第8話 遭遇
徒歩数時間。スイフからナーカシへと帰還した北上たち。
ようやく古巣に戻ってきたという感じである。
「んんー! やっぱこっちのほうが居心地いいばい」
「ま、そんも人それぞれじゃけんな」
エリとリュウがそんな話をする。
北上も、何か故郷に帰ってきたような、そんな雰囲気を感じ取っていた。
「んじゃ、いったん組合さ寄るべ」
エリの一言により、ナーカシの合同庁舎へと向かう一行。
六階に上がると、北上は少し人の数が少ないように感じた。
「んにちはー」
そんなことはお構いなしに、エリは受付に声をかける。
「はい、何でしょ?」
「さっきスイフからの依頼を終了しまして戻ってきた所なんです」
「あら、そうでしたん? でもスイフでの依頼さ報酬ば即受け渡しで、こちらで処理することさ何もないですよ」
「そうなんですか? そら失礼しました。じゃ、何か依頼でも探してますわ」
そういってエリは北上たちのもとに戻る。
「ここでスイフでの依頼に関する書類さ何もないから、今日は何か依頼がないか確認して帰るべ」
エリの提案により、依頼ボードを確認することになった。しかし、相変わらず北上は文字が読めないため、エリとリュウが選んだものしか選べないのである。
「うーん、今日の分はあらかた受理されとるから、あんまり良いもん選べんなぁ」
「しゃーないじゃろなぁ。じゃけんまた明日来んべ」
そういって、北上たちは合同庁舎を後にする。
「んじゃ、また明日な」
「はい。また明日」
そういって北上はいつもの通り、組合の宿泊所を利用しようとした。
その時、エリが声をかける。
「まって、ユウ。ユウばまだ宿使ってるん?」
「え、そうですけど……」
「そろそろ自分の部屋さ持ったほうがええんちゃう?」
「部屋?」
「そいもそうじゃな。いつまでも宿泊所を使うんも、負担になっちまうかんな」
エリの言葉にリュウが乗る。
「そうじゃ! 明日ば依頼じゃなくて部屋さ探すべ!」
エリがそう提案した。
「そんな簡単に部屋なんて見つかりますかね……?」
「大丈夫じゃ。うちに知り合いの不動産屋さおるねん。明日ばそこにいくべ」
結局流れるように、翌日の予定を入れられた北上。
そのまま翌日になり、組合の前に向かう。
「ユウ! 今日さ部屋見に行くべ!」
「あぁ、はい。分かりました……」
確かに、生活していくには住居が必要だ。昔から満足な生活を送るには、衣食住が大切と言われている。今はその「住」について探そうとしているのだ。
早速、エリがおすすめする不動産屋へと向かった。
「ここばうちが部屋さ探す時にお世話になった店じゃ」
そんなことを言いながら、エリは店内へと入っていく。
「お邪魔せやーす」
「おん、エリちゃんやないか。どないしたん?」
「今日はうちの班の人さ部屋紹介してもらおうちょ思って」
「はぁはぁ、そうかい。んなら気合入れていかんとな」
そういって、相談用のテーブルに着く。
「ほんで、予算や部屋の広さとか希望さある?」
「あ、いえ……。特にないんですが……」
「でもユウばまだ駆け出しなんで、お金さそんなにないんですよ」
「なるほど……」
そういって店員は紙にメモをする。
「となんば、少々遠くなりやすが、北部の郊外辺りが現実的でしょう」
「どのくらいかかりますか?」
「まぁ、歩いて二十分といった所っすね」
微妙な距離だなと北上は思う。
「郊外に出ますと家賃さ一気に安くなりやすんで、それに合わせた部屋さ紹介しますね」
そういって店員は裏のほうへと消えていく。
「良い部屋見つかるとええね」
エリがそう話しかけてくる。
しばらくして店員が戻ってくると、いくつかの物件情報が記載されている紙を北上に渡した。
「今の条件さ考えると、この辺りさ良かと思いやす」
「……えーと」
ご存じの通り、文字が読めない。
それを察したのか、エリが通訳をしてくれる。
「これさ南向きの部屋やね。こっちば角部屋やね。うちはこれがよさそうやけど、どうじゃろ?」
「どうと言われても……、実際に見てみないことには……」
「んでしたら内見しやすか? 今日なら空いてるんですが……」
「じゃあ、お願いします」
こうして北上たちは郊外にある部屋へ、内見に行くことになった。
移動はもちろん、徒歩である。ここのところ戦闘続きと、往年の運動不足が祟り、全身が痛みに襲われている。
「ユウ、大丈夫?」
「……平気です」
「そう……」
北上がそう言うならと、エリは下がる。しかし心配はしているのか、時折北上のほうを見るのであった。
