第16話 侵入

 自衛団精鋭部隊長に命令書が届けられた時には、すでに太陽は地平線の向こうに沈もうとしていた。そんな折に、作戦変更の命令書が届けられたものだから、現場は混乱する。

「今から住民の避難なんぞやってられんです!」

「緊急事態だとしても横暴じゃけぇ。やってられんに」

「それに、スイフ北部に展開しとる自衛団の秘密兵器が使用されるっちゅうのは、一体どういうことじゃ!?」

「ええい、一遍に話すな。順番に対処さする」

 そういって精鋭部隊長は指示を出す。

「まず自警団さ、住民の避難誘導さよろしく頼む。組合員、こんまで通りオーウの進路さ変更する攻撃を続けぇ。精鋭部隊の半分ば状況確認さするため、一度スイフさ戻れ」

 そういって精鋭部隊長は、参謀に質問する。

「今ばどこじゃ?」

「あと五キロでナーカシの北部さ到着どす。このままの速度じゃと、四時間後にばスイフの地が踏まれんです」

「分かった。正直何とかなる状況ではなかと、各員の奮闘さ期待する」

 そういって、それぞれ割り振られた担当の任務を遂行するため、移動を開始する。もちろん北上たちも移動するが、一つだけ北上には疑問があった。

「なんでアユムさんまでいるんですか?」

 オーウ教団の生贄が、北上たちの後ろにピタリとくっついている。

「こんはあれです。あなた方がオーウ神に変なことさしないのを監視するためどす」

 目的が見え見えなのは仕方ないのだが、それを拒否することは出来ないため、仕方なくそれを受け入れた。しかしこうして一緒に行動すると、アユムも組合員たちについてこれる程度の能力を持っているようだ。

 オーウに接近すると、背中にあった銃火器は格納されていた。どうやら、背中に乗った不届きものを成敗するためにあるようだ。本当の目的はそうではないかもしれないが、どちらにせよ、地上からの攻撃にさしたる支障が出ないほうがいい。

 組合員は、早速攻撃を開始する。しかし、これまで幾度となく攻撃を加えてきているのにも関わらず、オーウはまったく動じていない。

「クソ、こんでも駄目か……」

「当たり前どす。オーウ神は全知全能の神どす。たかが人間の分際でオーウ神を倒すなんぞ考えんほうがええどす」

「そんでも、うちらは攻撃さ止めんで。うちらには守るべき人たちさおるけんな」

「……ほうですか」

 それ以上は何もしゃべらないアユムであった。

「しかし、どうやったらオーウの動きを止められるんでしょう?」

 北上は石を投射しながら、疑問を口にする。

「今やっとるように、足さ攻撃すればいずれかは折れて行動不能になるじゃろ」

「んでも、全力さ叩き込んでもびくともせんね」

 当初の作戦通り、組合員たちは脚部への集中攻撃を行っているものの、一向に攻撃が効いているようには見えない。それに、オーウが攻撃を素直に受け入れているのが怖いくらいだ。普通の生物だったら、攻撃を食らった時点で暴れていてもおかしくはないだろう。

