最終話/第33話「殺される予感」
結局、ミアのわがままは聞き入れられなかったようだった。
そりゃそうだ。一国の姫が、常識的に考えて一冒険者の旅になど付いていくわけがない。王も女王も表面上は笑ってたが、頑として認めてはいなかった。国としてというより、親として嫌がっていた様な気がするのは少々複雑ではあるが……。特に王様がそんな感じだったと思う。
「ロルフー、馬車来たよー」
バンっと宿の扉を開けて入ってきたのはルーシーだった。朝早いというのに元気すぎやしないだろうか。
「ルーシー、今度からノックくらいはしてくれ……」
「えー、サンディがいるわけじゃないから、いいじゃーん」
その言葉にロルフは内心、動揺する。どういう意味で言っているのか。サンディは最新の注意を払ったと言っていたはずだが……。
「はぁー、ロルフ? 気付いてないわけないじゃん」
唖然としてベッドに座るロルフに、ルーシーは近付いてくる。その顔は呆れていた。サンディの様に腕を組み、偉そうな態度で話し始める。
「いつからだ?」
「えー、パーティーに加わって、最初に泊まった宿から?」
「最初からじゃないか……」
サンディが恥ずかしがるので、あまりベタベタすることは避けていた。だが、今回のことで彼女の箍が外れたらしく、以前よりも密着するようになってきていた。
レイラとルーシーへの威嚇と言って、ここ毎晩はずっとベッドに潜り込んできていた。
「この際だから言うけど……、別に隠さなくてもいいよ」
「んー、いや、サンディがなー。恥ずかしがるからなぁー。俺は別にいいんだが」
「諦めるようにいいなよー。私たちはそれでも関係ないんだから」
「私たちって、まさか、レイラも……?」
「とーぜん。ロルフが思っているより、女の子は鋭いんだよ?」
なんてこった。サンディが知ったら、羞恥心でしばらく使い物にならなそうだ。三人が仲良くしてくれないと困る。
「あー、そんなに困った顔しないでよ。今さら関係ないんだから。私もレイラも」
ルーシーはロルフの頬を両手で包む。その目は恐いほど真っ直ぐだった。
「おい、ちょっと……」
「私もね、レイラもね。それを承知の上でアピールしてるの。立場はどうでもいいもん。ねえ、どう……?」
「いや――」
「……なにしてるの、二人とも。ぶっ殺すわよ」
ロルフが押し留めようとした時、物騒な言葉とともにサンディがドア口に立っていた。大して寒い気温でもないはずなのに、部屋の温度が下がった気がする。
目はルーシーの手に注がれていた。
「あー、来ちゃった。つまんないの」
「え?」
「ロルフ、いい度胸ね。もう一回死にたいのかしら……?」
その声は本気で言っているとしか思えなかった。
◆
ロルフたちは馬車で国境の城壁――関門を通り抜けた。特にトラブルもなく、むしろ門番に感謝されるくらいだった。噂になっていたらしい。ただし、王女のことは伏せてだが。
関門を抜けても、馬車の中は騒がしかった。
ロルフはサンディに抱き付かれていた。彼女にしては珍しい行動だ。まぁー、サンディの性格からすれば、無理もないのかもしれない。
そのせいで、いつもロルフの上に座っているルーシーはレイラの膝に避難させられていた。名残惜しそうにこっちを見るのはやめて欲しい。サンディの視線が刺さる。
そんなに膝の上っていいのか……?
ロルフは自分が高級な椅子になった気分だった。馬車に乗っているんだから、安定なんかしないと思うんだけどな。
抱き付いてきているサンディは、さっきから泣き言ばかりを繰り返していた。
「……死にたい」
「それはやめてくれ」
「バカ、冗談よ。でも恥ずかしさでおかしくなりそう……。だって、ちゃんと消音魔法とかしてたのよ。それをまさか、翌日の態度でバレてたなんて……」
馬車に乗ってからずっとこの調子だ。
ルーシーが暴露したのだ。宿から出る前――怒り始めたサンディに噛んで含めるように、それはもう詳細に。
そのせいで、すぐ出発っていうのに馬車を三十分以上待たせてしまった。おかげでロルフは半殺しにはならなかったが。代わりにサンディが、精神的にある意味死んでしまった。
ここ最近、ルーシーのイタズラが過激さを増している。というよりサンディに対して容赦がなくなっているし、妙な知識も増していた。源は間違いなくレイラだろう。シスターだったくせに、なにを知っているんだか。そんなもの布教しないで欲しい。
「もー、気にし過ぎだよー」
「そうです。私もルーシーも気にしてないです。むしろ加えて欲しいのですが……」
ルーシーは明らかに分かった上で、ニヤニヤしている。レイラは、冗談なのか本気か不明だ。
「加えるわけないでしょっ!」
サンディはレイラの言葉に、猛犬のごとく反応した。耳まで真っ赤でとても可愛らしい。思わず抱き締めそうになった。
「レイラー、作戦変えよー」
「そうね、やっぱりサンディが攻略の要ね」
「ちょっと、聞こえてるわよっ! 絶対に加えないんだから」
なにやらルーシーとレイラがこそこそと話し始める。もっとも、狭い馬車の中で丸聞こえなんだが。
