シャー芯の折れる日に3




_土曜日_/


模試から2日後。緊張しすぎて昨日は眠れなかった。


折角此処まで来たんだ。今日梓に告白して彼女と付き合いたい。


その為失敗は許されないのだ。


シャー芯を折る準備はできている。今日は出来るだけシャーペンに頼ろう。


親には怪しまれないよう友達と図書館に勉強をしに行く事となっている。


メールでは8時に駅集合となっていた。


高校に入って初めての連絡がそれだったので、以前の僕の勇気の無さに改めて気付かされる。


でもそれは過去の話。今の自分にはこのシャーペンが付いている。


今日の為に買ったパラシュートパンツにオーバーサイズの白シャツを合わせ、リュックサックを背負う。そして慣れない香水を身体に馴染ませると、自室から玄関まで向かう。


玄関で靴の紐を結ぶと、その場で立ち上がって大きく深呼吸した。


「よし」


ドアに手を掛け、足を大きく踏み出す。


今日が、始まる。


──気持ちの昂りからか、駅には20分早く来ていた。


格好は可笑しくないか、香水の匂いはキツくないか、そんな自分の姿にドギマギしているとあっという間に時間は過ぎ、遂に梓が合流した。


「ごめん、まった? 」


集合時間丁度、彼女は白のカーディガンに青のロングスカートを身に纏い、僕と顔を合わせる。


両手で布製の小さな手提げ袋を持ち、左耳にはトゲトゲのイヤーカフを付けているその姿は、普段学校で見てきた活発なイメージとは打って変わり、その大人っぽいギャップに心打たれる。


「全然……今来た所だから」


「服似合ってるね! 」


「き、君も似合ってる」


「君は止めにしよ。梓でいいよ」


「分かったよ。梓」


「それじゃあ行こっか! 遊園地」


今回のデート、遊園地の予約やスケジュールは全て彼女がやってくれた。いくら僕が願った事だとしても申し訳ない。


普通であれば幻滅してもおかしくないのに、彼女は笑顔で、遊園地に行くまでの道中口下手な僕にずっと話題を振ってくれた。


そんな優しい彼女だからこそ気付かされる、これはシャーペンの能力であって、本心ではないという事。架空、虚構、ただの僕の幻想なんだ。


僕はそんな思いに目を背けながら、遊園地へと向かった。


遊園地には電車で10分。まだ開園まで1時間あると言うのに、遊園地前の広場では多くの人が長い列を作っていた。


僕らは入り口で荷物検査を済ますと、列の最後尾へと並ぶ。


「寒いねえ」


「そうだね、凄く寒い」


会話は僕のせいで続かない。このままでは流石にイメージが悪くなると考えた僕は、直ぐにポケットからシャーペンを取り出して折った。


願い事は「「コミュ力上昇」」


使用したシャー芯の長さは1cmだった。


「この遊園地よく来るの? 」


シャー芯を折って直ぐ、今日初めて僕の方から話題を振った。


「1度だけ」


「誰と? 」


「家族全員でね、小学校の頃だったかな」


「家族と仲良いんだ。僕親と仲悪いからさ、羨ましいよ」


「何で仲悪くなっちゃったの? 」


「んー、まあちょっとした意見の齟齬が原因かな」


「そうなんだ」


(ちょっとではない)


