5話 何はともあれ朝ごはん
裏庭からキッチンへと戻った恵真は、リビングキッチンの惨状に自分がなぜ外に出たのかを思い出した。
「いや、忘れてたわけじゃないし」
「…にゃ」
誰もいないのに言い訳じみた事を呟く恵真にどこか呆れたようにクロが鳴く。
とりあえずフライパンに入った苺やハーブをボウルに移しておいた。自分に流れる祖母の血を若干感じつつ、恵真は一つの結論に辿り着く。
やはり、裏庭のドアが見知らぬどこかへ繋がっている可能性が高い。
そしてとりあえず、何かあったら家の外に逃げられるのだ。そのことは恵真は少し安心させた。
「考えても答えが出来ない事は今すぐ答えを出す必要はないよね」
「みゃーお」
「ね、クロ。そうだよね!」
タイミング良くクロの同意を得られた(?)恵真は自身は朝食をまだ済ませていないことに気付き、冷蔵庫の中身で何が作れるかを考え出した。
そう、それは実にシンプルな現実逃避であった。
朝食はパン派かごはん派か?これは家庭や生活スタイルによって分かれるところだが、恵真は今朝はパンにする事にした。単に自分のためだけに米を炊くのが面倒だったからである。料理は好きだが自分のために作る際は手を抜けるなら抜く、それが恵真のスタイルであった。
恵真はキッチンに向かった。エプロンは今日は探さなくていい…実は昨日からつけっぱなしだったのだ。
冷蔵庫からキャベツを取り出し、少量千切りにして大きめの白い皿に盛る。続いて薄切りベーコンを2枚取り出して半分に切り、熱したフライパンでしっかりと焼く。ジュワッと音を立て、香ばしい香りがキッチンに満ちる。バチバチと油が跳ねるのをキッチンペーパーでこまめに拭き取り、出来上がったカリカリベーコンをキャベツの乗った皿に盛る。
トースターにパンを2枚入れる。パンは昨日買った8枚切りのものだ。3分トースターで焼くくらいがちょうどよいだろう。
冷蔵庫から今度は卵2個を取り出した。先程のフライパンを綺麗に拭き取り、再び熱する。熱したフライパンにサラダ油を気持ち多めに入れ、全体に行き渡らせる。ボウルに卵を割り入れてしっかりとほぐし、塩コショウを振るいさらに混ぜる。フライパンに卵を入れ、バターも加えたら弱火にしてゆっくり混ぜる。トロトロのスクランブルエッグをベーコンの横に移す。パンも焼きあがったようだ。トーストを半分に切ってそれも皿に乗せる。
「出来た!」
「みゃん」
ワンプレートのモーニングである。なかなかの手際の良さだと恵真は満足げに一人頷いた。パンに塗るのは祖母の手作りジャムにして、飲み物はカフェオレにしよう。と、そこでお湯を沸かし忘れたことに気付く。
(惜しい…実に惜しい)
心の中でなぜか悔しさを感じつつも気を取り直して、恵真はやかんに水をいれ火にかけようとした。
「みゃーお」
するとクロが鳴いた。なぜか自分を呼んでいる気がして恵真はクロを目で追う。テトテトと裏庭のドアに向かい、こちらをちらりと見て再びクロが鳴いた。
「みゃお」
「…何?何かいるの?」
「みゃ」
昨夜作った簡易なバリケードで塞がれたドア、その向こうに何かいるというのだろうか。料理をすることで遠ざかっていた非現実的な現実が恵真の前に再び訪れた。
(落ち着け私)
先程確認した外の様子を思い出し、恵真は自分自身に言い聞かせる。そもそもドアには鍵がかかっているし、すぐには開けられないように重石も置いているのだ。そっと、裏庭のドアへと近付いた。
外からは子どもの声がした。
「ベル、ないね」
「ならノックしてもいいんだよな…多分」
「でも昨日、僕らノックしなかったね」
「…テオ、お前なんで今それに気付くんだよ」
「え?」
「俺ら昨日ノックなしでドア開けたんだろ?どうしよう、すげぇ失礼なことしてんじゃん」
「んー、でも今日もしなかったらもっと失礼になるんじゃないかな」
焦ったようなアッシャーの声とのんびりしたテオの声がする。
(良かった…あの子達だ)
昨日知り合った兄弟であることに安心した恵真は二人に呼びかけた。
「アッシャーくんテオくん!ちょっと待っててね、今ドアを開けるから」
「え、は、はい!」
そして昨夜、急ピッチで拵えた簡易バリケードをズズズッとドアの左側に押しやる。一人掛けのソファーの上に、しまい忘れた扇風機や米袋に料理本の束などをとりあえず置いたバリケードは思っていたよりは簡単に動いてしまう。
(え、これってあんまり意味がなかった?…いや私が力持ちなのかもしれない!)
部屋の隅に簡易バリケード(であったもの)を置いた恵真はこのままではあまりにも雑然としていると思い、扇風機を下す。米袋と本は…まぁ整えてソファーの上に置いておいた。メインテーブルにはペットボトル飲料と缶詰が置かれたままだ。幸い、フライパンは置いていない。だが、カーテンには色とりどりのストールがかかっている。
(どうしよう…でも片付ける時間がないよね、待たせるのも悪いし)
そして鍵を開け、恵真は見知らぬ世界へと続く裏庭のドアを再び開いた。
____
「ごめんね、待ったでしょ」
「いえ、連絡もなく訪ねてしまいすみません!」
「おはようございます」
二人とも理由は違うが同じようにぺこりと頭を下げた。兄弟だけで来ているのにきちんと挨拶をしている。そんな二人はやはり可愛らしい子達だと恵真は思った。
「どうしたの?あ、昨日忘れたハンカチね?」
「え、あっ本当だ。テオのハンカチ忘れてた」
「本当だ、全然気付かなかった」
テオはポケットを小さな手でポンポン叩き、ハンカチがないのを確認している。忘れ物を取りに来たのではないのなら一体どうしたのだろうと恵真が考えているとアッシャーが昨日渡した箱を差し出した。
「あの!昨日はありがとうございました!母さんも本当に喜んでいて、本当は実際にこちらに来てお礼をしたいと言ってたんですが、今日も体調が悪く来れなくて申し訳ないと伝えて欲しいって…これ、お返しします!」
昨日、渡した紙の箱を受け取ると中には綺麗に洗われた瓶と小さく愛らしい野の花が入っていた。
「あのね、母さん喜んでた。『ほっとけーき』もおいしいって。あとね、あと氷もびっくりしてた」
「これを持ってきてくれたの?」
「はい!」
「良かったのよ、お家でそのまま使っても」
「え…」
なぜかアッシャーはショックを受けている。わざわざ持ってきてくれたのにその気持ちを考えず、失礼だったのかもしれない。恵真は慌てて話題を変えた。
「このお花、可愛いね。貰ってもいいの?」
「うん!ぼくが摘んでいこうって言ったの。でも兄さんは失礼じゃないかって」
「だってその辺に咲いてる野草だぞ…その、逆に悪いだろ」
「そんなことないよ、凄く可愛いよ。ありがとう」
「あ…いえ」
「ふふ」
照れたようなアッシャーと嬉しそうなテオ、そこで恵真は周囲の視線に気付く。通りを歩く人々がなぜかこちらをチラチラと見ているのだ。悪意ある視線ではないのだが恵真は不安になる。まだ、このドアの向こうの世界を恵真はよく知らない。目の前にいる二人の少年しか、この世界の人間と接したことがないのだ。
(もっとこちらの世界を知らないといけないかも…)
知らないと対策もとれない。「知る」ということは自分の身を守ることに繋がるだろう。
そうだ、この子達からこの世界のことを聞こう。もちろん、子どもなので知っていることは限られているだろうが、その子どもが知っている常識でさえ今の恵真は持っていないのだ。短い時間だがこの子達が優しい気性なのがわかった。わざわざお礼と容器を返すために足を運んでくれたのだから。そんな子達と接点を持つのは危険な事ではないだろう。
「あの、もし良かったら部屋に入ってお話していかない?」
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