第10話 解読
その日はそのまま解散となり、スイフの図書館に移動するのは翌日になった。
翌日、合同庁舎前に集合した組合員は、スイフに向けて出発する。その日の昼頃にはスイフへと到着し、図書館へと向かった。
「図書館さ管理人はおりますが、司書さんがおりませんので情報ば全部我々が精査する必要があります。当然、並大抵の精神では太刀打ちさ出来ませんので、よろしくおなしゃす」
連絡員がそういって、注意事項を述べる。簡単に言えば、古文書は経年劣化で傷んでおり、慎重に取り扱わないとすぐに破損するため気を付けること。この図書館に所蔵されている本は全て重要文化財であるため、もし破損した場合は組合における重度の罰を与えられる可能性があること。
「ま、基本的には本の取り扱い方を間違わんければ、特に問題さないことですね」
簡単に言ってくれるものだ。それなら司書を雇ったほうが早いし安上がりだろう。北上はそんなことを思ったが、口には出さなかった。
そして図書館でも作業が始まる。北上たちは主に、出てきた情報を精査する側に着く。
「えーと、こん本はこの辺の近代の歴史についてか」
「これば何かん研究の発表資料やな。文字ばかりで目さくらくらする」
「すみません、この本の表題と内容を簡単に教えてくださいませんか?」
こんな調子で、北上たちは情報を整理していく。それと同時に、図書館の状態もだんだん分かってくる。一番多いものは、やはりスイフ周辺の土地に関する情報の本だろう。しかも、これが書かれたのは直近十から五十年程度のものばかりだ。この時代の本ならば、管理人が受け継いできた情報や経験があるため、どういったものなのかがだいぶ分かりやすい。
しかし、当然の如く問題も発生する。
「これらはどうにも信じがたいもんばかり書かれとる。正直、情報として扱ってもええんか判断しかねるん」
北上からしてみれば、どうにもオカルト臭漂う、かなり香ばしい情報ばかりだ。例を取ってみれば、スイフから歩いて一日程のところにある渓谷には、大昔の軍人が隠した膨大な財産が眠っているといった内容だ。徳川埋蔵金と見間違うような話だろう。
そんなものばかりあるため、情報整理の現場はだいぶ混乱した。正確には、一つ一つの情報が正しいのか間違っているのか、意見のぶつかり合いが発生してしまって、思うように整理が進んでいないというのが現状だ。これは北上に関与しないことなので放置している。
結局、最初の一週間はこの状態が続いたため、作業全体としてはまったく進まなかった。
しかし、時間が経過すると共に、これらの問題は解決に向かっていく。情報が交錯する現状を重く見た連絡員が、スイフにいる学者を呼んで丁寧に指導を行ったのだ。これにより、幾分かは作業がスムーズに動くようになる。
しかしそれでも、情報に信憑性や正当性が存在しない物も多く、ほとんどの情報は破棄される状態だった。これにより、直近五十年の本の多くは情報収集に値しないという結論に至った。
この報告を聞いた北上は、一瞬茶番でもやっているのかと思ったそうだ。しかし、この世界の人間にとっては、これこそが真実の一つであり、この世を構成しているものだと判断するのだろう。
「さて、この辺ば終わりかね。後はものすごい古い記録くらいしか残っとらんぞ」
そういって管理人の一人が奥のほうを見る。
そう、問題は直近五十年以前の古い本だ。古い本ほど図書館の奥に入っている上に、適当に置かれているため保存状態は悪い。しかも本を取り出してみると、ところどころ虫に食われていたり、劣化でページがめくれないなどの問題が発生する。
それでも、どうにかして解読を進めていくしかない。組合員総出で、この難所を切り抜けていこうと決意する。だが、すぐに次の問題が発生した。
なんと、書かれている文字が一切読めないのである。解読しようにも、現行で使われている文字とは異なる物を使用しているのだ。また、経年劣化や虫食いの影響で、まともに文字を読むこともままならない。
そのため、古い本からの情報収集は困難であると判断された。本を漁っていた組合員はこのことを報告するため、北上たちの元に向かう。
「なんばありました?」
「そんがのぉ、文字さ違うようでさっぱり読めんのじゃ」
「文字が違う?」
北上は不思議に思う。確かに地域によっては文字が異なることもあるだろうが、それは時間経過とその場所までの距離の大きさによって変化するものだ。北上の感覚で言えば、古典の授業が好例だろう。千年もの時間によって、日本語は大きく変化したのだ。
エリとリュウが本を覗き込み、読もうとする。しかし他の組合員同様に、その内容はさっぱり分からないのである。
「うちにも分からん……。なんじゃろこの文字……」
「なにかの暗号文ちゅうことはないか?」
「でもところどころは読めるねん。暗号ではなかとよ」
エリは北上に本を差し出す。
「ユウ、こん本読める?」
「と、言われましても……。皆さんが読めないのに、僕が読めるなんてこと……」
そんなことを言いつつ、北上は本を受け取る。するとそこには、驚愕の事実が書かれていた。
「えっ……? これって……」