本当の事を言ってしまえばこれからの遊園地デートが楽しめ無くなるかもしれないと思った僕は、敢えてあやふやな言い方をする。


シャーペンの力を使い、コミュ力の大幅な上昇に成功した僕は、その後も会話で楽しく待ち時間を過ごし、ついに遊園地の開園が差し迫った。


「皆様、おはようございます! 只今、メインゲートがオープンします! 」


続いて英語のアナウンスが流れると共に、園内のスタッフによってゲートの門がゆっくりと開く。


「驚きや冒険、世界一楽しい日が貴方を待っています! それでは、いってらっしゃい! 」


アナウンスが鳴り止むと、門で入場券の確認が行われ始めた。確認が終わった列の先頭から続々と園内に入っていく。


そして、僕らの番になった。


彼女は事前に予約していたチケットを僕に一枚手渡し(料金は払った)、園内へと入る。


そこに一歩踏み入れると、此処が別の国だと錯覚に陥る。


左右に洋風な建築物、真ん中のメインロードには吾先にとアトラクションに向かって走っていく客が散らばりながら走っていた。


別に急いでなかった僕達はゆっくりとメインロードを歩く。


頭上にはジェットコースター、多分最初の乗組員であろう客が悲鳴を上げながら通過する。


「楽しそうだね。最初何乗る? 」


「んー、一番並んでなさそうだし、観覧車とか」


「観覧車!?最初から? 」


彼女の思いもよらない言葉に僕は聞き返す。


「そうよ。乗りましょ、観覧車」


別に否定する理由もなかった僕は、人気アトラクションがあるルートとは真逆の方向へと足を進める。


──案の定、観覧車の待ち列は少なく、待ち時間5分という短さだった。


持っていたスマホでアトラクションの待ち時間が見れる公式アプリを見てみると、人気アトラクションの待ち時間が既に2時間だったので、その短さをより実感する。


5分という時間はこの世界では一瞬で、直ぐに自分達の番が来た。


「足元気をつけてください」とスタッフさんの指示の元、回ってきた籠の中へと入り込む。


浮上していく籠は周りに居る人々へ次々に小さくする魔法を掛けていき、暫く僕達はその様子に興奮していた。


観覧車がてっぺん辺りに差し掛かった頃、僕達は少し落ち着いて言葉を交わし始める。


「綺麗だね」


「うん、凄く綺麗」


「──あ、あれ見て、あそこ」


観覧車の中で良い感じの雰囲気になる僕達。その中で、彼女はある場所を指差した。


そこへ目を向けると、人気アトラクションの一部から黒い黒煙が上がっている。


人気アトラクションとはそう、ジェットコースターの事である。パーク内の森林を駆け巡るようになっているその作りはスリル満点で、毎年多くの客を呼び寄せていた。


森林が邪魔で発生源は見えない。


最初はアトラクションの一環かと思ったが、その黒煙の広がり方からして、何か事件が起こっているのかも知れない。


「観覧車降りたら見に行く? 」


「見に行ってみようか」


良い感じの雰囲気は台無しになったが、緊急事態ならしょうがないだろう。


遊園地デート最初の乗り物で告白するのもおかしい話だ。


僕は不安そうに見つめる梓を会話術で和ませながら、観覧車を降りる。


スタッフは1人居たが、トランシーバーを使ってどこかと連絡を取っている様子であった。


僕達は黒煙の正体が何なのか突き止めるべく、黒煙のあった場所へと向かう。


周りもそんなに焦っている様子じゃないし、大丈夫だろう。


──遊園地内、本部


ここは主にパーク内のアナウンスを取り仕切っている場所。


いつもなら忙しく仕事に追われているであろう時間だと言うのに、今はその面影もなく、重苦しい雰囲気が漂っていた。


男女幅広い年齢、数十人のスタッフを、たった3人が一箇所に追いやっていた。


「お前ら……こんな事してタダで済むと思うなよ」


此処にいる中で一番歳を取っているであろう男性が、アサルトライフルのような銃を持って分厚い服を身に纏っている男性1人に向かって吹っ掛ける。


「大丈夫。もう少し時間を稼げれば直ぐにどこかへ行くから。パーク内でアナウンスされると、騒ぎになって面倒だからね」


「お前達の要求は何だ……」


「ただデカい事をしたいだけさ」


──やってしまった。


今から30分前、事件の全容を見る為、僕達は黒煙に吸い寄せられるように歩いていた。


勿論、周りにも同じような思考を持つ者が多く、かなりの大所帯となって向かっていた。


それが僕達に、変な安心感を与えていたのかもしれない。


一定の距離歩いた所で、道に長い規制線が貼られていた。


此処で何かしらの事件が起こっている事は確実だった。此処で引き返すべきだった。


規制線で立ち往生していた僕達の後ろから、手に銃を持ち、黒い装甲に身を包んだ人間が3人、此方に近づいてきた。


その姿に1人が気付き、また1人気付き、人気アトラクションのある方向へと逃げ惑うように走っていく。


まるで追い込み漁かのように、そこへ一瞬にしてカオスが生まれた。


「梓! 逃げるぞ! 」


逃げ惑う市民のうちの1人、僕達もそうだった。


僕達はあっという間に人気アトラクションの目の前へと追いやられる。


そこには黒煙と関係しているであろう、森林の中でコースアウトしたジェットコースターと途切れたレール。


そこには無惨にもコースターの下敷きになった乗客が。


順番待ちをしていた客が中央に集められ、悲鳴や、恐怖で阿鼻叫喚となっていた。


周りには後ろにも居た武装人間と同じような人間が2人、取り囲んでいる。


僕達は無言の圧に押され、中央に居た客と合流させられた。


彼らの要求は国に対して身代金10億と海外へ行くまでの安全の確保。それを2時間後までに用意する事だと人質の僕らに言っていた。


これだけの人数の人質、国は必ず動いてくれると信じているが、問題は此処から。


取引さえ上手く行けば僕達人質には危害を加えないと言っていたが、人質を解放した後直ぐに捕獲されるのを防ぐ為か、最終的に連れていく人質をこの中から1人連れていくと言い出した。


