第7話 戦闘

 組合員が前線を目指して移動している頃、アダ=チク師団は後方で待機していた魔法連隊が魔法で先制攻撃をするため、詠唱を開始していた。

『天にまします我らの神よ、我に力を授けよ』

『天雷』

 これによって、戦線上空に積乱雲が発生。雷が落ちやすい条件となる。

 そして実際に、いくつもの雷が落ちた。

 平地にいくつかの雷が落ち、その度に強烈な音と衝撃波が組合員のことを襲う。

 周辺は平原であり、避雷針のような背の高い物体はない。あるとすれば、少し遠くにある森林くらいだろう。

「全力で抜けんぞ!」

 組合員の一人が叫ぶ。

 実際、組合員の数人が雷の餌食になっている。北上はその場で頭を抱えた姿勢を取ろうとしたものの、この状況では出来ないことに気が付いた。

 だが、いくら魔法だからといって自然の力を使用している限り、限界というものはある。

 この雷による攻撃のうち、上手く平地に落ちたものは、全体の三割にも届かなかった。雷のほとんどは積乱雲の中で発生、落雷しても半分以上は森林のほうへ流れていったのだ。

 それでも、前線となっている平地に落ちただけでも十分だろう。結果的に、アダ=チク師団の歩兵連隊の士気向上にはなった。

「構うな! 突撃!」

 組合員は、果敢にもアダ=チク師団へと突撃を敢行する。

 それを見たアダ=チク師団は、歩兵連隊を向かわせた。

 そして両者は邂逅する。

「リュウ! あれ行くばい!」

「了解!」

 エリとリュウが互いに手を近づけ、魔法を発動する。

『天にまします我らの神よ、我に力を授けよ!』

『ターヘーヨーの嵐!』

 すると、その場に突風が吹き荒れる。しかもただの突風ではない。地面に転がっている石、敵味方の持っている武器道具、挙句の果てには人が立っていられずに吹き飛ばされるような猛烈な風だ。

 しかし、この突風の影響は短く、ほんの十秒もしないうちに止んでしまう。それでも敵の前線を押し返す程の強烈な風は、敵に心理的なダメージを与えることに成功した。

「今じゃ! 続けぇ!」

 組合員が突撃する。そのまま歩兵連隊との交戦だ。

 しかし、当然ながら組合員のほうが圧倒的に数が少なく、とてもじゃないが対等に戦える相手ではない。

 手慣れの組合員は四、五人を相手に戦っているようだが、北上は一人を相手にするので精一杯である。特に囲まれてしまってはパニックになってしまうため、隙を見て逃げながら戦っていた。

 この戦い方、実は戦術的にも正解に近いとされている。逃げ手である北上に対して、接近してくる敵は一様の身体能力を有していない。そのため、自然と個人差というものが発生する。つまり自然と一対一の戦闘を行えるということである。

