7話 黒髪黒目の女性

 「やっぱり、異国からいらした方なんですね」

 「…うん、どうしてわかったの?」

 「黒髪で黒い瞳の方はこの国では見ませんから」

 「え、そうなの?」


 食事を終えた二人に、『この世界の事を知ることを手伝って貰う代わりに何か料理を提供する』そんな提案をするととても驚かれた。恵真としては全く知らない世界の情報を知れるのは価値があるのだが、二人からすると対価を貰うほどのことではないというのだ。


 そのため二人は恵真の提案に戸惑った様子だ。

 昨日、二人に手伝って貰ったのはそれがこの地域の社会活動なのだという勘違いが恵真にあったからだ。本当の意味で子どもに労働をさせるのは、やはり恵真の感覚には引っかかる。それにこの国の常識は今の恵真にとっては非常に価値があった。現に黒髪で黒い瞳であることで一目で異国人だとわかるとは思ってもみなかったのだから。


「エマさんは魔道具師なんですか?」

「魔道具師?」

「昨日の氷もですが、こちらの部屋が昼とはいえかなり明るいので。魔法使いだと瞳が緑ですから違いますし」

「うん、水もすぐ綺麗なのが出たしすごかったよね。このお部屋にも見たことない道具がいっぱいあるもんね」

「こらテオ、あんまりじろじろ見たら失礼だぞ」


何と言うことだ、と恵真は思う。どうやらドアの向こうの世界には魔法があるらしい。おそらく魔法が使える人が魔法使い、魔法がかかった道具が魔道具といったところだろう。そして魔法使いは瞳の色が緑色だという。よって恵真は魔法使いではなく魔道具師だと思われたらしい。


 (凄い!魔法があるなんて)


思わぬ情報に恵真は胸が高鳴る。

だが実際には恵真は特に何の力もない成人女性である。魔法はもちろん使えない。こちらの感覚で見ると魔法の道具に見える物も自身で作ったわけではない。魔道具師だと思われて作って欲しいと頼まれても恵真には出来ないのだ。


魔道具師だと思われたという事はあちらの世界で一般的な家庭には、魔道具はそこまで流通してはいないのだろう。魔道具師だから家にたくさんの魔道具がある、そのようなニュアンスを彼らの話から恵真は受けた。


魔道具師ではないが魔法の道具を持つ黒髪の異国人、それが恵真の現状である。だがそんな人物はこちらの世界の人々にどのように見えるのだろう。

 そんな恵真の疑問に答えるようにテオが尋ねた。


 「じゃあ、エマさんは外国のお貴族さまなの?」

 「お貴族様…?」

 「だって、魔道具がいっぱいあるしお洋服も立派なもの着てるもの。魔道具師じゃなくても、お金持ちじゃなきゃこんなに魔道具買えないもの」


 テオはきょとんとした顔をしている。

 先祖代々立派に庶民な恵真であるがあちらの感覚ではそう見えるらしい。魔法や魔道具などファンタジーの要素がある事に胸躍らせた恵真だったが、貴族など生まれながらに階級がある世界なのは暮らしにくそうだとも思う。


 いや、もちろん住む予定はないし、今後関わっていくかもわからないのだが。

 突然出来た異世界へと繋がるドアに、恵真は正直どう対処すべきか迷っていた。ドアを完全に埋めてしまえば安全なのか、それともそんな事をすれば形を変えた災いが振りかかるのだろうかと恵真の頭の中に恐れが浮かぶ。


 「テオ、そんな風に色々聞くのは失礼になるだろ」

 「あ、いいのよ。こちらから色々この国の事を聞いたんだし。」

 「あ、ありがとうございます。でも、実際に貴族の方ですと不敬と言われ罰せられることもあるので」

 「そう、怖いんだよ」 

 「テオ!…じゃあ言うなよ」

 「だってエマさんは怖い人じゃないでしょ」

 「それはそうなんだけどさ…」


 なんとこんな小さい子達でも処罰されるという。


 (恐るべしだわ、特権階級…)


 やはり、あちらの世界の常識をこの子達から聞いておいたほうがいいと恵真は考えた。由緒正しき庶民であり、あちらの常識を知らぬ恵真はテオ以上に失礼な事をする自信があった。あちらの世界との今後の関係はさておき、知識は恵真を守ってくれるはずだ。


