第4話 採取

 翌朝、太陽の日差しとともに目が覚める北上。

 荷物――とは言ってもほとんどないに等しいが――をまとめて、宿泊所を出る。

 合同庁舎の前には、すでにエリとリュウが待っていた。

「ユウも来たけ、早速依頼ば受けんね」

 組合のある六階に向かい、依頼を確認する。

 依頼は、受付の横に張られている依頼ボードに大きく張り出されている。そして、受けたい依頼の番号カードを受付に持っていけば、依頼を受けることができるのだ。

「さてさてさて、今日ばどげん依頼ばあるかいなー?」

 エリは、依頼の張り出しを眺める。

 残念ながら北上は文字が読めないので、エリたちが持ってくる依頼を正直に受け入れるしかない。

 そしてエリがある依頼を持ってきた。

「今日ばこん依頼にした。ナーカシ動力研究所の依頼じゃ」

「動力研究所?」

「それば後で説明すん。受付に行って依頼ば受けんちゃ」

 依頼カードを受付に渡すと、詳細が書かれた書類を渡される。

 エリが気をきかせて、概要を話してくれた。

「今回ん依頼ば、こんから二時間くらいば歩く場所にある鉱脈でん採取ぎゃ。そこである石を採取してきくりゃええべな」

「とある石ですか……」

「それも後で説明すんば。特に問題なきゃ?」

「まぁ、採取なら問題はないかな……」

「んだば、これにしやす」

 こうして依頼を受けることになった。

「今回ん依頼ば採取やから、そげん準備せんでも問題なかと。でも一日がかりの依頼になるば、食べもん用意せんとな」

 そういって町で主に食料を用意する。また、軽装である北上のことを心配して、エリとリュウが作業用の服と靴、その他必需品を買ってくれた。

 そのままナーカシを出発する。

 その道中、エリが北上の疑問に答えてくれた。

「まず動力研究所つうんば、言葉通り、動力に関することんばしてる研究所やね。最近ばいろんな科学技術も研究してるらしいばい」

「へぇ……」

「一応ナーカシんば、技術ばそこそこあるほうけんね。他の町さ技術ん輸出して、外貨獲得しとる」

「そうなんですか」

「んで、今からうちらが採りに行く石つうんば、帯熱黒石たいねつこくせきて言うんば。これも文字通り、熱ば帯びた黒い石で帯熱黒石んぎゃ」

「なるほど」

「ただ、今から行くん所ばちょっくら面倒な場所になっててな。なんの対策ばせんと、数日の内に死んでまう場所なんや。じゃから、入る前んに準備が必要になってくるんば」

 こうして数時間ほど歩くと、目的地近くに到着する。

 そこには立て看板が設置されており、何やら警告文のようなものが書かれていた。

「これにば、『この先死亡する恐れあり、要注意』って書いてん。じゃから魔法んで防護する必要さあるんね」

 そういってエリとリュウは、魔法を発動する。

『天にまします我らの神よ、我に力を授けよ』

『目に見えぬ弾丸より、我を守りたまえ』

 すると、何かベールのようなものが出現し、二人の体を包んでいく。

「これで問題ばなか。ユウもやってみ」

「はい」

 二人と同じように魔法を発動すると、何か温かみのあるものが北上の体を包み込む。

 これで何らかの魔法が発動しているらしい。

「よし、こんでこの中さ行けるば。ちゃちゃっと依頼さこなすべ」

 エリが先頭になって、危険地帯に入っていく。

 そこから再び数十分ほどの時間歩き続ける。起伏の大きい場所であり、次第に疲れも見え始めた。

 そして、ようやく目的地に到着した。

 海岸線沿いに、小さな山――もしくは丘――がいくつか存在している。

「あの小さな山になっているんが、目的の鉱脈ばい」

「こんな海岸線に鉱脈なんてあるもんですかね?」

「あんまり聞いたことはなか。んでも確かにそこば帯熱黒石ばあるんね」

 普通は海岸線に鉱脈など存在することはないかもしれない。しかし、現実には存在するのだから、世の中は不思議である。

「んば、もう少し歩くばね」

 そういって山まで歩いていく。山に近づくと、北上はある事に気が付いた。

「なんだか暑くなってきましたね」

「そりゃそうぎゃ。この鉱脈の半分ぐらいが帯熱黒石で出来てん」

「この山の半分がですか?」

「んや。じゃけん適当に掘っても帯熱黒石ば出てくんや。けんど適当ば掘ってたら山ば崩れるんで、山頂から掘るように決められてるんば」

「へぇ……」

 関心しながらも、その鉱脈の山へと登っていく。そして山頂に着いた。

「んー、着いたばい。こっから採取やな」

「俺の出番じゃな」

 そういってリュウが肩を回す。

「魔法を使って採掘するんですか?」

「いんや、普通に道具ば使って掘るんぎゃ」

 リュウが背嚢から取り出したのは、組み立て式の小型シャベルであった。

 それを地面に突き刺し、エリが持ってきた土嚢に土を入れていく。

「この土の中に、帯熱黒石ば入ってん」

 そういって、土嚢いっぱいに土を入れると、何やらエリが何かの準備を始める。

「帯熱黒石ば熱を持っとることんばさっき説明したんが、存在自体が厄介でんな。そのまま持ち出すことは危険やし禁止されてるんや。そこで魔法ば使って害んないようばするんね」

