第12話 開発

 食料事情も解決し、季節は秋から冬へと移り変わる。北風が強く吹き、寒さが身に染みてくるころだろう。住民の衣服も分厚い皮製のコートへと移り変わる。そんな中、ナーカシの合同庁舎にある行政執行部の面々は、非常に重苦しい空気に包まれていた。

「部長、何度試算しても結果は変わりまへんでした。これ以上は困難どす」

「やはりそんか……」

 執行部の面々が見ている資料。それはナーカシの動力研究所からの報告書であった。報告書には、時間の経過と共に折れ線グラフが下がっていく様子と、上がっていく棒グラフが書かれている。これが何を示しているかというと、ナーカシにおける総合エネルギー供給量と総人口のグラフである。総合エネルギー供給量は下がっているのに対し、総人口は月を追うごとに増えている。原因は一つしかない。

「南部からの避難民……か?」

「んです。ここんところの難民申請さ多くて、下の階もかなり混乱しとるようです」

 現在絶賛侵攻中のバベル軍が、スイフの南方で勢力を拡大させている。スイフとの一件で、電撃戦をやめて手厚く侵攻することにしたらしい。そのため南方では住民が追われ、北へ北へと逃げてきているのだ。その結果、スイフや周辺市町村のナーカシでも人口が大きく増えているのである。

「このままんじゃ死人さ出る。何とか対策させねば……」

 部長は頭を抱える。先に解決した食料難と合わせて、行政執行部は頭を抱える事情が何かと多い。このままでは部長のいう通り、冬を越せずに大勢の人間が寒さと飢えに苦しむことだろう。早急な対応が必要である。

「それに、組合からも良くない報告さ入っとります」

「なんだ?」

「帯熱黒石なんですが、ここ最近さ採取が芳しくないとの事です」

「帯熱黒石が? 大事な資源じゃぞ?」

 帯熱黒石はナーカシにおける重要なエネルギー源かつ輸出商品である。それが枯渇する恐れがあるというのだ。これは重大な問題に発展する。

「頭さ痛くなってくる……。何か対策さないか?」

「とは言われても……」

「我々では完全に手詰まりんす」

 文民の多い職員では、考えが固まってしまう。それに餅は餅屋という言葉もある。行政執行部はある判断をした。

「動力研究所に連絡、すぐに即効性さある対策をするように指示せい」

 こうして、動力研究所は重大な任務を負うことになったのだ。

「しかし、一体どうすればええんや……」

 動力研究所の研究員は頭を悩ませた。現在使用している発電所は帯熱黒石から発する熱を電気に変換する赤熱発電と呼ばれる方法を採用している。しかし、現在は帯熱黒石が枯渇するかもしれない状況だ。おいそれと帯熱黒石を使用できる状態ではない。

「こうなったら、知恵さ借りるしかなか」

 動力研究所は、組合に依頼を出す。その内容は、「赤熱発電に変わる、新しい発電方法」であった。早速この依頼書が掲示される。しかし、多くの組合員は興味を示さないか、いまいち要領を得ない回答が多かった。

 そんな中、北上たちはこの依頼書を見つける。

「動力研究所からの依頼……?」

「ほんほん……、新しい発電方法のぉ……」

「と言われましても、簡単には行かないでしょうね」

「いんや、考えんで! 早速動力研究所さ行くね!」

 そういってエリはさっさと組合窓口から移動する。リュウと北上は顔を合わせ、苦笑いしながらエリの後を追いかけるのだった。北上たちが動力研究所に到着すると、ちょうど見たことある人物が出てきた。

