第20話 鍔際〈つばぎわ〉
縁側の日差しは、風がなければ暖かい。
――先代も、こうして景色を眺めたのだろうか。
四十年前と言えば、
現一狼がこの地方に来るまで、「龍」は小さな事件をいくつも起こしていた。それを
「あの」
おずおずと呼ばれて振り向くと、由希が湯飲みをお盆に乗せて立っていた。
「さっき、流しで水をがぶ飲みしていたって岩田さんがおっしゃっていたんですけれど。……お腹、冷えちゃっているかなと思って」
「ああ、ありがとうございます」
両手で湯飲みを受け取ると、手のひらがしびれた。気づかぬうちに身体が冷えていたらしい。
「あの、現一狼さん」
「どうしました?」
「あの、私」
由希はうつむき、現一狼の前に跪(ひざまず)いた。
「私、結城先生が亡くなって、本当はよかったと思っているんです」
彼女らしくない言葉に、ぎょっとして見つめる。
「酷いでしょう? でも、錦様や渥様がとても緊張していらっしゃったんです。くつろげないご様子で。きっと、記録のことで
自嘲気味に笑う由希の目元に、
――家中で異変に気づいていた、ということか。
結城も居づらかったに違いなかった。兄弟に手を出そうにも、二人まとめて講義を受けているのでは、勉強時間に何かしでかすのは難しい。
あのマグネットを青龍からもらっていたくらいだから、二人に手を出してよい、あるいは手を出せ、と言われていたと考えられる。上のお墨付きを得ているのに、欲望が満たせないのは不本意だっただろう。手を出すには、どうにかして兄弟を一人ずつ、呼び出さなければならないのだ。
「でも、あの、記録って」
突然、由希が小さな声で言った。見ると、頬に手を当て、視線を惑わせている。
「ええ、僕は見ましたけど。何か」
「あの記録、これまで錦様しかご覧になっていないはずなんです。過去に、密室殺人ってあったんですか」
何を聞かれたのかわからずに、一瞬、きょとんとする。が、すぐに、記録の内容を知っている錦にしかできない殺人なのか聞かれたのだとわかった。
「ないですよ」
「そうですか」
彼女はほっとしたように
「由希さん。錦さんたちと同じ学校なんでしょう? どんなところです」
「地元の公立です。本当は私、学力的に今の学校に入れないと思っていたんですけれど、受験のときに、錦様が同じ学校に来ないかと言ってくださって、勉強も教えてくださって。今でも勉強は大変だけれど、なんでも生徒に任せてくれて、おもしろいところです」
公立でも、名門なのだろう。任せることができる生徒たちというのは、それだけ優秀ということでもある。
「委員会活動とか、部活動も熱心なんでしょうね」
「運動部は地方大会止まりですけれど、文化系では全国大会までいく部もあります」
由希は続けて、ここ数年の実績をすらすらと述べた。
「すごいですね、由希さん、生徒会の広報みたいだ」
「私、広報委員の委員長です。現一狼さん、言わなくてもわかっちゃうんだ」
錦によく似た雰囲気で、由希はきょとんとする。
そういう意味ではなかったが、現一狼は
「僕も、高校時代は友人のとばっちりで生徒会役員をしていましたからね」
「現一狼さんでも、そういうことあるんですね。頭領の方って、慎重で確実だと岩田さんが言っていたのに」
「それは先代ですよ。僕はこの通りです」
由希が、ふふ、と笑った。
「そんなこと言って。でも、渥様は引きずられないんです。錦様が生徒会長で、渥様の親友がその跡を継いだのに、渥様は一回も生徒会役員選挙にも出ていないし、委員長の経験もないんです。生徒会室にはよく来るのに、逃げるのがうまいんですから」
渥らしい、と思いつつ、現一狼は茶をすすった。
そのときだった。
台所の方から、重い破裂音が数発響いた。
「お母さん!」
由希が叫んで立ち上がった。
台所に駆けつけ、現一狼は怒鳴る。
「ひろ子さん。大丈夫ですか!」
すぐに、中からひろ子が走り出てきた。
「よくわからないんですけど、ガスを点けたら急に」
ガスそのものの匂いはしなかった。岩田が消火器を持ってきた。
現一狼は火を見つめる。あちこちで青い炎が上がっている。燃え移ったのではなく、その一つ一つが高温を保って燃えている。
「さがって!」
岩田たちを押し戻してから、
しばらくして鎮火したか確かめていると、檜兄弟が駆け込んできた。由希が事情を説明すると、渥が現一狼のそばに来る。
「すげえな。消火剤なんか普通持ち歩いているかよ」
目を丸くしている。
現一狼は
「僕くらいでしょう。『龍』は時々、襲撃時に火事を起こすんですよ。一応の備えはしておかなくちゃ」
結城の事件の
なぜなら、結城は利用されたからだ。檜家で事件を起こし、結城が殺されるのは想定内だ。本当の目的はその後、死体の匂いをかぎつけて、近くまできていた現一狼がやってくること。
「助かった、ありがとう」
渥が頭を下げた。現一狼は胸が痛かった。
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