 そういうと、魔法を発動させる。

『害なす弾丸よ、封じ込めよ』

 すると、土嚢自体がベールのようなもので包み込まれる。

「こうすることんで、大体の悪い影響ばなくなるんや。そんで、最後の仕上げばあるんや」

 またしても、リュウが何かを取り出す。それは、金属製の容器である。

 その中に、先ほどの土嚢を入れ、魔法で水を入れていく。

「こうすんことで、悪い影響ばなくなるにゃ。ま、先人の知恵つうやつやな」

 しかし、見るからに重そうである。それもそうだ。土嚢だけで推定十キログラム。それを入れる容器と水で、さらに十キログラムはあるだろう。

 軍隊の背嚢並みである。

「重くないんですか?」

 北上は、容器を背負っているリュウに聞く。

「いんや。普段から鍛えてるんば、そんな重くなか」

「そうですか……」

 今日の北上は何もしていない。二人の世話になりっぱなしだ。

 このままでは、単なるお荷物になってしまうだろう。

 そこで北上は、リュウに提案をする。

「リュウさん。その荷物、僕が持ちます」

「おまんが? しかんば、この荷物かなり重いんぞ」

「大丈夫です。僕に考えがあるんで」

 そういって、北上は魔法の詠唱を開始する。

『天にまします我らの神よ、我に力を授けよ』

『我の肉体を強化せよ』

 すると北上は、体の中から熱い何かを感じる。

「それじゃあ、荷物持ちますね」

 そういって金属製の容器を背負う。

 傍から見れば、ヒョイと持ち上げたように見えるだろう。

「おぉ……。お前さん、よう持ち上げられたんな」

「ユウばすごか。もう魔法ばマスターしよったんな!」

「とにかく戻りましょうか」

 こうして一行は、鉱脈を出てナーカシへと戻っていった。

 †

 ナーカシへと戻った一行は、組合を経由せずに、直接ナーカシ動力研究所へと足を運ぶ。

 ナーカシ動力研究所は町の西側、川のほとりに立地している。

 建物自体は比較的大きめであるが、かなり年数が経過していることも分かるだろう。

「んじゃ、中にば入るべ」

 エリが先頭になって、研究所へ進む。

 当然、研究所なので入門するのに必要な身分証の提示を促される。ここで、組合で作ったカードが活きてくるだろう。

 来客用の入門証を持って、研究所の中に入る。エリとリュウは慣れた様子で、研究所の中を歩いていく。

 正面入口をくぐって、研究所の裏手に回る。

 そこには、資材搬入用の別の門があった。そこにいる警備員のような人に話をすると、あっさりと中に入れてくれる。

 中は意外と近代的な、工場を思わせるような造りをしていた。

 エリを先頭に、一階の奥にある部屋に向かっているようだ。

 そして目的の場所に到着した。

「ここば依頼主の部屋やい」

「ここはどういう部屋なんですか?」

「まぁ、平たく言いば、この帯熱黒石から電気を作る研究ばしてる場所ね」

 そういってまるで自室に入るように、部屋の中へと入っていく。

「電気もあるのか……」

 そういえば、エリの家でも組合の宿泊所でも、電灯が使われていたような覚えがある。

「お邪魔しやす。帯熱黒石の採取の依頼で来やした」

「んお、エリ君とリュウ君が。いつんもありがとさんな」

「そげんことばなかです。んでば、依頼の品んばいつもの所置いときやすね」

「魔法ばいつもん通りかね?」

「はい」

 慣れた様子で、部屋の中を移動する。北上はついていくだけで精一杯だ。

「そんで、その少年ば誰かね?」

「昨日かんらうちの班ば入ったユウです」

「あ、どうも……」

 北上は頭を下げる。

「そかそか。まぁ、何もないとこじゃけんど、ゆっくりしていきん」

「課長、うちら忙しいんちゃ、そげな悠長なことばしてられまへん」

「せやったか。ま、お互い頑張っていきやゆうことじゃ」