「あ、課長」

「おう、エリ君じゃなんか。どうしたんね?」

「組合の依頼書さ見て来ました。何か力さなれると思いまして」

「そいつはうれしいなぁ。ささ、中さ入って。寒かろうて」

 そういって北上たちは動力研究所の中に入る。研究所の一室に案内されると、暖かい飲み物が差し出される。

「そんで、何があったんす?」

「そんがな……」

 課長は事の経緯を話す。難民、鉱脈の枯渇、そしてエネルギー事情。

「今ナーカシはそげなことになってたんですかぁ……」

「赤熱発電以外に何があるんですか?」

「赤熱以外じゃと、水力かねぇ。川に設置する小型のヤツを五基ほど」

「それでも足りない、と?」

「んだ。じゃけぇ何かいい案さないかと考えておるんだが、これがなかなか思いつかんのよ」

 課長は頭をかく。その表情からは切羽詰まった様子が伺えるだろう。

「もしくば、他の何かに代用さ出来ればええんだが……」

「代用……か」

 その時、北上にあるアイディアが思い浮かぶ。

「僕の魔法で代用できれば、何とかなるんじゃないですかね?」

「魔法を代用?」

「そげなことできるんと?」

「できるかどうかは、やってみないと分かりませんが……」

 しかし、その前にやれることはやっておくべきだろう。

「例えば波力や風力、火力などは普通に代用できないですかね?」

「波力……というのは波の力か?」

「そうです。波の揺れからエネルギーを取り出すヤツです」

「うーん、しかし見たことなかもんは作れんな。ユウ君さ仕組みさ分かるか?」

「あー……。ちょっと分からないですね……」

「んならちょっち無理かね」

 波力発電は却下されてしまう。

「んで、風力というんは?」

「文字通り風の力を使うんです。風車の要領で、回転するエネルギーを電力に変換するんですよ」

「ほん。んで、必要な設備はあるんね?」

「そうですねぇ……。発電用のモータに風を受ける羽。羽を支える柱と土台ですかね」

「大きさは?」

「大きいものだと羽の長さは三十五メートルくらいでしょうか」

「三十五!? そげな大きなもんは作ることすら出来ん!」

「だとしたら小さくする必要がありますね……。小さいものなら四、五メートルでしょうか」

「ううむ。それだけなら問題なかろうが、小さくなる分には数を増やさんといかん。今のナーカシの技術力は、残念じゃがそこまでではない」

「それじゃあ、ダメかぁ……」

 風力もダメとなれば、残りは火力になる。

「火力なら問題はないんですか?」

「火力……というんなら、今の赤熱発電は水蒸気さ発生させてモータん回し、発電する。これに似てるんじゃなかろうか?」

「確かにそうですね。その時に鉱脈で採取された帯熱黒石を使うんですね?」

「そうじゃ。これさ割って炉に放りこむんと、勢いよく蒸気さ発生すん。これで大体数年さ持つね」

「へぇ……。ん? じゃあ、しょっちゅう帯熱黒石を採りに行かせてるのはなんでですか? 数年も持つならそんなに頻繁に採取しなくてもよくないですか?」

「研究用じゃ」

 そういって課長は茶をすする。

「んまぁ、この赤熱発電さ一番効率がいいんだ。燃料、設備の大きさ、そんで火力。三拍子そろったいい発電方法なんじゃ。じゃが、この発電方法がまた厄介でんな。ロクな対策さ取らんと、簡単に人さ死ぬんじゃ」

「どういうことですか?」

「分からん。じゃが一つ言えるのは、魔法で自分を防護せんかったヤツらは確実に死ぬっちゅうことじゃ」

「それはなんというか……、大変ですね」

「じゃけぇ、人が簡単に死なん比較的安全な発電があれば良か」

 そうなると、なおさらこのアイディアが使えるかもしれない。

「そうなれば、やっぱり僕の魔法を使うのが一番では?」

「んでも、ユウさ四六時中発電所にこもるなんて出来んよ?」

「せや、人間さ限界がある。ユウ君の提案さ魅力的じゃが、そうほいほい人間を使って発電するんはまた別問題のような気がするんじゃ」

 課長のいうことも分かるだろう。やっていることは、奴隷が過酷な労働をしているのと同じなのだ。技術とは本来、人間の作業を代替する手段のことである。それを人力でやってしまっては元も子もないのだ。

「じゃが、赤熱発電を転用した発電方法というのはアリじゃけぇ。その方向で進んでいってほしいとは思うんじゃ」

「となると、火力発電かぁ……」

 北上は頭の中で、どのような方法が使えるかを考える。普通にお湯を沸かせるのも問題ないだろうが、そのエネルギー源はどこから供給するのかという壁にぶつかるだろう。ここで一つ、北上にある疑問が発生する。

「そういや、魔力ってどうなってるんですか?」

 その質問に、その場にいる全員が首をかしげる。

「魔力? そげなもんってあったかん?」

「いや、うちも知らんし」

「俺も知らんなぁ」

「え、魔力なしで魔法使ってたって事?」

 魔法を使うには、魔力が必要なはずだ。その魔力がないということは、何かしら別の力が存在しているに違いないだろう。

「んにかく、何か案はなか?」

 魔力の件は横に置かれ、課長から責め立てられる。

「んー……。そうなれば、魔法発動を代行する機械でもあればいいんですけどねぇ……」

「魔法を代行……? それはいい考えかもしらん。しかし、本当にそのような機械があるという話さ聞いたことなか。つまり、それを我々が一から作らんといかんのじゃ」

 課長は少し暑くなりながら話す。機械がなければ作るしかない。まさに技術者の考え方だろう。

「しかし、動力研究所の人間では開発は困難じゃ。そこでだ、君たちに魔法発動を代行する機械を作ってほしい」

「え? うちらが?」

「せや。開発期間は、大体二週間といった所じゃろうか。開発するには手の空いている職員さ使ってもえぇ。最大限のサポートさするつもりじゃ」

「んでも、うちらそういうのさやったことないんす。急にやってくれ言われても出来ませんよ」

「それはそうかもしらん。我々も心苦しい。んだがそれでもやってもらいたい」

 そう言って課長が頭を下げる。ここまでされると、正直困惑する。そして困惑したエリが口走った。

「分かりました! やってやりますよ!」

「ありがとう……」

 こうしてエリの一声で、赤熱発電に変わる新しい発電方法の研究開発を請け負うことになってしまった。なお、この開発費用は全て動力研究所が受け持ってくれるらしい。ただし報酬はない。

「さすがに性急すぎやしませんかね、エリさん」

「んでも、困ってる人がいたら助けるんが組合やし……」

「エリさたまにこういう所出るけんな」

「うぅ……、申し訳なか……」

「まぁ、受けちゃったからには全力を尽くすしかありませんね」

「せやな。エリも落ち込んどらんで、気張ってき!」

 こうして北上たちは、動力研究所で使用されていない会議室を借りて開発をスタートさせた。まずは問題の洗い出しからである。

「まず魔法を発動させるのに必要なものさ何かを考えるべ」

「魔法発動に必要なものって、確か詠唱がそうですよね?」

「んだな。詠唱がなきゃ何も始まらんや」

「まずは一つやな」

 リュウが黒板に詠唱の必要性を書き込む。

「そういえば、ユウば詠唱なしでも魔法使ってなかったけん? あればどういう仕組みなんじゃろ?」

「あ、あー……。そんなこともありましたね……」

 バベル軍との戦闘の時に、無意識でやっていたことだ。確かにあの時は必死だったため、そんなことを考えている余裕などなかった。

「そうなると、詠唱は必ずしも必要ではないんか……?」

「いや、ここは確実性さ取っておきたい。詠唱は必ず必要じゃ」

 リュウが意見を押し切った。

「そのほか、何か重要なもんはなか?」

「それじゃと、魔法の持続も重要じゃな」

「確かに。誰かが魔法を行使し続けないと、発電することは出来ませんからね」

 下に、魔法の持続性について書き込んだ。

「とりま、この辺が重要案件じゃろ。この二つを解決せれば、何とかなるじゃろうて」

 こうして、問題点は洗い出せた。次はこれらの対策を考える。

「まずは詠唱の問題じゃけんど、どうすればええんで?」

「今度は詠唱する時の問題さ洗い出さなけんといかんな……」

「詠唱は、『天にまします』というフレーズを言わないといけないんですよね……」

「んだな。そうしないと魔法さ発動せん。じゃから必ず言わんといけんな」

 その旨の内容を黒板に書き込む。

「それに、魔法を発動したとしてんも、あまりにも遠いと魔法さ発動しん。じゃから、魔法は近くで発動せんといかん」

 これも黒板に書く。

「こうなると、魔法さ発動するのに、この声だけ必要になるんかの?」

「実際どうなんですかね?」

「これば分からん。詠唱発音者と魔法発動者が違うことで、魔法にどんな影響さ出るんか分からんな」

「そうなると、実験するしか……」

「せやな。んだら、早速実験するべ」

「実験って、なにさするん?」

「適当に小さな火でも灯せばええじゃろ」

 こうして、会議室で実験が始まった。エリが詠唱を行い、リュウが魔法を発動させるというものだ。

「んだら行くで」

「はい」

 エリは詠唱を開始する。

『天にまします我らの神よ、我に力を授けよ』

 ここでリュウが強く魔法を発動させるイメージを持つ。

『明かりよ灯れ』

 すると、リュウの手の中に小さな火が灯る。この実験結果により、他人の詠唱を利用して魔法を発動させる事は可能なようだ。同様の結果は、人を変えても変わらないらしい。

「となると、最初の詠唱だけ何かで代替すれば、人さいなくても問題はないんか?」

「そうなるんね」

「そうなると録音機とかがあれば便利ですね」

 北上がそのような意見をすると、エリとリュウはポカンとする。

「ろくおんきって何ぞや?」

「え?」

 思わぬ所で躓いた。録音機がなければ、遠隔で声を発生させることは出来ない。北上は録音機のことを説明する。

「なるほど、声さ保存していつでも聞けるようにするもんか……」

「そげなもんは見たことなかね」

「となるとこれも一から作る必要があるのか……?」

 そうなると、少々遠回りをする形にはなるだろう。しかし、これも目的を達成するための必要な研究開発の一つである。その時、エリが重大なことに気が付く。

「……そもそも、最初の点火の時だけ誰かが詠唱すれば問題ないんでは?」

 その言葉に、二人ともハッとする。確かに、炉に火を入れる時だけ生身の人間が詠唱を発音すれば、そもそも録音機というものが要らないのだ。

「それは盲点だった……」

「そんなら録音機は要らんことになるな」

「うん! 解決!」

 一つ目の問題はあっさり解決した。今度は次の問題である。

「次は魔法の持続性か……」

「魔法ば人がいるところ出ないと発動せんし、遠くで発動するにも限界さある……」

「人が炉に近い場所にいられる環境を作れればいいんですけど、それをするとまた余計に魔法が必要になってくるジレンマ……」

 三人は完全に悩んでしまった。人間が近くにいる環境を整えようとすれば、また別の魔法が必要になる。仮に魔法で環境を整えなくても、高温の熱に曝される可能性が十分にあるだろう。こうなれば手詰まりだ。

「なるべく人のいる場所を遠くにするのはどうでしょう?」

「いや、ダメだ。人によっちゃ、魔法の届く範囲さ異なる。十分な距離を確保して魔法さ届かんとなったらお手上げじゃ」

「それもそうじゃね……」

「そしたら、炉を物理的に多重構造で包み込むというのはどうでしょう? それなら、まだコストとかかかりませんし……」

「今の所、それしか方法がないようにも思えるの……」

 人間という生物を使う以上、効率は変動する。それに対して、工業製品というものは常に一定以上の効率を求めるものだ。個人の感情や体調一つで数千、数万の命が危険な状態になるのは、工業製品としては不合格である。そもそも、人間を工業製品の一部に組み込んでいる時点で失格ではあるが。

「まぁ、まだ二週間はある。この問題はじっくり考えていくしかなかろ」

 そうリュウが言う。彼の言う通りだろう。まだ時間はある。少しずつでも考えていくしかないだろう。この日はこれで終了した。

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