第13話 炉
翌日以降も、この問題に対して様々な論議が交わされた。
「地面の下さ潜るというんはどうじゃろ? 鉄に地面さ加わるから、危険さそんな伴わんと思うんじゃ」
「しかし課長から貰った図面さよれば、炉の下限は地面より高さ十メートルのとこにある。人によっちゃ魔法の届く範囲のギリギリじゃ。こげんでは人を選ぶ必要さある」
「僕たちに求められているのは、万人が運転できる発電方法ですからね。これじゃあ人柱を使っているようなものです」
「うーん、そっかぁ……」
実際に外に出て実験することもあった。
「んじゃばリュウから魔法使ってき」
「うむ」
今回の実験は、水を噴出させる魔法を自分の近くから少しずつ遠ざけるというものである。水が遠くに行けば行くほど、魔法発動者からの距離が遠のく。これによって、魔法の限界を知ることができるのである。
リュウは水をチョロチョロと出し、その水をゆっくりと自分から遠ざける。しばらく遠ざけると、水が出なくなる地点が出てくるだろう。これが魔法の限界である。
「リュウさんは大体五十メートルといった所ですね」
「んじゃ、次はうちの番じゃ」
エリがリュウと同じ魔法を使い、同じように魔法を遠ざける。
「エリさんも五十メートルくらいですね」
「んじゃ、次さユウの番じゃ」
北上も同じ魔法を使用し、そのまま遠ざけた。しかし、なんとなく予想はできていたものだが、北上の魔法はかなり遠くまで使えることが判明する。
「スゴ……。一キロは確実じゃ」
「やはりユウばなかなかのもんじゃな」
そのほか、手の空いている動力研究所の研究員も使って、魔法の範囲を測定する。その結果、極端な例も存在することが分かった。
「ここまで数値がバラバラだと、安定した電力供給は困難かもしれないですね……」
「んでも、リュウと魔法さ使う時ば、なんか遠くまで使えるんよね」
「あぁ、確かに。なんとなくそんな感じさしていたんが」
「ちょっとそれに関しても実験する必要がありますね」
まずはエリとリュウが同じ魔法を使用する。水を出しながら遠くまで運んでいくと、二人の限界だった範囲を超える場所まで水を持っていく事が出来た。
「複数人いるんじゃったら、それだけ魔法の影響が拡大するんか?」
「その可能性は否定できませんね。もう一度研究員を集めて実験してみましょう」
今度は十人程で集まって、同じ魔法を発動させる。すると個人の能力に関係なく、魔法はかなり遠くまでいけることが分かった。
「僕がいなくても、三キロ先まで問題ないことが判明しました。人が密集していれば、それだけ魔法は遠くまでいけるということです」
「んなると、バベル軍が集団で魔法を発動しとったのも分かるな」
「じゃあ、これで炉の問題さ解決したね」
「いや、果たしてそうでしょうか?」
「ん? 何か引っかかることさあるんか?」
「確か炉の中心から中央制御室までは、直線距離で四十メートル程度だったと思います。この範囲をカバーできる人数だと、おおよそ五人。これだと、制御室にいる人だけではとてもカバーしきれません」
「なんとかならんのか?」
「うーん、組合員を常駐させるとかなら問題はないかと思いますが……」
「セキュリティに難があるな」
いくつか解決策を提案するものの、どれも上手く行く確証はなかった。そのまま期限まで一週間となる。
「一週間過ぎちもうたな」
「やっぱり人さ増やしたほうが良かったんちゃう?」
「でも発電所という重要施設故に、セキュリティはしっかりしておいたほうが……」
「ユウの言うことも分かる。んだが、俺らは半分公務員という立場じゃ。簡単には物事さ進まないと思うほうがええ」
「うーん……」
また数日が経過してしまう。結局解決策は何も出てこず、時間だけが刻々と過ぎ去っていく。
「そろそろ炉の試作に入らないと、期限さ間に合わんぞよ」
「そげなことさ分かっとる。分かっとるんだが……」
「人を駒のように使う方法は、さすがに人道的に不味いですね……」
あれから良いアイディアは出てこず、人を増やすという方向でいくしかなかった。
「何か、別の方法さあれば……」
その時だった。遠くの方から何か金属の物体が落ちる音がする。それと同時に聞こえる怒号。どうやら研究員の誰かが、実験用の動物を逃がしてしまったらしい。その時、北上の脳内にある考えがよぎる。
「別に人でなくてもいいのでは……?」
「どういうこっちゃ?」
「つまり、人の代わりに動物を置くというものです。もしこれが成功するなら、人を増やさなくても問題ないことになります」
「なるほど、その考えさなかったな」
「んでも、動物って何さあるんね?」
「そうですね……。野ウサギとかどうでしょう? 別にサルとかでもいいかもしれませんが……」
「そんなら早速捕まえにいかんとな」
こうして、とにかくなんでもいいから動物を捕獲することになった。魔法を使えば、簡単に動物の居場所は分かる。丸一日かかって、動物を十四匹捕獲することに成功した。
「よし、これで動物さ使って実験できる」
「とはいっても、種類も大きさもバラバラ。ちゃんとした実験をするなら、対照実験として――」
「はいはい、そげな面倒なことは置いといて、チャチャッとやるべ」
そういってエリが主導して、実験の場を組み立てる。北上はまだゴチャゴチャ言っているが、エリはそんな言葉を全て無視していた。
実験は至ってシンプルである。まずは動物たちが入ったゲージの前で魔法を発動する。詠唱を使った人はそのまま自分の魔法発動圏内を出て、魔法が持続しているかを観測するのだ。もちろん、この範囲に誰か一人でも居てはいけない。そのため北上は遠方から観測することしか出来ない。
「んじゃ行くべ」
動物の入ったゲージのそばで魔法を発動させるリュウ。これまでの実験と同じように流水を発動させ、それをケージの前に置く。そしてリュウは、そのまま魔法の効果範囲から出るべく、流水を見ながら後退する。北上はその様子を、約二キロメートル離れた動力研究所の屋上から双眼鏡を使って見守っていた。やがてリュウの効果範囲の限界まで近づいてくる。
「さて、どうなる……?」
水流がリュウの効果範囲から脱した。水流は――。
「流れてる……?」
北上の目には、水流は持続しているように見える。その様子は、現地のエリとリュウも確認した。
「実験は成功だ!」
エリとリュウは大盛り上がりだ。北上もホッと胸を撫でおろす。これにより、人間に代わって動物が炉の近くにいき、比較的安全に運転ができる可能性が出たからだ。会議室に戻った北上たちは、今回の成果について話し合う。
「今回の実験で、人に代わって動物が魔法さ使うことができることが分かった。これでどんな発電をするかによって状況さ変わってくるんだが……」
「どうせなら、今ある設備さ使いたいんね」
「そうなると、赤熱発電の設備を使うことになりますが……」
「それがちょうどええ。帯熱黒石さ入れてた炉に魔法で火を付ければ、いい具合に発電さできるべ」
赤熱発電の設備を使うことが出来れば、今後の拡張性にも希望が持てる。三人は早速課長の元へと足を運ぶ。
「赤熱発電の設備を使いたいと?」
「そんです。これが出来れば、新しく設計せずとも少しの改造で新しい発電さ出来ます」
「なるほど……。そんなら、この間運転停止した三号機さあるね。これさ使えば問題なかろうて」
「ありがとうございます」
早速ナーカシ発電所三号機のある場所へ向かう。三号機はつい先日まで運転しており、現在は燃料不足のために運転を見合わせている状態だ。管理人の案内で、炉の近くにやってくる。
「んじゃ、早速始めてみるべ」
「動物全部置くんか?」
「最初は二、三匹で良かと」
そういってゲージに野ウサギを数羽入れる。
「そんじゃま、炉に火を入れるべ」
エリが詠唱を始める。
『天にまします我らの神よ、我に力を授けよ!』
『炎獄!』
強い火力が炉の中で燃焼する。そのまま北上たちは、三号機発電所の中央制御室へと向かった。炉の中で魔法が安定して出力できているのかを確かめるためだ。制御室に入ったとき、すでに技師は慌てふためいていた。
「蒸気圧定格以下んまで低下。運転不可能」
「非常弁開放、炉の安全確保優先」
「強制冷却装置作動」
「炉内部の温度六十度を下回りやした」
かなり問題のある状態のようだ。
「あれ? これってもしかしんて失敗?」
「誰がどうみてもそうじゃろ」
「うーん。さすがに検証実験から実地試験は性急すぎましたね」