「そんなら、頭さ攻撃するんはどうじゃろ? 首さ切れれば御の字ちゃうか?」

「それも一つの手ですね」

 しかし北上には一つの懸念があった。オーウ教団が信仰するくらいの生物を超越した何か。それが首を切ったくらいで、何か戦局を大きく変えるほど甘い相手なのだろうか。

 だが、他に方法がないのも事実だ。やらないで後悔するより、やって後悔するほうがはるかにマシだろう。

「分かりました。僕たちは頭部の攻撃をしましょう」

「んでも、俺ら三人じゃと数に不安さ残るな……」

「自衛団の人さ協力して貰うんはどうさ?」

 エリが提案してくる。

「それもええな。許可取りついでに戦力補充じゃ」

 話は決まった。早速、自衛団の精鋭部隊長に話を通しに行く。

「……つうわけで、自衛団さ協力してくれませんか?」

「んむ、頭への攻撃か。それは一考の余地さあるな。よし、許可す。数人連れてけ」

「ありがとうござます」

 こうして、頭部に向けた攻撃が始まる。しかし、すでに問題は浮き上がっていた。

「どうやって、あの高い頭に攻撃します?」

 全高推定百メートルを超える頭部に攻撃を命中させるのは、正直言って至難の業だ。

「近くまで行って攻撃すんか?」

「そんだと、あの背中さ乗る必要さある。正直おすすめ出来ん」

 自衛団の人がそういう。あのハリネズミのような銃火器が存在している以上、オーウの背中に乗るのは自殺行為に等しい。

「何か、他に方法があればいいんですが……」

「空飛んでいくんしても、結構厳しいぞな……」

「だから言うとりますでしょ? オーウ神には一切敵わんどす」

 アユムが偉そうにそんなことを言う。北上はツッコミを入れそうになったが、その言葉を飲み込んだ。

「そういえば、空を飛ぶんなら、ユウの魔法さ使えると思うん?」

「あー、それもそうですね」

 魔法を使って空を飛んだ経験はある。今回もそれを使うのがいいだろう。

「でも、僕一人で行くには問題しかないような気がするんですが……」

「逆にユウさ地上にいて、他の人んことを飛ばすというんはどうじゃろか?」

 リュウが提案する。それなら、戦力的にも問題ないだろう。

「それじゃあ、その方法で行きますか」

 その時だった。オーウの体に何かが弾ける音が響いた。

「な、何じゃ!?」

「こいんは……、スイフ自衛団の秘密兵器じゃ!」

 スイフ北部の防衛線に展開されているのは、古代文明が使用していたと思われる移動式の大砲である。この大砲は魔法を使用せずに使える上に、射程がかなりあるため、秘密兵器というよりは最終兵器のような扱いをしていた。その大砲が火を噴いたのである。

「そんなものが……」

 この説明を受けた北上は何か違和感のような物を覚えたが、すぐに考えを切り替える。

「とにかく、僕が皆さんのことを持ち上げますので、その間に攻撃を行ってください」

「分かった」

 北上の前に、エリ、リュウ、そして自衛団が横に並ぶ。アユムは北上の後ろにいた。

「行きます!」

 彼らの下に圧縮空気を展開する。そして、それを上向きに上昇させた。それにより、彼らの体は上向きに上昇する。

「よし、こんなら問題はなか! 行くど!」

 オーウの頭近くまで上昇したエリとリュウは、互いに魔法を強め合う。

『流れ滝!』

 水が生成され、ジェット水流のようなものがオーウの頭に向かって飛んでいく。しかし、頭まで遠すぎたのと表皮が固すぎて、水流での攻撃は効いているようにも見えない。自衛団の人も、それぞれ得意魔法を使用して攻撃を加えるものの、残念ながら効いているようには見えない。

 それよりも重要な事があった。

「ユウ! もっと安定させてくれ! こんではまともに攻撃さ当てられん!」

「分かってますよ!」

 北上の魔法の精度に若干の問題があった。これまでは自分で魔法を使用していたため、制御は簡単な上にどのように使うのか分かるのだが、人のために使うのは初めてであった。それに、複数人に同時に使用しているため精度が落ちているのも原因だ。

 現に、エリの体が落ちそうになって姿勢を保たせると、他の人の制御がおろそかになる。今度はその人のフォローに入ると、別の人の精度が落ちる、というのを繰り返すのだった。

 それに、スイフ北部の防衛線からの攻撃で、北上の魔法の精度は余計に低下する。

「……だぁ! もう駄目だ! 一回降ろします!」

 こうして、オーウの頭に大した攻撃を加えることなく、リュウたちは地上に戻るのだった。

「さすがに他人の行動を制御するのは無理ですよ……」

「んでも、頭さ攻撃しなんと、オーウば止められんやろ」

「そうだ。さすがに日も落ちてきよったし、スイフの防衛線も近い。このままじゃったら、スイフ中心部まで入られてまうで」

 その間にも、スイフ自衛団による大砲の攻撃は続けられている。しかし、一向に効果がないようで、オーウは前進を続けていた。それどころか、海岸線から離れて、スイフの方へと向かっているようである。

「これ以上スイフに入られるんは危険じゃ! ワシらもすぐに逃げんと!」

「んでも! うちらがここで逃げったら被害さ多くなる一方じゃ!」

「エリ、そんでも命に変えられるもんはない。今は逃げるが一番ぞ」

「やっぱり、私がオーウ神の生き人として捧げられなかったんが一番どす。そのせいでオーウ神は怒り狂っとるんどす」

「撤退するんやったら、部隊長の元に行かんと……」

 撤退するか、それともここで戦うか。その選択をしなければならない状態になっている。ここで選択を間違えれば、全員死ぬこともあり得るのだ。

「何か……、何か他に方法はないのか……?」

 北上は必死に代案を考える。しかし、朝から作戦行動をしていたことによって、頭の回転が出来ていない状態にあった。考えようにも、アイディアが出てこない。北上は思わず天を仰いだ。

