第9話 異変
それから幾分かの時間が過ぎる。その間にもいくつもの依頼を受けて、そして達成した。
そして季節は暑苦しい夏から、北風の寒さを感じる秋へと変化する。その頃になれば、北上の生活は安定し、だいぶ軌道に乗り始めていた。
「ん、んー……」
この日は遠征帰りで、久々に自宅のベッドで寝ていた。
「んぁ……、もうこんな時間か……」
この日から休息日ということで、エリやリュウも休んでいる。せっかくの休みなのだから、何かをしたほうが有益だろう。
「……部屋の掃除でもするか」
入居してから、まともに生活すらしていない部屋であるが、人がいる所にはゴミが出る。当然埃なども溜まっているわけで、場所によってはうっすらと埃が積雪のようになっていた。
さすがに埃を吸い込むのは健康上悪いことなので、簡単ながら掃除をする。
「えぇと、雑巾はどこだったかな?」
押し入れの奥にしまい込んだ雑巾とバケツ、魔法で水を生成すると、そのまま水拭きをする。とりあえず、目につく場所はすべからく拭き取った。
「あとは、余計な荷物を片づけて……」
床やベッド周りに散乱している衣服や、依頼の際に使用した道具などを片づけていく。衣服はそもそもあまり持たない主義であるため、さほど多くはない。問題は道具のほうだろう。
「これ前に使ったけど、また使うかもしれない……。こっちもこっちで、また使うかも……。これはまだ使えるし……」
結局、道具に関してはほとんど処分できなかった。しかし、整理を行ったことで部屋の中はすっきりとする。
「さて、この後はどうするかな……」
外を見てみれば、まだ太陽は沈んではいない。
どうしようかと考えた時に、北上は空腹であることに気が付いた。
「せっかくだから、今日は自分で料理するか」
いつもなら、市場の露店で出来ているものを買って済ませているのだが、この日はなんとなく自炊しようと考えたのだ。
善は急げと言わんばかりに、北上は市場へと向かった。
市場は北上の部屋から歩いて十五分ほどの所にある。ナーカシでは唯一の食料市場とも言えるだろう。そんな市場を歩いて回る北上。
「うーん……。肉もそこそこあるから、簡単な焼肉なら出来そうかな」
そんなことを考えながら歩いていると、向こうの方から見たことある人影が見える。
「あ、ユウ!」
「エリさん」
「こげな所で奇遇じゃな。何か探しとったんか?」
「いえ、今日はたまに自炊でもしようかと思いまして」
「ええやん。いつも屋台の肉ばっか食べてよるし。よし、うちも手伝っちゃる!」
「いや、別に大丈夫ですよ……」
「せっかくの自炊じゃ、パーッといかんとな!」
そういって、エリは北上の手を引っ張って市場を練り歩く。良さそうな食材があれば、どれが新鮮なのか吟味し、たまには屋台料理を味わって自炊の参考にしたりする。
北上から見れば、やっていることはウィンドウショッピングや、デートのそれに近いものを感じた。
そんな中、エリの行きつけだという八百屋に向かう。
「こんちはー」
「おぉ、エリちゃん。今日ば何買いに来たん?」
「特に決めとらんけど、知り合いさ連れてきたんよ」
「ほう、後ろの兄ちゃんかい? まぁ、リュウ君さ比べたら少し細い感じばするけんな」
そんな会話をしながらも、エリは野菜を見ていく。すると、あることに気が付いた。
「おん? なんか野菜さ値段ちょっと上がっとらん?」
「エリちゃん鋭いんなぁ。実はそうなんじゃ」
「何かあったん?」
すると、店主は少しばかり暗い顔をする。
「それがじゃな、スイフやナーカシん食料ば、南方の大規模農場で栽培しとるんじゃ。んだけどもな、ここ数年でも一番になるくらいんの干ばつが起きちょるようなんじゃ。水さなければ作物は育たん。作物ば育たんければ、不作として貯蓄しちょる作物ば放出するほかなか。今ば値段上げるだけでなんとかしちょるが、これがいつまで続くんか分からんのじゃ」
小売店にしてみれば、悲痛な叫びなのだろう。肝心の商品がない上に、農家自身も自分の生活がある。値段を上げてでも対処しなければ、生きていけないのだろう。
「んまぁ、不作ば今に始まったことばないが、この調子なら今年の冬は厳しいもんになるじゃろうて」
「んかぁ……」
エリも少し困った顔をする。人間は自然に勝てない。その前提で人間は生きていくしかないのである。
「ワシはまだ伝手ばある。なんとか冬さ越せるように、準備するつもりじゃ」
「そうじゃね。それが一番や」
この店では白菜のようなものを買って帰ることになった。
「そういえば、南部ってバベル軍に占領されてなかったっけ?」
「んぁー、どうなんじゃろ? 迂回路とかあるんかな?」
北上たちは知らないが、バベル軍はとある場所に沿って一直線に進軍していたため、農場を占領せずにいたのだ。当然、このことは彼らが知る由もない。
自宅に戻った北上は、白菜のようなものと道中で買ったこま切れ肉を使って、よく食べていた鍋を作る。
細長く切った白菜と肉を交互に重ね、それを鍋にミルフィーユ状に敷き詰めていく。ここに、これまた買ってきたブイヨンのようなスープを加える。これを火にかけ、数十分も煮込めば、簡単な白菜のミルフィーユ鍋の完成だ。