数十分ほど歩いた所で、目的地周辺に到着する。
「んじゃま、まずは一つ目の部屋に向かいましょか」
最初の部屋は、ナーカシの中心部に向かう道路に面していた。
「この部屋ば利便性さ高いですが、部屋が少しばかり狭いんすね」
そういって店員が申し訳なさそうに言う。
部屋自体はワンケーのようで、リビングが少しばかり狭く感じる。
「まぁ、部屋の狭さはどうでもいいんですが……」
もともと八畳の一室に引きこもっていた北上にとっては狭い場所には慣れている。
「いや、部屋さ大きいほうがえぇ。組合員ば何かと物に溢れるねんな」
リュウが持論を展開する。確かに、エリの部屋も物に溢れていた。
「んなら次の部屋さ行きますか」
そういって次の物件に向かう。
「次はこちらになりやす」
しかしアパートに入る前に、ここで一つの問題点が発生する。
「ここのアパート、形がいびつですね……」
見るからに、道に合わせたような台形のアパートがそこにあった。
「まぁ、土地ん関係でしょうな。この辺ば人が住むには良い感じですからな」
そういって部屋に入る。当然、部屋の中もいびつな台形をしている。
その影響か、若干部屋は広く感じた。
「まぁ、見た通り変な形ん部屋ですが、それなりには広いとは思んます」
言われればその通りだが、少々騙されているようにも感じるだろう。
「どうです?」
「どうです、って言われても……」
北上にとっては、まだ決めかねていた。
「とりあえず、最後の部屋に行きましょうか」
こうして最後の部屋へと向かった。
「ここさ部屋の広さも収納も十分でさぁ。ただ来るまでが大変でんな」
店員の言う通り、この部屋はナーカシの中心に向かう道路から一本外れた場所の、さらに入り組んだ場所にあった。
しかし、これまでの部屋に比べれば、一番広く感じるだろう。
「ここ良いな……」
「おっ。ユウばここがええんか?」
エリが詰め寄る。
「まぁ、他の部屋に比べたら、ですけど」
「ここ、家賃いくらでしたっけ?」
そういってエリは、店員が持っていた部屋の情報を見る。
「うん、この家賃ならユウでも十分さ生活できるんよ」
「そうかな?」
確かに、ここに何かしらの魅力を感じる北上。
そして決断する。
「部屋、ここにします」
「ここでええんですか?」
「はい」
「そんなら店舗に戻って、正式な契約さしましょう」
そういって、そのまま店員は来た道を戻ろうとする。
その時、北上は通りの向こうのほうが気になった。
何かの確信があったわけでもない。むしろ心霊的な何かに誘われたのかもしれない。
「あの、店に戻る前に良いですか?」
「はいはい? 何でしょう?」
「ちょっとこの辺りを散策したいなぁって。ほら、道とか入り組んでますし」
「そんですねぇ。場所ん把握ば重要ですし、散歩程度なんいいでしょう」
こうして一行は、北上の新しい部屋の周辺を散策することになった。
周辺の様子を観察してみると、意外と森林が多いことが分かるだろう。
「昔からこの辺りは、何かといわくつきの場所さ多いんでさ。もちろん、今回のお部屋ばそういったことさ一切関係ないんだばさ」
「いわくつき、というのはどういうことですか?」
「んまぁ例えば、あり得ない所に人ん姿さ見たとか、聞いたことさないような音が聞こえてくるっちゅう話ですな」
「なんとも心霊的な話ですね……」
それと同時に、北上はこのような場所で暮らすことを考えると、少しだけ寒気を感じた。
しばらく周辺を歩いていると、ふと小さい崖のような場所があることに気が付く。
「この辺さ土地が凸凹しとるんでさぁ。夜フラッと出かける時さ気をつけんとあっという間にあの世ですぜ」
「そんは恐ろしげな……」
エリが若干怖がっている。
「んでも、崖までさ行けないように周辺ば区画整理されておるし、道さえ間違わんければ普通の場所でっせ」
そんなことを店員が話す。
北上は試しに、近くにある崖に接近してみた。近くには、ロープと看板が立っているのが見える。崖下から見上げる崖は、巨大な壁を思わせるだろう。
看板には何かの文字が書いてあるが、相変わらず読めない。しかし、エセ日本語のような文字なので、ところどころ読めるだろう。
「崖……よ……落……注意……?」
「『崖により、落石注意』じゃ。ユウ、おまん文字読めるようになったんか?」
「いや、まぁ……」
リュウが解説してくれたのはいいが、文字がなんとなく読めるのは、また一つの発見と成長なのだろう。もともと日本語に似ていたというのも、解読できた一つの要因だと北上は思った。