 その時、自分の背嚢から何か振動しているものがあることに気が付いた。北上は不審に思いながらも、背嚢の中を探る。すると、以前汎用人型ロボットのフィアから貰った白い箱が振動していた。しかも真っ白な箱の表面には、何やら光り輝く緑の線が現れており、何かに反応しているようだった。

 箱の中を開けてみると、中に入っていたカードに、何か文字が映し出されていた。それは、「緊急停止プロトコル解放」という文字が映し出されていたのである。

「これは……」

 色々と考えたいことはあるものの、北上は直感的に、このカードがオーウを止めることができる唯一の方法であると判断した。そうなればすることは一つ。

「皆さん、話があります」

 そう切り出す北上。その場にいる全員が北上の方を向いた。すでに太陽は地平線の彼方へと沈んでいる。

「ここに、オーウを止められる可能性を持ったカードがあります」

「オーウを止められる?」

「んげなことが可能なんか?」

「あくまで僕の直感でしかありません。もしかしたら、直感が間違っていることも考えられます」

「いや、オーウさ止められる可能性さあるなら、少しでもそれに賭けるべきじゃ」

「そんで失敗したらどうするつもりん?」

「その時は……、笑ってごまかしますよ」

 そういって、北上は背嚢を背負い、手に箱を持つ。

 北上の考えは実に単純だ。オーウは生物ではなく機械。その内部へと侵入することができ、どこかに運転席があるはずだ。これが北上の直感である。

「これはとてつもなく危険な作戦です。被害は最小限に抑えたいので、僕一人で行きます」

「いや、おまん一人では行かせん。俺も行く」

「そんならうちも行く。同じ班やもんね」

「だったら私も行きやす! オーウ神に何をするか、この目で見させて貰いやす」

「なら、ワシら自衛団は先にスイフに戻る。少しの間だけ、攻撃さ止めさせるように話さ通しておこう」

「ありがとうございます。それでは、行きますか」

 北上、エリ、リュウ、アユムは、オーウと相対する。オーウまではそう遠くはない。

「これから僕の魔法で皆をオーウの背中まで飛ばします。急な動きですので、注意してください」

「大丈夫か? さっきば五人で限界じゃったろ」

「今回は直線的に動かすので大丈夫です。ですが、一応手でも繋いで行きますか」

 そういって北上は、左にいるエリと右にいるアユムと手を繋ぐ。アユムは少し挙動不審であったが、覚悟を決めたようだ。

「それじゃあ、行きます!」

 北上たちの足元に圧縮空気を集め、それを解放する。飛び上がった勢いで、後方から空気の流れを作り、北上たちの体を押し上げるのだ。

 ほんの十秒程度の時間でオーウの背中へと到着する。最初の難関は背中にある機銃群だ。

 しかし、機銃群は一切反応せずに、格納状態になったままである。

「なんや? さっきは反応してたんのに……」

「理由は分かりませんが、長居は無用です。早く移動しましょう」

 北上はそのままオーウの背中を移動する。どこかに出入りできる扉が存在するはずだ。

 首と胴体の接続部に何かないか確認する。しかし、一見しただけではまったく分からない。

「えぇい、めんどくさい!」

 北上は考えていた、圧縮空気による成形炸薬弾の再現を試みる。空気の圧力を一方向に集約すれば、簡単に穴が開けられるだろう。圧縮した空気を円錐状に成形し、それを一方向に解放する。