そこには、「令応十六年度予算決算に関する報告書」と日本語で書かれていたのだ。
「これ……、読めますよ」
「なっ!?」
周囲の組合員がざわめく。当然だろう。今までこの世界の文字が読めなかった人間に、読める物が出てきたのだから。
「そんだば、ワシらに任せんでおまんが読んどくれ!」
「えぇ……」
北上は少し困惑したものの、他の組合員の後押しに負けて、図書館の最深部へと向かう。そこに到着すると、少しばかりカビの臭いがする。そして問答無用で連れてこられたのは、まさに本の情報を発掘する最前線であった。
「ここさある本ば、ほとんどさ読めねぇ。だけんおまんがこれさ全部音読さしてくれ!」
「ウソでしょ……?」
正直めまいがする。ざっと見たところ、一万冊以上あるのは確定だ。これを全て読むには、相当な時間がかかるだろう。ここで絶望していてはいけない。
「それじゃあ順番に読んでいきますね……」
北上は一冊目に手をかける。表題は「月刊理化学:犬と猫と人間の関係」である。一目で関係ない本であることが分かるだろう。次の本は「アニサキスは人類の味方」、さらに次の本は「コパノニッキーの風水辞典」であった。
「完全に関係ない本じゃん……」
しかし、これで少しは希望が持てた。題名が今回の食料難に関係しないものなら、自動的にはじくことができるからだ。次々に関係のない本をはじいていくと、とあるファイルを発見する。表紙には「スイフおよび周辺市民の食料備蓄に関する書類」と書かれていた。
「あった! 食料に関する本はこれだ!」
その場にいた組合員は声を上げる。北上は早速中身を見てみた。
そこには、令応三年において決定されたカロリーベース総合食料自給率低下に伴い、将来的な食料確保を目的として、概算百万人が一か月生存できる程度の食料を備蓄する旨の情報が書かれていた。スイフおよび周辺市町村に住む市民に対して、災害時などに配布する緊急用の食料確保を行うという名目で備蓄されたらしい。
「百万人じゃと? そんなにあったら、食糧難は回避できるかもしれん」
「最低でもこの冬さ乗り越えられるじゃろ」
「んで、場所さどこだ?」
「えぇと、場所は……」
北上は紙を慎重にめくり、目的の項目を探す。途中、紙同士が張り付いている所もあったが、なんとか目的の項目を発見した。
「『この食料を保存する場所の第一候補は、ツチューラ駐屯地とする』……。ツチューラ駐屯地ってどこですか?」
「ツチューラっつうと、南部の農場近くじゃな」
「こっから歩いて一日はかかるな」
「とにかく、これは有益な情報じゃ。早速上に上げてくるで!」
そういって組合員の一人が走り去っていく。その間にも、北上は他になにか手がかりがないものか探す。しかし本の山は有象無象の塊であり、その全てが完全に関係あるものばかりではない。むしろ無関係な物ばかりだ。
それでも、北上は自分にしか出来ない仕事であるという意識を持って、本の捜索にあたった。
途中休憩を挟みつつ、数日が経過する。この時点では、関係ありそうな本が六冊も見つかった。ここで、北上はある提案をする。
「組合員の皆さんにも、本を探す手伝いをしてもらいたいのですが」
さすがに、本の山を一人で仕分けるのには限界があった。仮に本を拾って関係ある本かどうか判断する作業を十秒で行ったとしても、一万冊もあれば十万秒、休憩なしでざっくり一日以上かかる。当然休憩を挟むので、そう簡単には終わらない。
そこで、今回発見した関係ありそうな本から、似たような本を探し出してもらうのだ。それを北上が精読し、本当に関係あるかどうかを確認する。こうすれば作業の手は進む上に、北上の労力も多少は改善するだろう。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
見本用にこれまで見つけた本を組合員に持たせて、図書館内の捜索に充てる。組合員はこれを参考にして、似たような本を持ってくることだろう。
十分程度で早速本を発見したようだ。表題は「スイフ周辺における食料自給」と書かれていた。
「これは関係ありそうですね。ありがとうございます」
北上は早速中身を確認してみる。確かに、スイフやナーカシでの食料に関する統計や問題点について書かれていた。しかし、肝心の備蓄された食料の行方については書かれていなかった。
「これは外れか……」
しかし幸先が良い。この調子なら、もっと多くの本が見つかるだろう。そう北上は期待した。しかし、その後持ってこられたものは、スイフ役所の議事録、人口の統計資料、挙句の果てには役所公認の料理本まで出てきた。
「やっぱり無関係なものも多くあるなぁ……」
一応持ってきた本には目を通すものの、残念ながらめぼしい情報は見つからなかった。今のところ有益な情報は、ツチューラの駐屯地にあるという百万人分の食料だけだ。
関係ない本に目を通していると、エリとリュウがやって来る。
「ユウ、調子さどうばい?」
「ちょっとお堅い文章読んでたせいか、少し頭が凝り固まってきましたよ」
「それはちょうどよか。実は連絡員さんが来てな、ひとまず図書館での捜索活動を一時中断して、ツチューラに向かってほしいって言ってるんや」
