第3話 力

 翌朝、まだ眠気のある北上に朝の日差しが浴びせられる。

「ぅん……。微妙に眠い……」

 完全に目が覚めたのは、直後に耳元で発せられた悲鳴だった。

「きゃあああ!」

 それと同時に飛んでくる平手。

 北上はもろにビンタを食らった。

「すんません! ほんとにすんません!」

 その後、ベッドに入ってきた経緯を細かく説明すると、エリは素直に謝る。

「うち、昔がらこうで……。よぐ迷惑かけることば多いんが」

「まぁ、誤解が解けたのならなによりです」

「せか。んだば朝ごはんばすんべ」

 エリはすぐに朝食の準備をする。朝は手軽にパンと少量の野菜だ。

 それを食べ終えると、すぐに家を出る。

 その後リュウと合流すると、そのまま警察署へと向かった。

「はぁ、迷子か誘拐……。自分でも状況ば分からんとね?」

 警察署の警官は、一見真面目そうな態度を取っているものの、どこか気怠そうに対応する。

「はい、そうなんです」

「んげと、こっちも戸籍なけんばなんとも言えんね」

 そういって警官は書類の山をかき分ける。

「確か行方不明者届出にも、キタカミユウっつう名前も見たことなかん。まぁ、おまんがナーカシの外から来たんちゅうなら、また話ば別んになるんが、そんだけで『ほい事件です』とやならんけんの。今回ばか事件性やなきんね」