 その瞬間、音速を超えた空気の流れが発生し、衝撃波が発生した。それにより、表皮が粉砕され、内部に通じる穴となる。

「よっしゃ!」

 粉砕した時の音を聞きつけ、エリたちが集まってきた。

「何さあった?」

「オーウの表皮に穴を開けることに成功しました。僕の予想が合っていれば、この先にオーウを操作するための通風孔があるはずなんですが……」

 そういって穴の中を覗き込む。するとそこには、人が一人通れる程度の通路があった。

「予想通り……!」

「ほう、オーウにこんな物があったとは……」

「へぇ……」

 エリとリュウは興味深そうに中を覗く。一方アユムは、顔を真っ青にしていた。

「そんな……、そんなことありえん! こげなことさオーウ神が許すわけないどす!」

「でも、そのオーウは別に怒り狂ってるわけではないんですが」

 そういって北上はオーウの頭を指す。特に苦しんでいる様子はない。

「とりあえず、中に入ってみましょうか」

 北上は、慎重になりながら中へと足を踏み入れる。オーウが歩くのに合わせて、振動が伝わってくるだろう。北上の後から、エリとリュウが降りてくる。アユムはどうしようか悩んでいた。

「アユムさんはどうするんですか? そこで待ってます?」

「わっ、私も行きやす!」

 こうして四人は、オーウの内部へと侵入する。中は意外にも明るく、遠くまで見通せる。問題は、運転席ないしは制御室がどこにあるかである。

「何か、ヒントになる物はないかな……」

 周辺を見渡してみると、壁に紙のような物が貼られていることに気が付く。何か書かれているようだ。詳しくそれを見てみると、そこには「運転室」という文字と、かなりかすれた矢印が書かれていた。矢印の方向は、オーウの頭に続いているようだ。

「まずはこっちに行きましょう。運転室があるはずです」

「おし、じゃあ行くべ」

 オーウの外から見れば、首に当たる場所を進む。スロープ状になっているここは、昇るだけでもかなり体力を奪われる。

 すでに百メートル程進んだだろうか。次第にスロープもきつくなってきてくる。そう思っていたとき、前方に扉が現れた。その扉には「運転室」と大きく書かれている。

「運転室、ここだ……」

 扉の前までやってくる。扉は閉ざされているが、扉の中央にあるハンドルを回せば簡単に開くようだ。水密扉のようにグルグルと回転させ、扉を開く。

 その先には、これでもかと液晶画面が所狭しと並べられていた。その一つ一つには何かの情報が表示されているようだったが、それが何なのかは分からない。

「ここがオーウの運転席……」

「こげな古代文明じみたヤツ見るん、初めてじゃ」

「すごか……」

「う、嘘……。これがオーウ神の正体なんて……」

 エリとリュウは興味深そうに運転席を見渡し、アユムは狼狽えている。彼女の反応も当然だろう。自分の信じた神がこんな機械仕掛けだったなんて、熱心な信者なら卒倒ものだ。

 北上はカードを箱から取り出し、どこかに差し込む、もしくはスキャンできる場所がないか探す。しかし、目がチカチカするほどの液晶画面のせいで、まともに探すことができない。そもそも画面がいっぱいで、カードを差す隙間すら見えない。

「どこだ……。どこかにあるはず……」

「そんいえば、今オーウはどの辺おるんじゃろ?」

「場所?」

 北上が発した言葉によって、液晶画面の様子が変化する。前方の数画面が切り替わり、外の様子らしきものを映し出した。その映像が正しければ、ここはすでにナーカシの郊外である。

「これ、ナーカシなんか……?」

「だとしたら結構不味い……!」

 ナーカシとスイフまでは目と鼻の先。このままでは、スイフまで被害が出てしまう。

「何か、このカードが収まるような穴とかありません!?」

 北上は三人にカードを見せる。そしてそれが合致するであろう穴を探すように依頼する。

「んなもん探せって、よく分からんち」

「とにかく細くて長い穴です!」

「そんなんあるん?」

 エリとリュウが協力して探す。北上も血眼になって探すが、残念ながらそれに相当するものはなかなか見つからない。

「どこだ……? どこにある……?」

 少しばかり冷静さを欠いている北上は、端から端まで見渡す。

「あー、クソッ! カードリーダー出てこい!」

 ついに苛立った北上は、思わず叫んだ。

 その時である。液晶画面の一つがパカッと開き、中から挿入タイプのカードリーダーがせり出してきた。

「あ、出た」

 あっけに取られる北上。一秒ほど固まってしまったが、すぐに気を取り戻す。

 すぐにカードリーダーへ、カードを挿入する。すると、前方にあった大きめの液晶画面に「承認中」との文字が表示され、何かを読み込み始めた。パーセンテージが表示され、すでに半分ほど読み込んでいる。