「ナーカシやスイフにしてみれば、すぐにでも食料さ確保しておきたい所じゃろ。まずはこん情報さ正しいんか確かめる必要ばあるかい」
「となると、遠征ですか……」
「んなるね。遠征担当ばうちらの担当じゃから、すぐにでも準備に入ってほしいと」
「分かりました。他の組合員に話しておきますね」
「いんやそれは大丈夫。うちらがしとくから。もう準備さ終えてるんじゃ」
「僕の準備さえ整えば、すぐに出発できると」
「そうじゃ。じゃけぇ、はよ行ってき」
そう言われて、追われるように図書館を出る北上。そのまま宿へ直行し、荷物をまとめる。すぐに図書館に戻ると、エリたちは荷物を持って北上のことを待っていた。
「そんじゃ行くべ」
こうして北上たちは、一路ツチューラへと向かう。ツチューラまでは、スイフから伸びる街道を歩けば到達できるらしい。しかし、北上たち三人は誰もツチューラまで行ったことがない。
「でも街道を通っていけば、問題なくツチューラまで行けるんですよね?」
「そうは聞いとるが……」
「まぁ、もし分からんくなったらその辺の農家にでも聞きゃよかろ」
曖昧な感じで、ツチューラへと歩みを進める北上たち。しばらく歩いていると、スイフの隣町までやってきた。この辺からは土地のほとんどが農場であり、周辺市町村に食料を供給している。
「この辺までは問題なさそうやな」
「この辺もバベル軍の侵攻さ受けたんかな?」
「それはこの辺の人んに聞けば分かるんやろうけど、それは今回の目的さ関係なかと」
「そうですね。とにかく先を急ぎましょう」
北上たちは先を急いだ。しかし、夏が過ぎたとはいえ残暑厳しい季節である。ただ歩いているだけでも大量の汗が吹き出す。もちろん水分補給は欠かせない。
「魔法があっても、やっぱりキツいですね……」
「ま、魔法さ万能ではなか。科学技術も使っていかんとうちらはすぐに全滅じゃ」
魔法は万能ではない。確かに、以前のバベル軍の侵攻でも魔法攻撃に限界を感じていた。しかし北上は分かっていない。北上の魔法は世間一般の人の魔法より強力である。それは初めて魔法を発動したときのエリたちの反応で分かるだろう。
その日、夕方になるまで歩き続けた。そして日が完全に暮れる前に、野営のためにテントを張ろうとする。すると、そこを通りかかった農家が声をかけてきた。
「おまんら、もしかしてスイフから来よったんか?」
「えぇ、そんですが……」
「だったら、今すぐ帰んな」
「……へ?」
急に知らない人から警告された。
「どういうこっちゃ?」
「ここさバベル軍の連中が徘徊しとる場所じゃ。下手なことさすれば、すぐに連中に知られる。組合員と知ったら、それこそ殺されるじゃろうな」
ここで三人は顔を合わせる。せっかくここまで来たのだから、このまま帰るのはもったいないだろう。しかし、バベル軍の軍勢にたった三人では太刀打ちできない。北上は農家に一つ尋ねた。
「僕たちツチューラに行こうと思ってるんですけど、そこにはバベル軍はいますか?」
「ツチューラ? あそこばバベル軍の中継地点さなっとるね。そこに突っ込むんは命捨てることになるさね」
完全に詰んでしまった。このままツチューラに進めば、確実にバベル軍に轢き殺されるだろう。
「どうすん? このまま行ってもバベル軍にさやられるで?」
「だが食料が存在するんや。簡単にさ引き下がれないじゃろ」
「でもこの話が本当だとしたら、かなり不味いのでは?」
北上たちは、進むか戻るかの決断を迫られる。その時だった。遠くの方から巨大な足音が聞こえてくる。
「この音は……?」
「なんば嫌な予感さするんじゃけど……」
そこに現れたのは、いつぞやで見た巨人兵であった。表面の石材や木材、全体のシルエットに見間違いがなければ、これはアダ=チク師団所属のものであるだろう。
「隠れるべ!」
リュウの指示によって、北上たちは近くの草木の裏に隠れる。巨人兵は先ほどまで北上たちがいた場所に近づく。そこには、微動だにせずにいた農家の人がいた。巨人兵はその人に問いかける。
「おい、ここさ人おらんかったか?」
「……さぁね、あたしゃ最近物覚えが悪いんでな」
「ふん、そげな態度も今だけじゃ」
そういって巨人兵は去っていく。なんとか危機を脱した北上たちは、農家の元へ行く。
「ありがとうございます……」
「あたしらにはあんたらの活動さ関係ないが、バベル軍はあんたらよりひどいことを平気でする連中じゃ。そんなら、最後まで抵抗するんが筋じゃ」
北上たちは、農家に挨拶をして来た道を引き返す。先ほどの巨人兵が戻ってくる可能性も捨てきれないからだ。本当は休みたい所だが、とにかく遠くに、ひたすら遠くに逃げる。そして朝日が昇るころには、スイフの南側まで来ていた。
「……今回の件、どげん報告しようね?」
「そら、普通にバベル軍のことさ話すんが一番じゃろ……」
「それが手っ取り早い気もしますね……」
こうして、北上たちはそのように報告をするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます