第5話 依頼

 この世界に来てから四日目。

 朝日に照らされて目が覚めた北上。

 荷物をまとめて部屋を出る。

 合同庁舎に向かうと、そこには前日と同じように、エリとリュウがいた。

「おはよ、ユウ」

「おはようございます」

「んだば、今日も依頼ば受けるべ」

 組合の依頼ボードの前に行く。

 すると、エリがあるものを発見した。

「これ、スイフ役所の公式依頼書だべや……」

 そういって指さしたが、当然北上には何が書いてあるのかさっぱり分からない。

「えっと、なんて書いてあるんですか?」

「んと……。『対バベル軍偵察任務』じゃて」

「バベル軍って、昨日話してたあの?」

「んや。まさか隣町の組合んまで応援要請してくるんとは思わんかったばい」

「スイフもなかなかんに厳しい状況ったことばいな……」

 この時、北上に思う所があった。

 バベル軍の話を聞く限りでは、その行為は非人道的である。北上の中では、それらに対抗するイメージが沸々と沸き上がっていた。

「これ、受けましょう」

「んー、別に問題ばなかろうて。じゃかってユウがどうなんかじゃが……」

「僕は問題ありません。むしろこれが良いです」

「せか……。なら文句ばなかと」

 そういってエリは、スイフからの依頼カードを受付に渡す。詳細の書かれた紙を受け取り、内容を一読する。

「スイフでの偵察依頼やな。戦闘行為の可能性ばあるんけぇ、問題はなかと?」

「あぁ」

「大丈夫です」

「んだら、これに決定べな」

 そういって正式に依頼を受けることになる。

 そうなれば次は準備だ。スイフはナーカシから南西に十数キロメートルの所にあるらしい。

 当然、スイフに向かうだけでも半日はかかるだろう。そして、スイフに到着してからの食料と水を用意しなければならない。ただし水は魔法で生成できるため、そこまで用意しなくても問題はない。

「準備は問題なか?」

「大丈夫じゃ」

「こっちも問題ないです」

「じゃかば、スイフさ行くべ!」

 こうして、スイフまでの徒歩の旅が始まった。

 とは言っても、未踏の地を進むわけではなく、すでに整備されている道に沿って進んでいくだけである。

 道が整備されているだけ歩きやすいため、今の北上にとってみればとてもありがたいことだ。

 川沿いを進むこと数時間。日が真上にまで登ってきたころ、道の人通りが多くなってきた。

「もともとスイフば経済や技術が発展してんて、そんだけ人口も人通りも多いちゅうわけば」

「へぇ……」

「特に経済力ば桁違いでな、ナーカシも帯熱黒石ば輸出してるくらいじゃけん」

「そんなにすごいなら、自衛できる力もありそうですけどね」

「そんがそうとば行かんのじゃ」

 リュウが会話に入ってくる。

「確かにスイフば自衛団を持っちょるが、バベル軍にば勝てんほどのもんじゃ。特別スイフ自衛団が弱いちゅうわけちゃう。バベル軍ばそんだけ強いんつうことじゃ」

 バベル軍は一癖も二癖もある存在と言うのは分かった。

 そんなことを話しているうちに、一行はとある橋に差し掛かる。

「ここからスイフの領土になるん橋じゃ」

 それは鉄骨で出来た、立派な橋である。スイフは技術力も高いと聞いたが、まさにその通りであろう。

 その鉄骨橋を渡ると、スイフの中心街へと入っていく。

 中心街の喧騒は、まさに都会のそれと言っても過言ではないだろう。

「んば、まずは役所に行って説明を聞く必要ばあるたい」

 一行はスイフ役所を目指して進む。

 中心街を抜けた所に、スイフの役所は存在した。ナーカシの合同庁舎と比べると、スイフのほうがいくらか大きいように見える。

 役所の中の案内を頼りに進むと、とある会議室に到着した。入口には、役所の職員らしき人が立っている。

「対バベル軍偵察任務さ受ける方です?」

「んだ」

「ではもうすぐさ説明会が始まりますん、中に入ってお待ちくだせぇ」

 三人はそのまま中に入る。

 会議室の中は椅子が無数に並べられており、とにかく収容人数を達成するために大量に置いているような状態だ。

 その七割が、すでに来ていた組合員の人で埋まっている。

 三人は、話が聞きやすいであろう、中央前方よりの場所を陣取った。

 それから少しして、職員の方が前に立つ。

「えー、これから対バベル軍偵察任務に関する説明会を始めさせて貰いあす。組合ん皆さんにば、現在スイフ南部ば侵攻中のバベル軍の偵察任務に従事していただきやす」

 そこまでいうと、壁に張ってある地図を使って説明を続ける。

「現在の所、バベル軍は南部の町、バラキさ完全に掌握したんと思われます。現在ばスイフ自衛団さ監視に入っとりますが、事態ば急を要するん考えられます。そこで組合ん皆さんにば、この前線付近さ行ってもらい、偵察任務ばしてもらうことになってます」

 説明している職員の方が、手元の資料をよく見る。

「えー、あくまで主目的ば偵察であるからして、戦闘ばなるべく回避してもらいたい所であります。また、組合ん皆さんの班があるば思いますが、その班ごとにスイフ自衛団偵察隊の団員さ配置させてもらいます。これば情報の一元化をするためと思てください」

 ここまで説明したあと、職員の方は会議室を見渡す。

「ここまでで質問等ばありましょうか?」

 特に声は上がらなかった。

「ま、この説明ば終わった後に質問等出てきましたら、自衛団本部まで来ちょってくんれ。作戦開始ば二日後。それぞれん班の受け持ち場所と団員割り当ては、明日には掲示出来やすんでそれをば見てくだせぇ。では、こちらで班の受付ばいたしやす」

 そういって順番に、班の構成を聞かれる。班の人間の名前を記入すれば、この説明会は終了だ。

「とりあえず、どこんになるんか分からんちょね」

「ま、明日さなれば分かんべ」

「せやな。今日ばもう宿に泊まんかぁ」

 北上たちの名前を記入し終わった後、近くの宿に入る。

 エリは一人部屋、リュウと北上は二人部屋で寝ることになった。

 リュウと北上が部屋に入り、荷物を整理する。その時リュウが問いかけた。

「そういやユウや、お前さん本当にどこから来たんや?」

 今の北上にとっては、あまり答えたくない所である。

 しかし、ここは異世界のはずなので、元の世界の名前を言っても問題はないだろう。

「僕は、日本って所に住んでたんです」

「二ホン? 聞いたことなかん地名やな……」

 どうやら日本という地名は通じないようだ。

 その後もいくつか質問を受けるものの、リュウとしてはどれも思い当たる節がないようだ。

 そして北上としてはある確信を持つことになる。

「ここはやっぱり異世界だったんだ……」

 鬱陶しかったあの世界ともおさらばというわけである。ただ、未練がないわけではない。

 書き残した小説もあるし、したいこともいくつかあった。しかしそれらは、引きこもり状態だった北上では成しえなかった事であるだろう。

 そんなことを思いながら、北上はベッドの中に入り、夜は更けていく。

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