2話 恵真と兄弟、そしてホットケーキ

さて、と恵真は考える。気軽に引き受けたものの少年達に何を頼めばいいのだろうか。それほど部屋も汚れていないため、恵真自身も悩んでいたのだ。いわゆるお手伝いの延長線でそんなに難しくないことが良いのだが。


 「みゃーお」


 ひと鳴きしたクロがスタスタとキッチンへと向かう。その様子で恵真は思い出す。そういえば料理をしようと思っていたのだ。ちょうどいい、先に少年達に渡す料理を作ろうと決めた。自分ひとりのために作るより、誰かのために作るほうが張り合いもあるというものだ。

 入り口で立ち止まったままの二人に恵真は声を掛ける。


 「ねぇ、こっちに来てくれる?」

 「…はい!」


 緊張した様子の二人が小走りに駆け寄ってきた。幼い二人はこれからする手伝いに向け、真剣なのだろう。気合の入った表情は微笑ましく見えた。まだこんな小さいのに、家族思いの良い子達なのだろうと思った恵真は自然に表情も柔らかくなる。


 「えっと、まず二人に渡す食事を先に作っちゃおうと思うの」

 「え…作ってくれるんですか?」


 驚いた様子からすると今まで二人は調理したものを貰っていなかったのだろうか。実家の近所でも親しい家の人とは惣菜のやりとりはあったものだが。もしかしたら、この辺りは農家も多いし新鮮な野菜を貰っているのかもしれない。


 「そう、ダメかな?他の人みたいに何か食材のほうがいいかな」

 「あ…いえ!作ってくれるなんて嬉しいです!」

 「うん、きっとお母さん喜ぶね」


 嬉しそうな兄弟の様子を見て恵真は安心してキッチンに向かった。


 (さて、何を作ろう、何を作ったらこの子達は喜んでくれるかな。)


フックに引っ掛けてあったエプロンを付ける。レースとフリルがふんだんに使われた白いエプロン、このエプロンを祖母は使っていたのだろうか。


 (こういうのを使っちゃうのがおばあちゃんの凄いとこなんだよな)


 祖母は昔から自由なところがあり、自分の中に流行があるというのか、そこに年齢や立場が入らない。人からどう思われるか、自分が幾つだからとかそういった考えはない。そういう祖母に憧れもあるのだが今回のクルーズ旅行も知らされたのは10日前だったとき、自分はそうなれないとも感じた恵真であった。

 そんな足元でクロが纏わりつく。


 「クロ、邪魔しちゃダメよ。あ、何もあげないよ」

 「にゃーお」


 なんだ何もないのか、とでも言うようにスタスタとキッチンを出たクロは窓側へと歩いていく。その様子をどこか強張った表情で二人が見つめていた。


 「あ、もしかして猫、嫌い?」

 「いや、…いえ、初めて見ました」

 「…そうなの?」


 この辺りは猫を飼う人がいないのだろうか。もしかしたら恵真と同じように家族にアレルギーを持つ者がいるのかもしれない。

 何を作ろうと考える恵真はそこで大切なことに気付く。


 「そういえば、まだ二人の名前を聞いていないよね。私は恵真、遠野恵真トオノエマっていうの。よろしくね」


 そうニコリと笑ってカウンターキッチン越しに話しかけると、びくりと肩を震わせ二人は深々と頭を下げた。


 「オ…僕はアッシャーと言います。こっちは弟のテオです!」

 「テオです!」


 まだ幼い少年達だというのに丁寧な挨拶に恵真は感心していた。家計のために周囲の家に手伝いをさせて欲しいと頼む姿もだが、ひたむきで素直である。そんな少年達の様子に恵真はさらに気合が入る。誰かのために作るほうが、作り甲斐があるというものだ。


 「二人は時間はどれくらいある?しょっぱいのと甘いのどっちがいいかな」

 「…甘い料理ですか?」

 「ううん、甘いお菓子とか。私、お菓子作るのも好きなの」

 「え…そんな!えっとなんでも構いません!頂けるだけで嬉しいので!」

 「うーん、二人は今、お腹すいてる?」

 「…いえ」


 お菓子と聞いてアッシャーもテオもだいぶ驚いた様子だ。食事になるほうが良いのかと恵真は思ったのだが、「なんでも嬉しい」と言う事は気を使い遠慮しているのかもしれない。先程の様子から見ても、礼儀正しく素直な良い子なのだと恵真は思った。

だがどうやら二人とも嘘は苦手らしい。「お腹が空いているか」その問いに二人は目を泳がせたのだ。育ち盛りの子どもはいつだってお腹が空いているものだ。恵真は自身の経験からそう判断し、まずは二人の軽食から作ることにした。とりあえず、二人をカウンターキッチン側の椅子に座るように促し恵真は手を洗う。


 「…水だ…!」


 まじまじと見つめられて恵真はくすぐったい思いだ。今から恵真が作ろうとしているのはそんなに難しいものではない。期待外れにならなければいいのだけれど…そう思いながら調理を進める。 


小麦粉、砂糖、卵に牛乳、ベーキングパウダー、バニラエッセンス、材料は全てあった。ボウルを用意し、小麦粉、砂糖を軽量しふるいで丁寧に振るう。ボウルに入った粉類にベーキングパウダーも軽量して足し、粉の中央にくぼみを開ける。そこに卵を割って落とし牛乳を少し注ぐ。ゆっくりと泡だて器で混ぜ、さらに牛乳を加えていく。ダマにならないように、かつ混ぜ過ぎないように。


 「粉が真っ白だったね」

 「あぁ。砂糖も白いし、たくさん入ってたな」


 調理する姿をじっと見つめ、目を大きく瞠る二人を見て恵真は微笑んだ。恵真も小さな頃、祖母や母の料理する姿を見るのが好きだった。見慣れた材料が形を変えていくその姿も興味深かったし、その日あった出来事などを話すその穏やかな時間は温かく安心感があった。そんな子ども時代を思い出したのだ。


 フライパンを熱し、温まったら火から下して濡れた布巾の上に乗せる。温度を均一にし、綺麗に焼くためだ。この手間を惜しむと綺麗なきつね色にはならないのだ。再びフライパンを弱火で熱し、おたまで混ぜた材料を掬い落とす。しばらくすると、表面がぷつぷつと泡立ってくるのでフライ返しで裏返す。裏側には均一な焼き色がついている。


 アッシャーとテオは恵真が作る様子を目を輝かせ見つめている。


 「凄い…綺麗だね」

 「あぁ…」


 スッと竹串を刺すと何もついてこないので良いだろうと皿に乗せる。最近は厚焼きやスフレタイプ、様々なものがあるが恵真が作るのは祖母や母と同じスタンダードなものだ。もう一つ焼き上げて、そちらも皿に乗せた。ふっくらときつね色に焼けたそれをフォークと共に二人の前に置いた。


 「はい、どうぞ。ホットケーキです」

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