 それに北上は、先ほど嵐を吹き荒らしたエリやリュウよりも強力な魔法の使い手である。身体強化の魔法と、圧縮空気を併用した戦い方をしていれば、彼に敗北の二文字はない。

 しかしそれは、一度たりとも失敗しないという条件付きではあるが。

「うわっ! わわ!」

 北上の行く手行く手を阻むアダ=チク師団の歩兵連隊。北上はどんどん囲まれて行ってしまう。

「ヤバい、このままじゃ袋のネズミだ……!」

 周囲を見渡しながら、逃げ道を探す北上。しかし、戦闘という慣れない行為をしているがために、次第に悪い方向へと向かっていく。

 そして最終的には、完全に包囲されてしまった。

「ユウ!」

 エリが北上の元へ行こうとしても、その間を阻むように歩兵連隊がウジャウジャと出てくる。

 北上はその場で固まってしまう。この状況から打開できる方法を探る。

「野郎共! かかりぇ!」

 歩兵連隊が、北上に襲い掛かった。

「ユウー!」

 エリの声が木霊する。

 敵の攻撃を食らう。その瞬間であった。

「諦めるもんかー!」

 北上は全身全霊をかけて、魔法を発動する。

 しかも無詠唱で。

 北上は全力でジャンプすると、その足元に周囲の空気をかき集める。範囲は北上がジャンプした足の下数センチ、周囲数十メートルだ。

 空気をかき集めた瞬間、気圧の変化によって、敵は一同にずっこけるように見えるだろう。

 反対に、北上は圧縮した空気を自分の足の裏に集中させ、そのまま風船に入れた空気を抜くように慎重に解放する。

 それによって、北上の体は十数メートルの高さにまで上昇する。

 そのまま空中に投げ出された北上は、今度は空気の密度が高い場所を作って、クッション替わりにする。これによって、比較的安全に着地することができるだろう。

 当然、クッション替わりにした圧縮空気はそれなりの熱を持っているが。

「熱っ!」

 とにかく、敵の密度が薄い場所へ着地することに成功した。

 そして北上は、魔法の扱い方もだんだんと慣れてきたことを実感する。

「この世界の魔法は物理現象を捻じ曲げるのではなく、あくまで物理現象に従った上で、あり得ない現象を引き起こしているんだ」

 理解してしまったら、もはや戦場は彼のものになる。

 しかし、そうは問屋が降ろしてはくれない。アダ=チク師団は、圧倒的な数量を用いて組合員へと迫る。それに必死に抗う組合員。

『水泡!』

『竜巻破断!』

『土流!』

 それぞれが得意の魔法を行使して、歩兵師団の猛攻を食い止める。

 特に顕著なのが、北上たちの班だろう。

『投石!』

 エリとリュウは協力して、歩兵連隊に攻撃を加える。その様子は長年連れ添った夫婦のような雰囲気を感じることだろう。

 一方で、圧倒的な攻撃力を行使している北上。使い勝手の良い圧縮空気を使用した、変幻自在な攻撃によって、歩兵師団のことを翻弄する。さらに無詠唱で魔法を行使しているおまけ付きだ。

「ふんっ!」

 圧縮空気を一方向にのみ放射する、いわゆる空気砲は、とにかく圧倒的な火力を有していた。火は一切使用していないが。

 さらに北上は、空気の気圧差を利用した身体に効く攻撃も行う。厳密に言えば、自分自身を除く直径数十メートルの範囲を標高八千メートル級、気圧にして0.4気圧以下にまで減圧している。

 これにより、山でいう所のデスゾーンを作り出す。こうすることで、周囲の人間は急激に高山病を発症、まともに戦闘できなくなるというものである。それに、急減圧と急加圧を繰り返すことによって、人体に深刻なダメージを与えることができるのだ。

 正直、戦闘中の北上はこのことにまったく気が付いていないが、自身の周囲の気圧をグッと下げると敵の歩兵がどんどん倒れていくという、経験則的な手段によってこの方法を編み出した。

 こうしたこともあって、組合員は圧倒的な数的不利でありながらも、どんどん敵は数を減らしていく。

 最終的には、組合員のほうが優勢になった程度である。

 しかし、アダ=チク師団はまだ諦めてはいないようだ。

 後方から、土煙を上げて何かがやってくる。

 それは石と木材で出来た偶像。いや、巨人兵であった。

 北上の理解でいう所の、外骨格搭乗型パワードスーツである。厳密に言えば、木材と石を組み上げ、それを搭乗者が魔法によって制御している。

 しかし、そんなことを知る由もない北上たち組合員は、それを見て驚愕する。

「あれってゴーレムってヤツ?」

 北上の認識はそのようなものであった。どちらにせよ、体格の大きい人型物体が出てくれば、そちらのほうが有利に戦闘は進む。

 組合員のほとんどが怖気づく中、勇猛果敢に前に出たのは、当然のごとくエリとリュウであった。

 前線に出てきた巨人兵の一体に対して、左右両方から接近するエリとリュウ。

空斬くうぎり!』

 そのまま風属性に相当する魔法で、巨人兵を切り裂く。

 しかし、材料に石を使っているからか、特にダメージらしいものは入っていないように見える。

 逆に、巨人兵が二人に対して拳を振るう。

「ガァ!」

 正面から拳を食らってしまう二人。北上は二人に駆けよる。

「大丈夫ですか!?」

「うちは大丈夫……。リュウば?」

「大丈夫じゃ。しんかし、あんなもんまともに食らったら、命ばいくつあっても足りんぞい」

 普通の人間よりも巨大な体をしているからこその攻撃力。リュウの説明には謎の説得力があった。

 しかし、この巨人兵を倒さない限りは、スイフは簡単に攻め込まれてしまうだろう。

 北上はこの後どう動こうかと考えていたところ、自衛団のコバがやってくる。

「おまんら、伝令じゃ。北側に出現しとったバベル軍が、いよいよスイフに肉薄しとるそうじゃ。自衛団の戦力のほとんどばそっちに行ってしもうた。苦しい状況じゃろうけど、ワシらでここを抑えるほかなか」

 悪い知らせだった。戦況は思わしくなく、かつこれ以上の増援も見込めないという宣告に他ならなかったからである。

 つまり、今残っている戦力で対抗するしかない。

 それでも北上は諦めなかった。

「僕たちでなんとかしないといけないのなら、僕が前線に立ち続けます」

 一週間前、この世界に来る前の引きこもり生活をしていた頃の本人とは違う。みなぎる勇気と燃え上がる決意を抱いた戦士がそこにいた。

「僕が道を作ります。皆さんはそれを起点に突撃してください」

 そういうと、北上は瞬間移動の如く巨人兵に突撃する。

 そのまま、回転する空気の塊を巨人兵にぶつける。

 しかし、それだけでは威力が足らなかったのか、それとも巨人兵の造りが頑丈なのか、ダメージが入っているようには見えない。

 北上はダメージが入ってないことを確認すると、そのまま巨人兵の横を通り過ぎる。巨人兵はその巨体ゆえ、北上のスピードに追いつくことは出来ない。

 巨人兵の後ろへ走った北上は、そのまま背後から攻撃を仕掛ける。

 それは、空気の塊を圧縮に圧縮した岩のようなもの。総重量一トン。さらに、圧縮による圧縮熱も持っている。

 その空気の塊を、目標の巨人兵の直上で生成する。

 そして北上は、その空気の塊を振り降ろした。

 莫大な熱量と、圧倒的な空気の密度によって、巨人兵の姿勢は崩されることだろう。

 しかしそれでは足りない。姿勢を崩しただけで、大きなダメージは入ってないことが伺える。

「だったら!」

 姿勢を立て直した巨人兵が、北上のほうを向く。それに合わせて、北上は自分の手の中で空気を圧縮する。

 不必要な熱は捨てて、塊と化した空気を回転させる。

 そして手のひらを巨人兵へ思い切り向けた。その姿は、かつての国民的アニメの必殺技を思い浮かべることができるだろう。

『螺旋空気砲!』

 手のひらから放出した空気の塊は、鋭利で回転する、まさにドリルのような状態で巨人兵に衝突する。

 空気自体が持つ質量と、北上が与えた回転力によって、巨人兵の装甲に値する石はものすごい勢いで削れていく。

 そして最終的には内部に侵入して、内側から瓦解した。

「よしっ」

 北上は手ごたえを感じた。空気を使う戦法が正しかったということが、かなりの自信を持たせてくれたのだ。

 しかし、北上の喜びを遮るものがいる。

 もちろん、巨人兵だ。撃破した時の、一瞬の隙を突いた状態である。

 北上は、条件反射的にその場から離れた。

 巨人兵の拳が振り下ろされ、地面に凹みをつける。それだけでも、地面を揺らして一瞬動きが止まってしまう。

 だが、北上は手慣れたもので、空気を使って自由自在に前線を駆け巡る。北上の魔法は厳密に言えば、空気を噴射して体の動きを制御するものではなく、空気に押してもらって動きを制御するものだ。

 当然、北上の体自身は素のままであるため、無理やり体を動かそうとすると、最悪の場合車に衝突されたような状態になる。

 そのため、北上は自分を中心として空気を集め続け、動きたい方向の空気の吸引を止めるという方法で高機動性を出していた。

 何体もの巨人兵の隙間を縫って背後に回り込むと、北上は必殺技同然で螺旋空気砲を放つ。

『螺旋ッ空気砲ッ!』

 両手で同時に二つの螺旋空気砲を放ち、二体同時に撃破する。

「なんじゃ、ありゃあ……」

「やっぱユウばすごい力持っとるばい……」

 それをリュウやエリ、他の組合員やコバが見届ける。

 だが、それでやられるアダ=チク師団ではない。

 突如として、巨人兵の上空から火の塊が落下してくる。

 それらは組合員はおろか、巨人兵まで巻き込む大規模なものだった。

「回避! 回避ー!」

 巨人兵の指揮を取る兵士が声を張り上げる。

 北上はドーム状の空気の層を作って、自分自身を守った。

 それはまさに、火の雨と言っても過言ではない。周辺を文字通り火の海にし、敵味方関係なく攻撃されている。

 北上はアダ=チク師団のほうを見る。そこでは、後方に待機している魔法連隊が魔法を行使している姿を見ることができるだろう。

 北上は悟った。アダ=チク師団は、目的を遂行するためには、敵味方関係なく攻撃するものであると。そして、それが強さの秘訣でもあると。

 魔法連隊のことも気にはなるものの、今は目の前にいる巨人兵を何とかしないといけないだろう。

 幸い、先ほどの火の雨の攻撃によって、巨人兵の何体かは絶賛炎上中だ。一方で組合員のほうは、何人か負傷者が出ている上に、周辺を火に囲まれているため迂闊な行動は出来ない。