 結局、事件性はないという結論になり、警官の勧めで戸籍を作ることになった。

 再びナーカシの合同庁舎へと向かい、窓口で事情を説明する。

「んでありゃば、就籍届りゃ書いてもらわんといけんですね」

「就籍届……」

「簡単にゃ言んば、戸籍ば新しく登録するんてことりゃす。色々手続きば必要でありんすが、ま今回ば事件性もなきゃり、過程ば省略で問題なかろて」

 そういって、窓口の人は就籍届について丁寧に説明をしてくれた。だが文字が読めない。

 結局、エリが代筆をしてくれることになった。

「んば、名前や書いたら次ん住所っすが……」

「住所もないんですよね……」

「今んば組合員でもないかん、住所なしなんやな……」

「どうしましょう?」

「しゃーらへん! うちが住所貸したるん!」

「じゃあ、それで」

 こうして、無事に戸籍の申請が出来た。

「はい。これで申請ば出来やした。まだ申請ん段階ですんで、厳密には戸籍出来てなんですが、今日から使うんば出来んす」

「ほなら組合に申請出せんことでか?」

「んです」

「んばさっそう登録んにいくば!」

 そういって、北上の手をとってせかす。北上は少し顔を赤らめながら、それを隠すように急いだ。

 六階の組合受付で、今度こそ組合員の登録をする。

 今度もエリに代筆をしてもらった。

「そんうち自分で文字さ書けんようにならんといかんね」

「そうですね……」

 名前、住所、その他もろもろを記入し、窓口に提出する。

「んでしたら、こちらでお待ちんなってくだせぇ」

 窓口前の椅子に座って待つ。

 その間、北上は周りの様子をうかがった。

 冒険者ギルドとしては、かなりお役所感漂う場所である。来ている人たちも、何か武器を持っているわけでもなく、私服に身を包んでいる。

 しかし、通常と異なるのは、誰しも汚れていいような服装をしているということだろう。実際に汚れている人や、作業着のような人もいる。

 その辺は冒険者のような感じだろう。

 そして北上たちが呼ばれる。

「これが組合員のカードばなりやす。身分証に使えやすんで、なくした時んばすぐに連絡くだしぃ」

「はい、分かりました」

「あと、組合員は半分公務員扱いんになりますんで、副業とか出来ますんよ」

「はい、ありがとうございます」

 そういって、受け取ったカードを見つめる。

「良かったのぉ、ユウ!」

「これでお前さんも組合員や」

 こうして北上は、組合員となることが出来た。

 その後、三人はナーカシの郊外へと移動する。

 それは、北上のためであった。

「んだば、魔法の練習ばせよか」

 そう。エリと初めて遭遇した時も使用していた不思議な力。

 異世界の醍醐味の一つとも言えるだろう。

「まず、魔法ば使うんに必要なのが、詠唱じゃ」

「詠唱?」

「せや。この詠唱がなかと、魔法は発動せんのじゃ」

 それを聞くと、無詠唱で魔法を発動させてみたくなる。

「それじゃば、ちゃんと聞いてってなー」

 そう言うと、エリは手を前にかざす。

『天にまします我らの神よ、我に力を授けよ!』

 それは今まで聞いてきたエセ日本語の中でも、最も日本語らしい言葉だった。

 そしてそのまま、エリは詠唱を続ける。

『壁や、出現せぇ!』

 その瞬間、エリの目の前に透明な壁のようなものが出現した。これは、最初にエリと出会った時に使用した魔法だ。

「おぉ……」

 思わず北上は声を出す。

 目の前で、現実ではあり得ない現象が起きているからだ。

「ま、こなんな感じで、最初のほうの言葉ん言うだけじゃ。これんら簡単じゃべ?」

「確かに簡単ですね……」

「ただ、神様ん祈るんようにやらんど駄目ぞい?」

「んだ、お前さんもやっとみ」

 リュウが背中を押す。

 押された北上は、そのまま前に進む。

 北上はエリと同じように、手を前に出して詠唱を開始する。神の存在を肯定するように。

『天にまします我らの神よ、我に力を授けよ』

 その時、周りの空間の空気が変わった。

 感覚ではなく、明確に。周囲の温度が一度ほど上がった状態だ。

「なん、これ……?」

「こげば……!」

 そして北上は、エリと一緒の魔法を発動させる。

『壁よ、出現せよ』

 すると北上の前には、巨大かつ分厚い壁が出現した。

 それは、何人も破壊することが不可能な、堅固な壁が出現したのだ。

「なんつう壁じゃ……。こげんナーカシでも一二を争う強さやけん……!」

 エリが驚く。

 リュウも口を開けてビックリしている。

 そんな状況で、北上は次第に焦りを見せていた。

「ちょ、エリさん? これどうやって止めるんですか……!?」

「あ、あぁ。そんなら、なんとなく止まれって思えん、止まんで」

 頭の中で魔法の発動を止めるように考えると、次第に壁は消えていく。

 数秒かけて、ゆっくりと消えていった。

「魔法ってこんな感じなんだ……」

 何か体の中から魔力のようなものが放出されるのかと思ったが、特にそんなことはなかった。

「ユウ、すごかやん! こげん魔法ば使えんとば思っちょらんが!」

「こんば、なかなかん戦力にゃなるがいなん」

 北上のもとに二人が駆け寄り、声をかける。

「そ、そうですかね……」

 普段から褒められなれてない北上は、少しばかり照れるのであった。

「そげな強いん魔法ば使えんならん、他ん魔法もすごかねん?」

「せやなぁ。もしかしたんそうかんしれんば」

 このようになったので、そのほかの魔法を使ってみることにした。

『燃え盛る炎の柱』

 北上の目の前に獄炎の火柱が立つ。

『全てよ凍り付け』

 前方の空間が極寒の地域になる。

『放て雷』

 北上の手から電撃が飛ぶ。

『嵐よ巻き起これ』

 言葉通りに暴風が吹き荒れる。

「すごかよ! こげん魔法使えん人初めてみたんば!」

「いやー、圧巻べな……」

 エリとリュウが絶賛する。

 北上としては、素直に受け取りたい所ではあるが、少し気がかりなことがあった。

「これ完全になる系じゃん……」

 そう。北上が前の世界で投稿していた小説サイト、「小説家になる」の作品に付けられる俗称である。作品の特徴が顕著であり、悪い意味で捉えられることも少なくはない。

 現在の状況は、まさにそのような状態なのだ。

「と、とにかく、魔法が使えることは分かりましたので、これからどうしましょう?」

「んだねー。今日ばもう昼が過ぎちゃっとるんべ。帰ってもええべな」

「んだけど、明日からユウ一人で依頼ば受けるんげ?」

「あー、そん考えばなかったんな。んなればもっかい組合ん行って、班の登録ば済ませんか」

「班?」

「班っつうんば、まぁ、仲間で組んで一緒に仕事するんやつや」

「パーティみたいなものか……」

 理解した内容を言葉にして呟く。

「んな行くべ」

 こうして再び組合を訪れた三人は、そのまま班を組む手続きをする。

「んでしたら、こちらんに班さ入る人のカードん番号さ記入くだせぇ」

 エリがさっさと書類に書き込んでいく。

「はい、こんで問題なむです」

 簡単な書類記入をして、班を結成する事が出来た。

「そんだば、明日から依頼ば受けんで!」

「んだば」

「はい」

 この日、北上は組合が運営している宿泊所を利用することにした。この宿泊所は、組合員のカードを提示さえすれば、誰でも無料で使えるのだ。組合はそれだけ儲かっているという事なのだろうか。

 エリたちとは翌日早朝に合流することを約束して、案内の通りに宿泊所に向かう。

 宿泊所は合同庁舎から十分ほど歩いた所にあり、簡素な作りをしている。

 受付で組合のカードを提示すると、そのまま部屋に通してくれるだろう。

「はぁー」

 ベッドに転がり、天井を仰ぐ北上。

 今日は貴重な体験が出来た。魔法が使えるだけで感無量であった。

 しかし、少しばかり漠然とした不安も残る。このあと、自分はどうすればいいのか。

 ポケットに入っていたスマホと財布を取り出す。前世の記憶ともいうべきものか。

 北上はスマホの電源を落とす。使い物にならない以上、無駄に電池を消耗するだけだ。

 財布のほうも見てみる。中には千円札二枚と小銭が何枚か入っていた。これも今、一切流通していない代物だろう。

 これらは今は使い物にならないが、これも何かの記念と考えてポケットにしまうのだった

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