第14話 式後

 翌日の昼過ぎに、錦たちは帰ってきた。

 黒いスーツを着た錦は、着物のときに比べて体つきがしっかりして見えた。

 渥と同じ喪服を着ているせいで、そう思うのかもしれない。

 錦が鍛えられた体をしているのに対し、渥は首や指先、それに足が華奢きゃしゃで、野山を駆け回って出来た筋肉、という感じだ。

 ただ、格好よさの方向性は違っていても、二人とも見栄えがするのは同じだ。


 ――この二人で雑誌の表紙を飾ったら、売れそうだよなあ。


 兄や岩田より先に自室に戻っていく渥を見送り、現一狼はぼんやりとそんなことを思う。


 ――戦いたくないのは、錦さんのほうだけど。


 まだ、玄関先で家人かじんと話している錦を見遣る。あれだけの殺人の記録を読み、自身も鍛練を積んでいるのならば、年中丸腰の渥とは比べものにもならないほど戦いに向いているだろう。

 ただし、渥が訓練を始めたら、すぐに強さが逆転するに違いない。彼には天性の俊敏さと、上背うわぜいがある。

 

 ――いちばん怖いのは岩田さんだけどな。

 

 渥や錦の力の強さならば、本気を出せば押さえつけられるだろう。

 一方、岩田の力の強さは尋常ではない。羽交い締めにされたとき、渾身こんしんの力で引きがした。現一狼があれだけの力をかけなければならないことは、滅多にない。客室の扉の一部がはがれて飛んだのだって、岩田が戸を引く力が強すぎたからだろう。

 

「お任せください、錦様」


 そう言うのが聞こえた。岩田が錦に頭を下げている。

 錦が、足元に目を遣った。岩田はもう一度お辞儀をして、廊下を奥に入っていく。

 錦の手には、まだ包帯が巻かれている。包帯を気にするように手のひらで覆い、小さく息を吐く。彼が暗い表情をしているだけで、辺りが少し暗くなった気がした。

 

「温かい飲み物を買ってきました。いかがですか」


 不意に、由希が明るい声をあげ、手提げ袋を目の高さに持ち上げた。


「ああ、ありがとうございます」


 現一狼も慌てて笑みを浮かべる。お礼のあとに続ける言葉が出てこない。由希も曖昧な笑みのまま止まっている。

 気まずい沈黙になる、と思ったとき、階段の方で足音がした。

 渥が戻ってきたのだ。


「おい、現一狼。お茶を持って俺の部屋に来いよ。聞きたいことがある」


 渥はまだ喪服のままだった。襟も整っている。だが、首元がうっとうしいのか、黒いネクタイの結び目に指を入れている。


「どうしたんだ?」


 錦が首をかしげた。もう、穏やかな表情に戻っている。


「ちょうどいい、兄さんも同席してくれ。由希ちゃん、お茶もらっていくよ」


 渥は、由希の袋の中から缶のお茶を三つ取り出し、階段を上がっていった。


「どうしたんでしょうね」


 現一狼がつぶやくと、錦が、さぁ、と眉を寄せた。


「行ってみましょう」


 錦は靴をそろえて、階段に向かう。現一狼は錦を追いかけ、尋ねる。


「記録、僕なんかが見てもよかったんでしょうか」

「渥がそうしたのなら、それでいいですよ」

「でも、渥さんは中を見ないで僕に渡したんですよ」


 錦が立ち止まって振り向いた。


「何も? あんなに殺人のことを気にしていたのに」


 現一狼がうなずくと、錦は顎を引いて指で唇を押さえた。


「あの、僕が見ちゃいけなかったんでしょうか」

「いいえ、渥にも考えがあるのでしょう」


 前に向き直って、錦は階段を上っていった。

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