運悪く、その人質は梓となった。他に居た客は何処かほっとした態度を見せる。


僕は必死に抵抗した。銃を持った彼らに対抗できる唯一の対抗手段として直ぐにシャーペンを使った。「「武装集団の行動不能化」」そう願ったはずなのに、シャー芯は折れなかった。


あの時死神が言っていた言葉を思い出す。『シャー芯の長さを超えるような願いは叶えられない』


今僕が願った願いは、今までの比べ物にならないくらい難易度が高いのだ。


──そして今に至る。


情けない。シャーペンが使えなきゃ、僕はただ自殺未遂をしただけの学生。僕には何の能力もない。


「そろそろお金の受け渡しがある」


リーダー角の男がそう言うと、残りの4人(プラス途中から来た3人の仲間も合わせて)が近くに集まった。


そろそろ行ってしまうのか? 梓を連れて。梓の姿は見えるが、リーダー角が肩に担いでいる。体をロープで縛られ、口にガムテープを貼られて喋れない状況となっていた。


ジタバタと手足を動かす彼女。そんな抵抗も武装集団1人による威嚇射撃によって止まる。


担がれている梓と何度も目が合う。彼女の顔はぐちゃぐちゃに濡れていて、僕は罪悪感に押し潰されそうになる。


彼女を助けに立ち上がろうとしても、体が動かない。一体どうすれば……。


そんな悲壮に陥っていた僕の頭に、ある一つのアイディアが浮かび上がる。


シャー芯が足りないのなら、伸ばせばいいのではないだろうか。


普通のシャー芯なら願いなんて叶えられない。死神がくれたのは特別な物なのだろう。ただ長さだけが足りない。だったらそのシャー芯に、今リュックに入ってる普通のシャー芯をテープでくっ付けて折れば、神様も錯覚して願いを叶えてくれるのではないだろうか。


いつもなら考えつかないようなバカな考えだが、今の僕にはこれが最善手に思えた。


僕は身代金の受け渡しについて武装集団が背中を向けて話している瞬間に、持ってきたリュックサックから筆箱を取り出し、その中のシャー芯ケースから同じ大きさのものを2、3本取り、特別なシャー芯を目一杯出してテープで接合部を連結する。