 北上は、話を半分聞き流しながら、目的である帯熱黒石を納品した。

「こういう依頼ってかなりあるんですか?」

「ん? まぁ、そうやな。二、三ヶ月に一回はあるけいね」

「そんなにあるんですか」

 北上は、危険地帯にある危険な石を採取してくる依頼が頻繁にあることに驚いた。

「帯熱黒石ば動力に利用されてるけん、他ん町でも需要ばあるかん。そんだから、ナーカシの主要なん輸出品でもあるたい」

「へぇ……」

「まま、そういう訳じゃけぇ、ワシらの仕事ば必要になってくるんじゃ」

 そういって課長と呼ばれていた人がコップを差し出してくる。

「外ば暑かったろう? 冷えた麦茶ば用意したけん、飲んでいき」

「ありがとうございますん」

 三人は麦茶をもらい、少し休憩する。

 その時、課長がある話をし始めた。

「そげば輸出で思い出したんじゃが、隣町のスイフがあるじゃろ?」

「そげがどないしたんです?」

「どうも、バベル軍の猛攻を受けてるようでん、かなり逼迫しん状況らしいばい」

「そいつば不味いんちゃ?」

「スイフ? バベル軍?」

 北上は疑問に思ったことを話す。

「ユウ君ばバベル軍こと知らんのけ?」

「ユウば知らん土地から来たようけ、この辺のことさ知らんのじゃ」

「そうか……」

 課長が少し寂しそうに言う。

「話しば少し長くなるけん」

 そういって、課長が北上にバベル軍のことを話す。

 ――

 空の彼方に見える柱様。その麓には、それはそれは巨大な都市があったと言う。しかし秩序が崩壊し、全てが無に消え去った。柱様もその影響をもろに受けたと言う。その時に柱様を完全に復活させるための共同体、バベル軍が出現した。バベル軍は柱様の権威を取り戻すべく、周辺地域に侵略を開始する。その侵略行為は、西へ東へ進み、今ではスイフの領土まで近づいて来たのだ。

 ――

「とまぁ、話の要点ば摘まめば、こない感じかね」

「なんか……、話が壮大ですね……」

「そげか? まぁ、この辺ば組合の歴史んば書いてあることばい」

 そんな話をしているうちに、日が暮れ始めていた。

「そげば、こちらんにハンコおなしやす」

「はい。これでよか」

 そういって依頼確認欄にハンコが押される。

「そげば、うちらはこんで失礼しやすね」

「また依頼したんときはよろしゅうな」

 そういって、動力研究所をあとにした。

「んげば、これさ組合んに提出して終わりだべな」

「んじゃ、組合さ行くべ」

 一行は研究所から、組合のある合同庁舎へと向かう。

 組合の窓口に行くと、エリは依頼書を提出する。

「はい。確認ば取れました。依頼達成です」

 そういって報酬が支払われる。

 今回の依頼で、一人当たり――単位は不明だが――一と五百が支払われた。

「やっぱ危険が伴っちょる分、報酬高めでありがたいんば」

「ユウば初めての報酬やな。何か使いたいんことばあるんか?」

「え、と。そうですね……。今日買ってもらった服とか靴のお代を返そうかな、と」

 北上がそんなことを言うと、二人はお互いに顔を見合わせる。

「ユウばそげなこと考えとったかいな」

「うちらに遠慮ばいらんて。今朝の買い物んばうちらからのプレゼントやと思っちょき」

 そう言われてしまった。こうなってしまえば返す言葉もない。

「……分かりました。大切に貯金でもしておきます」

「ま、貯金ばかりしておってもダメやけんな。ほどほどに出費するんばよか」

 そうアドバイスを貰い、今日の所はそれぞれ帰路に着くのだった。

 組合の宿泊所に向かった北上。チェックインを済ませ、今晩の部屋に入る。

 ベッドに横になると、疲れからかすぐに眠ってしまった。

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