本当だったら、ここにポン酢があればもっと良いのだが、残念ながら存在しない。とりあえず、市場で売っていた醤油のようなものを少しだけ薄めて食べることにした。
「うん、味は悪くないけど、やっぱりポン酢だよなぁ……」
北上の自炊は、少ししょっぱい形で終了した。
それから数日後、とある依頼を達成してナーカシに帰還した北上たちを待っていたのは、とんでもない知らせであった。
「大変じゃ! 南部ん農場で飢饉が起きちょった! 食料が底をつくかんもしれん!」
そんなことを組合の窓口前で話す組合員。
「あの店長の言う通りになってきましたね……」
「いんや、この手の噂は尾ひれがついてるもんじゃ。しばらくは様子見したほうば良さげじゃね」
エリがそのようにいう。しかし、想定は予想外の所に行く。
それは、北上たちが夕飯を食べに市場に向かった時だった。なんと、噂は町の住人にまで広がっており、市場での買い占めが発生していたのだ。
「想像以上に大変なことになってませんか……?」
「んあ、こげん大変になってきた……」
エリの行きつけの八百屋へ急いでみると、そこには店じまいをしている店主がいた。
「店長!」
「ん? おぉ、エリちゃん。どないしたん?」
「どないも何も、何さ起きとるんですか!?」
「エリちゃんも知っとるやろう。不作ん噂が大きくなって買い占めさ起きたんじゃ。皆大金はたいて食料さ備蓄しようとしちょるん」
「んでも、全部が全部なくなるなんて……」
「エリちゃん、こん噂は広まったら最後なんじゃ。誰か止めようとしてんも、誰にも止められん。今さ混乱が収まるまで耐えるほかなか」
そういって店主は店を去った。
エリは何か言い返したかったのだろうが、言葉が出ずに肩を震わせている。
「エリ、ユウ。俺らも何か食料買わんと食うもんがなくなるんぞ」
リュウの言う通りだ。今食料を買わなければ、誰かが余分に食料を買ってしまう。それを防ぐためにも、今は無茶でも買い占めをしなければいけない。こうして負の連鎖は続く。
「分かっちょるよ」
エリは涙声であったが、すぐに調子を取り戻す。
それから市場を駆けまわったものの、結局まともに食料は買えなかった。屋台飯すらも買い占めが起こっており、当分はまともな食事すら出来ないだろう。
翌日、事態を重く見たナーカシの行政から、必要以上の買い占めを行わないように、住人に要請が入った。また、食料を十分に確保するために、定期的に行っている配給の量を少し減らすことも決定される。
当然、この決定に反対する動きも出たが、組合員がそれを鎮圧するのだった。
「今日はこれだけか……」
北上は配給された食料を見て、少しばかり落胆する。今回の配給は、パン一個と栄養調整食品数個であった。いくら食糧難だからとはいえ、これが二日分となると、かなり厳しいものだろう。
実際、今回の不作と飢饉、そして買い占めが発生したことで、冬から春にかけて流通するはずだった穀物類が枯渇した。これによってナーカシはさらに配給を厳格化。長蛇の列に並んでも、貰えるものはわずかな量でしかなかった。
そんな中、組合から組合員に対して緊急招集が行われる。当然、招集内容は今回の食糧難についてだ。
「えー、皆さんお忙しいところ集まっていただきありがとうございます」
今回の依頼主であるナーカシの行政長が挨拶をする。
「今回の依頼は他でもありまへん。今回の食糧難、ひいては起こるかもしれん大飢饉に対処するために集もうてもらいました」
行政長は一度組合員を見渡し、言葉を続ける。
「ナーカシやスイフには、ある都市伝説が流れとります。『とある場所には大量の食料が隠されている』と……。本来なんらこんなアホみたいな言葉は、行政としては跳ね返す必要さありますが、今回ばかりは頼らざるを得ませぬ。とある筋の学者……とはいってもその辺の三流学者ですが、彼が言うには『古い文献ん中に証拠が示唆されとる』と主張しておるんです。本当ばやりたくはないんですが、この主張に賭けるしかなかとです」
行政長の表情はひどく険しかった。このような陰謀論を信じたくはなかったのだろう。
「似たような事例に、災害時に石碑などを目標に避難すんと、生き延びる確率さ上がるという経験則が存在しやす。今回さそれに乗っかりましょう。古文書や石碑、そういったものから食料を見つけん。まずさそういうもんから探りましょう」
こうして役割分担のために、組合員が振り分けられる。北上たちは、スイフにある図書館で文献を漁り、実際に現地に足を運ぶ実働隊の役割を担うことになった。
「うちらさこの役割になったんが、情報さどう集めんね?」
エリが尋ねる。それに答えたのは、行政の
「まぁ、君たちんが出るんはしばらく後になるじゃろう。まずさスイフの図書館で文献をあさるチームさ加わってほしい。情報さまとめる作業を手伝って、集まった情報さもとに現地に出るんじゃ」
「それ、仕事の量多いのでは……?」
北上の突っ込みもむなしく、連絡員はそのまま次の作業のために離脱した。
「ま、そういう星の運命じゃ」
リュウが肩を叩く。
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