第2話 加入

 しばらく歩いていくと、町の中でもひときわ高いビルのようなものがあった。

 とは言っても、技術力の限界なのか、八階建てである。それでも、ビルとしては立派だ。

「こんがナーカシの合同庁舎じゃ。行政機関のほとんどがこんに入っちょるん」

「へぇ……意外と社会システムはしっかりしてるんだなぁ」

「六階が組合の事務所ば。とんまそこに行か」

 合同庁舎に入り、階段を使って上へと登る。

 六階に着くと、まるで市役所の受付のような雰囲気を漂わせる部屋が広がっていた。

「こんが組合の受付や。今日ば登録だけんしてくば」

 エリが受付の中でも、奥のほうにある窓口に向かう。

 窓口の上には、日本語に似たような言語で書かれた文字がある。正直な所、読める気配がない。一方で、数字はほぼ同じのようだ。

「すんません。新規で組合員の登録しだいんですが」

「でばしたら、ごちらのほうに記入ばおながいします」

 そういって書類を渡してくる。エリが受け取ると、それを北上に渡した。

「んば、早速記入せん」

「あ、はい――」

 なんとなく嫌な予感がした北上。受け取った書類を見ていると、日本語のような何かが書かれていた。

「すみません、ちょっと読めないです……」

「読めんとな? てっきり喋れてん、読み書きも出来んと思ったが」

 エリは少し困ってしまう。

「んだらば、うちが書いてあげん。あとで読み書きん練習しよんな」

「すみません、お願いします……」

 そういって、書類を再びエリに返す。

「んだらばまずは名前やな。名前はキタカミユウ、と」

 エリが記入台で代筆する。

「んでも名前長いなぁ。もっと簡単にならん?」

「じゃあ、北上か、優のどっちかで呼んでください」

「ん? 名前二つあるん?」

「え?」

 認識の齟齬が生じたようだ。

「キタカミユウで一つの名前んちゃうんか?」

「いや……北上が苗字で、優が名前ですよ?」

「ミョウジ?」

 どうやら、苗字の概念がないらしい。

「んだら呼びやすいユウでええじゃろ」

 書類に書き込んでいくエリ。

「じゃかば次は住所やけんど……住んどる場所のなきか……」

「住所は絶対に必要なんですか?」

「まぁ、必要っちゃ必要だば」

「住所不定だから、なんともならないです……」

「問題はそっからかんのぉ……」

 これにはエリとリュウも頭を抱えてしまう。

「でんも、下の階にば総合窓口ばあったかい。そこに行けばなんとかなるんやろう」

 まずは組合に行くよりも、戸籍を取得するほうが先のようだった。

 組合には一度断りを入れて、下の階に降りる。

 一階にある総合窓口を訪れた一行は、そこで事情を話す。

「誘拐か迷子ですか……。そんだらば、まずは警察に行ったほうば良かないですか?」

「ごもっともです……」

 窓口の人に正論を言われてしまった。

 警察のような機関が存在するなら、まずはそちらにお世話になったほうが早い。

 結局、警察に相談するように諭され、一行は警察に行こうとした。

 しかし、この時点で日が暮れている。

「警察ん人も、夜まで仕事ばしたかなかろうて。明日にすんべ」

「んでも今日の宿ばどうなさん?」

「あー……、リュウんとこばダメさか?」

「居間さ何とかせんば、寝床をん確保できんじゃろがん……」

 リュウは難しい顔をする。

「今んば前ん依頼の荷物で散らかっとぅるん。簡単ば片付とうなきゃ」

「んー、だらうちになったるんかぁ……?」

 数分ののち、エリとリュウは結論を出す。

「しゃーない、今日はうちに泊めちゃるば」

「お世話になります」

 こうして、北上はエリの家に泊まることになった。

 エリの家は、合同庁舎から歩いて二十分ほどの所にあった。家というよりかは、アパートのそれである。

「じゃじゃ、少すぃ狭いんと堪忍しときな」

「お邪魔しまーす……」

 そういって、北上はエリの部屋に上がる。

 部屋の中はワンディーケーのようで、ベッド以外は物置のようになっている。おそらく組合で使うであろう小物や、もしかすれば武器になりうるようなものまで置いてあるだろう。