随分と長くなったシャー芯の付け根を持って、僕は願った。


「「武装集団の行動不能化」」


シャー芯は──折れた。


しかし以前とは挙動が違い、シャー芯が地面に着く前に、幾つもの亀裂が入り始め、空中で

粉々に離散し始めた。


そんな粉々のシャー芯は風に乗って宙を舞い、武装集団の周りを取り囲んだ。


「なっ、なんだ!?」


シャー芯は戸惑う彼らの元で消滅すると、次の瞬間、バタバタと地面に倒れ始めた。


梓を担いで居たリーダー角も倒れそうだったので、僕は走って梓が肩から落下する前に腕でキャッチした。


彼女を地面にそっと置くと、直ぐに彼女の口に貼ってあったガムテープを剥がし、巻いてあったロープも解く。


「ごめん、早く助けれなくて……」


彼女は突然の出来事に理解が追いついてないらしく、暫く時間が経つと大粒の涙を流し始めて「怖かったよ……っ」と僕の胸元で泣きついた。僕は優しく彼女の頭を撫でる。


後ろからも客の安堵の声が聞こえ始めた。武装集団の行動不能化、倒れた武装集団を見てみると、息はしているから気絶か眠っているかのどちらかだろう。


終わったんだ。僕は気の抜けたような溜息を吐き、目をゆっくりと閉じる。


事件の収束の余韻に浸りながら再び目を開けると、景色は僕の知らない場所に変化していた。


──薄暗い部屋、人1人通れるくらいの道が遥か先まで続いており、左右には数えきれない程の蝋燭に火が灯っていた。蝋燭には小さいものから大きいものまで沢山ある。


何が起きたのか。さっきまで遊園地に居た筈なのに。


「おい、こっちだ」


先程まで誰も居なかったそこには顔見知りの人物が1人立っていた。


「死神さん……」


死神は深刻そうな表情で僕を見つめる。


「何故此処に連れて来られたか分かるか? 」


「すいません、全く分からないです」


「まあいい。此処にある蝋燭は全部人の寿命だ。長い程長く生きられて、短い程長くは生きられない」


「そう……なんですか」


「そしてこの蝋燭が君の寿命だよ」


そう言って死神が指差した蝋燭は今にも燈の消えそうな背丈の小さい蝋燭だった。


「こ……これって」


「その燈が消えれば、君は死んでしまう」


僕はその瞬間に青ざめる。天と地がひっくり返るようであった。


「だ、だって、最初会った時は人一倍長生きするって言ってたじゃないですか」


「そう。最初は長生きだった。君がシャー芯以上の願いを無理矢理叶えるまではね。足りない長さの補填として、君の寿命が当てられた」


「そんな……」


「このままでは君はもう時期死んでしまう。だからチャンスを上げよう。この燈掛けの蝋燭を使って、今にも消えそうな君の燈を移し替えるんだ。さすれば生きられる」


そう言って死神はまだ使われていない新品の蝋燭を僕に手渡す。


「はあ、はあ」


溜息一つで消えそうな燈。


「こんな小さな火を移し替えるだなんて」


「ほら、早くしないと火が消えてしまうぞ」


僕は震える手を抑えながら、消えかけの燈に新しい蝋燭を近づける。


「ふ、ふふふ、ふふふふふ」


死神は僕を急かしながら、不気味に微笑む。


「ああ、火が消える」


早く移し替えないといけないのに。


此処で失敗したら梓告白する事ができないと思うと、緊張で手が上手く動かない。


「ああ……」


震えを抑えようとしても止まらない手。


「早く着けっ……」


「早く、早くしないと消えちゃうよ」


「火が」


どんどん目減りしていく蝋燭。


「早く、早くしないと」


──ああ


「火が──消えた」


死神は焦る僕を最後まで煽り続け、新しい蝋燭に火がつく前にその小さな燈は一本の細い煙を出しながら消えた。


「──と、此処で本当は死んでるんだけど、大丈夫、君はまだ死なない」


「え? 」


死神の思いもよらない発言に僕は思考が追いつかない。


「君は能力を自分の為じゃなく人の為に使ったからね」


「で、でもテストの点とか自分の為に能力を使いましたけど」


「それはただ君の実力だよ。多分シャーペンを使っているから大丈夫だろうとリラックスできたお陰で、本当の力を出す事ができたんだろう。コミュ力も君が本来持っていたものだ」


「そう、なんですか」


「何百年も前、自分の私利私欲の為に能力を使った奴がいた。結局そいつは自分の利益の為に死神を騙すような事をして結局息絶えた」


死神は大きな鎌を見つめながら、思い出を浸るように話す。


「君は生きた方がいい人間だ。そこで君に提案がある。君を私と出会う前の時間に戻す。そうすれば生きる事ができるが、今までにした事は0に戻る。勿論シャーペンはもうない」


過去に戻る、か。それをすれば梓との関係は0に。次またあの関係値に戻れるか分からない。


──それでも。


今度は自分の手で彼女と出会って、告白する。


勉強も諦めずに、最後までやり遂げて見せる。


「お願いします」


「そう言うと思ったよ」


死神は大きな鎌を僕に翳すと、「言い残した事はあるかい」と僕に問う。


僕は少し考えて「過去に戻そうとしてたのに、何で僕に蝋燭を移そうとさせたんですか? 」


すると死神は微笑み「人間が焦っている姿が一番興奮するからだよ」


死神はそう言って、僕を鎌で思いっきり切った。


_その後_/


あの後、僕は死神と出会った日に戻された。


テストで無双した僕も、梓と良い関係まで行けた僕ももうこの世には存在しない。


シャーペンはないけど、あの時より心が楽だ。


もう自殺なんて考えない。


僕には夢ができた。絵を描いて人に笑顔になってもらう、そんな仕事に就けたらなって。


親の言いなりは嫌だから、大学に入ったら直ぐに一人暮らしするつもりだ。


お金は……大丈夫だろう。多分。


“今度は、自分の力で”


今日は、シャーペンを初めて使った日。


僕は学校の前に来ていた。


僕はポケットからシャーペンを取り出し、手に握ると、少し芯を出してこう言った。


「「勇気を僕に」」


































































































 




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