第15話 @龍

 渥の部屋のドアには、モノクロのプレートが掛かっていた。ノックすると不機嫌そうな返事をして開けてくれる。

 中に入ろうとして、現一狼は立ちすくんだ。渥の右手には竹の棒が握られていた。

 

「もう、それは必要ないだろう」


 錦がのぞき込んで言う。

 

「ああ、ドアのそばに置いといたら倒れちゃったんだ」

「気をつけろ」


 言って、錦はさっさと中に入ってしまう。おそるおそる後に続くと、兄弟はもう、それぞれの場所でくつろいでいた。渥が机のそば、錦が窓際だ。


「渥、パソコンがつけっぱなしだぞ」


 錦が床で胡座あぐらをかいたまま、机の上を見上げた。

 

「それは今、立ち上げたんだ。話ってのは、これだよ」


 渥は手を伸ばしてマウスを触る。画面に文字が現れた。


「電子メール。現一狼、新井あらいあおって知り合いはいるか」

「え」


 思わず、声を上げる。


「いるんだな。殺人鬼」


 渥が振り返り、のぞき込んだ。

 

「どういうことだ」


 錦が立ち上がった。


「電子メールで、新井青ってやつが現一狼の情報を送ってきた。俺のメールアドレスも、現一狼がいることも、どこからぎつけたかわからないけどな。先代現一狼も当代現一狼も、記録に残らない方法で殺しをやっているそうだ」

「当代は……一度に三十人って。そんなに?」


 画面を見た錦が驚いたように現一狼を見た。


「新井青が、そう書いていますか」


 現一狼は何とか言葉を絞り出す。


 ――青龍の目的は、ここで僕を糾弾きゅうだんすることだったのか?

 

 一瞬、疑ったが、理由がない。殺人をしているのは、「龍」だって同じだ。

 

「うちから出ていけ。殺人鬼と一緒にいられるほど、俺は呑気のんきじゃないんだ」


 渥が現一狼をにらんだ。答えないでいると、渥は現一狼の肩を押して外に出そうとした。


「待て、渥」


 錦が突然声を上げた。


「事情があるはずだ。だって、現一狼さんは、自分から人を殺すことなどできないんでしょう?」

「何だ、それ」


 渥が振り向く。


「ともかく離せ」


 錦が渥を押し戻す。


「父から聞いたことがあります」


 現一狼に向き直った錦は、かみしめるように告げた。


「刀の扱い方を習っているときに、父はこういう場合は現一狼さんならどうする、と引き合いに出したんです。現一狼さんが頭領をつとめるのは夢現むげん流という防衛専門の流派ですよね。防衛専門だから、自ら戦いを仕掛けたりはしない。やられたらその場にあるものでやり返すだけ。武器も携帯していない。ただ、各種武器の扱いを熟知している」


 現一狼は唖然とする。


「先代、そんなことまで話したんですか」

「ええ、父が昔、とても親しくしていただいたそうで。父から受け継いだ刀も、父が先代の現一狼さんから贈られたものと聞いています」


 目眩めまいを覚える。どうしたら先代現一狼をそこまで饒舌じょうぜつにさせられるのか、わからなかった。


 ――しかも、紋章の入った刀まで贈らせるなんて、檜惣時郎は何者なんだ。

 

「でも、武器を携帯しないって、なんでそんな効率悪いこと」


 ためらいがちに。渥が尋ねた。


「効率がいいんですよ、逆に」


 現一狼は溜息ためいきと一緒に驚きを吐き出して答えた。


「一つの武器を持ち歩くと、他のものが扱えなくなります。どんな状況でも生き延びるには、特定の武器を持たず、敵の武器を利用して勝つことを考えた方がいいんです」


 それから、渥を見つめる。


「新井青と接触した心当たりは、ないんですか」

「ないよ。メールアドレスだって、教えた人なんてほとんどいない。周りの人は、あんまりパソコンを持っていないから」


 たしかに、数週間前に便利なOSが発売されて、お祭り騒ぎになっていたし、夢現流でもさっそく使い始めるパソコン好きの門下生がいるとは聞いているが、多くはない。

 現一狼も文書を作成するために、パソコンを使うことがあるが、インターネットにはつながっていない。誰かのお下がりのパソコンで、コマンド名を打ち込んでワープロソフトを立ち上げている。


「じゃあ、僕が檜家にいるって、話した相手はいますか」

「いないって。ともかく、おまえは」


 渥が迷惑そうに、視線を逸らす。


「待て、渥。おまえ、中野先生にメールアドレスを教えていただろう。そのときに、新井青という人が聞いていたんじゃないのか」

「周りくらい見ているよ。よほどの地獄耳なら知らないけれど、すぐそばには誰もいなかった」

「でも、新井、というのは、うちの事件に関わっていた『龍』の頭領の名字だ」


 現一狼の鼓動がつっかえた。


「そんなことも、先代が?」


 軽い咳をして、錦に視線を合わせる。


「いえ、それは父が。うちに新井姓の人が来たときは注意するように言われたんです。父とりょくりゅうという人の間でトラブルがあったみたいで」

「緑龍は、先代の『龍』の頭領です。今は、緑龍の子どもが継いでいて、青龍と名乗っています」


 青龍こそ、新井青だ。

 そわそわと錦が辺りを見回した。


「確認しましょう! ちょっと、岩田さんに芳名帳を借りてくるよ。現一狼さんも、渥も少しここで待って」

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