第24話「お嬢様はお見通し」

 そして、今日。


「なんか、今日は一段と多いな……」


 ロルフだけが見えている可能性のあるもの。街に起こっている、もう一つの異変。紫色の蝶だ。

 夜。屋敷の廊下からの外の景色には、川のように流れを作っている何百匹という蝶が見えた。それは紫色に光っており、鱗粉もその色だった。

 不思議なのは、誰に聞いてもこれを気にしていないことだった。存在していることは認識している。だが、誰も彼もが日常の一部になっていて、だから何だ、という態度なのだ。

 ああ、でも。

 サンディだけは別だったな。彼女は街のみんながそうだと認識している上で、忠告していた。――今は気にするな、と。

 聞いたのは炎狼の時だったか。今はどうなのだろう。一か月近く経ってはいるけど。

 どういう意味かは分からなかった。最近はギルド内にもいる。それこそ、昨日の突然同僚の男が眠りこけた時にも飛んでいた。

 ――こうやって見る分には、幻想的なんだけどな。

 満月の夜、月光によって漆黒の闇が照らされている。その中を優雅に、しかし圧倒的な存在感を持って紫色の蝶たちは羽ばたいていた。とてもファンタジーな光景といえる。

 ミアが見たら、喜ぶだろうか? 虫は嫌いでは無かったはずだから平気だと思うけど……。

 彼女の寝室にはすぐに着いた。なんか前にもこんなことあったな。あの時はなにを話しただろうか。

 夜更けにミアの寝室に来ているのには理由があった。呼び出されたのだ、ミアに。

 呼び出しは突然だった。夕食後、くいっと袖を引っ張られ、笑顔で寝室に来るように言われたのだ。


「この後、仕事が終わったら素早く私の寝室に来なさい」

「は、はい」


 素早くをやたら強調され、頷くしかなかった。一体、なにが待っているのか。

 想像は付かなくもない。ギルド長、バレないようにするって言ってたのに。もしかして、今日の夕食時に、ミージアもミアも、ギルド長も妙に静かだったのはそのせいか? そういえば、ミージアの笑みが怖かったような。

 気にしてもしょうがない。もしミージアから聞いてるのだとしたら逃れようがないし。

 腹を括らなければ。

 ん? でも、なんでここまでミアに気を遣わなければ……。いっそ開き直って、なんでもありません、と言えば問題ないのかも。

 うん、そうしよう。考えても仕方がない。

 ロルフは自分で思考がやけっぱちになっているのを自覚しながらも、ミアの寝室をノックした。勢いを削いでは永久にできない。そう思って。


「入りなさい」


 端的に告げられた許可の声。それだけでは感情が読み取れなかった。


「失礼します」


 おそるおそる入った室内は、近くのランプによって淡く色づいていた。暖かみのあるオレンジ色の光は、ミアを照らしている。お気に入りの人形を抱いたミアが、ベッドの上で女の子座りしていた。


「こっちに来て、座って」


 人形を抱いたまま、対面を勧めてくる。逆らう道理もないので、言われた通りに向かう。

 その時――粉が舞った。紫色に輝く、あの鱗粉だ。

 見間違いかと思い、目をこする。だが、鱗粉の跡を追えばそこには数羽の蝶が舞っていた。

 こんなところにまで居るのか。


「どうしたの。ロルフ?」

「あっ、いえ。なんでもありません」


 ロルフは気にしないことにした。ミアも気にしているようには見えない。

 ベッドはふかふかだ。そもそもの質もいいのだが、メイドたちがいい仕事をしているのだろう。この屋敷のメイドは本当に優秀だ。時々、怖くなるくらいには。


「それで、ロルフ。私の執事さん」

「な、なんでしょう」


 改まった口調でミアが訊いてくる。

 あとは寝るだけなのだろう、ツインテールは解かれてサラサラの銀髪がベッドに流れていた。人形を抱いている姿は可愛らしく、まさしくお嬢様。そんな彼女と同じベッドの上。執事でなければ、絶対に座らなかっただろう。己の自制心のために。寝間着の白いネグリジェ姿が目の毒過ぎる。

