月華は退屈を照らす
勿忘
8月31日
「みんなで居る時もふたりで居る時も君は何も変わらないよね」
瑠花はそう言い家を出て行った。
どこに向かったのだろう。
考えてみるが想像もつかない。
大学2年生の夏。耳障りな電車の音、蝉、蝉、蝉。
窓を全開にしてシャツを脱いでみたはいいものの、これまた電車がうるさい。
イヤホンイヤホンと見渡す。充電中だったことを思い出して、モニター横にあるCDプレイヤーの再生ボタンを押してみるがクリスマスソングが流れだした。
高校生の時付き合っていた彼女にも同じ様なこと言われたなーとか時計を見て思い出している。 二十時を示す針が少し進んでいた。
家のすぐ近く歩いて10分ぐらいの場所に川沿いがある。
あそこなら、「風がよく通るしうるさくないだろう」とさっき脱いだシャツを着て、身支度と言っても携帯と財布、イヤホンをとって直ぐ家を出た。
高校生の頃、好きで読んでいた漫画の主人公がこの川の側に住んでいた。
川沿いが近いのは上京して東京に住むのならば「絶対あの近くに住むんだ」と意気込んでこの場所を選んだからなのだけれど、もうそんなこともどうでも良い。
手押しの横断歩道。行き来する車のランプ。川沿いに並ぶ街灯、それに群がる虫。
嗚呼、何故こんなにもやるせない気持ちがあるのにも関わらずこれを何処に向かって吐き出せばよいのだ。思考を回しながらも歩くペースも徐々に上がっていく。
瑠花からの連絡がないか携帯電話をのぞいてみるも、新歓でいった居酒屋のクーポンしか通知になかった。ミュージックを開いて去年のReplayを再生してイヤホンをする。自販機で買ったアイスコーヒーがなくなったので周りにゴミ箱はないかと探しているとまだ来たこともないほど遠くまで歩いていたことに気が付いた。
周りを見渡すと街灯もなく人っ子一人いないので流れてる曲を少し大げさに大きな声で口ずさむ。
川の中に飛び込んで濁りもない綺麗な水の中。体が沈んでいって遠くに見える月が僕を照らしてくれる。
息継ぎなんて二の次でいいようなぐらいその感覚だけで満たされるような夜だ。
「苦しいが気持ちいい」溺れている溺れたい、でもなんとなく死にたくないって息をしたくて、沈んでいきたいけど浮かばなくちゃって。暑くて頭がダメになった訳でも生きるのが嫌になった訳でもない。
ただ毎日が昨日やったことの繰り返し、これが正解なんてないと世間は言うがマイノリティだとか言って差別化してレールに戻そうとしてくる。抵抗する気もない。勇気もない、自分が除け者にされるのならば望んでマジョリティを演じるだろう。
きっとそんな僕に嫌気が刺したのだろう、瑠花の前でただ欲しそうな言葉をそのまま言葉にしていただけだ。
人と付き合うということはそういうことだろうと疑問にも思っていなかったが、彼氏、彼女はどうやら違うらしい。大学で見るカップルや街中で見る人間は大抵が前者で自分もこうしていれば良好な関係が築けるだろう甘い企みだった。
瑠花からの連絡はないのでどんな謝り方をしたらよいものかと途方に暮れるが、自分は悪くないとも思っているので自分から連絡するのも癪だ。
いつも瑠花の話を聞くことが多かったが彼女から聞いてくることもなかった。
彼女自身自分の話がしたいように見えた。
愚痴やバイトの客がとかなんでもない会話が面白くて唯、聞いて相槌を打ち、質問には答えていたしバンドの話や漫画の話は僕から話を広げることが多かった。
沢山の話や趣味とか思い返せば思い返すほど彼女の像がわからなくなってきて、記憶に残っている強い印象や思い出みたいなものが見当たらなく余計に彼女のことがわからなくなった。嫌、わかったつもりでいたのだ。
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