「これでどうなるんじゃ?」

「今のところ分かりません。ただ、これで何かが変わるはずです」

 そして画面の表示が百パーセントになる。その時、画面の表示が切り替わった。そこには、『緊急停止プロトコルを解放するには、セキュリティーフラッシュメモリを読み込ませてください』との文字が。それと同時に、フラッシュメモリ専用と思われる差し込み口が液晶画面の奥からせり出してくる。

「なん、だ、これ?」

 思っていたものと別の文字が表示されたため、北上は混乱する。

「ユウ? これどういうことど?」

「オーウさ止まるんじゃなかったんか?」

「あなたごときさオーウを思い通りにできるんと思ったら大間違いどす」

 三人はいっぺんに話しかけてくる。

 北上は思考停止してしまった。これ以上何を要求するのかと。これ以上何をしろと。

 何かボタンでも押すのかと思い、周りを見渡す。しかし、そんなものはなかった。他に、他に何かないか。

 その時である。北上が手にしていた箱から光が漏れ出す。箱の中には、もう一つのアイテムが入っているのを、北上は思い出すだろう。

「確か、箱の中には……」

 箱から、石英に似た石を取り出す。直方体のとある一面は、今しがたせり出してきた差し込み口と形が同じようである。北上は恐る恐る、その石を差し込み口へと石を近づける。それに反応するように、石は次第に強く輝くようになっていた。

 そして、差し込み口と石が接続される。その瞬間に画面が変化し、『停止信号確認 キーを施錠してください』と表示され、回転方向が示された。

 北上は反射的に、その方向へと石を回転させる。それはまるで、ドアを施錠するようであった。

 それと同時に、何かがシャットダウンしたような、モーターが停止したような低い音が鳴り響く。運転席の液晶画面は全てダウンし、たった一つの画面だけが『緊急停止中』と点滅しているだけだった。

「と、止まったんか……?」

 リュウが北上に聞く。

「……多分、そうだと思います。実際に外に出てみましょう」

 そういって北上たちは、オーウの首部分を戻り、外へと出てみる。すでに時刻は夜となっており、涼しい風が吹いていた。

 オーウの様子を確認してみると、進行は止まっているようだ。オーウの前足の位置が、今まさに北上が住んでいる部屋のすぐ近くにあるくらいには危機的状況のようだった。

「な、何とかなったぁ……」

 北上は思わず腰が抜ける。へたり込んでしまうものの、危機的状況を脱したという実感が湧いてくるだろう。

「マジでオーウさ止められたなぁ……」

「オーウさ生物でも神でもなかったんやね」

「そんな……、オーウ神ば、オーウ神ばぁ……」

 エリとリュウは清々しく風に当たり、アユムは膝から崩れ落ちてしまった。彼女がそうなるのも無理はないだろう。自分が神と信じたものが、こんなにもあっさりと制御下に置かれたのだから。

 その時、下の方から声が聞こえてくる。どうやら、他の組合員や自衛団、他市町村の自警団の人々が歓声を上げているようだ。

「んじゃ、俺らも戻っぺ」

「そうじゃの」

「あ、待ってください。運転室に置きっぱなしのカードと石を回収してこないと」

「そうなら、少し待っとるわ。おまんの魔法ばなか、ここさ下りれんからの」

「分かりました。すぐに戻ってきます」

 そういって、北上は再びオーウの首部分を登る。問題なく運転室に到着し、無事にカードと石を回収した。

 その時、コロンと何かが転がる音がする。北上が音のなった方をみると、そこには小さな深緑色の箱状の機械が転がっていた。大きさは、北上が持っている白い箱とほぼ同じで、結構軽いほうだ。とある面にはレンズがついており、その側面には一つだけ穴が空いていた。その穴は、先ほど石を差し込んだ穴と形状が似ている。

「……まぁ、持って帰っても問題ないか」

 北上は箱状の機械を背嚢にしまい、エリたちの元へと急いで戻るのであった。

 そのまま北上たちは、オーウの背中からゆっくりと地面へと降り立つ。自衛団の少佐が前に出て、北上たちを出迎える。

「よくぞやってくれた。これでオーウの脅威さ去ったも同然。君たちにば団長に代わって、私から礼さ言おう」

 そういって北上、エリ、リュウ、そしてなぜかアユムまで握手した。そのまま他市町村の自警団はそれぞれの町に戻り、組合員と自衛団はスイフへと帰還する。

 スイフではオーウが止まったことで小さなお祭り騒ぎが始まっていた。それと比例するように、オーウ教団がスイフ役所の前で怒り狂っている。ここまで来ると、オーウ教団がかわいそうに思えてくるだろう。そんな中、オーウ教団の一人が組合員の中にいるアユムの姿を見つける。