 「えっと…私は…ここの家の管理を任されているの」

 「管理…お一人でなさるんですか?」

 「えぇ、ここは私の祖母の家で留守にする間、ここで過ごす予定なの。だからその間、二人に色々教わりたいなと思ってお願いしたのよ。二人にとっては当たり前の事でも私にはそうじゃないから。だから、もし二人が良ければ、食事をそのお礼として渡したいの」


 真実からは微妙に外れていない形で恵真は話した。本当の事が話せないというのは勿論あるのだが恵真は嘘が下手である。それも非常に。事実から大きく離れた内容にすると嘘をついていることが確実に相手にバレるだろう。何よりこれから頼み事をする相手に、嘘をついて約束を交わすことが恵真にはフェアではない気がした。

 本心から二人に頼んだ恵真はアッシャーをじっと見つめた。一度下を向き、何かを決意したように再び恵真の瞳を見つめる。テオは兄と恵真を交互に見つめている。


 「…わかりました。オレ達で良ければ手伝います。どうぞよろしくお願いします。」

 「おねがいします」

 「ありがとう!これから、よろしくね。じゃあ、私は二人にこの国の事を色々教えて貰って、その日のお礼に食事を3人分渡す。そんな形でいいかしら?時間や回数はどうする?二人の予定もあるわよね」

 「いえ、ご都合に合わせます。オレ達、基本は毎日働いてますし、空いた日に他の人に仕事を貰いに行けばいいんで」

 「うん、働きに来た時に『明日は朝に』とか『次はこの日に』って頼まれることも多いよ」


 だが、それではこの子達の時間を不規則に拘束することになる。自身の都合のいい時間に子どもたちを呼びつけるような真似を恵真はしたくなかった。それにお互いに連絡を取る手段がないので、決まった日程のほうが困らないだろう。


 「えっと、この国でも週は7日かしら?」


 恵真の言葉はなぜか彼らに伝わる。これは自動的に彼らにはその国の言葉に変換されているか、無自覚にあちらの世界の言葉を話しており、会話が出来ているのではないかと恵真は推測している。

 先日、二人に持たせた手紙も彼らの母は読めたようだし、おそらく文字も同様だろう。だが、この国独特の単位などがある場合、それはどうなるのだろう。数字や暦の概念はやはり違うのだろうか。


 「…そうですね、この国では魔法暦が使われていて光・水・土・火・雷・氷・闇、この7つに分かれています。光の日から始まり闇の日を迎え、再び光の日になる。それで1つの週が終わることになります。それが大体、4回ほど繰り返されて一つの月が終わります。1月は30日くらいかな。それが12回で一つの年が終わることになるんです」


 どうやら7日単位が週であることや年月の日数はだいだい同じらしい。ただ曜日の呼び方はまた違うようだ。なら時間はどう数えているのだろう。1日は時間でどう分かれているのか、その辺りはまた確認し覚えていく必要があるかもしれない。


 「じゃあ、7日のうち3日来るのを4回でどうかな?えっと今日って何日で何の日かわかる?」

 「…今は花の女神の月です。今日は花の女神の月、14日水の日です」

 「14日の水の日。じゃあ、今日から1日置きに来てもらうのはどうかな?週に3日、それを1月くらい続けて貰うのはどう?それとも、今日から何日か続けて来て貰うほうがいいかな?」


 連日来てもらい、数日ほどで簡単に情報をまとめる事も出来るのだがそれは気が引けた。

 兄弟達は毎日、その日の糧を得るために働いている。おおよそ2日置きに必ず食事が手に入るようにすれば、彼らの負担が少しでも減るかもしれない。そんな考えが恵真の中に浮かんだのだ。

 もちろん、それが自身の勝手な思いであることもわかっている。だから、二人にどちらかを選んで貰うことにしたのだ。

 アッシャーは少し迷うような素振りを見せたが、答えを出すのに時間はかからなかった。


 「…週のうちに3日こちらに来る形でお願いします!そうして貰えたら助かります」

 「うん、じゃあよろしくね。お母さんにもお話してね」

 「はい!ありがとうございます!よろしくお願いします」


 こうして、週に3日この家に可愛い兄弟が訪れる事となった。

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