 ミアは拗ねていた。不満気な顔を隠しもしない。その癖、口調だけは丁寧。怒る前兆、厄介ごとの前触れとも言える。


「私はね、ロルフ。あなたのこととても大切に思っているの」

「え、ええ。ありがとうございます」


 まっすぐにロルフを見る目は、逃がさないという意思をひしひしと感じる。アメジストの様な深みのある紫色の瞳は、ロルフを捉えて離さない。


「私の執事。だけど、それ以前に幼馴染でもあって、友人でもある。そうでしょ?」

「……そうですね」

「でもね、長年一緒にいても隠し事はできる。それは分かるの。お互いのためにも、そういうものはあるもの。しょうがない、とは思うわ」


 そう言う割には、その言葉にまったく納得していない。

 隠し事という単語に、体が反応しそうになる。


「それでもね、知りたいことってあると思うの。――特に今後一緒にいられなくなることについては。そう思わない? ねえ、ロルフ。私のロルフ」


 ミアは人形を落とし、両手をついて近付いてくる。

 息苦しかった。彼女は本当に上手い。勘弁して欲しい。あー、あれか。ギルド長もこんな感じでミージアに責められたのだろうか。


「だーっ、分かりました。分かりましたよ。降参です。降参。すみませんっ。お見合いですよ、お、み、あ、い。ギルド長からの依頼ですっ!」


 ロルフはミアの目に耐え切れず、両手を上げて一気に捲し立てる。大人しく白状した。

 やっぱり、ミアに隠し事は難しい。絶妙に罪悪感が湧き上がるようなことばかり言ってくるミアには叶わない。私たちはその程度の関係性なの? と言外に責められている気がしてならない。

 ミアは、目をパチクリとさせると、ため息をついた。人形を抱き直して、じとっとこちらを見つめる。人形は苦しそうに見えるくらい、抱き締められていた。

 ……この後、自分もあんな感じになるのだろうか?

 重苦しい空気が流れる中で、ロルフが戦々恐々としていると、ミアがようやく口を開く。


「はー、……やっぱり本当だったんだ。お父様もなにを考えているのかしら。私の執事なのに」

「なんか、断れない理由があるみたいでしたよ。だからあんまり責めないであげて下さい」

「なーに、ロルフ。じゃあ、あなたを責めればいいの?」

「……いえ、その。えっと、勘弁して下さい」


 それは本当にやめて欲しい。ミアだけでなく、レイラやルーシーまでなにかしてきそうだから。それに、ミアの言葉は心に刺さる。


「お母様からも聞いたけど、本当に相手は分からないの?」

「ええ、それは本当です。俺も戦々恐々としています。一体、どんな人なのやら……」

「ふふっ、私もその場にいてみたいわ。面白そう」

「……ミアはお見合いすることに怒っているんじゃないんですか?」


 どこかお見合いを面白がっているミアに、違和感を覚える。彼女のことだから、知った途端に阻止しようと、あの手この手で妨害してくるのかと思っていた。


「あら、怒っていることに気付いてたのね」


 目をパチパチとさせ、ミアは驚く。その反応に、自分がミアをよく見ていることを自覚させられ、顔が熱くなった。


「ああ、いや、まあそうですね。ミアの執事なので?」

「なんで、そこは疑問形なのよ。自信持ちなさい。……お見合いだって正直、嫌よ。だって、ロルフは私の執事なのよ。あなたの一番が私じゃなくなっちゃうじゃないの」


 抱いている人形に顔を埋めて、ミアは不満気に語る。納得はしていない、でも、しょうがないと。

 ともすれば、愛の告白にも聞こえなくない。多分、違うけど。


「でもね。邪魔するのも違うじゃない。あなたの幸せになるんだから。だから、お見合い自体はいいの。そういうことにしたの」


 お見合いを強調し、念押しでミアは告白する。ロルフは自分が情けなくなる。彼女を見誤っていた。


「だけど、ね。隠していたでしょう。それは嫌なの。私はね、隠し事していたことに怒っているの。だって、まだ私の執事でしょ、ロルフは」

「……ええ、そうです。ミアの執事です。黙っていて申し訳ありません」

「いいのよ。私だってちゃんと言葉にしなかったもの。だから、そんな顔しないで」


 ミアは片手をロルフの頬に添える。そして――


「いでででっ、ミ、ミア?」

「でも、ムカつくのには変わらないから、これで許してあげる」

 ロルフは頬をつねられて呻いた。今までされたことがないくらいに引っ張られる。

「すみまへん」

「よろしい。ふふっ、面白い顔」


 謝るとぱっと手が離され、ジンジンとした痛みだけが残った。話はこれで終わりのようだった。ミアはすっきりとした顔をしている。逆にこっちが申し訳なくなりそうだ。


「なーに、もっと私に怒って欲しかった?」

「いえ、これだけで十分です。ありがとうございます」


 ミアは自罰的なものをあまり好まない。だから、それも許されなかった。


「応援はしてあげるわよ。お見合い」

「本当ですか?」

「当たり前じゃない。あ、でも相手が悪い人だったら、絶対に別れされるから」


 彼女は人形を力一杯に抱き締める。その目は本気だった。そこだけは譲れないらしい。はたして、彼女のお眼鏡に敵う人物なのだろうか。

 会いもしていないお見合い相手が心配になる。

 介入する気満々だな。まあ、でも……、なんか嬉しいな。

 普段だったら考えもしないことだが、ロルフはミアをどこか誇らしく思った。


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