「貴様ぁ! 生き人とん使命さ果たさんかったんかぁ!」

「貴様んせいでオーウ様の命さなくなったんじゃ! 何しとるんか分かっとるんか!」

「殺せ! こいつば教団の敵じゃ!」

 その内の一人が、何かキラリと光る物を持ってアユムへと突進する。突然のことで組合員は対処できず、その人は組合員の合間を縫ってアユムへと接近した。

「あっ――」

 アユムは一歩も動けずに、その光る物を押し付けられる。

 はずだった。その人とアユムとの間に、北上が割って入ったのだ。北上から液体がバシャバシャと流れ落ち、一瞬静寂が場を支配する。

「あ、あ……」

 アユムは、急な出来事で動けない。

 刺した本人は少し不満そうな顔をした。それもそうだろう。異端者である人間を処分することが出来なかったのだから。

 しかし、北上の手が刺した人の腕を掴む。そして北上はそのまま足を払う。転んだ所でスイフの警察がオーウ教団に対して鎮圧行動に入った。

「ふぃー。危ない所だった」

 北上は無事だった。背嚢を前に抱え、刃物らしきものを受け止めていたのである。液体の正体は水であり、水筒を貫いていたようだ。

「アユムさん、怪我はないですか?」

「……え、あ、はい! 大丈夫どす……」

 北上はアユムの心配をしたのだが、自分の膝が震えているのを理解する。どうやら想像以上に怖がっていたようだ。

「なんか、割と初めて死に対する恐怖って物を感じたな……。ははは、すっげぇ怖い」

 北上の腹の底から変な笑い声が出てくる。人間、とっさの出来事に反応できる人は少なく、それを乗り越えた時には現実感がない。そんな現実感のなさが、北上を襲っていたのである。

「ユウ! 大丈夫ば?」

「急に飛び出すんからびっくらこいたが」

 エリとリュウも合流する。北上は自分の足の震えを隠すように、背嚢を足の前に置き、エリたちに話しかける。

「いやぁ、何とかなるもんですね。自分でもびっくりしてますよ」

「変なとこんで無茶するんの、何とかならんか?」

「僕ってそんなに無茶してましたっけ?」

「さっきのオーウに乗り込むんとかかね」

 そんな話をしながら、北上たちはスイフ役所へと入っていく。アユムは少しその場でうつむいていた。助けてもらったのと、これからどうするのかを考えていたのだ。しかし、そこに北上の声がする。

「アユムさん、来ないんですか?」

 その声に、アユムは何かをわしづかみにされた気分だ。アユムは、なんとなく肩の荷が降りたような気がする。そのまま北上たちの後ろを追いかけるのだった。

「そういえば、アユムはこれからどうするんです? 今更オーウ教団には戻れないでしょう?」

「そうどすねぇ……。そのうち考えばす」

 なんだかんだ北上たちの仲間みたいになっているアユムであった。

 組合員はスイフ役所の会議室に入り、作戦終了の報告を受ける。

「皆さん、こんな夜中まんでお疲れさんでした。皆さんのご存じの通り、オーウの進行ば止めることさできやした。今回の攻撃で喪失もそれなりには出てしやいましたが、行政んが介入するレベルんもんではないんで、まぁ大丈夫だしょう」

 そうして話の内容は報酬に変わる。

「今回の攻撃で、報酬ば全員に一律で支払わせていただきやす。今回の場合、まぁ、一ウェンは出るでほうな」

 それを聞いた組合員たちから歓喜の声が上がる。北上も最近金銭感覚が育ってきたので、その金額に満足するだろう。

 こうして北上たちは、無事にナーカシへと帰ることが出来た。しかし、全ての問題が解決したわけではない。移動を停止したオーウが今後も動き出すとは限らないため、今後は調査を行っていくらしい。また、機械の塊であることが判明したオーウは、調査の後に解体するなり、移動させるなりするとのことだ。そのあたりは組合員である北上たちに依頼が来ることだろう。それまではゆっくりとする時間だ。

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