

 「頼みたいこと?」

 「俺もその人に会わせて欲しい」



_____



 「リアムさん、会うの止めなくっていいんすかね。なんか面倒なことに巻き込まれてもいけないし、もしかしたらとんでもない悪人であの子らが傷付くかもしれないじゃないっすか」


 家へと帰っていく兄弟の後姿を見ながら、バートが赤茶の髪をわしゃわしゃ搔きながらリアムに尋ねる。リアムもまた兄弟の姿を見送りながらバートの問いかけに肩を竦めた。


 「仕方ないだろ。無理に引き留めるより、俺の目からもどんな人物か見たほうがいい。面倒な事にも傷付く事にも巻き込まれないようにな」

 「…っ!リアムさんのそういうところ好きっすよ。よしっ!オレも付いていきます!もし何かある人物ならオレも力になりますよ!」

 「そうか…ありがとな」


 やはりバートもアッシャー達の事を気にかけているらしい。何かあった場合、武力では兄弟を守れる自信はあるリアムだが、異国の高位の人物だった場合は武力以外の力が必要になる。兵士であるバートにも動いてもらう必要があるだろう。


 「黒髪の美人…楽しみっすね」


 そんなバートのつぶやきにリアムはこの日、何度目かのため息をつくのであった。


 

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