 北上が想像していた少女の部屋ではないのは確かだ。

「んだ、ユウはうちんベッド使てもろてええんで」

「いやそんな! 自分は椅子で大丈夫ですよ」

「んなことお客さんに出来んやろ! 良いからベッド使てもろて! な?」

「いやでも……」

 何回かこのやり取りをする。

 折れたのは北上のほうだった。

「分かりました……。ベッド使います……」

「分かればよか。んじゃばごはんにしよか」

 そういってエリは、冷蔵庫のような箱から鍋を取り出す。

「今日ば余りものんスープと配給んパンだけんど、少し我慢しいな」

 そういって、コンロのような物に鍋をおいて火をつけた。次第に簡素なオニオンスープのような匂いが漂ってくる。

 十分に温まったようで、少ない食器を取り出してスープを入れる。

 そしてそこにパンを半分添えて、ダイニングの机におく。

「さ、どぞ」

「じゃあ、いただきます」

 北上はパンをちぎって口に入れる。

 自分が食べたことのあるパンよりかは固く感じた。その分噛む回数が増えて、満腹感を得られるだろう。

 続いてスープをいただく。スプーンでスープを口に運ぶ。ほんのり塩味が効いて、パンとの相性は抜群だ。

「おいしいです」

「んだら良かった」

 エリも食べ始める。

 食事が終わると、エリは二人分の食器を片づける。

「んじゃ、今日はもう寝るべ」

「あの、その前にシャワーとか浴びたいんですけど……」

 今日一日歩き回っていたせいか、汗でビショビショだ。

「しゃわー? 銭湯んばあるんが、入湯料が高いけん。そんな頻繁に入りいかんよ」

 この世界ではこれが普通なのだろう。

 そんなことを思いつつ、北上は改めて部屋の中を見る。大方女子の部屋とは思えないような、物に溢れた部屋だ。

 いつ使うか分からない棒状の物。大きな背嚢。衣類も雑に置かれている。

「そんなジロジロ見られん恥ずかしか……」

 食器を洗い終わったエリが、戻ってきて言う。

「すいません……」

「ま、ええんね。今日はもう寝よか。さっきも言うた通り、うちは床で寝るんね」

 そういって、適当に荷物をどかして横になるエリ。

 北上も、少し戸惑いながらもベッドに入った。

 部屋はすでに薄暗く、かすかに何かの音がするのみだ。

 どうにかして寝ようとする北上であったが、状況が状況のため、簡単には眠れない。

「どうしたものか……」

 そんなことを言っていると、エリが寝ているほうから音が聞こえる。

 北上がそちらを向いた瞬間、エリがベッドの中に侵入してきた。

「え、ちょ」

 北上は慌ててベッドの隅に寄る。最終的には、エリとベッドを半分ずつ使うような状態になっていた。

 突然漫画のような状況が発生し、頭の中がパンクしそうな北上。冷静になろうとするものの、それも困難な状態だ。

「落ち着け、落ち着け……」

 何か別のことでも考えようとする。

「とにかく今日のことでも振り返るか」

 この日あった事。異世界のような場所に転移したこと。このような状況は転移であっているのだろうか。しかし今、問題にすることはこのことではない。

「結局、あのワームホールみたいなのは何だったんだろう……」

 それは、この世界に来る前に遭遇したヤツだ。

 通常では考えられない現象。それはまさしく常軌を逸した、超常現象であることは間違いないだろう。

 オカルトを少しばかりかじっている北上であっても、それが何であるのか答えを出すことは出来ない。

 仮に答えを出そうとすれば、ワームホールの一種でも発生したのが筋だろう。しかし地球の中の地上、しかも人がいると思われる場所にピンポイントで発生しうるものなのだろうか。

 そんなことを考えていると、だんだんと眠気が襲い掛かってくる。さすがに心身ともに疲れているようだ。

 そのまま北上は、睡魔に誘われるように、深い眠りへとついた。

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