第17話

「奈美!合格おめでとう!」

「レストラン予約しておいて正解だったな!」


 意識不明だった私は、目が覚めてから泣き崩れる両親に驚いたのが数か月前。

 そこから変わった家族に、戸惑ったのは最初だけだった。両親は浮気を止めて、母は私と向き合ってくれて、手料理を惜しげもなく披露してくれるし、父は仕事が終わればすぐに帰ってきて、休日は家族サービスしてくれるのだ。

 そんな中、何とか志望校に合格した。

 落ちるかもしれないと諦めようと何度か思ったのだけれど、その度に両親が励ましてくれた。そもそも最初は進学すら悩んでいたのが嘘のように、折れない自分の心が不思議に思える程に私は頑張った。

 人に支えられるというのは、こんなに満たされ自分が変わるものなのか、とふいに思ったが、それだけではない気がする……。そんな事を思って記憶を手繰り寄せても、記憶には何もないのだけど……。

 ふと、亜美の写真が視界に映る。


「見ていてね」


 何故か、そんな言葉が口から出た。亜美の写真に微笑みかけて、何故か胸をはる自分を不思議に思いながら、両親の呼び声に答えて玄関に向かう。


 ――合格祝い――


 何かに対して、こうやってお祝いしてもらえるなんて、何年ぶりだろう。

 幸せだ。

 私は今、幸せだ。

 見上げた夜空に、私は心の中でそう叫んだ。


 ――生きてやる


 死のうとしていたのが嘘のように、私はあの時から何かが変わったのかもしれない。

 人は死の間際を体験すると何かが変わるのだろうか。


「奈美?」


 不思議そうに私を見る両親の乗る車に私は笑顔で駆けこむ。

 今この時間を大切に――――




 ◇




「まさかのリセットか……」

「……ごめん……」


 項垂れる勇に私はそう声をかけるしかない。

 悪霊に取り込まれそうになったお姉ちゃんを助けたのは、閻魔とも神とも呼ばれる存在で、私達の上司だ。と言っても、その姿を見た事はないのだけれど……。

 そのおかげで、私が法をおかして魂を抜き出したのも、それを匿っていた事もしっかりバレていたわけで……。

 今まで集めた魂というものはゼロにリセットされた。

 私はまだ数年だから、そこまでではないのだが、勇に至ってはそういうわけでもない。つまり、まだまだ死神として積まなくてはいけないわけで……。


「ま、いっか」


 そう言ってケロっとした勇は、さっそく仕事に取り掛かろうとする。

 その後を追って、首を傾げる私に勇は、この平和で美しい世界をまだ見ていられるからと笑った。

 数百年前から変わらない自然も多々あり、まるで時が止まっているかのような変わらない美しさには私も心打たれるものがある。


「それに――」

「……勇……まさか……」


 続いた言葉に私は驚いた。

 まさか、そんな事になってるなんて、と思ったのだ。だって、勇はいつも顔に出さない……出さないから……私も気が付かなかった。




 ◇




「お姉ちゃん綺麗だな~」

「亜美も同じ年くらいになれば?」


 お姉ちゃんの結婚式、私と勇は遠目からそれを眺めていた。

 霊感が強い人は居ないと思うけれど、もし居たら大変な事になりかねないからだ。まさかのお祝いの席に幽霊だなんてシャレにならない。まぁ、私はともかくとして勇に至っては全く関係ない人なのだから。


 あれからお姉ちゃんは進学して、就職して、良い人に出会って、愛を育んで、今日結婚式を迎えた。

 その笑顔はとても幸せそうで、嬉し涙を流す両親も見える。

 ちゃんと戻った家族の形に私も嬉しさから涙がこみ上げる。


「……よかったの?」

「何が?」


 私の問いに、何でもないかのように勇は答える。

 でも、知った。知ってしまった。

 勇は、お姉ちゃんに好意を抱いていた事に。


 ――それに、その方が確実に迎えに行けるから――


 あの時、続いた言葉。

 遠くを……愛しく見つめる勇のその目に、気が付いてしまったんだ。

 私が犯した罪により、惹かれ合った二人は、全く別々の道を歩むしかなくて……残された勇の気持ちはどれほどのものかなんて想像しただけで胸が痛む。


「……奈美さんが幸せなら、それでいいんだよ」


 愛しそうに、幸せそうに、お姉ちゃんを眺めながらハッキリ言う勇の言葉に嘘はなくて。

 だからこそ、私は更に涙を流してしまう。

 交わる事がなかった二人の道。出会う筈がなかった二人の、恋心に……。




 ◇




 子ども達と孫達に囲まれたベッドの上。

 皆が涙を流し、私が旅立つのを惜しんでくれている。

 何て幸せな人生だった事だろう。

 そんな事を思いながら、私は自分の寿命が尽きる時を、今か今かと待っている。何か心に引っかかるものがあるのだ。それが何かは分からないけれど……私は笑顔で逝くんだと、それだけはしっかり心に決めていた。

 ……死のうと決め、意識不明の状態から目覚めたあの日から。


「先に逝くわ」

「最高の妻だ。幸せな人生をありがとう」

「それはこっちのセリフよ」


 旦那と最後になるだろう言葉を交わす。

 何事にも、感謝の言葉を忘れない人だからこそ惹かれた。ありがとうと思える事を探す、というのは意外と難しい。人はまず不満が先に出るからだ。

 言霊という言葉があるように、言葉には力があると思う。ネガティブな言葉を聞いて人を見下すより、ポジティブな言葉を聞いている方が自分に自信が持てるし、前向きになれる。

 だからこそ……毎日ありがとうが溢れた生活は私にとって幸せだった。


 そんな思いを最後に、私の意識は深く深く沈んでいった――


 子ども達や孫達の鳴き声が遠くなっていく。





「迎えに来たよ」

「また会えたね、お姉ちゃん」


 懐かしい声

 そして……


「幸せな人生だったわ!」


 私は胸を張って答えた。

 それは――

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【完結】私は死神に恋をした かずき りり @kuruhari

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