第23話「ギルド長の呼び出し」
屋敷とギルドでは、心構えを変えなければならない。ここでギルド長は最高権力であり、かつ一流の冒険者でもある。緊張感を持って相対しなければ。そういう心構えにしないとなにもさせてもらえない。ミアのそばにはいられない。
ロルフはギルド長室の前で、一つ深呼吸をする。ノック音が誰もいない廊下に響いた。
「入れ」
「失礼します。……お呼びでしょうか、ギルド長」
中へ入ると、ギルド長は書斎机に座ってこちらを見ていた。眼光は鋭く、まさしくこの場所の長らしいものだった。荒くれ者たちを束ねるのに相応しい。
「ああ、実はな――これを見て欲しい」
差し出されたのは白い冊子だった。ただし、中身がほぼないのか、かなり薄い。
なんだ? なにかの依頼でも書いてあるのか?
「承知しました。拝見します」
内心の疑問を抑えつつ、ロルフはギルド長に近付き、冊子を開く。中身は――なんだ、これ。
「あの……」
「ははっ。すまん、おどかしすぎたな。見ての通りだ。写真こそないものの、お見合いの日時と場所だ」
お見合い?
中に書かれていたのは、王国内にある有名レストランの場所と日時。そして、それがお見合いの日程であることを指す文章だった。
ただ、ある意味一番肝心な部分――お見合いの相手が誰なのかまったく書かれていない。貴族のお嬢様であることだけはあった。名前も、年齢もない。
一体、誰なのか。
「いや、あの、え?」
「ロルフ。お前も、もう十七歳。そろそろ妻が必要な歳だ。ちなみにこれはギルド長命令だからな」
ギルド長が睨みを利かせてくるが、先ほどと違って、まったく威厳を感じない。
ここに入る前の意気込みを返して欲しい。公私混同すぎるだろ。今は、妻なんていらないんだが。……なんで、いらないんだっけ。
いや、とにかく必要ない。
「あの、つかぬことをお伺いしますが――」
「なんだ」
「これ、奥様とミアお嬢様は知っているのでしょうか?」
「……ふむ。二人はこの話に関係ないと思わないかね」
「いや、あ、そうですか」
これは話してないな。どうしよう。仮にお見合いを受けて――後でバレると、非常に面倒なことになりそうなんだが。
……まあ、ギルド長の気持ちも分からなくはない。ここ最近、ミアがこっちにべったりだからな。前よりもスキンシップが激しいというのに、彼女は父親であるギルド長にも隠す気はないんだから。
だが、だからと言って、こういうことするタイプには見えないけどなー。ギルド長。
なにか心境の変化でもあったのだろうか。
「あー、ロルフ頼む。会うだけ会ってやってくれ。このお見合いどうしても断れなくてな……」
「なにか事情があるんですね……。で、奥様もミアお嬢様にも秘密と」
「ああ、できればここだけの話にして欲しい。どこから漏れるか分からないからな」
んー、断れないというのは本当かもしれない。受けないという選択肢はないように思えた。まぁ、バレなければ問題は無い。しかし、相手の情報が少なすぎる。そこが不安だ。
「はぁ……、いいですよ。受けます。どうせ断っても次がありそうですし」
「はは、バレてたか。助かる」
ギルド長はお菓子をこっそり食べたのがバレたような、そんな申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。おっさんのこんな顔、別に見たくはなかったんだが。
「ですが、お話を受ける前に一点。写真や相手の情報がないのは、どうしてなんですか?」
「相手の希望なんだ。俺もよくは知らない」
えっ、それじゃあ、相手のことを概要も知らずにお見合いをするのか。怖い。
「まあ、不審がる気持ちは分からなくもないんだが、俺にもどうしようもなくてな。すまん」
「そう、ですか。分かりました。あ、あと一つ」
どちらかというと、これが一番大事だ。ロルフ自身の保身のための最優先事項。まだ、死にたくはない。
「ミアお嬢様と奥様には、絶対にバレないようにお願いしますよ。本当に」
「分かってる。ロルフも頼む」
「ええ、もちろん」
ロルフはギルド長と固い握手を交わした。それにしても、お互いに女性陣に弱いのはなんとかしたいものだ、とロルフは思った。彼も家では奥様――ミージアに押されっ放しというか、いなされているのは何回も見ているだけに、余計にそう思う。