その時、北上の耳に何か音が聞こえてくる。
『生存者……ハッケン……。トリアージランク……緑……』
まるで、北上のすぐそばにいるような聞こえ方だ。北上はおもむろにそちらの方を向いた。
そこには雑木林しかないように見える。
しかし声は続いていた。
『本部応答……三百四十……ナシ……。単独……プロトコル起動……』
確かに声は聞こえる。
北上は、なんとなく声のする方に向かってみた。
「お、お、ユウ? どした?」
リュウの制止も聞かず、とにかく歩いて行ってみる北上。
背の低い草木をかき分け、まっすぐ声のする方へ進む。
するとそこには、木の取り込まれた人型の姿が見えるだろう。
「こ、これは……!」
よくよく見てみると、北上のいた時代で話題になっていた接客ロボットのような見た目をした何かがあった。
『プロトコル始動……対話モードに入りマス……』
ロボットの目が一度消えると、数秒後に青く光る。
『こんにちは。私は汎用人型ロボット、CCX-5000シリーズのフィアです』
流暢な日本語による自己紹介だ。
北上が驚いて固まっていると、そこにエリたちがやってくる。
「ユウ、何しよって……、なにやこれ!?」
『あぁ、そちらの方たちは後任者ですか』
「ちょっと、何を言ってるんですか?」
北上はようやく口を開く。
『いえ、こちらの話です。さて、このモードが起動したということは、私の本来の機能が使用できないということでしょう』
「本来の機能?」
『私、汎用ロボットとして開発され、任務を与えられました。それが被救護者の救助支援です。生身の人間が入れないような過酷な環境下で救助を行える、そんなロボットになります』
「はぁ……。それで、そんなロボットがどうしてこのように?」
北上は今のロボットの現状を確認する。
『客観的に見ますと、どうやら樹木に取り込まれているようですね。おそらく、長い時間動作しなかったことにより、自然と一体化していたようですね。これが本当のSDGsでしょうか』
フィアが大笑いする。
正直、笑いのセンスがしっくり来ない北上であった。
『まぁ、そのようなことは置いといて、あなたに一つお願いがあります』
「僕にですか?」
『えぇ。とても重要なことです』
フィアは、かろうじて動いている左腕を使って、自分の胸部を開く。
『ここに、私たちが大切にしている物があります』
胸部の小さな扉が開くと、箱のような物を取り出した。
『私たち汎用ロボットが、生存者の中でも一番生存率が高いと判断した人物にお渡しするものです』
「そんなもの、どうして自分に?」
『あなたは知っているでしょう。かつての生活を』
「かつての生活?」
それを聞いて思い出すのは、自分が生まれ、育ち、そして引きこもった町のことである。
『あなたはこれを持つのにふさわしい。どうか、これを持った意味が分かる時まで、大切に保管してください』
フィアが腕を伸ばして、北上に箱を預ける。そして北上は、その箱を受け取った。
「これって――」
北上が箱の詳細を聞こうとフィアに声をかけると、そこには目の光を失ったフィアだった物があった。
「最後の力さふり絞って、ユウに何か遺したんじゃろう」
そうリュウが呟く。
北上はフィアから貰った箱をまじまじと見る。ボタンと思われる物が一つついているだけで、それ以外は何もない、白い立方体だ。
試しに、北上はボタンを押してみる。すると、カチッと音がして、ボタンのある面が開いた。
中には一般的なプラスチックカードと、石のような何かが入っていた。
「なんだこれ?」
北上は中身を取り出して、よく見てみる。
カードのほうは、保険証やクレジットカードと同じサイズと思われる。ICチップと磁気テープがついているタイプのものだ。
「なんでこんな現代的なものがあるんだろう……」
北上は不思議に思いながらも、今度は石の方を見てみる。
石とは言っても、そこらへんに転がっているようなものではなく、綺麗に成形され、白濁した宝石のようなものを連想させられる。理科の授業でやった、石英と言えば分かりやすいだろうか。その石の中に、きらめく何かを見ることができるが、それが何なのかは分からない。
「……とにかく、大切に持ってろって言ってたし、持ってるか」
二つの物品を箱の中に戻した北上は、箱を自分の背嚢の中にしまうのだった。
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