 北上は巨人兵の戦力を削ぐべく、足元に突撃する。

 急加速をした北上の動きについてこれるはずもなく、巨人兵は北上の螺旋空気砲によって真下から破壊される。

 次の攻撃に移ろうとした瞬間、今度は大粒の雹が降ってきた。大きさを見てみると、ゴルフボールよりもさらに一回り大きいサイズである。

 こんなものが頭にでも命中すれば、当然の如く簡単に死ぬ。それに、こんな巨大な雹は空気の盾では防ぎきれそうにない。北上は破壊された巨人兵の隙間に身をよじらせ、何とか雹を乗り過ごそうとする。

 雹による攻撃も、おそらく魔法連隊によるものだろうと北上は考える。

「こっちからも何か攻撃したほうがいいか……?」

 しかし、空気の塊では簡単に分散してしまうため、遠距離広範囲の攻撃には向いていない。 

 となると、物体としてあったほうが攻撃としては最適だ。

 その時、北上は思いついた。

「石を投擲すればいいのか……」

 幸いにして、材料の石ならそこらへんに大量にある。それに石でなくとも、降ってきた雹を使えば、無駄なく使いまわしができる。これこそまさに、持続可能な社会の一環であろう。

 そうと決まれば、実行に移す。近くにあった巨人兵の残骸から石――というよりかは岩――を砕いて、握りこぶしくらいの大きさにする。

 それを圧縮空気の力を使って投射する。気分はさながら、迫撃砲を使用する歩兵の気分だ。

「それっ! 十連発だ!」

 横並びさせた石を順番に発射させていく北上。

 しかし、たった一人では攻撃力に乏しい。これが数十、いや百もあれば、簡単に制圧することが可能なのだろうが、今はそうも言ってられない。

 雹の勢いは衰えることを知らず、だんだん強烈になってきた。その間にも、戦闘不能になる組合員は次々と出る。

「こうなったら、もうゲリラ戦闘しか方法はないのか……?」

 今の北上には、考える余裕などなかった。

 とにかくこの場を死守して、スイフにアダ=チク師団を入れないようにするので手一杯である。

 さらに運悪く、雹を降らせた積乱雲から雷の音が聞こえてくる。このままでは、魔法で雷を操られ、ここら一帯に攻撃してくることだろう。

 もはや一刻の猶予もない。今すぐアダ=チク師団を止めなければ、スイフが、いやナーカシを含めた周辺地域の安全保障が全て大変なことになる。

「せっかくの異世界での生活なんだっ……。存分に味わいたいだろっ……!」

 実に安直な考え。しかし、異世界物で小説を書いていた人間としては、まさに一つの夢が叶ったと言っても過言ではない。

 とにかく北上は、片っ端から石を投射し続ける。それはまさに、石の弾丸を放つ機関銃のような様だ。

 気が付けば、組合員のほとんどが地に伏せている状態だった。エリとリュウも、多少傷を負っていて、戦闘は不可能な状況である。

「くそっ、ジリ貧か……」

 北上は、組合員の撤退を支援すべく、下がろうとした。

 その時である。急に魔法連隊からの攻撃が止んだ。

「なんだ? 急に静かになった……」

 よくよく見てみると、アダ=チク師団全体が動いているようだった。しかもそれは、進軍ではなく、撤退のようだ。

「……どういうことだ?」

 北上はいつでも攻撃ができるように、戦闘状態を維持しながら様子を伺う。

 しかしその後、アダ=チク師団からの攻撃は一切来なかった。

「どういうことやけんね?」

 北上のもとにやってきたエリが聞く。

「僕に聞かれても、よく分からないというのが本音ですが……」

「とにかく、何とかなったっちゅうことやな」

 果たして本当にそうだろうか。

 そんな考えが北上の脳裏をよぎるが、それでもなんとかなったという安心感のほうが大きかった。

「おい、おまんら。アダ=チク師団が下がったんけ。こっちも下がんぞ。怪我人の手当ささせねばならん。人手が足りんのじゃ」

「分かりますた」

 そういって北上たちは、手負いの組合員を連れて、東側の見張り台に戻っていくのであった。

 †

 東側の見張り台に戻ってきた組合員は、スイフの自衛団に応急処置をしてもらう。

 とはいっても、簡単な傷の手当てや修復をしてもらうだけで、根本的な治療には至っていない。骨折などは尚更だ。

 北上たちはそこまで深い怪我は負っていないため、自分たちで簡単な処置をする。

「しかんし、急にアダ=チク師団ば撤退したんは何だったんじゃろうか……」

 リュウがそんなことを話す。

「それは誰も知らんね。まぁ、アダ=チク師団やバベル軍に聞けば分かることじゃろうけど」

「そういえば北側のバベル軍の攻勢はどうなったんでしょう?」

「うーん、こっちさ情報来るのに、時間ばかかるけんね。夕方くらいんには来るんじゃなかろうか」

 エリが治療用の軟膏を自分の腕に塗りながら、そんなことを言う。

 確かに、伝書鳩でも馬でも使えば、それなりに早く情報を届けられる可能性はある。

 だが、北上はこの世界に来てから、そのような類いの動物を見ていない。

「全部魔法で代用しているのか……」

 魔法で伝令を伝えられるのなら、その方法に最適化した手段が採用されているはずだろう。しかし、この世界に来てからそのようなシステムは見受けられなかった。

 そうなれば、何かしらの制約が存在するに違いない。

「ユウ、何さ考えとるん?」

 急にエリから声をかけられる。

「あ、いや! なんでもないです……」

「今日のことでなんかあったん?」

「それは……、まぁ、まだ魔法って未知のことばかりなんだなぁって思いまして……」

「んかな? まぁ、確かに魔法ば難しい所もあるに、未知っちゃ未知の現象じゃな」

 エリはとぼけるように言う。

 この世界で生きてきた人間でも、分からないことは当然あるだろう。

 そんなことをしていると、すでに太陽が沈みかけていた。

 すると、そこに伝令が飛び込んでくる。

「伝令ー! 北西方向のバベル軍さ撤退した模様!」

 その声に、自衛団の人や組合員が騒ぎ出す。

「そいつはほんまか?」

「あぁ、何度も確認した。間違いない情報じゃ」

 自衛団が大声を出す。

「……つまり、バベル軍が全体的に後退したってことですかね?」

「おそらくそういうことじゃな」

「この期に及んで、バベル軍が何さ考えとるか分からんが、ひとまずは喜んでもええじゃろう」

 リュウは少し安堵する。それを見た北上も、緊張の糸がほぐれたのか全身の力が抜けた。

「今回ばかりば敵のおかげさんで助かったな」

「しかし、急に撤退したん、何があったんじゃろ?」

「アダ=チク師団の損害が大きかったんじゃないですかね?」

「んな適当な理由で撤退ばせんよ」

「そうですかね……?」

 何はどうあれ、とにかく命だけは助かったのだから喜ぶべき所だろう。

 こうしてスイフに対するバベル軍の侵攻は、一時的だが一方的な停戦という形になった。

 翌日、スイフ役所に集められた組合員たち。

 会議室の壇上に上がるのは、スイフ役所の職員である。

「皆さん、お疲れさまでした。皆さんさ活躍により、バベル軍の猛攻を退けんことが出来ました。ありがとうございます」

 パラパラと拍手が起こる。

「そんで、皆さん気になる報酬のほうなんですが、全員一律で報酬さ与えようと思います。割に合わない人さいるかもしれんですが、そこはご勘弁くだせぇ」

 そういって組合員は順番に報酬を受け取っていく。

 北上たちも受け取って会議室を後にする。

 念のため中身を確認してみると、そこには一と書かれた紙幣が三枚入っていた。

「こんなに貰えるんか!」

「こげんなら十分に生活できるばい」

「あ、そんな感じなんですね……」

 見るからにテンションが上がっているエリとリュウ。それに対して、額面の価値がいまだ把握出来ていない北上は、少々戸惑うのであった。

「とにかく、こんで依頼さ達成じゃな」

「せやな。そんじゃま、ナーカシさ帰るべ」

 そういって、北上たちはスイフを後にして、ナーカシへと帰還するのであった。

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