お見合いの日付は――来週か、早いな。
ロルフはまったく想像が出来ないお見合い相手を思い、憂鬱な気持ちになった。
◆
ギルド長のお見合い話から数日。何事もなく過ごしていたロルフだったが、街では妙なことが起き始めていた。
異変は二つ。一つは街だけでなくギルドの中にも噂が流れ始めていた。冒険者や職員、商人、身分や職種を問わず、みな口を揃える。
――突然、眠りこけるんだ。操り人形の糸が切れたみたいに、ぷつんと。
「ロルフ、あなたは大丈夫なの?」
「ん? なにがだ? ……ほい、報酬だ」
ロルフに尋ねてきたのはサンディだった。依頼達成の報酬をギルドの口座ではなく、現金で直接受け取っていた。仕事が増えるので、いい加減に口座を作って欲しいのだが……。彼女は聞く耳を持たない。毎回毎回、この金をどこに保管しているのだろうか。結構な額になると思うんだけどな。無駄遣いしているようにも見えないし。
おまけにこの国、いまだに紙幣が存在しない。そのせいで金貨とかの硬貨でしかやり取りしていないから、地味に数えるのが面倒だ。重いし。
ジャラジャラとおもちゃみたく冗談のような音を立てる麻袋を、ドンと窓口の机に置く。
今回のは随分と多かった。一人でよくこれだけ稼げるものだ。
「ありがと。ほら、あれよ。突然眠くなるってやつよ」
「あー、あれか。暇な奴らが噂してんのは聞いたが、本当にあんのか、そんなこと」
「ふーん、つまりロルフはまだ眠りこけたことはないと」
「まあ。というか、そんなに多いのか?」
サンディは苦々し気に笑っていた。苦虫を嚙み潰したように、ため息を吐く。どうしようもない、と言わんばかりだった。
「なんだよ、そんなおかしいことを言ったか?」
「いや、ロルフは悪くない。あー、なんというか、しょうがない。……ロルフの周りはどう? 本当になにもない?」
一転してサンディは真面目な口調になる。彼女にしては妙に歯切れが悪い。なにが言いたいのか分からないが、サンディの言うようなことは一切無かった。噂は確かに聞くが、そんな現象には遭遇していないし遭ってもいない。
「ないけどなぁ。なにが聞きたいんだ?」
「いや、ないならいい。それだけ。じゃあね」
「あっ、おいっ……。なんだったんだ?」
ロルフが呼び止めるよりも早く、サンディは帰ってしまった。訊くだけ訊いてなにが知りたかったのだろう。
サンディが興味持つなんて、なにかあるのかもしれない。言動こそ偉そうな彼女だが、無責任にこういう噂に乗ったりはしない。なにかを探っているならまだしも。
この後――ロルフは目の前で初めて人が突然眠りこけるのを体験した。ミアを学園に迎えに行く時間より少し前、あの噂好きの同僚が倒れた。
仕事中――書類の受け渡しをしている時だった。噂好きな男ではあるが、仕事はいたって真面目で丁寧なのだ。
噂好きは彼の悪癖なのだ。
「ロルフ、これを受付に――」
男から書類をロルフが貰い、用件を聞いている最中だった。突然、男はロボットのように固まった。口も体もなにかも。
「ん? どうした?」
固まった男は、視線だけはまっすぐにロルフを見ていた。目がみるみる開かれていく。
「おい――」
ロルフは男のおかしな様子に手を伸ばすと、その腕をがしっと強引に掴まれる。あまりに強く、顔面が歪む。
なんだ、一体? 様子が……、なにかの魔法か?
「――誰だお前は?」
「は?」
なにを言っているんだ、そう聞こうとして、男は急に力を失った。まぶたを閉じ、人形の糸が切れたみたいに足元から崩れていく。
「お、おいっ!」
ロルフが思わず体を支えると、重い体重が一気に腕にかかった。ロルフは急いで男を床に横たえながら、意識を確認する。聞こえてきたのは、――寝息だった。
「眠ってる?」
混乱している内に、騒ぎを聞きつけた周りの職員によって、男がギルドの医務室に運ばれていった。
意味が分からない。
――だが、噂で聞いていた通りだった。文字通り、突然眠る。なんの前触れも、脈絡もなく。頭で理解はしていても、感情が追いつかなかった。
そんな調子で、微かに燻り続けていた噂を表面化し始めているのを肌で感じさせられた。ただ、頭の中には混乱がただ渦巻いていた。
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