消える被害者
三鹿ショート
消える被害者
私は友人たちを止めるべきなのだろう。
だが、彼らに刃向かうことで今後の生活にどれほどの苦難が訪れるのかを考えると、脚が動かなかった。
ゆえに、私は何の罪も無い女性が友人たちに陵辱される様子から目をそらすことしか出来なかった。
しかし、何時しか友人たちの威勢の良い声が聞こえなくなったために、私は彼らに目を向ける。
其処には、友人たちの姿が存在していなかった。
先ほどまで確かに其処で彼女を乱暴していた人々が一瞬にして消えることなど、有り得るのだろうか。
そこで私は、彼女が口元の血液を腕で拭っていることに気が付いた。
同時に私の目は、彼女の足下に夥しい量の血液によって出来た巨大な水溜まりを捉えていた。
何が起こったのか想像することもできないが、捕食者のような鋭い視線を彼女に向けられた私は、思わずその場で座り込んでしまった。
彼女が近付くたびに、私の身体の震えは増していく。
方法は不明だが、己の生命を奪われてしまうということだけは悟っていたため、私は目を閉じた。
だが、何時まで経っても、私の身には何の変化も起きなかった。
恐る恐る目を開けると、何時の間にか隣に座っていた彼女が、私に声をかけてきた。
「あなたの友人たちと同じ目に遭いたくなければ、私に協力してください」
私は震える声で、
「協力とは」
「食事です。私は、人間が主食なのです。ゆえに、それを調達する手伝いをしてほしいのです」
彼女は一体、何を言っているのだろうか。
通常ならば、彼女が奇妙な人間だと断ずるだけで相手にすることはなかったが、彼女の口内から出てきた長い舌が私の首に巻き付いたことで、彼女の発言は言葉通りの意味なのだと理解した。
どうやら彼女は、人間ではないらしい。
***
彼女が煽情的な格好をしていた理由は、私の友人たちのように欲望に敗北し、襲いかかってきた人間たちを食事とするためだったようだ。
友人たちの行為に加わらないことは正解だったと、過去の己を褒め称えた。
しかし、問題は依然として残っている。
「襲われるまで、意外と時間がかかることに気が付いたのです。それでは効率が悪い。だからこそ、協力者が必要なのです」
彼女のために、私は餌となる人間を捧げなければならないのだ。
彼女に生命を奪われなかったことは幸いだが、彼女に人間を差し出すということは、他者の生命を奪う行為に手を貸すということである。
直接殺めたわけではないが、生命を奪われると分かっていながらも彼女に捧げるのならば、同罪といえよう。
だが、そうしなければ、私の生命が危うくなってしまうのだ。
ゆえに、協力しなければならないのである。
その罪悪感を少しでも軽くするために、私は罪深い人間たちを選んで、彼女に捧げることにした。
犯罪行為に手を染めた人間を彼女に差し出すことで、街中が平和になることを考えると、私の行為は浄化活動と言うことが可能となるのだ。
彼女にとって大事なことは食事が人間であるということであり、それ以外の要求が特に無かったということは、幸いだった。
一度だけ、彼女の食事の光景を目にしたが、信じがたいものだった。
外見は普通の人間と大差無いが、彼女は人間を食する際、相手を頭部から足の先まで一瞬にして口の中に入れたのだ。
口が身体の何倍もの大きさと化す様は、異常以外の何物でもなかった。
***
自身の行為は浄化活動だと言い聞かせながら過ごしているうちに、段々と罪悪感というものを覚えることが無くなってきた。
その証拠に、私はとある女性と交際するようになったのである。
自分のような悪人が他者を幸福にすることなど出来るわけが無いと思っているのならば、そのような存在を得ることはなかっただろう。
彼女は郊外の廃工場に住んでいるために、その存在を知られることはなかった。
知られてしまえば、私の恋人も徒では済まないに違いない。
だからこそ、私は彼女の存在を気取られないように、細心の注意を払いながら恋人との日々を過ごした。
***
ある日、私は恋人が別の異性と親しげに歩いている姿を目撃した。
何かの見間違いかと思ったが、人気の無い夜の公園で接吻を交わしている姿を見てしまえば、現実だということを信じなければならないだろう。
恋人の裏切り行為に、私は怒りを覚えた。
そこで私は、恋人と浮気相手を彼女が住んでいる廃工場へと呼び出した。
そして、恋人の目の前で、浮気相手である男性を鉄の棒で殴りつけた。
膝をつき、頭部から血液を流しながら懇願するような言葉を吐いていたが、私は気にすることなく、相手を殴り続ける。
やがて脳が露出したが、私の怒りが収まることはない。
目玉をくり抜き、耳を削ぎ、舌を切り落とし、腹部を切り裂いて取り出した臓器を踏みつけ、身体を等間隔で切っていった。
その光景を目の当たりにした恋人は恐怖で動くことができない様子で、失禁もしている。
私は彼女に浮気相手を食べさせながら、恋人に告げた。
「今後、私を裏切るようなことがあれば、同じことを繰り返す。たとえ裏切り行為が無かったとしても、私の気分を害するようなことがあれば、きみの家族を同じ目に遭わせると考えている。このことを理解したのならば、その生命が尽きるまで、私に愛情を注ぎ続けるが良い」
私の言葉に、恋人は涙を流しながら何度も頷いた。
その光景を目にしながら、彼女が呟いた。
「どちらが酷い存在なのか、これでは分からない」
消える被害者 三鹿ショート @mijikashort
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