結局はデータ不足というものだ。何人かの技師がこちらを恨めしそうに見ている。
「ま、実験は失敗じゃ。問題はこれをどうやって使えるもんにするかじゃろ?」
「それもそうですね」
「んでも、どうすりゃええん?」
「まずは普通に炉のゲージに動物さ多く入れるというんが早いじゃろ」
そのほかの案が出なかったため、まずはこの案を使用することにした。それと同時に、普通のゲージでは少しばかり小さいため、新しく大きなゲージを手配する。これだけで丸一日が経過した。期限の二週間まで、あと三日だ。
「さて、これでどうじゃ?」
大きくなったゲージには、野ウサギに野ネズミ、スズメや鳩のような鳥まで入れる。そして再び炉に火を入れた。制御室に戻ってみると、どうやら定格運転のレベルまで持っていけているようだ。
「単純に数さ増やせば、使える魔法ば強くなるちゅうことじゃな」
「それはそれでええんじゃが、これ出力ばどう制御すん?」
「……それは考えてなかったですね」
直後、炉の温度が急上昇、技師たちは後処理に追われる。
「強制冷却装置作動! 炉の安全ば最優先!」
「非常弁開放! 外部注水開始!」
「全電源停止、送電線接続解除」
再び北上たちに浴びせられる冷ややかな目。技術の事を何も分かってない素人が何故こんなことをしているのか、という目だ。北上はここから逃げたくなった。しかし、エリとリュウはそんな目を気にすることもなく、次の実験のことを考えていた。
「炉の安全さ確保するんには、やっぱりゲージの位置さ調整できる所がええな」
「それもそうかもしれんけど、炉の近くさかなり暑いんじゃないん? そうなると動物たちさ暑さで死んでまう」
「それもそうじゃな……。やっぱ何か防壁みたいなもんが必要じゃの」
彼らの様子を見て、北上はある意味でうらやましく感じる。それだけ肝の据わった人間になりたかった。そんな感情で溢れていたのだ。しかしそんな弱気なことを言っている場合ではない。今は数万人もの人間を生かすべく動いているのだ。
「それじゃあ、また特注する必要がありますね」
「んだな。それに、動物たちの世話の手順も確立しといたほうがよさげやな」
こうして北上たちは、赤熱発電に代わる新しい発電方法を模索していくことになる。結局、炉の周りには何重もの防護壁を展開させ、その周囲に数匹の動物を入れたゲージを設置。このゲージを炉に接近離脱させることによって、炉の出力を調整する。これは中央制御室にまで伸ばされた鋼鉄製のロープによって、手動で制御される。防護壁によって、ゲージが設置されている箇所は温度が二十五度程度で安定し、給餌がしやすくなるという利点が生まれた。どうにか形になったときは、期限の日であった。
「三人とも、二週間という短い期間でよくやっとくれた」
そう課長が労う。
「えぇ、本当に大変ですた」
「ま、完成には程遠いもんが、これから試運転じゃろ?」
「はい」
「そんなに緊張せんでも、結果はついてくる。自分さ信じることじゃ」
そして、二十四時間に及ぶ試運転が開始される。
「炉内部点火用意」
点火の号令がかかる。
「点火!」
これにより、炉に火が入った。そのまま技師たちは計器をチェックし続ける。
「炉内部圧力正常」
「炉温度二百度超。定格出力安定水準まであと五十度」
「水蒸気圧三十気圧突破。タービン回転数安定」
「電源接続、試験供給開始」
こうして試運転が行われる。結果から言えば、試運転は成功に終わった。計算によれば、発電効率は従来の赤熱発電の二倍と試算される。それにより、ナーカシの合同庁舎に存在するナーカシエネルギー調達部から、承認前臨時稼働が認められることになった。こうして、ナーカシ発電所三号機は正式に稼働を開始し、冬の間の電力およびエネルギー不足を解消することに成功する。
「なんだか長い戦いのような感じじゃったな」
「そうですね。かなり根を詰めてましたから疲れましたね……」
「んじゃ、今晩はうちの部屋でパーティじゃ」
「お、それもええな」
「それじゃ、早速買い出しに行きますか」
動力研究所から貰った謝礼を持って、三人は市場へと繰り出した。
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