サンディはロルフを人形のように痛いくらい抱き締めてくる。しかも、どんどん力が強まっていた。いくら死んでも大丈夫だからといって、毎日の様には死にたくない。痛いし。
「サンディ、そろそろ――」
抱き付くのをやめるように言おうとすると、突然馬車が止まった。
基本的に休憩場所や目的地に到着するまで、馬車は止まらない。例外があるとすれば、賊に襲われた場合。
ロルフは警戒心を跳ね上げた。サンディもロルフから離れ、臨戦態勢になる。
外に大勢の人間がいる気配は――今のところなかった。
馬車を襲う時、基本的に賊はある程度の固まった人数だ。そうでないと返り討ちにされてしまう。彼らは数の暴力でどうにかするのだ。馬車の窓にはカーテンが掛かっており、外の様子は伺えない。
そっと壁に耳をつけると、御者と誰かが話しているのが聞こえた。くぐもっていて男なのか女なのかすら分からない。
ピリついた雰囲気の中、足音が扉の前にやってきた。ロルフは扉から離れる。
「――ロルフ様。ロルフ様の恋人とおっしゃる方が、乗せて欲しいそうなのですが……」
御者のその声に、ロルフに対する三人の視線の圧が高まる。馬車の中の空気が重い。なにも話してこないのが、余計に怖い。
「今、出るからちょっと待ってくれ」
そう返事したが、相手方は待てなかったらしい。非常に聞き覚えのある女性の声が、制止を求める御者を無視して馬車の扉を開け放った。
「ロルフっ!」
扉を開けたのはここにはいないはずの人物だった。輝くような銀髪をツインテールにした、見る目麗しい少女。生意気そうな眦は、他の人間など眼中にないとばかりにロルフだけを見ていた。さっき出国したばかりの国の王女、ミアだ。どういうわけか彼女は旅支度を済ませた装いである。
おいおい、王城の警備は一体どうなっているんだよ……。
真っ先に見た手首には、しっかり銀色の輪が付けられていた。幻覚の魔法は封印されている。それなのにどうやって……。
サンディの呆れたため息が漏れる。
「……はあ、ロルフどうするの?」
「いや、帰ってもらうしかないだろ」
「ロルフ。まさか、この私を一人にするつもりはないわよね」
周りの視線などもろともせず、ミアはロルフの膝に乗っかってくる。ついてくる気満々のようだ。追い払って国に戻しても、平気で王城から飛び出してきそうだ。今みたいに。それに戻るのは面倒すぎる。他に足もない。
「ミア、俺たちは旅をしているんですよ。本当についてくるんですか」
「当たり前じゃない」
ぎゅっと握ってくる手は、意地でも離れないという意思表示のようだった。うーん、目を付けられたが最後ってか? 今後のことはともかく、このまま止まっていてもしょうがない。
ふと扉を見れば、御者が困った顔をしていた。申し訳ない。あとで一人分追加の上、料金割増しで払っておこう。国からの褒賞金で金は沢山あるからな。
「あー、出してくれ。この娘は俺の連れだ」
「……よろしいので?」
「頼む」
「分かりました」
思いの外、御者はあっさり下がってくれた。
扉が閉められ、馬車が動き出す。車輪が動く音だけが聞こえてくる。沈黙が場を支配していた。
ミアが入ったことで、馬車の中はすし詰め状態だ。
「改めてみなさん。ミアといいます。今後ともよろしくお願いいたしますわ」
「よろしくーっ!」
ミアの改まった挨拶に、ルーシーだけは勢いよく返事をする。彼女は誰がパーティーに加わろうが関係ないようだ。
「ロルフくん、本当に連れて行くの?」
「そうよ。増やしてどうするの?」
しかし、サンディとレイラはそうもいかなかった。口々に文句を言う。すると、ミアが体をくるっと回して正面から抱き付いてくる。
「ロルフ、言ったわよね。私の執事だって。だから、私が一緒なのは当然よね」
「いや、あれは――」
そのまま、ロルフが抵抗する間もなく、唇にキスをしてきた。軽いリップ音が場違いなほど響く。
えーっと……。
「おーっ」
「なっ」
ロルフは死んだと思った。ミアは他などお構いなしとばかりに、ぎゅっと抱き付いてくる。「ロルフは私の執事だもん」と呟いて。
最初の頃の勢いはどこにいったんだよ。すっかり可愛くなっちゃったな、おい。まるで猫だ。
「ロルフー?」
サンディの恐ろしく冷えた声とともに、腕がへし折れそうなくらいに掴まれる。壊死してしまいそうなんだが。
「そこのバカ王女と一緒にお話があるんだけどー。いいかなー?」
「はは、もちろん」
サンディの目は射殺しそうな勢いだった。ロルフは必死に応じた。そう何度も殺されたくはない。
「む。バカ王冠には言われたくない。それにロルフは私のもの」
「はあーっ?」
サンディの見えないなにかが切れる音が聞こえた気がした。見ればレイラもルーシーもの言いたげな顔をしている。
ロルフが彼女たちに再び殺されるのも、そう遠くないのかもしれない。
完
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異世界転生したら、美少女たちに殺されるほど愛された件 辻田煙 @tuzita_en
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